第19話 プロ見習いは環境を学ぶ
「いえーい!」
「いえーい」
一度ログアウトしたのち、VRゲーミングハウスに帰ってきたオレとリリィはハイタッチを交わした。
「っつーわけで、ニゲラ先輩? 今日中にS5ランク、達成してきたぜ。約束通りいろいろ教えてもらおうか!」
「ぐぬぬ……」
リビングのソファーに座ったニゲラは苦々しげな顔をする。
アリーナから普通に出るのではなく、対戦室からそのままログアウトしろと指示したのはニゲラだ。何でも、ノース・アリーナに人が集まって、オレが出てくるのを待ちかまえていたらしい。
そんな馬鹿なと思ったのだが、実際、SNSなんかを見てみると予想以上の騒ぎになっていて面食らった。道理でやたらメタられてるなと思ったわ。
「オレは物覚えがいいほうなんでね! バッチリ覚えてますよ。確か……えーと? 今日中にS5ランクまで行ったら認めてあげるとかなんとか……」
「ぐぬぬ……」
「意外とおっきいおっぱいを触らせてくれるとかなんとか……」
「それは言ってないのだわ!」
「ジンケ。イエローカード」
「ぐわっ」
リリィにちょっと冷えた声で言われた……。調子に乗ってしまった……。
「ま……まあ」
ぷいっとそっぽを向きながら、ニゲラはぶっきらぼうな調子で言う。
「実際……アタシはアナタを見くびっていた。それは認めてあげなくも……なくも、なくも、ない……」
「見ろよリリィ。まるでジャップのような曖昧な答えだ」
「これだからジャップは。ヘタレイエローモンキーめ」
「アタシは
その辺の厳しさはやはり、プロゲーミングが国際スポーツだからか。でも初対面でいきなり日本を扱き下ろしていた気がするんだが、このプロゲーマー。
「はいはいわかったのだわ! 認めるって言えばいいんでしょう、はっきり! ――でも!」
ニゲラはビシッとオレを指さした。
「……アナタ、A2で1ラウンド落としたらしいわね?」
「う゛っ」
なんでわかるんだ、それ。
確かに1ラウンドだけ負けたけども。
「なんかとんでもねー戦い方する奴に当たったんだよ。火の玉を――あれは《ファラ》か? とにかくちっさい火の玉をめちゃくちゃに連射してくるんだ。弾幕系シューティングかと思った」
「《ダンシングマシンガンウィザード》ね。《ファラ型》の」
は? ダンシング……なに?
「ダンシング、マシンガン、ウィザード。その戦い方の通称よ」
「通称って……つまり、あれはあいつ特有の戦い方じゃないってことか?」
「当然よ。今『
てぃあーわん? また知らない単語が出てきた。
「まあ、座りなさい」
ニゲラは対面のソファーを指で示した。
「ド素人のアナタに教えてあげる。ランクマッチという戦場を取り巻く『環境』をね」
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
「そもそも、MAOの対人戦は、いわゆる『格ゲー』とは趣を異にするのだわ」
ニゲラは足をぷらぷら揺らしながら話し始めた。
「スキルや魔法、ステータス・ビルドの組み合わせによって、キャラ性能は千差万別。弱パンチ一つとっても人によって性能が違う。
昔ながらの格闘ゲームを好むファンは、こんなのは格ゲーじゃないとよく言うのだわ。個性はあれど対等な条件で強さを競うのが格ゲーであって、人によって性能に差がつくゲームはそうじゃないってね。アタシからするとまさにそこが好ましいのだけれど、言いたいことはわかるのだわ」
ああ。オレも言いたいことはわかる。
最初、ミナハの弱パンチが発生2Fだと聞いたとき、そんな馬鹿なと思った。ゲームセンターのVR格ゲーでは有り得なかったことなのだ。
かつてのVR格ゲーでは、アバターの身体能力はキャラクターごとに完全に同一で、人によってパンチの速度が変わるなんてことは有り得なかった。それを前提に、オレたちも戦略を練っていたのだ。
しかし――MAOは、飽くまでRPG。
本筋は自分のキャラを鍛えることであって、対人戦はいわばそのオマケだ。
だから、キャラの成長要素・カスタマイズ要素を、対人戦でも活かすようにしたかったんだろう。結果として、キャラクター性能は千差万別となった。
「キャラ性能が人によってまるっきり異なることで、失われた魅力も確かにあるのでしょうけれど、獲得した特徴もまた存在するのだわ。
それが、戦法の多様性。
スキル、クラス、魔法、装備、そしてステータス・ビルド。キャラ性能を決定する要素が明らかに多くて、しかもそのすべてを自由に決められる――それによって生まれた戦法は数知れないのだわ」
「これは、よく言われるんだけど」
リリィが言った。
「MAOの対人戦は……格ゲーって言うより、カードゲームに似てるって」
「カードゲーム? って……TCGか? トランプとかじゃなくて」
「うん」
ニゲラもまた頷いて同意を示した。
「そうね。TCGと共通する要素はあるのだわ。MAOにおけるスキル構成や魔法選択……それは、TCGで言うところの『デッキ』に相当する。TCGが好きなカードを集めてデッキを作るように、MAOは好きなスキルや魔法を集めて『スタイル』を作るのよ」
「スタイル……」
戦法、か。
「このアグナポットには無数のスタイルが溢れているけれど、その中には明らかに強力と見なされるものも存在するのだわ。
当然、ランクマッチで上を目指すプレイヤーたちは、こぞってそのスタイルを使用する。すると、そのスタイルに勝てるスタイルが開発されて使われるようになる。そうして作られたスタイルに勝てるスタイルがまた生まれて――
そういう風にして、ランクマッチの『環境』が作られていくの」
「格ゲーでも結構あったぜ、そういうの。やっぱりキャラ相性ってのはあったからな……」
「MAOはその『相性』の要素がよりシビアなんだと思って。相性が悪ければ、格下の相手でも簡単に星を落とす。アナタがそうだったみたいにね」
なるほど……。
「それに、キャラ相性があるとは言っても、格闘ゲームでは使うのに慣れたキャラをそうそう手放したりはしなかったでしょう」
「ああ……コンボ一つ覚えるのにもきっちり練習する必要があったしな」
「MAOでは環境に合わせてクラスや武器を変えるなんてコトは当たり前よ。変に拘っていたら勝てないのだもの」
「お前もメイスを捨てることがあるのか? 全一メイサーなんだろ?」
「確かにアタシはチャンピオンだけれど、それはメイサーの中ではってこと。今は、ランクマではメイスは使っていないのだわ」
なんだって……? チャンピオンになるほどの奴が、ランクマッチではメイスを使わない?
「メイサーというクラスそのものが、それほど厳しいってことか……?」
「ええ。今の環境は遠距離から絡め手で攻めてくる魔法職が多くて、敏捷性に欠けるメイサーでは勝てないと言われているのだわ」
憮然とした調子はなかった。飽くまで淡々と、ニゲラは事実を語った。
「まあ、アタシなら勝てるのだけどね! ただ数をこなすのに向かないから使っていないだけで!」
「ああ……」
数をこなす、か。
昼に聞いた話では、ランクマッチの頂点、ゴッズランクってやつで順位を争うには、相当な数の試合をこなさなければならないようだ。
それを考えれば、たとえ得意な戦い方と言えども、あえて不利を選ぶのは、体力的にも精神的にもキツいものがあるだろう。
「そういうのもあるんだな」
「ええ。そういった諸々の事情から、ランクマッチの環境は形作られているの――環境に関する知識なくしては、Sランク以上で戦うことはできないのだわ。たとえどれだけ実力があってもね」
よくわかった。
オレは先輩ゲーマーの目を見据えて言う。
「教えてくれ。今のランクマッチの環境ってやつは、一体どうなってるんだ?」
ニゲラは黙って、ブラウザウインドウを開いた。
そして表示したあるページを、オレに見せてきた。
「……これは?」
「先週の《ティアー・ランキング》」
ティアー・ランキング?
「今の環境において、どのスタイルが強いのか――それを格付けしたランキングよ」
【7月第4週:MAOティアー・ランキング】
●ティアー1(現環境最強)
《剣士型セルフバフ》
《ダンシングマシンガンウィザード》
《バインドプリースト》
●ティアー2(ランクマッチで頻繁に遭遇)
《ミナハ型最速拳闘士》
《AoEウィザード》
《バーサークヒーラー》
《コンボツインセイバー》
《タンク型セルフバフ》
●ティアー3(強力だが現環境では不利)
《TODランサー》
《マッシブメイサー》
●ティアー4(現環境で勝ち越すのは難しい)
《クリティカルランサー》
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