第20話 プロ見習いは閃く
翌日。
オレはウエスト・アリーナを訪れていた。
EPSのハウスから一番近いのはノース・アリーナで、次に近いのはイースト・アリーナなのだが、ニゲラにここに行けと命じられたのだ。
『ノースでは顔見られてるでしょ、アナタ。だから行かないほうが賢明よ。もともと柄悪いし、あそこ。妙な難癖を付けられるのだわ』
『じゃあイーストでいいじゃん』
『……あそこの常連は8割以上女子だけど?』
『ウエスト行きます』
聞くところによると、ウエスト・アリーナは4つのアリーナの中でも一番強豪が集まるところらしい。オレの修行場所にピッタリだと、先輩はお考えになられたってことだろう。
「なんだかんだ優しいよな、あのちっちゃい先輩」
「ジンケ、ロリコン」
「理不尽な」
むしろ多少大人っぽいほうが好みだよ。
ゆうべは、現環境に多いスタイルについて、ニゲラ先輩からたっぷりとレクチャーを受けた。
『《剣士型セルフバフ》は、その名の通り、自分で自分にバフをかけて戦う近接タイプのスタイルなのだわ。シンプルゆえに強力で――』
『《ダンシングマシンガンウィザード》は、ジェスチャー・ショートカットを間断なく繰り返して、下級魔法を弾幕のようにばら撒くスタイル。元はあるフロンティアプレイヤーがやり始めたことで、まるで踊るようにしながら魔法を乱射することから――』
『《バインドプリースト》は、敵を毒などのスリップダメージ状態にしたあと、魔法で延々と拘束・足止めを繰り返して削り殺すスタイル。聞いてわかったと思うけど、すっっっっっっっっっごく鬱陶しい!』
――といった感じで、ティアー1から順番に、それぞれのスタイルの概略を聞いた。
そして最後。
『最後、ティアー4――《クリティカルランサー》ね。要するに、今のアナタの闘い方そのものよ』
STRとDEXにポイントを振って、クリティカルダメージで相手を圧倒するスタイル。
今のオレが使っているスタイルだった。
『……どうしてこれが最下位なんだ? 終わるときは一瞬で終わるし、数もこなせていいと思うが』
『いくつか理由はあるけれど……一番の理由は、使いこなせる人間が少ないことね。急所狙いはすぐにバレる。相手は必ず防ぐなり避けるなりしてくるから、それを防ぐために、フェイントを入れないといけない。それができる人間が少ないのだわ』
『なるほど……』
『それを抜きにしても、難しいスタイルね。槍はリーチがあるけど、一番人気の剣士に接近されると小回りが利かなくて弱いし、両手持ちだから盾も装備できなくて、ウィザードの遠隔魔法を防げない。AGIにポイントを振れば、《バインドプリースト》には少しだけ有利が取れるかしら? 強いて言えばそのくらいね』
『環境トップのスタイルに不利ってことか』
『そういうコト。ティアーランキングは単純な強さじゃなくて、飽くまで現環境における相性や流行をもとに決められるものだもの。《クリティカルランサー》も、今はティアー4だけれど、ポテンシャル自体は悪くないと思うのだわ。ただ……今月のゴッズランクで50位以内に入らなければならないアナタには、とてもじゃないけれどオススメできない』
要するに、武器とスタイルを変えろと言われたのだった。
どんなゲームであっても、早く上達するためには絶対遵守しなければならないことがある。すなわち、上級者のアドバイスを素直に聞くことだ。
と、わかってはいるんだが……。
「ジンケ……やっぱり、槍でやるの?」
「ああ」
オレはひとまず、そのままの闘い方で挑んでみることにした。
「せっかく槍に慣れてきたところだったのに、いきなり変えるってのも抵抗あるしな。どのくらい厳しいのか……身体で確かめてみることにする」
「そっか」
「お前とずっとこのスタイルで遊んできたんだもんな。そう簡単に手放せねーよ」
「ジンケ好き」
「ごぶっ。……い、いきなりはやめろ」
リリィのノーモーション告白にKOされたところで、オレたちは対戦室へ入り、ランクマッチを開始した。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
「むう……」
「んんー……」
2時間ほどランクマを回したあと。
オレとリリィは対戦室の大モニターに映した戦績を睨んで唸っていた。
「勝率、7割弱か……」
「落ちたね」
Sランク帯では、勝率5割を超えていれば勝ち星が増えていく計算だ。だから一応、順調にゴッズランクに近付いていると言えはするのだが……。
「……S5まで51連勝した奴の戦績じゃあねーな」
「やっぱり厳しい? 《クリティカルランサー》」
「んー……」
オレは今日の何十戦かを回想する。
「ニゲラ先輩の口振りから感じたほど戦えない感じじゃあなかった。思ったよりいける。でも……」
「でも?」
「……昨日さ、先輩が、槍は《バインドプリースト》相手ならちょっとだけ有利取れるかもって言ってただろ? だから、あいつが言ってた通り、少しAGIにポイント振って、勝てるようにしといたんだが……」
「当たらなかったね。あんまり」
「……そうなんだよなあ」
ティアー1――現環境最強評価の割には、《バインドプリースト》と呼ばれるスタイルとマッチングした回数は少なかった。
「昨日みたいにメタられてるわけじゃねーと思うんだが。リアルタイムランキングにも出てねーし」
「たぶん、あんまり面白くないからだと思う」
「面白くない? 《バインドプリースト》が?」
「うん」
リリィはこくりと頷いた。
「最初に毒入れて、あとは逃げ回るばっかりのスタイルだから……どんなに強くても、使ってて面白くないと思う」
「なるほどな……」
これはゲームだ。大半のプレイヤーは、オレみたいにプロになるためにランクマッチをしているわけじゃない。だから、面白くないスタイルは強くても嫌われる……。
「……どうせ少ないなら、《バインドプリースト》対策はしなくてもいいのか。特別に対策しなくても、それほど苦戦するってほどでもねーし……」
「戦績を見ると――」
ピッピッとリリィがモニターを操作する。対戦相手のクラスごとに勝率が計算された画面に切り替わった。
「うっわ。なんだこれ。めちゃくちゃ便利」
楽園かよ。ゲーセン行ってたときなんてノートに手書きで戦績つけてたぞ、オレ(すぐ飽きたけど)。
「これを見ると、一番勝率が悪いのは、ウィザード系のクラス」
「……《ダンマシ》か」
《ダンシングマシンガンウィザード》。
オレがランクマッチで初めてラウンドを落とした相手でもある。
「アレは確かにキツい……。リーチの外から魔法撃たれまくって、近付けないでいる間に終わる。現状は気合いで避けながら突っ込んでいくしかない。片手剣とか、盾の使える武器なら魔法を防ぎながら近付いていけるんだろうけど……」
「相性だから仕方ない」
「んだけどさあ~~~~~~~~~なんとかならねーかなあ~~~~~~~~~~~~」
ソファーの上にゴローンと転がってうだうだするオレ。来たれ、ひらめきよ!
「ぴたっ」
ぴたっ。
突然、頬をひんやりとした感触が挟んで、オレのゴロゴロを止めた。
リリィがオレの顔を手で挟んだのだ。
「よいしょ」
そして、リリィはオレの頭を持ち上げ、自分の膝の上に置く。
「これでよし」
平坦ながらも満足げな声がしたが、オレには彼女の顔を見ることはできなかった。
隠れていたからだ。
目前を、見上げんばかりの山脈が遮っていたからだ。
「おお……!? おおおおおおおおお!?」
す、すげえ光景だ……。視界がおっぱいでいっぱい!
「むぎゅー」
「むごっ!?」
吊り天井がごとくリリィのおっぱいが迫ってきたかと思うと、目の前が真っ暗になった。うおおおおおおおおおおおおおお!?
「むご……ごごごご……!!」
感触ないからただただ苦しいだけ!!
たっ……たすけっ……。
救いを求めて手をさまよわせ、リリィの肩に触れた。
「おらっ!」
「きゃっ」
体勢を入れ替えながら、リリィをソファーの上に押し倒した。
無表情でパチパチと目を瞬くリリィを、間近から見下ろす。
「よくも窒息死させようとしてくれたな」
「ちょっとしたヤンデレ」
「お前のようなヤンデレがいるか」
白くて細い喉が目に入る。
産毛の生えた頬は餅みたいに柔らかそうだ。
桜色の唇は、軽く開いて呼気を吐いている。
「ジンケ」
リリィの細い指が、オレの唇を押さえた。
「まだ、ダメだよ?」
「わ……わかってるっつの!」
リリィはかすかに笑うと、オレの頭を胸に抱きしめた。
「むごっ!」
「頑張ってね、ジンケ。わたし、待ってるから」
「……ああ」
「いっぱいキスしようね」
オレはリリィの匂いと温かさに包まれながら、脳をフル回転させる。
リーチ外から魔法を乱射してくるウィザードに対して、有効な対策――
あの《ダンシングマシンガン》も、まさに窒息させられる感じなんだよな……。気付いたら逃げ場がなくなってて……。一度攻勢に入れば勝ちなんだが……。
「う゛~ん……」
「んっ……ジンケっ……胸の中で、あんまり、もぞもぞ……」
さっきリリィを押し倒したときのように、窒息させられた状態でも、こっちの攻撃が届くなら問題はない。
ってことは、こちらのリーチを伸ばす……? いやむしろ、相手のリーチを縮める……。そんなにぐねぐねとゴムみたいにできるもんか?
「あっ、ぁううっ……そんなに、ぐねぐねっ……っあ……」
槍系の体技魔法には、投擲系という他の武器にはないカテゴリがある。それを使えば、瞬間的にリーチを伸ばすことは可能だ。
だが、ランクマッチではアイテムストレージを開けない。一度投げ放てば、新たな武器を装備することは不可能だ。
そこから《拳闘士》に切り替えるというのもなくはなさそうだが、できればそれは避けたい。
何らかの手段で、槍を回収できれば――
「――ん?」
そういえば――あのとき。
「なあ、リリィ!」
オレは顔をあげた。
「……ん? どうした?」
「んっ……はあっ……はあっ……」
リリィの顔は少し赤く上気していて、呼吸も荒かった。
「……ジンケ、意外とテクニシャン……」
「は? 何が?」
「将来が楽しみ」
だから何が?
「んなことより訊きたいことがある。ミナハと会ったときのことなんだが――」
「……む」
上気したリリィの顔が急に冷えきった。
「わたしの前で他の女の名前を出すとは」
「こんなところでヤンデレ出さなくていいから」
「むー」
「あいつに手袋投げられて、オレが弾き落としただろ? で、地面に落ちた手袋が、いつの間にかミナハの手に戻ってたように見えたんだが……あれってどういう現象だ?」
あの手袋は、今はオレのストレージに入っている。だから、持ち主から離れると自動的に戻る……みたいな感じではないと思うんだが……。
リリィは表情を変えないまま、視線をかすかに上向けた。
「たぶん……壊れたんだと思う」
「壊れた?」
「ジンケにはたき落とされて、地面に放置されて。アイテムは、地面に放置されると耐久値が減っていくものが多い。でも、《決闘の手袋》はシステム的なアイテムで、なくなったりしないから……」
「あ、そうか」
《決闘の手袋》はアイテム扱いではあるが、実際にはユーザーインターフェースの一種だ。普通のアイテムと違って、壊れてしまったりすると問題になる。
だからと言って壊れないようにすると、今度は落としたりしたときに厄介なことになりかねない。だから、あえて壊れやすいようにして、落としたときはすぐ手元に戻ってくるようになっている……?
「壊れたら困るものは、壊れると手元に戻ってくるのか……?」
「たまにある。そういう扱いのアイテム。クエスト関係のとか」
「じゃあ、試合中に壊れた武器はどうなる? 野良デュエルとは違って、アリーナでの試合だと武器は壊れないってどっかに書いてあった気がするんだが……でも耐久値は存在するよな?」
「その場合は……ラウンド中は壊れたままで、次のラウンドになったら復活、だったと思う」
「じゃあ、もし……もしだぞ?」
大切なものに触れる感覚で。
オレは、自分の閃きを告げた。
「何らかの方法で、壊れた武器がラウンド中に復活したら?」
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