ランクマッチ攻略編――槍すり合うも多生の縁
第16話 プロ見習いは蹂躙を命じられる
「ランクマッチを蹂躙せよ!」
と。
VRゲーミングハウスのリビングで、コノメタはいきなりそう宣言した。
「どうした?」
「頭、打った?」
「ぷっ」
「笑わないでよニゲラちゃん!」
恥ずかしそうに顔を赤くしたコノメタは、こほんと咳払いをした。
「契約書、読んだよね、ジンケ君。キミはまだ、我がチームとは仮契約になっている。活動資金はある程度出すけど、正直小遣い程度。まあ見習いの状態だね」
「ああ、わかってる。まだ何も実績がねえから、そこからスタートなんだろ?」
「うん。だからまずは実績を示してほしい。具体的には二つあるんだけど、まずは一つ目だけ教えるよ」
コノメタはオレに指を突きつけた。
「今月――つまり8月のランクマッチを、《ゴッズランク》50位以上でフィニッシュすること」
「へえ?」
話を聞いていたニゲラが、面白そうに口角をあげる。
「MAO歴10日の初心者にはなかなか厳しい条件なのだわ。それ、社長が言ったの?」
「そうなんだよねー。そのくらいはできないと、大会に出たことすらない無名プレイヤーを採ることはできないってさ」
「当然ね!」
なぜか上機嫌になっているところ申し訳ないが、オレにはまだ話が見えていない。
「なんなんだ、《ゴッズランク》って?」
「えっと」
隣にいるメイド姿のリリィが説明してくれる。
「東西南北のアリーナでできるランクマッチには、25段階のランクがあるの。D5からS1まで」
「おう。勝てばそれが上がって、負ければ下がるわけだろ?」
「うん。でも実は、S1の上にもう一つランクがあって……それが《ゴッズランク》」
25段階のランクの、さらに上?
「《ゴッズランク》は、Sランク以下とはルールが根本的に違うの。S1ランクまでは、個人のランクが上がり下がりするだけなんだけど……《ゴッズランク》になると、それが順位付けになる」
「順位付け?」
「《ゴッズランク》のプレイヤー全員が、常にランキングされ続ける。S1ランク以下は放っておいてもそのままだけど、《ゴッズランク》は、放っておくと追い抜かれて順位が下がっていく」
「……なるほど」
よりシビアな競争になっているのだ。
しかも、対戦相手も同じ《ゴッズランク》のプレイヤーばかりだろうから、単純に敵が強い。
「それで50位以内ってのは、そんなに難しいことなのか?」
「《ゴッズランク》のプレイヤーは、月末だと大体1000人くらいって聞いたことある」
「1000人……」
そのうちの上位50位か。
「それに、《ゴッズランク》は月ごとにリセットされる。そのリセット時点での順位が最終的な戦績だから……」
「そう! フィニッシュっていうのはそういうこと。一度50位以内に入るだけじゃダメだよ。8月が終わった時点で、50位以内に居座っていることが条件!」
「……それって、めちゃくちゃ闘いまくらないといけないんじゃね?」
「ふふ。それも目的だからね」
コノメタは怪しげに笑った。
「キミには才能がある。それはEPSのスカウト兼任である私が保証するよ。……でも経験が足りない。このMAOでの――オンラインVR環境での経験がね。まだちょっとアバターに違和感があるんじゃないかな?」
「…………まったくないとは言わねーな」
やはりラグなのか。有線接続に変えても、わずかにだがアバターの動きに気持ち悪さがある。
「それには慣れてもらうしかない。大きな大会の本戦とかだとやっぱりオフが多いけど、予選なんかは今時、MAOに限らずほとんどオンラインだからね。オフ大会特有のプレッシャーってのもあるけど、ま、ジンケ君にはまだ関係ないかな」
オレは大会と名の付くものにはあまり出たことがない。地元のゲーセンでやってた小さいものになら出てたけど。
「ともあれ、ジンケ君はランクマッチ自体やったことないんだよね? まずは経験してみることだよ。わからないことがあったら先輩に訊いてみてね」
「はあ? もしかしてアタシのことかしら!?」
「当然じゃん。何のために紹介したと思ってるの?」
「アナタがやればいいでしょう!?」
「残念ながら私は忙しいんだな、これが。実はこの後、飛行機に乗らないといけなくてね」
「飛行機? どこに行くんだ?」
「ブラジル」
「ぶっ……!?」
予想外な言葉が出てきて、オレは仰け反った。
「地球の裏側じゃん……」
「別ゲーの大会で日本語解説頼まれててさー。本格的にプロゲーマーとして活動するとなったら、キミもパスポート必要になるよ。やるゲームによっちゃあ1年で10ヶ国以上飛び回ることになるんだからね」
「マジか……」
プロゲーマー……。わかっているつもりだったが、ただゲームで遊んでいればいいというような、気楽な職業ではなさそうだ。
「おっと。ホントに飛行機出ちゃう」
コノメタはメニューを開いた。
「じゃ、私は落ちる! あとはよろしくー!」
そう残して、コノメタはログアウトした。
あとに残ったのは、オレとリリィとニゲラのみ。
「えーと……」
「……………………」
視線をやると、ニゲラはつーんとそっぽを向いた。さっきの練習試合のことを、まだ根に持っていらっしゃるらしい。仕方がないとも思うが……。
「……な、何よ」
ニゲラはちらちらとオレのほうを見る。
「『1回負けたくらいでスネる大人げないガキ』とでも思ってるんでしょう!? ガキじゃないんだから! ちょっと身長が伸びなかっただけで! おっぱいだってCあるんだから!」
「えっ、マジで?」
思わず素の反応をしてしまうと、ニゲラはカーッと顔を赤くして、胸を隠しながら後ずさった。
「し、しまったのだわ。野獣に余計な情報を与えてしまったのだわ。こ、このままでは、そこのメイドみたいにアタシもテゴメに……!!」
「しねーよ!」
「1回までだからね、ジンケ」
「それ前にも聞いたけど何の回数だ!」
二人同時にボケるんじゃねえ!! 処理が間に合わん!!
「とにかく、手籠めになんぞしない。指一本触れない。だからこのクソ初心者に、ご指導ご鞭撻のほどお願いできませんかね、ニゲラ先輩」
「…………フン!」
下手に出ればどうかと思ったが、ニゲラは再びぷいっと顔を背けた。
「その不自然な胸のメイドに訊けばいいじゃない。イチャイチャ手取り足取り教えてもらえばいいじゃない」
「いや、リリィだけじゃ間に合わないことも――」
「――――ランクをS5まで上げてきなさい」
え?
ニゲラは顔を背けたまま、ぶっきらぼうに言った。
「あっ、今日中によ!? 何日も待ってあげるほど暇じゃないんだから! そもそも、プロになるならそのくらいできないとお話しにならないのだし! そしたら……まあ……少しは、認めてあげる! これでも、ほら、先輩だし!
もし今日中にS5ランクまで上げられたなら、またここに来なさい。望み通り教えてあげるのだわ! 今のランクマの『環境』についてねっ!」
そう言い放つと、ニゲラ先輩はせかせかとした早足でハウスを出ていった。
閉じた玄関の扉をリビングから覗き込みながらオレは呟く。
「……あの金髪幼女先輩、チョロいなあ……」
「ジンケ。1回まで」
「だからその回数なに!?」
怖いんだが!
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
ニゲラ先輩のお言葉に従い、基本的なことはリリィに教えてもらうことになった。
早速、近場のアリーナ――ノース・アリーナに移動し、オレたちはロビーに入る。
「セントラル・アリーナとはちょっと雰囲気が違うな」
「どんな風に?」
「あっちはイベントホールって感じだったけど、こっちはもうちょっとアングラな……」
……ゲームセンターみたいな。
とまでは、口には出さなかった。
ノース・アリーナのロビーは、セントラル・アリーナのそれよりごみごみしていた。あちこちに酒場のような木のテーブルやモニターが置かれていて、そこかしこに多くのプレイヤーが立ったまま屯している。
壁に掛けられていたりテーブルに置かれていたりするモニターには、やはりこのアリーナで行われている試合がランダムに映っているようだ。
「バインドプリとダンマシならバインド有利?」
「バインドに対してファラが有利Fついてればダンマシじゃね」
「パラトラかませたらバインド勝つでしょ」
「パラトラ使いこなせるバインド使いとかいないっしょー」
モニターの試合を見ながら、プレイヤーたちが呟くような声で議論を交わしていた。
本当にゲーセンっぽい。
まだ彼らの言っていることが呪文にしか聞こえないことが、少し寂しく感じた。
「対戦は奥だよ」
リリィに案内されて、ごみごみしたロビーを通り抜けていく。
と、視線を感じた。
「(……女連れ……)」
「(……リア充……)」
「(……巨乳……)」
ふっ……。心地のいい視線だぜ。どうだいいだろう!!!
「……? ジンケ、どうしたの?」
「いいや?」
にやつきを噛み殺す。
危ない危ない。ここはクールを装うのだ。
「ちゃんとついてこないとダメ」
「おうっ……!?」
と思った端から、セイウチみたいな声が出た。
リリィがオレの腕をぐいっと引いて、その豊満な胸の中に抱きすくめたのだ。
瞬間、音なきざわめきが空間を満たし、四方八方からオレたちに視線が突き刺さった。
ガハハハハハ!! ひがめひがめ!!
「早くいこ?」
「おう」
リリィと息がかかるような距離で話しながら、オレは優雅な足取りでロビーを抜けた。
「(……シネ……)」
「(……コロス……)」
「(……名前覚えたからな……)」
ハッ。望むところだ。
全員返り討ちにしてくれる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます