第28話 プロ見習いは眠らない


【現在のジンケ:35位】


 ついに8月最後の週がやってきた。

 この週を50位以内で乗り切ること――それがオレがプロになるための、第一の条件だ。

 リリィを連れてウエスト・アリーナのロビーに入る。と、いくつかの視線が集まった。

 むやみに注目を集めないよう、ノース、ウエスト、サウスと毎日アリーナを点々としているオレだったが、さすがにもうすぐ1ヶ月だ。別にオレじゃなくたって、顔の一つも覚えられようってもんだろう。

 目立たないよう、メイド服をマントで隠しているリリィが、さりげなく肩を寄せてくる。視線が刺々しさを増した気がした。……覚えられてるの、こいつのせいでは?


「……空気がちょっとピリピリしてるな」

西ここは、ゴッズの人も多いはずだから」


 噂に聞く月末。より高い順位でフィニッシュするため、多くの猛者たちが狂ったようにランクマッチを回し始める時期。


「今から放置して50位以内ってのは、甘い考えか……」


 ゴッズランクの順位は表示されないレーティングで決まると言われている。

 だから当然、闘いさえしなければ、そのレーティングは下がらない。

 しかし、下からどんどん追い抜かれていけば、順位は否応なしに下がっていく。


「どちらにせよ、狙うは1位だ。社長命令だしな」

「がんばって。わたしとのキスのために」

「それ今言われるとすっげー俗物っぽいんだが」

「1位取ったら、それ用のご褒美も、別に考えてる」

「……マジ?」

「マジ」


 真顔だ。いつもそうだけど。


「一応訊くが……それは、エロいことですか?」

「場合によっては?」


 リリィは銀色の髪をさらりと揺らした。


「……やる気出てきた」

「えっち」

「許せよ。お前相手なんだから」


 こくりと頷いて、リリィはさらに肩を密着させた。

 集まっていた視線が殺意さえ帯び始めた。

 あー、うん。

 今のはオレらが悪いな。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




【現在のジンケ:28位】


「上っがんねええええええええええっ!!!」


 これまでは勝てば10以上は上がったのに!! 今は勝っても1桁しか上がんねー!!


『またリアタイの上のほうにニゲラとコノメタがいる』


 控え室サロンにいるリリィの声が、スピーカーを通じてマッチング・ルームに響いた。


「んだとー!? よーし、今度こそ潰す!!」

『あっ。いまニゲラのスコア上がった』

「スナイプ!!」


 マッチング開始。

 十数秒ののち、決まった対戦相手は――


「おおっ!? マジで当たった!!」


 闘技場に飛ばされて対峙したのは、見慣れた金髪ロリだ。オレの姿を見て嫌そうに顔をしかめていた。

 よし、エモート飛ばしてやる。

 試合が開始する直前に、親指を下に向けてやった。

 ニゲラは即座に中指を立ててくる。

 よい子は真似しないでね。



【現在のジンケ:33位】



「んぐぉおおおぉぉ……!!」


 ま、負けた……!! 自分からスナイプしといて……!!

 あんの合法幼女、恥も外聞もなく《タンク型セルフバフ》使ってやがった……!!


『すぐにマッチングしたらまた当たるよ、ジンケ』

「いーや行くねッ!! オレは逃げも隠れもしねー!!」


 マッチング開始!

 と、すぐに相手が決まった。

 もちろん……。


「くくく……お前がそのつもりならオレにも考えがある」


 VIT重視のスタイルなら《ブロークングングニル》に有利が取れるというその幻想、オレが打ち砕いてくれる……っ!!



【現在のジンケ:16位】



「ハアッハハハハハハハッ!!!」


 吸ってやったぜ、レートをよお!!


『ジンケ、悪役っぽい』

「言うがいい言うがいい! それすらも我が勝利の美酒の肴となる!」

『じゃあわたし、悪役の横に侍る美女役やる』

「よかろう! どうせマッチングには間を置くし!」


 3回目は絶対にやらん。勝ち逃げしてくれるわ! フハハハハ!!

 リリィと悪の組織の首領ごっこをすべくマッチング・ルームを出ようとした。が、その前に、オレの目の前にウインドウが出た。

 ――【着信:ニゲラ】。


「ひいッ!」


 プロゲーマーから直接クレームが!

 恐る恐る通話ボタンを押すと、案の定キンキン声が弾けた。


『ちょっと今すぐハウスまで来なさいアンタ!!』

「え、えー……どうしよっかなー……」

『先輩命令よ! 今からコノメタも混ぜて《ブログ》対策会議!』

「それをメインスタイルにしてるオレには不利しかない会議なんだが……」


 敵に塩どころか金送ってる感じなんだが。


『バカね! アナタは対策の対策ができるようになるでしょうが! 後生大事に自分の手の内を隠してる奴が勝ち続けているのを、ワタシは見たことがないのだわ!』

「そういうもんか?」

『情報共有こそが強さへの近道! 何のためのハウスだと思っているのかしら! だから集合! 今すぐ!』


 一方的に言うだけ言って、ニゲラは通話を切った。

 無視したら超怒られそう。

 しぶしぶマッチング・ルームを出ると、リリィがものすごく胸元の開いた黒いドレス姿になっていた。


「どう、ジンケ。悪の首領の愛人っぽい?」

「……………………」


 胸の深い深い谷間に目が吸い寄せられる。

 指突っ込んでみたい……。

 オレは谷間の魔力に必死にあらがって、


「悪い、リリィ。ニゲラ先輩から呼び出し食らった。今からハウスに行く」

「えー」

「……その前に、スクショ撮ってもいい?」

「どうぞ」


 言わないでも色んなポーズを取ってくれるリリィ(夜の女バージョン)を満足行くまで撮りまくった後、オレたちはアリーナを出て、EPSのVRゲーミングハウスに向かった。


「おッそいっ!!」


 玄関口で待ちかまえていたニゲラが、ピョーンとジャンプしてブンッと腕を振る。オレの頭を叩こうとしたのか。おいたわしや、背丈がさっぱり足りません。

 仕方のない奴め。


「ほら、たかいたかーい」

「うひあああっ!? おっ、おろっ、おーろーせーっ!! おろすのーっ!!」

「ぐるぐるー」

「きゃあーっ!!」


 ジンケ式アトラクションでお子様を喜ばせていると、リビングのほうから声がかかった。コノメタだ。


「ほどほどにしときなよー。じゃ、私は下のトレーニングルームで待ってるからー」

「こっ、コノメターっ!! たーすーけーなーさいよおーっ!!」

「ジンケ式フリーフォール」

「いやーっ!!」


 フローリングに着地させた頃には、ニゲラは息も絶え絶えになっていた。


「……っぁ、はあっ……ふぅっ……んっ、ぁ……んんっ……! お、覚えておき、な……はぁあんっ……!」

「おお。息が切れると喘ぎ声になるのか」

「この声だけでお金になりそう」

「じゃ、ジャパニーズ音声作品!?」


 だからどこで仕入れてんだよその日本知識。

 遊びもそこそこに、地下に降りて研究を始める。オレが仮想敵となってニゲラやコノメタと闘い、立ち回りやスタイル構成を検討した。


「《タンク型》はやっぱ盾でガッツリ守りに入られるとめんどくせーな。槍自体にはさほど火力ねーし」

「アナタはそれでも盾の横から通してくるじゃないの!」

「そりゃお前が攻めっ気を見せるからだって。我慢という言葉を知らんのかと」

「ニゲラには《タンク型》が合ってないんじゃないかな? メイス使ってるときも積極的に攻めていくタイプだし。《剣士型》のほうが合ってそうだよね」

「ええー……片手剣って、なんだか軽くてしっくり来ないのだわ」

「じゃあ大剣持てば? 盾捨てることになるが」

「《大剣型セルフバフ》? どうやってバフの時間作るのかな?」

「それならメイス持つわよ!」

「あ、そっか」


 ……そうやって、ああでもないこうでもないとやっているうちに日が暮れる。

 いったんログアウトして晩飯を摂ると、オレたちはまた集まって会議を再開した。

 ハウスのトレーニングルームで少しばかり練習したのち、夜のアグナポットへ。


「よし、じゃあ実戦で試そう! 行くよニゲラ!」

「い、イヤよ! もう少しで1桁なのに!」

「今の対《ブログ》勝率じゃどうせ無理じゃね?」

「アナタ以外には勝ててるのよバカ!!」


 イースト・アリーナの対戦室に、リリィも含めた4人で籠もる。

 交代でランクマッチに潜って、他のメンバーは大モニターでそれを観戦する、というのを繰り返した。


「ジンケ君。キミ、1ラウンド目もう少しどうにかならないの?」

「うるせーな! そこまで悪くはないだろ!」

「ぷくすすっ。何コイツ。こうして見ると1ラウンド目でアド取られすぎワロタなのだわ」

「オレがやってた格ゲーにはアドなんて概念なかったんだよ! っていうか言葉遣い!」


 夜は更ける。

 月末のアグナポットは眠らない。

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