第21話 プロ見習いはランクマッチを荒らし回る


 彼の名は《サタ》。

 現在ランクS1――ゴッズランクに手をかけたプレイヤーである。

 彼がゴッズランクを射程圏内に捉えたのは初めてのことだった。S1になってからというもの、毎戦が緊張の連続。身に染み着いた簡単なコンボでさえミスしてしまいそうになる。

 あまりに疲れるので、息抜きと練習を兼ねてサブアカウントに逃げたりもしたが――そこで恐ろしい相手に出会って、気合いを入れ直したりもした。

 強豪たちの挑戦をものともせず、51連勝で最速Sランクを達成した謎のプレイヤー《JINKE》……。

 サタは彼と早い段階でマッチングし、その恐るべき強さを肌で知った一人だった。初心者ばかりの低ランク帯だったことを思えば、その強さを世界で初めて認識した人間だったかもしれない。


(こんなに強い奴がいる……)


 にわかに異常な熱気を帯びたアリーナのロビーで、《JINKE》が伝説を打ち立てるのを見届けた彼は、自ら根性を叩き直した。

 サブアカウントを使って安全に練習しようという考えを捨て、勝ち星が減っていく恐怖と戦いながら、S1ランクで己を鍛え直した。

 一度はS2に落ちてしまったものの、彼の実力は徐々に上がり、勝率も向上していった。

 そして今日。

 残り1勝。

 あと1度勝てば、初のゴッズランクに到達できるところまで来たのだった。


(頼むぞ……!)


 相性が悪い相手に当たらないことを祈りながら、彼はマッチングを開始する。

 心臓がバクバク鳴るのを聞きながら確認した、対戦相手の名前は――


(――《JINKE》!?)


 あのとき、1ダメージすら与えられず敗北した相手。

 絶望しかけたが、直後に希望が湧いた。


 自分がどれだけ強くなったか――試すことができる。


 加えて、彼がいま使っているスタイルは《ダンシングマシンガンウィザード》だ。

 もし《JINKE》のスタイルが以前と同じ《クリティカルランサー》なら超有利マッチ。多少の実力差は容易にひっくり返すことができる。


(よし……!)


 観客のいない闘技場で、《JINKE》と相対した。

 ランクマッチの基本設定では、対戦相手と会話することができない。だから言葉はなかったが、それ以上のものを込めるつもりで、サタは詠唱ジェスチャーを開始した。

 事前に決めた通りの動作を繰り返し、火球魔法《ファラ》を間断なく放つ。

 ジェスチャーを繰り返す様が舞い踊るように見えることから《ダンシングマシンガン》――という由来なのだが、それは最初にこのテクを使い出したプレイヤーが見目麗しい美少女だったからだ。サタのそれは、『舞い踊る』とは少し言い難い、不格好なものだった。

 それでも、効果は覿面である。

 以前は手も足も出なかった《JINKE》を、無数の火球が圧倒している。

《JINKE》はサタの照準エイムから逃れようとしながら、火球を槍で防いでいる。高速で飛翔する火の玉を、細い槍で次々に叩き落としていく様は、対戦相手ながら感動を禁じ得なかった。

 だが――


(耐久値がもたない……!)


《JINKE》が使っている槍は、威力が高い代わりに耐久値が低いものだ。あのように無理な防御を繰り返しては、あっという間に――


 ――ピキッ。


《JINKE》の槍にヒビが入った。

 耐久値が限界に来た証だ。あと一撃で壊れる!


(勝った!)


 確信しながら、一気呵成に火球を放つ。

 ――寸前に。

《JINKE》が、大きく槍を振り被った。


(え?)


 いかに槍がリーチの長い武器だとはいえ、とても届く距離ではない。いったい何を?

 疑問はすぐに氷解した。

《JINKE》の槍が、稲光を纏ったのだ。


(――《雷翔戟》!)


 回避しようとしたが、すでに遅い。

《JINKE》が帯電した槍を投げ放つ。

 それはサタの腹部に深々と突き刺さり――耐久値を使いきって、砕け散った。


(身体が……! 麻痺った……!)


 HPもたった一撃で半分も減っている。さすがは《ロマン砲》だ。

 だが、こんなものは苦し紛れ。《JINKE》は武器を失った。麻痺が解ければ、簡単に――


「あ?」


 思わず声が出た。

 いつの間にか。

《JINKE》の手に。

 壊れたはずの槍が、握られていたからだ。


「なんでっ!?」


 声は自分にしか届かない。

 今度は炎が槍を纏い――

 ――再び、流星のように宙を貫いた。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「なんだこれ?」

「なんで壊れた槍が手元に戻ってくる?」


 サウス・アリーナ。

 4つのアリーナの中で最も人が集まるそこでは、とある動画について議論が行われていた。


「バグか? こんなん見たことないぞ」

「誰か再現できた奴いる?」


 それはとあるゲーム配信者が、配信中に行ったランクマッチの映像。

 そこで遭遇したあるプレイヤー――《JINKE》との対戦を収めた動画だった。


「プラベで試したけど全然できん。ラウンド変わったら壊れた武器も復活するんだが」

「ラウンド変わりに復活したときはもうちょっと耐久値回復しね?」

「こっちは2回目投げた後も壊れてるよな。復活した槍もヒビ入り状態だと思うんだが」


 投げ放ち、壊れた槍が、すぐに復活して手元に戻る。

 そんな見たこともない現象を、ついこのまえ連勝劇を演じた謎のプレイヤーが操っていることを知ったプレイヤーたちが、その答えを求めて集まっているのだった。


「別の方法で耐久値を回復してる?」

「なんかのスキルかな?」

「武器の耐久値を回復させるスキルってあったっけ?」


 とあるプレイヤーが、スキル一覧が載ったページをブラウザに映し、他の人間にも見えるようウインドウを大きくする。


「なんだっけ~……なんかあったよな~……」

「――あっ!」

「これじゃね!?」

「《フェアリー・メンテナンス》!」


 個々人が考えていたときにはバグにしか見えなかった現象が、集合知によって見る見る解体されてゆく。


「『体技魔法の使用後、装備武器の耐久値を小回復』……」

「これだ!」

「こんなスキルあったのか!」

「槍が壊れた直後に、この《フェアリー・メンテナンス》が発動して、ゼロになった耐久値が回復した……」

「そういえばさ、HPドレイン系の装備で相打ちになったら、一瞬HPゼロになってもドレイン分で生き残るんだよな」

「それと同じか……!」


 突き止められた真実は、急速な勢いでプレイヤー間に広がった。

 その後に待っているのは、評価の時間。

 プレイヤーたちは噂する。


「これすごくね?」

「ロマン砲撃ち放題ってマジ?」

「投げた槍が返ってくるとかグングニルかよ」

「使ってみてえ!」


 そしてその影響は、翌日にはランクマッチに伝播していた。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




【8月第1週:MAOティアー・ランキング】


●ティアー1

《剣士型セルフバフ》

《タンク型セルフバフ》

《バインドプリースト》


●ティアー2

《ダンシングマシンガンウィザード》

《バーサークヒーラー》

《コンボツインセイバー》

《AoEウィザード》


●ティアー3

《ミナハ型最速拳闘士》

《TODランサー》

《クリティカルランサー》

《ブロークングングニル》


●ティアー4

《マッシブメイサー》




【環境解説 ~放たれし神の槍~】


 8月第1週の台風の目は、にわかに姿を現した新スタイル《ブロークングングニル》だ。

 槍の耐久値をギリギリまで削った状態で投擲系の体技魔法を放ち、その衝撃で壊れた槍を《フェアリー・メンテナンス》によって復活、即座に手元に戻す。

 これによって、威力は強力ながら対人戦では実用に堪えないとされてきた投擲系体技魔法の最大の弱点が克服された。


《ブロークングングニル》はその派手さゆえに爆発的に流行。長らくティアー1に君臨していた《ダンシングマシンガンウィザード》に不利を強い、ティアー2に降格させた。

 そして、強力ながらも《ダンシングマシンガンウィザード》に苦戦していた《タンク型セルフバフ》が、入れ替わるようにしてティアー1に躍り出る。

 防御力に長ける《タンク型セルフバフ》の増加に伴い、スピードはあるものの攻撃力に欠ける《ミナハ型最速拳闘士》は評価ダウンとなった。


《ブロークングングニル》流行に引っ張られる形で、古き良き正統派スタイル《クリティカルランサー》の再評価が始まった。

 これには先日ランクマッチに出現し、連勝劇を演じたとあるプレイヤーの影響もあると見られる。


 このように様々な影響を及ぼした《ブロークングングニル》だったが、今のところこのスタイルには、自らギリギリまで耐久値を削らなければならないという大きな欠点がある。

 そのため、今週はティアー3に留まる結果となった。


 一過性の流行に終わるのか、このまま環境を席巻するのか。

 このスタイルの行く末は、今後の改良に委ねられている。


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