第18話 プロ見習いは新たな伝説を生み出す
「おい! ランキング見ろ!」
ノース・アリーナのロビーに屯しているプレイヤーの一人が、壁に設置された大モニターを指さした。
そこには《リアルタイム・ランキング》が表示されている。
今現在、他のアリーナも含めたすべてのランクマッチにおいて、連勝を重ねている者がいると、そこに表示されるのだ。
当然ながら、同じ連勝数でも、高ランクでの連勝のほうがスコアが高い。
だから、リアルタイム・ランキングには基本的に、ゴッズランクのプレイヤーばかりが表示されていた。
そんな中にあって。
第20位――モニターの一番下に。
わずかB4ランクのプレイヤーが現れたのだ。
「B4……?」
「なんでB4くらいでリアタイに出る?」
「連勝数は……21連勝?」
「サブアカで初狩りかよ」
21連勝という数字は本来、驚異であるが、上級者がサブアカウントを使って低ランク帯で戦えば、出ないこともない数字であった。
「いやでも、Bランクでいくら連勝したって、リアタイには載らねえだろ」
「どうなってんだ?」
「なんでこんなにスコアが高いんだ?」
連勝を重ねることの他にも、スコアにボーナスがつく場合がある。
主に試合内容によるものだ。
一番狙いやすく、そして効果が高いのは――
「おい。こいつのスコア、計算したんだが……」
誰かが言った。
「D5から始めたとして……ここまでの21試合、全ラウンドで
瞬間、沸き起こったのは、驚愕ではなく失笑だった。
「計算ミスだろ」
「いくら初狩りでも、全試合全ラウンドでパーフェクトとかありえねー」
「初心者のガチャプレイで何かしら当たっちまうだろ」
と。話している、ちょうどそのときに、21連勝が22連勝になった。
B4ランクはB3ランクに。
スコアもまた上昇し、先ほどの男がすぐに計算した。
「……ストレート勝ち。2ラウンドともパーフェクト」
誰もが無言になった。
まさか、という空気が、ノース・アリーナのロビーに漂った。
「こいつ、誰だ?」
「名前は……?」
そこでようやく、その名前に注目が集まる。
「……《JINKE》?」
誰かが呟いた瞬間、ロビーにいる他のグループから声が上がった。
「《ジンケ》って言ったか、今!」
「あいつじゃねーか!」
「あの巨乳メイド連れの!」
大モニターに集まっていたプレイヤーたちは首を傾げる。
そんな様子には気付かず、そのグループはハイテンションで続けた。
「今B3ランクだってよ!」
「俺ちょうどBランクだわ! スナイプしてくる!」
グループの中から一人が、対戦室へと走っていった。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
ノース・アリーナの正反対。
機関車の駅が近いため、東西南北のアリーナの中で最も人口が多いサウス・アリーナのロビーでも、リアルタイム・ランキングに現れた《JINKE》に注目が集まっていた。
「全試合全ラウンドパーフェクト?」
「計算ミスじゃねーの?」
ノース・アリーナのロビーと同じく、当初は懐疑的な者が多かった。しかし、見る間に増えていく連勝数とスコアは、事実を物語っていた。
「31連勝……おいおい止まんねーぞ!」
「ついにAランクだ……。ランキングは13位……」
「この調子で行ったら、S行く前にリアタイ1位取っちまうんじゃねーの!?」
ゴッズランクのプレイヤーばかりが並んでいるリアルタイム・ランキングにあって、A5というランクは際だって異常に見えた。
「こいつ、誰だ……?」
「知らん。見たことない名前だ」
「プロのサブアカか?」
様々な憶測が飛び交うが、確かな情報は何もない。
わかるのは、ただ一つ。
この《JINKE》というプレイヤーが、図抜けて強いということだけだ。
「誰でもいい! でも黙っていられるかっ!」
プレイヤーの一人が威勢良く叫んだ。
「止めてやろうぜ、こいつの連勝を!」
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
「当たった?」
「当たったー! ちょー強かったよ!」
アグナポット東方。イースト・アリーナ。
アリーナにはプレイヤーが集まり、プレイヤーが集まればコミュニティが生まれる。コミュニティが異なれば特徴も異なり、それがゆえに、東西南北のアリーナにはそれぞれ特色のようなものがあった。
中でもイースト・アリーナは、女性プレイヤーが多く集まるという特徴があった。今もロビーに所狭しと集まっているのは、8割以上が女性だ。それだけで、他のアリーナとは印象が180度と言っていいほど違っていた。
女性プロゲーマーであるニゲラもまた、このアリーナを根城としている。
騒ぎを聞きつけて対戦室から出てきた彼女は、リアルタイム・ランキングで8位に付けている後輩の名前を見て、手に持っていたドリンクを落としかけた。
「……まさか……本気で今日中に?」
今日中にランクをS5まで上げろ。
確かに彼女はそう言ったが、それは勢い任せの発言であって、よっぽど時間がかかったのでなければ、後輩の教育くらい請け負おうと思っていた。
だが――見くびっていたのだ。
あの男は、本当に今日中にS5まで上がるつもりなのだ。
本来は何百戦と必要な道程を、たった一日で駆け抜けるつもりなのだ。
「……フン!」
彼女は動揺を誤魔化すように鼻を鳴らす。
「一体いつまで調子に乗っていられるかしら……。確かニッポンには、こういうことわざがあるわよね」
そして、彼女は口の中だけで呟く。
――『出る杭は打たれる』。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
「今36連勝。あと15連勝でSランクだ」
「その前に潰す」
「当然!」
ウエスト・アリーナ。
このアリーナの特徴は、本気で対戦に取り組んでいる、いわゆる『ガチ勢』が多いことだった。
常連の平均ランクはSで、低くてもA。ゴッズランクで戦うプレイヤーも多く、プロゲーマーさえも情報交換や練習のために足を向けることが多い場所だった。
「動画あるから見たい奴は来い!」
「槍使いか。使ってるのはミスリル・スピア?」
「店売り武器じゃん。とりあえず用意した感バリバリ」
「プロが武器練習用に作ったサブアカじゃね」
「槍を練習? 今ティアー4だろ」
「使ってる魔法もかなり基本的なやつばっか。たぶん奥義級は覚えてないな」
ウエスト・アリーナのロビーに集った猛者たちは、運良く《JINKE》と当たったプレイヤーが撮った動画から、この謎のプレイヤーについて分析を進めていく。
「癖があんまりないな……」
「どちらかというと攻め型か」
「反応速度ヤバくねえか?」
「間合い管理うめえ」
「1ラウンド目より2ラウンド目のほうが動きに無駄がない」
「攻めて攻めて反応を引き出すタイプか」
「1ラウンド目で覚えられて、2ラウンド目で対策されてる感じだな」
「1ラウンド目なら割と簡単に取れるんじゃね?」
「俺、とりあえず1回当たってみる」
何人ものプレイヤーが対戦室に入り、《JINKE》の連勝数が増えた直後のタイミング――つまり、次の試合のマッチングを行っていると思われる時間に合わせて、一斉に
そのうち一人が《JINKE》と試合することに成功し、新たな情報を持ち帰ってくるのだ。
「体技魔法の発動がちょい遅いと思う」
「俺もそう思うわ。MAO歴は浅いな」
「フェイントも少ない。火力をクリティカルで補ってるからか」
「だったら、急所をガチガチに守っておけば、火力を出せなくなって困るだろ」
「よっしゃ! 行ってくる!」
立てられた対策をもとに再び挑み、その成果が動画となって返ってくる。
「うっへー。30秒で対応してきやがった」
「手数で押す方向にシフトしてきたな」
「AGIにも結構振ってるのか?」
「ステはDEX極振りのAGI調整、残りSTRって感じじゃね」
「やっぱり魔法面が弱い。別のVRゲーやってた奴だなこりゃ」
「ならそっちで攻めるか」
新たな動画を元に再び対策を立て、再び挑み、新たな動画を撮って共有する。
いわゆるPDCAサイクルを高速で回して、ウエスト・アリーナの猛者たちは着実に《JINKE》を攻略した。
そして―――
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
所は戻ってノース・アリーナ。
《JINKE》の名がリアルタイム・ランキングに現れてから、すでに3時間が経っていた。
その間、大モニターに注目し続けていたロビーのプレイヤーたちは、ついに3位にまで上がってきた《JINKE》の連勝数が、43から44に上がった瞬間、さざ波のようにざわめいた。
「あれ……?」
「スコアが……」
スコアの上がり方が、がくんと落ちたように見えたのだ。
すぐに計算勢――と、いつの間にか呼ばれるようになった者たち――が強く声をあげた。
「パーフェクトじゃない!」
「ダメージ受けた!!」
おおおおっ!! と、ロビーに大きな歓声が響きわたった。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
そして――
43試合、86ラウンドものパーフェクト・ゲームが崩された、その2試合後。
《JINKE》が46勝目を重ねた試合で、それは起こった。
「ああーっ!?」
計算勢が声を上げる。
ロビーの視線が、彼らに集中する。
「い……1ラウンド落としたーっ!!」
悲鳴とも歓声ともつかない声が、4つのアリーナすべてで湧き起こった。
45試合、合計で90ラウンドもの間続いた不敗記録が、ついに破られたのである。
これを成した英雄は、ウエスト・アリーナのロビーにガッツポーズしながら出てくると、仲間たちからバシバシと手荒い歓迎を受けた。
初めて《JINKE》から一本取った彼は仲間たちに告げた。
「こいつ
その情報はウエスト・アリーナに留まらず、すべてのアリーナに駆け巡った。
突如現れたこの謎の怪物を倒すべく、何百人というプレイヤーが、何の容赦もなく魔法中心のスタイルを携えて対戦室に飛び込んだ。
しかし――パーフェクト・ゲームは再開された。
たった1敗。
たった1ラウンドで、《JINKE》は魔法中心の戦法に対応してきたのだ。
それから。
ちょくちょくパーフェクトを逃すことはあったものの、結局、誰も《JINKE》から真の勝利を勝ち取ることはできなかった。
51連勝。
ちょうどランクをS5に上げたところで、彼のスコアは停止する。
それと同時に、《JINKE》の名はリアルタイム・ランキングの最上位に移動した。
スコアが止まり、《JINKE》が対戦をやめたのだと察したプレイヤーたちは、誰ともなくこんな質問を口にする。
「こいつはどこのアリーナでやってるんだ?」
答える声は、果たして存在した。
「ノース・アリーナでやってるらしいぜ!」
各地のアリーナからプレイヤーが次々に飛び出して、ノース・アリーナに集結した。
そして、対戦室から《JINKE》が姿を現すのを、ロビーで待ち構えたのである。
しかし、彼は姿を現さなかった。
ざわつくプレイヤーたちの横で、リアルタイム・ランキングが更新される。
1位に君臨していた《JINKE》の名は、誰も気付かないうちに大モニターから消滅した。
跡形もなく。
まるで白昼夢のように。
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