第40話 プロ見習いは神業を演じる


《RISE》の公式配信は、公式らしからぬ沈黙に包まれていた。


『え……えーっと?』


 次の対戦に切り替わりつつある画面を、実況の星空るるが呆然と眺めている。


『今のは、一体……? あ、あっという間の出来事で、何があったのか……』

『……莫迦バカな……』


 その隣で解説のホコノが、仕事中とは思えない愕然とした表情を浮かべていた。


『成立するのか、あんな曲芸が……。いや、しかし、卓絶した人読み力があれば、或いは……』


 自分の試合が早めに終わり、対戦室のモニターで配信を見ているプラムもまた、自失の体となっていた。


「……え、えー……?」


 漏れるのは困惑の声。

 プラムにも、最後の2ラウンド、何が起こったのかわからなかった。

 終始、すべてがジンケに支配されているように見えた。

 実際には対戦相手のサタも果敢に攻めていたし、ジンケも傷を負っていた――にも拘わらず、プラムには、さっきの対戦が、ジンケの手のひらの上にあるように見えた。

 思い出すのは、西遊記のエピソード。

 孫悟空がどれだけ逃げだそうとしても、お釈迦様の手のひらから出ることはできなかった、という――


『つ、次の試合に移りたいところですが――あっ! ちょっと待ってください! ジンケ選手、セカンドスタイルの情報が公開されました! これを見てからにしましょう! いいですか!? いいですよね!? よし!』


 プラムはモニターに身を乗り出す。

 少しの情報も見逃すまいと、表示される情報を注視した。


『こちらが、ジンケ選手が先ほど使用したスタイルです!』




【ジンケ:第2スタイル】


●クラス

《モンク》

(補正内訳:

 MP↑ STR↑↑ MDF↑↑)


●スキル構成

《神学》

《精神力》

《瞑想》

《剣術》

《高速詠唱》(2枠)

《罠師》


●ステータス(ポイント)

 HP:400(0)

 MP:360(68)

STR:738(335)

VIT:270(0)

AGI:447(177)

DEX:260(0)

MAT:780(500)

MDF:312(0)




『あーっ!!』

「あっ!!」


 画面の中の星空るると画面の外のプラムとが同時に声を上げ、腰を浮かせた。

 目に付いたのは、スキル構成の最後に表示されたスキル――


「――《罠師》!?」


《罠師》スキル。

 それは文字通り、《エクスプロージョン・トラップ》や《パラライズ・トラップ》といった、俗に《設置型魔法》と呼ばれる魔法の威力を上げるスキルである。

 設置型魔法自体は、対人戦でも《バインドプリースト》や《ダンシングマシンガンウィザード》が補助として使用することがある。

 PvEにおいても、トラップ系の魔法は非常に有用で、多くの魔法職プレイヤーが自らの魔法流派に採用している。トラップをうまく扱えるかどうかを魔法職としての実力の指標とするような風潮すらあるくらいだ。


 しかし――《罠師》。

 これは、マイナーもマイナー、《モンク》と同じく、やはり『空気スキル』とでも呼ぶべき代物だろう。

 少なくともプラムは、このスキルを使っているプレイヤーには会ったことがない。

 きっとどこかには罠をこよなく愛するプレイヤーもいるのだろうけれど、この闘技都市アグナポットで表舞台に立ったことはなかった。


 設置型魔法――トラップ系魔法は扱いが難しく、補助として使うのが一般的なのだ。

 トラップをメインのダメージソースとして使おうなんて考えるのは、ごく一部のマニアだけである。

 なのに。

 ジンケは、大会という場でそれを実行したのだ。


『こ……これは驚きましたっ! 《罠師》! なるほど、試合中に突然ドンドン爆発していたのは《エクスプロージョン・トラップ》だったんですね!

 いえ、でも、しかし、このスタイル……《トラップモンク》とでも言いましょうか……本当に強いんでしょうか?』


 星空るるの怪訝げな声は、プラムを含む全視聴者の気持ちを代弁していた。

 多少なりとも心得がある者なら、この構成を見て反射的にこう思うはずだ。

 弱そう――と。


『……強さについては、今しがた証明された』


 渋い低音で、ホコノが唸るように言った。


『しかし、忠告しておこう。この戦法は、ジンケ選手にしか使えぬ。真似してみるのは勝手だが、まさか勝てるなどとは努々思わぬことだ』

『それほど難しい、ということでしょうか?』

『至難という言葉でも足りはせん。強いて言うなら――』




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「――神業ね」


 ウエスト・アリーナのロビーで、匿名フードを被った少女が、メロンソーダを飲みながら頬を綻ばせていた。


「『読み』が足りないなら『直感』を活かせばいい。多くの可能性を想定できないなら、相手の可能性を奪ってしまえばいい。一つの可能性しか『直感』できないなら、それをとことんまで突き詰めて、そこに相手を誘導すればいい――そのためのトラップ

 普通は、より多くの選択肢たくを突きつけた方が強いはずなのにね。まさか真逆を行くなんて」


 ミナハは楽しそうにくすくすと笑みをこぼす。


「そうよ。それよ。私が憧れた《JINK》は――誰もしないことをあえてやってみせる。誰もが諦めることを飽くまで遂げてみせる。唯一無二で天下無双。誰にも真似なんかできない、神様みたいな遊び人」


 唄うように呟いて、輝く瞳でどこかを見た。


「早く来て。急いで来て。私、もう待ち切れそうににないの……!」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 そして、EPSのVRゲーミングハウスにて、ニゲラが呆れたような表情を浮かべていた。


「そうなるわよねえ、あれを見たら……」


 コノメタと二人で練習台になって、頭おかしいと声を揃えた時のことを思い出す。


「けど、当事者にしかわかんないのよね、あの怖さは……」


 徐々に手足に糸が絡まり、操られるかのような、あの感覚……。

 そこから逃れようとすればするほどに、ジンケの手のひらにいることを実感してしまう。

 神業、という表現は言い得て妙だ。

 あのスタイルと戦って感じるのは、恐怖でも苛立ちでも不快感でもない。

 ――畏怖なのだから。


「…………ああ…………」


 不意に湿った溜め息が聞こえて、ニゲラは視線を移した。

 そこにはEPSのメイド兼マネージャーであるリリィがいた。

 表情筋を一切動かさないまま、彼女の白い頬は紅潮していた。


「ご満悦ね。自分のオトコがみんなを驚かせたのがそんなに嬉しい?」

「うん。……ずっと、これが見たかったの」


 リリィは胸を押さえるように、きゅっと手を置く。


「ジンケ…………わたしのジンケ…………」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 公式配信は次の試合の実況に移っていた。

 しかしプラムの頭は、まださっきのジンケの試合に囚われている。

《トラップモンク》。

 端的にそう名付けられた彼の新スタイルは、彼女に巨大な衝撃を与えていた。

 以前に彼が作った《ブロークングングニル》は、元から槍を愛好していたのもあって、『自分でもできそうだ』と思うことができた。

 しかし、今度のは次元が違う。

 まるでできるイメージが湧かない。

 まるで勝てるイメージが湧かない。

 どういう頭をしていればあんなスタイルを使えるのか、さっぱりわけがわからない。

 8月のランクマッチで通じ合えたように思った彼が、急に遠ざかったように感じた。

 つい今朝方、気さくに相談に乗ってもらえたのが嘘のようにすら思える。


「…………!!」


 無意識に、歯を噛みしめる。

 置いていかせるか、と思った。

 自分のどこに、こんな負けん気があったのか。

 彼を遠くに感じてしまった自分が、途端に許せなくなった。

 きっと2ヶ月前の彼女なら、この人は住む世界が違うんだな、と感じてそれまでだっただろう。

 しかし、今のプラムは知っている。

 届かない世界はないと。

 届かないのは、自分が手を伸ばさなかった時だけだと。


 プラムはウインドウを開いて、MAO専用VRカメラ――通称《ジュゲム》を呼び出す。

 別に予選の試合を配信することは禁じられていないが、手の内がバレてしまうかもしれないので控えていたのだ。それに、情報戦の面でリスナーを利用するのには遠慮があった。

 しかし、この期に及んでは躊躇していられない。自分の強みを最大限に活かすつもりだった。


「こんにちは、みんな。今日は配信しないつもりだったんだけど――」


 プラムはカメラに向かって喋る。


「――誰か、さっきのジンケさんの試合、録画した人いませんか?」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「4回戦で引っ張り出されたか……」


 今頃、オレの《トラップモンク》についての議論が方々で起こっているだろう。

 できればもう少し温存しておきたかったが、これは想定から外れる事態じゃあない。

 残り3戦――予選中に対策を立てるのは難しいはずだ。

 これからも《ブロークングングニル》中心で闘って、できるだけ情報を与えないよう立ち回るつもりだしな。

 それに――


「バレてねー……か?」


 SNSなどを軽くチェックして、オレはにやにや笑った。

 仮にわからん殺しができなくても、それでおしまいってわけじゃない。


 何せ《トラップモンク》には、まだ隠し玉を仕込んであるからな。


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