第30話 プロ見習いは最善手を打つ


 8月31日――順位確定まであと1日。

 夜になってから、この日初めてマッチング・ルームに入ったプラムは、扉の上に表示された数字を見て歓声を上げた。


「まだ2位……まだ2位だ……!」


〈1桁フィニッシュ確定でしょこれ〉

〈1位いこう!!〉

〈ここまで来たら1位フィニッシュ狙うでしょ!!〉


「い、いやいやいや! 無理です!! 絶対無理!! もう回しませんから!!」


 全力で否定しても、リスナーたちは1位取れ1位取れと囃し立ててくる。


(ひ、他人事だと思って……!)


 今までのプラムの戦績からすれば、月末の激戦を制して2位まで来られたこと自体、奇跡みたいなことなのだ。これ以上多くを望めば、きっと手痛いしっぺ返しを――


(……でも、逆に考えれば……)


 ここまで来られたことが奇跡であればこそ。

 1位を取りに行けるのは、今月が最初で最後……?


「あ、あの……1位フィニッシュしたら、選手権ポイント、どれだけもらえるんでしたっけ……?」


〈12〉

〈12ポイント〉

〈12pt取れれば上位64人が射程圏内に入るぞ!!〉


 MAO最大のPvP大会である選手権は、ランクマッチおよび公認大会の成績に応じて付与されるポイントをより多く集めた64人にのみ出場資格が与えられる。

 今までは雲の上の話だった。ゴッズランク残留で自動的に付与される1ポイントを、漫然と受け取っていただけだったからだ。だが――


(12……12ポイント……!? 確か18ポイントくらいがボーダーラインだったよね……!?)


 本当に、出場を狙える位置になる。

 あとほんの少し、大会でポイントを確保すれば――


(本当に、もうないかも……。1位フィニッシュ狙えるなんてこと……選手権に、出れるかも、なんてこと……!)


「……い……」


 気付けば、彼女は口にしていた。


「1回だけ……ですからね……!?」


〈きたあああああああああ〉

〈いけいけいけいけいけ〉

〈なんかエロいw〉


 そうして彼女は、意を決してマッチングを開始した。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 勝利を収め、マッチング・ルームに戻ってきたオレは、全力で念を込めて何度も呟いた。


「……1位……1位……1位……1位……!」


 扉の上の順位表示を見上げる。



【現在のジンケ:3位→2位】



「…………2位ぃいぃいいいいいっ!!!」


 上がった!

 上がりはしたけども!


「まだ……まだやるの……? マジで……?」


 もう心臓ぶっ壊れそうなんだけど。

 緊張感ハンパないんだけど。

 アバターなのに全身に汗かいてる気がするんだけど!


「誰だ1位はーっ!! 今すぐ負けて落ちてこい!!」


 オレはもう潜りたくありません!!!


『ジンケ』


 マッチング・ルームの中心で怨嗟を叫んでいたそのとき、サロンにいるリリィから呼びかけがあった。


『1位。誰かわかった。もう放置するって』

「なにぃ!?」


 1位が負けるのを待つという最高に冴えたオレの作戦が成立しねーじゃねーか!!


「誰だそのチキン野郎は!! 1位の座に満足せず闘い続けろとリプライを送れ!!」

『野郎ではないと思う』

「……んなにぃ?」


 おいおい……。

 そいつは今、オレが追い抜いたんじゃねーのかよ!


『今、プラムが1位』

「……くぅあああああ……!!」


 2位で満足しとけよおおおお……!!

 なに1位目指してんだよおおおおおお……!!


「あ゛あ゛っ! もう! ちくしょうが!!」


 やりゃあいいんだろ!? やってやるよ!! 負けなきゃいいんだろうがああ!!!




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




〈1位!!!!〉

〈1位おめ!〉

〈1位フィニッシュきたああああああ〉


「あ、ありがとっ……あぅ、ぅう、ありぁとぉ……!!」


〈泣いてるw〉

〈もらい泣きしそう〉


「だ、だって……1位なんて、初めてでぇ……!!」


 勇気を振り絞って始めた1戦。未だかつてない緊張感の中で闘ったその試合を見事制して、プラムはゴッズランクの頂点に立った。

 SNSに投稿した1位報告にも大量のお祝いメッセージが寄せられていて、プラム自身、信じられない気持ちでいた。

 順位確定は日付の変更と同時だ。

 日はとっくに沈んでいて、期限までは幾ばくもない。

 そして普通なら、この時期に1桁まで来たプレイヤーは、無理をせずに放置する。

 1位フィニッシュ確定――そう言って差し支えのない状況だった。


「…………うえ?」


 だからプラムは、視界の端によぎったそれを、見間違いだと思った。

 涙のせいで景色が歪んで、そういう風に見えただけだと。

 ――『1』が『2』に見えただけだと。


「…………え…………?」


 まじまじと見て、やがて、それが涙のせいではないことを知る。


「うそ…………」


〈ん?〉

〈どうした?〉

〈なんかあった?〉


「あの、えっと……」


 驚きすぎてうまく話せなかったプラムは、妖精型ウェブカメラ、通称《ジュゲム》に、扉の上に表記された数字を撮らせた。


〈え〉

〈マジ?〉

〈マジかよwwww〉

〈早すぎwww〉


 プラムの順位は2位になっていた。

 追い抜かれたのだ。何者かに。


〈誰だこれ?〉

〈SNSで誰か報告してないの?〉




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 この瞬間、かねてより約束されていたことが、ただちに実行された。

 プロゲーミングチーム《ExPlayerS》。

 SNSにおけるその公式アカウントが、秘されていた真実を告げる。


【ExPlayerS公式@xxxxxxx

 8月初頭より育成強化指定選手としてEPSに所属していた『JINKE』選手が、MAOランクマッチにおいてゴッズランク1位を獲得!! MAO歴わずか1ヶ月での快挙です!!】


 そのニュースはあっという間に1000回以上拡散されて、MAO界隈を駆け巡った。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




〈マ?〉

〈JINKEってプロだったのwww〉

〈育成強化指定選手だから見習いだね〉

〈MAO歴1ヶ月ってマジで言ってる?〉

〈51連勝のときは確かに初心者っぽかったんだよな〉


 リスナーからその情報を教えられたプラムは、驚くよりも深く納得していた。


(プロ……そっか……そっかぁ……)


 通りすがりの素人です、と言われるよりも、よほど得心がいった。

 やはりただ者ではなかったのだ。

 プラムには縁のない、の人間……。


(……ううん)


 違う。

 などではない。

 ついこの間、彼とは対等な立場で槍を交わしたばかりだ。

 手の届かない存在などではない。

 雲の上の存在などではない。

 今、この仮想世界に、プラムと同じようにログインしている、同じMAOプレイヤーの一人だ。

 だから――自然と、プラムはこう思った。


(……今、あたしが1位を取り返したら、どうなるかな?)


 MAO歴1ヶ月での快挙。

 最速で頂点に到達した未来のプロゲーマー。

 彼に最も注目が集まっている今。

 もし、その頂点の座を奪ってみせたら――


 ――それって。

 ――んじゃない?


「……取り返します」


 そう思ったときには、プラムは口にしていた。


「取り返します! 1位!」


 この宣言を、リスナーたちは文字の歓声をもって迎えた。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 ゴッズランク1位を証明するスクショをコノメタ宛に送った途端に公式が動いたもんだから、オレはビビっていた。

 はっや。どう考えても待ちかまえてただろ。

 時間はもう深夜と呼んで差し支えない。オレが1位を取ると信じて待機してくれてたんだと思うと、申し訳ないやら嬉しいやらでよくわからなくなる。


「……ともあれ」


 日付が変わるまで、あと大体10分。


「これで一息―――」




【現在のジンケ:2位】




「―――は?」


 目に入った表示に、オレは呆然となる。

 抜かれた?

 あと10分だぞ!?


『ジンケ!』


 リリィが少し慌て気味に呼びかけてきた。


『取り返された! プラムに!』

「んなっ……!」


 オレが1位を取ったことがアナウンスされてから、まだ5分くらいしか経っていない。

 なのに、もう取り返された?

 あのアナウンスを見るなり即座に潜って1勝したってことか?


「……なんつー負けず嫌い……」


 最初にぶつかったときは、大人しそうな雰囲気だったのに。

 なかなかどうして、とんでもない猛獣を心に隠してやがる……!

 本音を言えば、今日はもう闘いたくない。

 1位は取ったし、最初の約束だった50位以内も完全に確定してる。

 これ以上ランクマッチをやることに、メリットなんかほとんどない。

 しかし―――


「―――受けてやろうじゃねーか、その挑戦」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「あっ!!」


 少し目を離した隙に、また数字が変わっていた。


〈抜かれた!?〉

〈抜き返されたんじゃねこれww〉

〈うわああああああああああああああ〉

〈あと6分!!!!〉


(どうする?)


 再び2位に戻ったそのとき、プラムの中に生じたのは迷いだった。


(次こそ……次こそ負けるかもしれない。もうずいぶん連勝してるし……そろそろ……)


 しかし、勝てば1位フィニッシュだ。

 勝てば。

 あと1回だけ勝てば。


(ここまで来て諦めるなんて……! あ、ダメ……これはダメな思考……引き際を誤った人間の、典型的な……!)


 1位。

 1位になりたい。

 だけど、引き際はここだと理性が言っている。

 ここでやめておくべきだと、プラムの脳は計算している。

 欲望と理性がせめぎ合った。

 順位確定まで約6分。

 考えている時間はほとんどない。

 1試合は長くて5分かかる。

 決めるなら、今すぐ―――!




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




【現在のジンケ:1位】


 順位確定まで残り6分。

 もうオレにやるべきことはない。

 あとはゆっくりと、日付が変わるのを待つだけ――


『お疲れさま、ジンケ』

「……………………」


 ……それでいいのか。

 これでいいのか?

 いいはずだ。

 いいに決まっている。

 100人中100人がそう考える。

 無駄なリスクを負う必要はない。

 オレだって、さっき願ってたじゃねーか。

 1位の奴、勝手に負けて落ちてこいって。

 実際にそんな間抜けなことをする奴はいない。

 なのに、オレ自身がその間抜けになるのか?

 放置だ。

 それ以外にはない。

 そのはずだろ――?


「……………………」


 オレの脳裏に、ある闘いがよぎる。

 明らかな不利を強いられながらも、正面から食らいついてきたアイツの3ラウンド目。

 アイツならどうする?

 この状況。

 アイツなら――


 残り5分。


「………………!!」


 気付けば。

 オレは、震える手で。

 マッチング・ボタンに触れていた。


『え?』


 マッチングが開始される。

 キャンセルする暇もなく、すぐに対戦相手が決まった。


『ジンケ……?』

「アイツは、来る」


 確信だった。


「来るんだ」


 だから。


「オレが、自分で、守りに行くしかない―――」


 それが結論。

 きっと、オレとアイツ以外の誰にも理解できない―――


 ―――たったひとつの、最善手。




 そして。

 オレとプラムは、闘技場の中央で対峙した。


 オレの顔を見るなり、プラムは困ったように苦笑したような気がした。

 オレもたぶん、似たような顔をしたと思う。


 どうやらオレたちは、お仲間を見つけちまったらしい。


 オレは槍を構えた。

 プラムは槍を構えた。


 そうして、ゲームが始まり。

 そうして、どちらかが敗北した。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




【MAOアリーナ・ランクマッチ】

【8月期ゴッズランク:最終結果】


 1位:《JINKE》


 2位:《Plum》



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