《RISE》激戦編――最強こそが試される
第31話 プロ見習いは次なる闘いを命じられる
9月1日。
夏休みが終わった。
暦上は秋か知らねーが日光は依然として燦々と降り注いでいる。オレは遥か天空に向けて際限なく呪詛の言葉を呟きながら、ようやくの思いで登校した。
「ういーっす」
「おう、ジンケ! 久しぶり! ……お前白いな!」
教室に入るなり、クラスメイトの
よく『蛇なのか
「まあ、夏休み中ずっと家ん中でゲーム三昧だったからな……」
「いいなあ。俺なんかずっと部活だったぜー?」
ただゲームで遊んでただけじゃあねーんだが、まあいいや、めんどくせー。
「そのゲームってさ、あれだろ? 終業式の日に、
「ん? ああ、そうだが」
「ってことは、お前、夏休み中ずっと森果と一緒だったのかよ!」
「ゲームの中だけどな」
リアルではほとんど会ってない……っていうか。
あれ? 夏休み中、1回もリアルで会ってなくね?
「っかー! 果報者め! そんだけ仲いいのになんで付き合わねえかなあ」
「……いやー。それは、まあ、その」
「んん?」
オレの曖昧な態度に蛇松が首を傾げたとき、近くの女子が入口のほうを見て声を上げた。
「あ! 森果さん、おはよー! 久しぶりー!」
「おはよう」
ちょうど森果莉々が教室に入ってきたのだ――が。
「……あっ」
森果はオレの姿を見るなり廊下に取って返した。
そして、扉の陰に隠れ、ジーッとこっちを見つめてくる。
「え? なになに? なんだあの反応?」
蛇松がオレと森果の間で視線を行ったり来たりさせた。
それはオレが訊きたい。
何してんだアイツは。
「森果さん、どしたの? 入ってきなよ」
友達の女子に話しかけられるも、森果は真顔のままもじもじと指先をこねくり回す。
「……ちょっと、恥ずかしい」
「何がー?」
「夏休みに、ジンケと……いろいろあって」
「えーっ!?」
「なになに!?」
「森果さんが夏休み中に!」
「ちょっとみんな来て! 集合ー!!」
女子たちが一斉に色めきたった。
そして、わずか2秒で森果を取り囲んだ。
「ついにオトしたの!? あの朴念仁を!」
「ついに崩したの!? あの鉄壁のヘタレを!」
「ついに観念したの!? あの唐変木が!?」
矢継ぎ早に繰り出される質問に対し、堂々たるVサインをもって答える森果。きゃーっ!! と黄色い歓声が弾ける。
……オレに対する女子の評価どうなってんの?
「ジンケ……」
蛇松が絶望しきった顔でオレを見ていた。
「お前、ついに、行っちまったのか……!? 俺を一人残して……!!」
「いや、まあ、そのー……」
1学期の頃、毎日毎日クラスメイトの前で森果の告白を固辞し続けていたもんだから、ついに陥落しましたと報告するのは、なんかすっげー恥ずかしい……。
「どっちから!? どっちから!?」
「やっぱり森果さんから!?」
「ジンケから。逆告白。……の予告をされた」
「うわーっ!!」
「やるじゃん竜神くん!!」
「予定って!?」
オレはほとんど本能で両耳を塞いだ。めっちゃ得意げに喋るじゃん森果さん……!!
くそっ、釘を刺しとくんだった。考えてみればわかるじゃねーか。森果が自慢したがりのノロケたがりだってことくらい……!!
「お前ぇー!! ジンケぇー!! あれだけ気のない素振りをしておいて!!」
「知りませんボクは知りません」
「あっ!? 膝枕!? 膝枕してもらったって!? てめえぇーっ!!」
「えー? なんだってー?」
森果を連れ出してこれ以上喋らせないという手もあるにはあったが、逆効果になりそうだったので、オレはひたすら聞こえないフリをした。
が、それを許さないかのように、森果が女子の群れから抜け出て、とてとてとこっちに近付いてくる。
「ジンケ、おはよう」
「……おはようございます」
「今日もカッコいい」
「お前さあ!! オレが恥ずかしがってんのわかっててやってるよなあ!?」
周りがヒューヒューと古い囃し方をした。何歳だ貴様ら。
森果はMAOとは違う真っ黒な髪を指でいじる。いつも淡々としたコイツには珍しく、視線が落ち着かなげに泳いでいた。
「……わたしは?」
「え?」
「今日のわたしは?」
……えーっと。
それはもしかして、オレに対する『今日もカッコいい』のアンサーを求めていらっしゃるのか。
「これは逃げられねえぞヘタレ!」
「そうだぞヘタレーっ!」
「言ってやれ言ってやれ! 今日だけはノロケを許す!」
逆に言いにくいわ!
……ったく、ただでさえリアルで会うのは久しぶりだったのに――
あれ?
もしかして、それを気にしてるのか。
……そういや、こいつのアバター、コンプレックス全開だもんな。久しぶりにリアルで会うのに緊張のひとつもするか。
だったら、ここは……うむ。はっきり言葉にして安心させてやらねば。
クラスメイトたちが注視する中、オレは深々とうなずくと、いま森果が最も欲しているだろう言葉を告げた。
「貧乳も可愛いと思うぜ」
「「「「「死ねクズ野郎!!!!」」」」」
つい昨日、ゲーマー界を多少騒がせた《JINKE》も、学校に来ればこんなもんである。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
〈学校が終わったらハウスまで来るように〉
コノメタからそんなメールを受け取ったオレは、帰宅するなりMAOにログインした。
オレのセーブポイントは基本的にハウス2階にある個室だ。いつものように飾り気のない部屋に降り立ったオレは、廊下に出て、階段で1階のリビングに降りた。
すると。
「んー?」
「は?」
なんかいた。
ソファーの上で行儀悪く三角座りをした女の子が、スティック状のチョコをくわえたまま、階段から現れたオレに振り向いた。
タレ目気味の目元と、ざんばら切りの青い髪。オーバーオールと言うのか、青いツナギを着ていて――
「んえっ!? ……あ」
一瞬ビビった。
ツナギの下に何も着ていないように見えたのだ。
実際にはノースリーブの肌着を着ていて、ツナギと重なって見えなくなっていただけだった。
……誰だろう? 知らない女の子だった。
夏休み中は基本的にコノメタとニゲラくらいしか見かけなかったが、他にもハウスに出入りしている選手はいると聞いたし、実際、まったく見かけなかったわけでもない。
だけど、こんな女の子には見覚えがなかった。
ここにいるってことは、EPSの選手なんだろうが……。
「ど……どうも」
「ん」
会釈してみると、ツナギの女の子はこくりと頷いて、視線を前に戻した。何の頷きなんだろう……。
オレはツナギの女の子の斜向かいに座った。
ソファーの上に持ち上げられた素足が、足首のストレッチでもするように上下している。あんまり見るのも失礼だろうが、やっぱり無意識に見てしまうな。
それにしても、何をしてるんだ?
口にくわえたチョコスティックを時おりポリポリと食べながら、彼女の視線はテーブルに落ちている。その手には――
……カード?
トランプのようなサイズの数枚のカードが、彼女の左手に握られていた。
「んー」
女の子は悩むように首を傾げる。
「んー……んー……んーんんー」
傾げる。傾げる。傾げる。
……傾げすぎじゃね?
そのまま横倒しになるんじゃないかと思ったそのとき、首の角度が元に戻り、
「んっ!」
と、左手に握ったカードの1枚を、テーブルに叩きつけた。
よく見ると、テーブルにも何枚かのカードが浮いている。
そう、浮いているのだ。
見えないボードが置かれているように、カードが浮遊していた。
一人遊び……? と思ったが、そうじゃない。
彼女の対面に当たる位置にも、何枚かカードがある。
そして、見えない対戦相手がいるかのように、そのカードが動いた。
瞬間だった。
女の子の口から、チョコスティックがぽろっと落ちた。
そして。
「んあああああああああああ――――っ!!」
突如として絶叫し、ソファーの上をごろごろ転がり始めた。
何事!?
オレが面食らっている間に、
「……ふー……」
女の子は何事もなかったかのように元の三角座りに戻り、落としたチョコスティックをまたくわえて、再びカードを握る。
な、何、この静と動のギャップが凄まじい子……。
森果みたいに表情が乏しいタイプかと思ったら、絶叫したとき、結構すごい形相してたし……。
「へーい! お疲れさまー! お、いるなー、ジンケ君!」
しばらくの間、女の子の百面相を観察していたが、やがてコノメタがやってきた。
「おや」
コノメタはツナギの女の子に目を留める。
「シルちゃんだ。来てたの?」
「ん」
「あー、そっか。そっちは夏期シーズンが終わったんだっけ? どう、結果は?」
「ん!」
女の子は飽くまでもチョコスティックを口から離さないまま、手でOKサインを作った。
「おー。プレイオフ進出かー。シルちゃんがアメリカで活躍する姿を期待してるぞー」
「んん!」
サムズアップ。
喋らないのに感情表現が豊かだった。
不思議そうに見ていたオレに、コノメタがようやく気付く。
「あ。もしかしてジンケ君は初対面?」
「ああ。降りてきたらいきなりいてビックリした」
「彼女は
「デジタルカードゲーム部門……」
EPSはマルチタイトル・ゲーミングチームだから、いろんなジャンルのプレイヤーが所属している。
MAOは一応VR格闘ゲーム扱いなのでオレもその部門の所属だが、他にもFPS部門とかMOBA部門とかいろいろあるらしい。その中の一つが、デジタルカードゲーム部門だ。
「デジタルカードゲームって、スマホとかパソコンでやるイメージだったんだが……今時のはVRに対応してるんだな」
オレはシルバーフォルテ――シルの手に握られたカードを見ながら言った。
「本当にVRゲームを避けてきたんだね、君……。そうだよ。VRTCGは、言ってしまえばカードゲームアニメの世界をそのまんま再現したようなゲームジャンルだね。目の前にモンスターだのクリーチャーだのミニオンだのフォロワーだのユニットだのが実体化してバトルする」
「へー……。でも見たところ、全然実体化してないんだが」
「最初のコンセプトはまさに『アニメみたいなバトルを再現する』ことだったんだけどねえ……。段々と『実際にカードを触りながらデジタルTCGができるってだけでも充分面白くない?』って方向にシフトしていったみたいだね。そのほうが手軽だし。だからいろんなVRゲームと提携して、そのゲームの中でもプレイできるようになってたりする」
……そういえば、MAOの中なのに堂々と別のゲームしてる。これ、地味にすごくねーか?
「そんなわけで、VRMMOプレイヤーがサブゲームとして手を出すジャンル第一位だよ。君もやってみるかい?」
「ううーん……。機会があったら、ってとこだな」
「そうかい。プロの手ほどきを受けられる最高の環境なんだけどね」
「んっ!」
シルがオレにサムズアップしてくる。『いつでも教えてやるぜ!』ってことだろうか。
「それより、何か話があるんだろ?」
「おっと、そうだったそうだった」
コノメタはオレの向かい側――シルの隣に座る。
大丈夫か? シルがまた転がり始めたら巻き込まれそうだが。
「そういえば、今日はリリィちゃんは?」
「そのうち来る。今はちょっと仮眠中」
「ふうん?」
あのあと、おせちみたいなサイズの手作り弁当を持ってきてくれたんだが、どうやらそれを作るために無理して早起きしたらしい。今頃は家の布団でぐっすりだろう。
万が一リアルの自分に幻滅されても挽回できるよう用意したそうだ。健気というかたくましいというか、もうほんと可愛い(直球)。
「今日の話というのは他でもないよ」
にやり、と意味ありげだが大して意味のなさそうな笑みを浮かべて、コノメタは切り出した。
「たぶん予想できてると思うけど、本契約に向けた、もう一つの条件についてだ」
「ああ」
オレがEPSと本契約を結ぶのには、二つの条件を達成しなければならないという話だった。
その一つが、8月のランクマッチを、ゴッズランク50位以上で終えること。
その条件は、1位フィニッシュという最高の結果で満たすことができた。
次は――
「プロゲーマーにとっての表舞台――メインステージといえば、何だと思う、ジンケ君?」
コノメタは試すように問いかけてくる。
オレは顔を引き締めて答えた。
「……大会、だな?」
「その通り!」
コノメタは何かのウインドウを出したかと思うと、それをオレのほうに滑らせてきた。
映っていたのは、何かのイベントの告知ページだ。でかでかと躍るロゴには、アルファベット4文字でこうある。
――《
「国内最大級の総合eスポーツイベント《
コノメタはオレの顔を指さした。
「君には、この大会のMAO部門で優勝してもらう」
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