第39話 プロ見習いは二の矢を見せる


 彼の名は《サタ》。

 彼女いない歴20年。リアルでもゲームでもソロを貫く孤高のMAOプレイヤーである。

 今回、彼は《RISE》という対人戦大会に参加していた。

 先月、長らく甘んじていたSランクからついに脱出し、ゴッズランクに到達した彼は、自分がどれだけ腕を上げたのか確かめてみたくなったのである。

 大会参加経験は幾度かあるものの、優勝経験は一度もない。

 先月まではそんなうだつの上がらないプレイヤーだった彼だが、今回は快進撃を見せていた。


『さあ! お昼休憩も終わりまして、《RISE》MAO部門オンライン予選DAY1、後半戦を開始したいと思います!』

『4回戦となって、全勝者も16名に絞られた。さらに血湧き肉踊る仕合が期待できよう』

『左様ですね! ……あっ、移っちゃった! ともあれ、これより4回戦が開始されます! こちらでは全勝者同士の対戦を中心に配信していきたいと思いまーす!』


 対戦室のソファーで、サタは強ばるアバターを必死にほぐそうとする。

 そう、彼の戦績は現在、3戦全勝。

 上位16名に名を連ねているのである。

 未だ本戦進出確定とは行かないが、128人もいる中の上位10パーセント以上に属していることに違いはない。

 名の知れたプレイヤーも数多く出場している中でのこの成績は、彼にとっては大健闘と言えた。


(いや……満足するな。行けるところまで行け……!)


 向上心を奮い立たせたところで、次の対戦者を告げるメールが来る。

 開いたメールには、サタにとって忘れえない名前が記されていた。


(……ジンケ……!)


 副アカウントを使ったとき。初めてゴッズランクに上がろうとしたとき。都合2度も闘ったことのあるプレイヤーだ。

 プロゲーミングチームに所属していたことが発表され、今や押しも押されぬ強豪プレイヤー。

 紛れもなく今大会の優勝候補の一人である。


(なんて奇縁だ……)


 向こうはきっとサタのことなど覚えてもいないだろうが、彼には運命めいたものすら感じられた。

 緊張が緩和されるのを感じる。わくわくする気持ちの方が強くなった。

 腕試しというなら、これ以上の機会はない。

 果たして今の自分は、彼にどこまで通用するのか――


 サタはプライベートマッチ・ルームへと飛び込んでいく。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




『《RISE》MAO部門オンライン予選DAY1、第4回戦をお送りします! 次の対戦は――おっと!』


《RISE》公式配信の画面に新たな対戦が映されると、実況の星空るるが声を上げた。


『サタ選手VSジンケ選手! 今まで機会がありませんでしたが、ついに見られますね、ジンケ選手の試合が!』


『うむ。選手たちも気になっているところであろうな』


『現在、試合の方は、ジンケ選手が1本先取し、一歩リードといった形! やはり《ブロークングングニル》を使用しているようですね』


『ここまで来れば、一度負けるまではセカンドスタイルを見せない腹積もりだろう。隠しておくことが有利に働くスタイルなのか……』


『推理が捗りますねぇ! ずいぶんとハードルが上がってしまっていますが(笑)

 おっと! 2本目が始まります! 実況していきましょう!』


 画面に映された闘技場には、二人のプレイヤーが対峙していた。

 片方は長い槍を手にしたジンケ。

 もう片方は――


『サタ選手、セカンドスタイルは片手剣! これは《剣士型セルフバフ》でしょうか!?』


『そう見える。《タンク型》にしては盾が小さかろう』


『《セルフバフ》系のスタイルには《剣士型》と《タンク型》がありますからね! ホコノさん、この二つはどう見分ければいいのでしょうか?』


『《剣士型》と《タンク型》の違いは、ステータス・ビルドをAGIに寄せるかVITに寄せるかにある。《剣士型》はAGIを上げて俊敏に動き回るスタイルゆえ、盾は大きすぎない方が望ましい。逆に《タンク型》はさほど動かないスタイルだ。堅牢で巨大な盾を持つメリットが大きい』


『盾の大きさが一つの目印になる、ということですね!』


『左様』


『さあ試合が始まります!

 ――あーっと! 開始早々ジンケ選手が間合いを詰めるうーっ!!』


『定石だな。バフさせる時間を許さない構えだ』


『正確無比な槍の連打を、サタ選手、何とか盾でしのぎます! これが怖いですよねぇ、ホコノさん!』


『ジンケ選手の槍捌きは卓絶的と言っても良い。とにもかくにもアバター操作のセンスがずば抜けている。少しでも隙を見せれば、即座にクリティカルを取られてしまおうな』


『しかし、《ブロークングングニル》に対しては、盾持ちのクラスが有利だと言われています!』


『普通なら捉えにくい槍の刺突攻撃を、盾ならば簡単に受け止めることができる。リーチにおいては負けるものの、盾を前面に押し出せば間合いを詰めるのはさほど難しいことではない。そして槍は、間合いの内側に入られると途端に弱くなってしまう武器だ』


『おおっと!? 仰ったとおり、サタ選手が盾を押し出しながら距離を詰めたぁーっ! しかしジンケ選手、冷静! 反撃を受ける前に間合いを取り直す!』


『さすがの直感力といったところだな。まるで少し先の未来が見えているかのようだ』


『ですがサタ選手も、この隙に自らへバフをかけます! 《グロウス》! 《アジリア》! STRとAGIを上げていきます! VITを上げる《フォグ》は後回しですね!』


『ジンケ選手の正確無比な刺突はすべからく急所を貫く。元からステータスをVITに寄せているならともかく、多少バフをかけた程度では焼け石に水だという判断だろう』


『それよりは、STRとAGIを上げて打ち合いに強くしようという狙いですね!?』


『こうなると槍は不利になるだろう。いかな達人とはいえ、速度を上げた片手剣に長柄で追いつくのは至難の業だ』


 果たして、ホコノの解説の通りになった。

 サタはジンケの槍を盾で防ぎながら、片手剣による鋭い反撃を繰り出し続ける。

 対してジンケは、攻撃も防御も1本の槍で賄わなければならない。この時点で単純に2倍の手数差が出てしまっている。

 お互いが間合いにいる場合には、盾持ち片手剣と槍とでは圧倒的に前者が有利なのだった。


『第1ラウンド決着! まさかまさかのサタ選手白星スタートです!』


『しかしジンケ選手も体技魔法を何発か繰り出している。《フェアリー・メンテナンス》のカウントが貯まっているぞ』


『出るか《ブロークングングニル》!? 第2ラウンド開始です!』


 第2ラウンドの終盤。

 ジンケの槍が稲光を帯び、大砲のごとく投げ放たれた。


『《雷翔戟》発射あああああ――――っっ!!!

 ――あっと!? しかし!』


 サタは《雷翔戟》をかいくぐるようにしてジンケへと迫っていた。


『避けた! 避けましたっ! サタ選手、1発目回避!』


『もう1発来るぞ!』


 ジンケの手に復活した槍が、今度は紅蓮の炎を帯びる。


『《炎翔戟》!! 今度は距離が近ぁいっ!! これはっ―――!?』


 炎と共に放たれた槍は、サタの盾を貫いた。

 左肩から先を盾ごと弾け散らしながら、しかし、サタは膝を屈さない。

 強引に間合いに踏み込み、片手剣による連打を浴びせる!


『連打、連打、連打ああああ――――っ!! ジンケ選手の《獣王牙の槍》は亀裂状態でも数合耐える頑強さで知られますが、さすがに―――!!』


 ジンケの槍が、ガラスのように砕け散った。

 体技魔法で壊れたのでない場合、《フェアリー・メンテナンス》による耐久値回復は発動しない。

 無防備になったジンケを、強化されたサタの剣が襲った。


『決着! 決着ですっ! 第2セット、ジンケ選手まさかまさかのストレート負け! 不利マッチだったとはいえ、ホコノさん、これは!?』


『実に驚いた……! 最後のサタ選手の鬼気迫る攻め! おそらくジンケ選手も想定外だっただろう! 絶対に勝ちたいという気迫が伝わってくる動きだった!』


『「心」の勝利というところでしょうか!

 さあそして! ジンケ選手、4回戦にしてついに不敗神話が崩れます! 彼の代名詞でもあった《ブロークングングニル》は使用不能となり、頑なに隠されていたセカンドスタイルがヴェールを脱ぐうううう――――っ!!!』




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 ……あー、めちゃくちゃビビった。

 まさか、片腕吹き飛ばされながら斬りかかってくるなんてな。

 対戦相手……サタだっけか?

 知らない名前だが、とんでもなく根性のある奴だ。

 でも……そういう奴だとわかったことは、大きなプラスだった。


 いったんプライベートマッチ・ルームに戻ったオレは、頭の中でシミュレーションを行う。

 その間に、オレのアバターが新しい装備へと変わっていった。

 うん。

 ……うん。

 …………うん。


「……よし……」


 向こうもラストスタイルだ、次も《剣士型セルフバフ》で来る。不確定要素はない。

 ――読み切った。

 次の試合は、9割以上の確率で、オレが勝つ。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




『さあ! 第3セットが始まります! 今、闘技場に対戦者の姿が現れます! 注目はジンケ選手! ここまで隠し通されてきたセカンドスタイルは、果たして―――えっ?』


 ジンケの姿が闘技場に現れた瞬間、星空るるは怪訝げな声を上げた。


『あっ、申し訳ありません! でも、びっくりして……えっ? あれって……?』


 ジンケは胴着めいた黒っぽい装備に身を包んでいた。

 しかし、右手には魔導士のそれのような長い杖が握られており、左手には分厚い本――おそらくはスペルブックが抱えられている。


『ウィザード……? じゃ、ないですよね? ホコノさん? ジンケ選手のあの姿は――』


『……《モンク》だ』


 サムライ風のプロゲーマー・ホコノは、かすかに笑いながら告げた。


『あれは《モンク》――ウォーリア寄りのプリースト系クラス。物理攻撃を得意とする神官だ!』




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「も……モンク……!?」


 あのジンケから1本取った喜びも束の間、ジンケが選択した二つ目のクラスに、サタは混乱の極致にあった。


(あ……あんなの、対人戦どころか、PvEプレイヤーでも滅多に見ないぞ……!?)


 モンク。

 支援魔法や回復魔法を得意とするプリースト系クラスにあって、唯一、物理的な攻撃手段をまともに備えているクラス。

 いわゆる『殴りプリースト』や『殴りクレリック』と呼ばれるものに近いが、当然、支援と回復と攻撃をすべて十全に扱えるクラスがあるなら、誰もがそれを使う。


 そうなっていないのは、ひとえにモンクというクラスの性能が中途半端だからだ。

 補正がかかるステータスはMPとSTRとMDF。

 どうにもちぐはぐな印象があり、コンセプトがまとまっていない。

 かと言って装備や戦い方がカッコいいかと言えば、むしろ地味な方に収まるだろう。

『不遇クラス』にさえならない『空気クラス』――サタのモンクへの印象は、そういうものだった。


 それを、大会というこの場で選んできた。

 一体どういうつもりだ?

 モンクなど、ランクマッチでさえ誰も使っていないのに――


「……惑わされるな!」


 サタは自分を叱咤する。


「自分のプレイをすればいい。そうすればきっと今度も勝てる」


 そして、試合が始まった。

 彼は自らに言い聞かせた通り、自分のプレイをした。



 15秒後、HPがなくなっていた。

 それが2回続いた。

 何が何だかわからないうちに、彼の4回戦は終わった。



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