第35話 プロ見習いは自己分析する
――私は試合のない日は必ず5時間やってる。……それが答えよ。
翌日。
オレは丸1日使って、ミナハが残した言葉の意味を考えた。
対戦室に一人でこもり、大モニターで自分の対戦の録画を片っ端から見直した。
録画には闘う二人を客観視点で映したものと、オレの主観視点をそのまま録ったものの2種類がある。
まずその2種類を順番に見て、気になるところがあれば適宜切り替えた。
……コノメタやニゲラに散々指摘されたことだが、オレは1ラウンド目を落とすことが比較的多い。
スロースターターってほどでもねーが、2ラウンド目以降に比べると、明らかに読み負けているシーンが多かった。
これは多分、オレの人読み頼りの闘い方によるものだろう。1ラウンド目は相手のデータがまだ少ないから、間違った予測を立ててしまう確率が高いのだ。
そして、オレはそれを―――
「…………そうか」
ミナハが指摘したかったのはこれだ。
『直感』と『読み』。
オレが持つそれらのうち、片方は優れているが、片方は全然ダメだとミナハは語った。
こうして録画を見直してみると明白だ。
ダメなのは『読み』の方だ。
かつて将棋の名人が語ったと言う『直感』『読み』『大局観』の三要素について、オレも軽くだがネットで調べてみた。
曰く。
『直感』とは、可能性としては無数に存在する手を、一瞬にして有効そうな数手だけに絞ってしまうプロセス。
『読み』とは、『直感』によって導き出した数手から想像を広げ、シミュレーションをするプロセス。
『大局観』とは、その時の盤面だけではなく、ゲーム全体を通じて進むべき方針のようなもの。
オレたちの言葉で言えば、ゲームプランとでも呼ぶべきか……とにかく、目の前の損得だけに囚われず、いかに勝利を目指すかを考えるプロセスだ。
この三つのうち、なぜオレの『読み』が弱いと断言できるのか。
数百戦分の対戦録画を見直して至った結論は、極めてシンプルなものだった。
『直感』が優れすぎているからだ。
これは飽くまで感覚的なものだが、オレは常に対戦相手の一手先を視ながら闘っている。
未来を視ていると言えば聞こえはいいが、この現象をさっきの説明に当てはめて換言すれば、こういうことになる。
『直感』の時点で、可能性をたった一手にまで絞り込んでいるのだと。
……そういうことだ。
オレは『直感』の時点で、可能性を絞りすぎるのだ。
だからその後の『読み』が広がらない。
シミュレーションが不足する。
自分が選ばなかった選択肢に対する理解が浅くなり、結果、『直感』が外れたときに取り返せない。潰しの利かないプレイをしてしまっているのだ。
こんな闘い方で今まで勝てていたのは、『直感』の精度が比較的高かったことと、このゲームが将棋みたいなターン制ではなかったからだろう。
コンマ数秒という世界で判断を迫られるこのゲームだと、多少の読みの浅さは思考スピードでカバーできてしまう。
仮に読み負けても、反射神経で挽回できるのだ。
だから、オレは自分の闘い方の危うさに、今まで気付かなかった……。
「…………どうすりゃいいんだ?」
オレは対戦室のソファーで背中を預け、ぼうっと天井を見上げた。
……『直感』が働きすぎて、『読み』が足りてない。
ミナハが言いたかったことはわかった。
しかし……なら、どうする?
『直感』は無意識に働かせているものだ。オレが自分の意思でどうにかできるもんじゃない。
……自分の強みを活かせ、ともアイツは言っていた。
強みとは、この場合は『直感』だろう。
『直感』の精度と速度を最大限に活かすためのスタイルを選択すればいい。
となると……。
できる限り手数を増やして、相手から思考時間を奪い、プレイを素直にさせる――というのが、一案として考えられる。
プレイが素直になればなるほど、オレが『直感』で絞り込んだ可能性から外れにくくなるはずだ。
それを一番効率的に実行できるスタイルは―――
「……はは」
そこまで考えたところで、オレは笑ってしまった。
多くの手数で攻め立てられるスタイル。
オレの反射神経についてこられるAGIを持つスタイル。
考えるまでもなく、簡単に思いついた。
―――《拳闘士》。
《拳闘士》クラスは、対人戦で使用できるクラスの中では、最大のAGI補正倍率を持つ。
とにかく相手に張りついて殴り続けることになるから、反射神経勝負になりやすい。
「ミナハの奴……誘導しやがったな」
とりあえず今はパスだって言ったのに、それでもオレに《拳闘士》をやってほしかったらしい。
……わかってるさ、言われなくても。
オレに一番合っているクラスは《拳闘士》だ。
慣れの観点から言っても、最もポテンシャルを発揮できるクラスであることは間違いない。
しかし……。
「……いつまでも甘えたことばっか、言ってられねーよな……」
人を殴るのが嫌だから使いたくありません――なんて、舐めプの言い訳になりゃあしねーだろう。プロになろうってんなら尚更だ。
いずれ克服しなきゃいけないのはわかっている。
わかっているが、同時に――
ゲーマーとしての『直感』が、オレにこう囁いているのだ。
昔取った杵柄に頼りすぎるな、と。
「……………………」
なら。
取るべき方針は一つしかない。
「…………よし!」
茨の道かもしれない。
もっと楽なやり方もあるのかもしれない。
しかし、やるべきことが定まった瞬間、モチベーションが次々と湧いてくる。
いいじゃねーか。
おもしれーじゃねーか。
『読み』が浅いというオレの弱点―――それをカバーするスタイルを、必ず開発してやる。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
それから1週間後。
オレはコノメタとニゲラをハウスに呼び出していた。
当然、メイド姿のリリィも一緒だ。
その他、デジタルTCG部門のシルもいるが、こいつは別に呼び出したわけじゃなく、9月に入ってからこっち、ずっとハウスに入り浸っているだけである。
「今日はどういう趣旨なのかな、ジンケ君?」
地下のトレーニングルームに降りてくるなり、コノメタが言った。
「練習に付き合ってほしいって話だったけど……《RISE》用の新スタイルが決まったのかな?」
「ああ……。練習ってか、試し斬りって感じだな。構成自体はもう大体完成しててさ」
「そんなのランクマでやりなさいよ。ワタシたちだってヒマじゃないのだわ!」
「本当に忙しいんなら断ってくれてもよかったんだが」
ニゲラ先輩はツーンとそっぽを向いて回答を拒否する。
とりあえず文句をつけないとコミュニケーションが取れない人種らしい。
「ランクマじゃ使いたくねーんだよ。そこそこ注目されてる今の状況でオレが変なスタイル使ってるのがバレてみろ。あっという間に拡散されちまうんじゃねーの?」
「へえ。変なスタイル?」
コノメタが面白そうに唇を歪めた。
「もしかして……《ブロークングングニル》に続いて、またぞろ新しいスタイルを作ってきたのかな?」
「少なくとも、オレ以外に使ってる奴は見たことねーな。いま環境にいねーってだけで、使ったことのある奴が一人もいないってわけじゃねーと思うが」
「面白そうだね。リリィちゃんはどういうスタイルなのか知ってるの?」
リリィはこくりと頷く。
「スキル集めとか手伝った。……でも、正直、意外」
「意外? ですって?」
「ジンケがこういうスタイルを使うとは思わなかった」
「ふうん……?」
ニゲラが興味をそそられたように、顔を背けたままオレに視線を向けた。
「ネタバレはそこまでな。事前準備なしでどこまで対応されるか見てみたい。それと、せっかくだから大会と同じ形式でいいか? 2本先取のラスト・クラス・スタンディング」
「いいんじゃないかな。同じ形式で経験を積むのも重要だ」
「仕方ないわね。先輩として付き合ってあげるのだわ。負けても言い訳しないでよね!」
というわけで、ニゲラ、コノメタの順番で練習試合を行った。
そして。
「どうだった?」
2試合を終えて、オレは二人に新スタイルの感想を訊く。
二人の様子はそれぞれ違っていた。
片やニゲラは、悔しそうな顔でオレを睨みつけ。
片やコノメタは、『これは参った』という顔で苦笑して。
しかし、EPSが誇る二人のプロゲーマーは、口を揃えてこう告げたのだった。
「「
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
かくして、武器は揃った。
ニゲラやコノメタを相手に、大会と同じ形式での練習を積んで、あっという間に9月下旬。
総合eスポーツイベント《RISE》MAO部門、オンライン予選。
オレが参加する初めての大会が幕を開ける。
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