第29話 プロ見習いは月末の魔物と戦う
8月28日――順位確定まであと4日。
【現在のジンケ:49位】
「……ジンケ、順位……」
「うるせーっ!! わかってるから言うな!!」
ちょっとだけ負けがこんだ。ちょっとだけだぜ? たまたま相性の悪い相手と続けてマッチングしちまっただけだ!
「……スタイル構成変えようかな……」
「前にそれで裏目に出た」
「ぐおお……!!」
対戦室のサロンのソファーで、大モニターに映した戦績を前に悶え苦しむ。
やだぁ……。もう順位落とせない……。これ以上落としたら50位フィニッシュすら怪しいじゃん……。
情けないことに順位が落ちるのが怖くなり、マッチング・ルームから一時撤退したオレだった。
とはいえこのまま放置しても、50位以上で8月を終えられる可能性は万に一つもない。
不思議なもんで、たった数戦、似たタイプの相手とマッチングしただけで、もしかしてこのスタイル流行ってるんじゃねーかと思えてくる。
ならばと対策してみれば、途端にそのスタイルとは当たらなくなって、さらに負けが重なってしまうのだ。負のスパイラルである。
これはゲーセンの格ゲーにはあまりない感覚だった。
そもそもオフラインだから、対戦相手は顔なじみが多かったし、対策するにしても立ち回りを変えるくらいで、もし裏目に出ても試合中に修正が効いた。
こうして常に『環境』を意識しながら戦い続ける、というのは初めての経験だった。
「んおお……! ストレス……!!」
何をやっても負けるような気がしてきた。
なんでゲームでこんなにストレス溜めなきゃならないんだ……!
「ん」
「お?」
リリィがオレの頭を持ち上げたかと思うと、膝の上に置く。
目前にたわわな山脈が聳えた。
「よしよし」
「おおおおおおお……!!」
そして、そのまま頭を撫でられる。
な……なん……なんだこれは……。
癒される……。心に積もったストレスが溶けていくようだ……。
「がんばれそう?」
「行ける気がしてきた」
下手な考え休むに似たり
小細工はなしだ。
多少の不利は実力で蹴り倒す……!!
「……でもさ、リリィ」
「うん? ……ひあっ」
オレは目の前を塞ぐたわわなお胸(VR)を両手で持ち上げる。繰り返すようだが感触はない。
「膝枕はすげー嬉しいんだが、これが邪魔でお前の顔が見えねーんだよな」
「……見たいの?」
「…………見たいっていうか」
この期に及んで変なプライドが邪魔をした。
「そっちのほうが、なんていうか、しっくりくる……っていうか」
同じ膝枕でも、お前と見つめ合えたほうが嬉しい……なんて女々しいことは、とても口にはできなかった。
「……そっか」
リリィの表情は、胸に遮られて見えない。どうせ無表情なんだろうが。
「それじゃあ、今度、リアルでも膝枕、してあげる」
「ああ……リアルのお前なら何の遮蔽物もねーもんな」
「……むぎゅー」
「むごごごご!!」
胸に顔を潰された。
繰り返すようだが、感触がないのでただただ苦しいだけなのだ!
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
8月29日――順位確定まであと3日。
【現在のジンケ:16位】
再び1桁が射程範囲に入った。
リリィの膝枕のおかげってわけでもなかろうが、あの後、勝率を持ち直したのだ。
『ジンケ。今リアタイ1位』
「マジで!?」
マッチング・ルームで対戦相手が決まるのを待っていたら、サロンにいるリリィから報告があった。どうやら調子がいいらしい。
よし、この勢いに乗って1桁まで行くぜ! もし行けたら、そのまま放置しても50位以内は余裕で確定だ。
「……いや」
逃げ腰になるな。オカルト以外の何物でもないが、置きに行こうと思ったときにこそ何らかのアクシデントが―――
対戦相手が決まった。
『コノメタ』と書いてあった。
「あ゛ーっ!!」
ここに来てコイツかよ!!
闘技場で対峙したロングテールの女は、相も変わらず刀を携えていやがる。
刀だ。
もう一度言う、刀だ。
そう。何を隠そうこの女は、ティアーランキングに影も形もない変態スタイルでランクマッチを回す地雷プレイヤー……!!
「そうそういつまでもわからん殺しされてたまるか……!!」
練習試合を含めて、コノメタとはそこそこの数、対戦している。
わけもわからず惨殺されたこともあったが、勝ったことだって何回もある。
大人しく負けてやる道理はねぇってことだ……!!
1ラウンド目。
コノメタの戦い方の特徴は、緩急自在の間合い取りにある。
機を図っていると思えば近付かれて、斬り合っていると思えばスッと引く――意識の間隙に飛び込むとでも言うのか、小さく不意を打つのが異常に上手い奴なのだ。
それを可能とするのは、リアル剣道にも似た足運び。
だからオレは落ち着いて、コノメタの足運びをしっかりと見極めながら戦った。
じりじりと睨み合いが続き、リーチで勝るオレの槍がたまにヒットする。
そのままタイムアップになった。
体力差でオレの勝利だ。
「ッし……!」
2ラウンド目。
始まった瞬間、コノメタの口元がにやりと笑う。
「んっ……!?」
コノメタのアバターが急激に動いた。
速ッ……!? 目が追いつかない!
「今日は《縮地》入れてんのかよ、くそっ……!」
スキル《縮地》。
普段はAGIを少し上げるパッシブスキルで、アクティブスキルとして使用すると、ほんの少しの間、AGIが2倍にもなるという代物だ。
対人戦ではたまにしか見かけないスキルである。ってのも、むやみやたらにAGIを上げてみたところで、その速度をきちんと扱える奴がほとんどいないのだ。
だからAGIをガン上げするスタイルを使いこなせる奴は達人扱いされる。それこそミナハみたいにな。
そして、コノメタもまた、その達人の一人だった。
プロゲーマーの肩書きは伊達じゃない。
一瞬でオレの視界から消えたかと思うと、次の瞬間には間近で刀を振り被っている……!
「ぐッ……!」
さっきのラウンドは見せ球か……! 遅いゲームスピードに目と身体を慣れさせて、《縮地》による速度で奇襲する……!
たった3ラウンドであっても、
たとえ1ラウンド取れたって、それは局所的な勝利に過ぎない。
さらに大きなスケールで負けてしまえば、元も子もない……!
《炎旋》で暴れてみたものの、全部綺麗に読み切られた。
極端に緩急のある動きにようやく目が慣れてきたところで、HPが尽きる。
これで1対1。
最後はどう来る?
フィニッシュブローである《ブロークングングニル》は、AGI重視のスタイルであるコノメタにはあまり有効ではない。
いくら《雷翔戟》や《炎翔戟》をぶっ放しても、その速度で避けられてしまうからだ。
そもそも、いくら遠距離戦に持ち込みたくても、相手が速すぎて間合いを離せない。
つまるところ、実力勝負か。
リーチで勝るオレの槍と、小回りで勝るコノメタの刀。どちらがより強く自分の長所を押しつけられるか。
3ラウンド目。
コノメタは《縮地》を使わず、滑るような足運びで間合いを調整しながら、『小さな不意打ち』で突如として懐に飛び込んでくる。
オレは下がりながら槍を振り回し、それを拒絶。自分に有利な距離を手放さない。
だが、これをいつまでもやっていると、壁際に追いつめられてしまう。そうなったら、コノメタにとっちゃボーナスゲームだ。
つまりコノメタは、同じことを繰り返していれば、いずれ形勢が自分に傾くことがわかっている。
状況の打開を迫られているのはオレのほうだった。
どうする……?
いや、選択肢はいくつもない。こちらから攻めるのは確定で、それを具体的にどうするのかという話だ。
速さを優先して刺突か。
横ステップをケアしての薙ぎ払いか。
あるいは―――
「……………………」
今の自分の順位が脳裏をよぎる。
ここで負ければ連勝がストップする。
その事実が心拍数を上げて―――
「――――ハッ!!!」
大きめに声を出して雑念を払い。
同時にオレは、コノメタに向かって突進した。
繰り出すのは鋭い刺突。
コノメタは冷静にその穂先を見極め、体重を横に移す。
このとき、すでにオレは詠唱を開始していた。
「―――
槍の穂先が虚空を突き、コノメタが横にステップした、その瞬間。
オレの槍が炎を帯びる。
「―――
刺突か。
薙ぎ払いか。
答えは、両方である。
《炎旋》。
炎を帯びた槍が、ヘリコプターの羽根のように旋回する。
回避確認なしでの先読み攻撃。
いわゆる『ぶっぱ』以外の何物でもないそれを、当然コノメタは防げなかった。
高速で旋回した槍にコノメタがぶっ飛ばされ――
同時、準備が終了する。
―――《雷翔戟》。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
8月30日――順位確定まであと2日。
【現在のジンケ:5位】
初の1桁に到達して数戦が経過した。
この時期にここまで来たら普通は放置するらしいが、結局1位を一度も取れてないから続けざるを得ない。
「負けず嫌いだねえジンケ君。別に社長命令を達成できなくてもお咎めなんかないのに」
「一度やるっつったんだからやるよ。ここまで来て引っ込みつくか!」
「引き際も大切だよ。私とニゲラはもう放置してるから」
「必要なポイントは取れるはずなのだわ。メリットもないのに誰が好きこのんで月末ランクマなんて!」
先輩たちに変態扱いされながらも、オレは闘い、闘い、闘った。
そして、そのすべてに勝った。
にもかかわらず。
【現在のジンケ:3位】
「いつになったら1位になれるんだよ!?!?」
何連勝したと思ってんだ! どんだけ勝ってんだ上の連中!
「おい誰だよ今の1位と2位! SNSとかで報告したりしてねーのか!?」
ゴッズランクで1位や2位になったら、大抵のプレイヤーはSNSで報告するのだ。
リリィがブラウザをささっと操作し、
「……あ。見つけた。2位だけど」
「誰だ!?」
リリィは無言でウインドウを見せてくる。
「あー!?」
そこにあったのは、オレの知っている名前だった。
「お前か……結局お前なのか……!! プラムぅううっ……!!」
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