第15話 プロ見習いはご褒美を要求する


 ――2年と少し前のあの日。

 285人もの挑戦者に勝ち続けることができた理由を、ふとしたときに考えてみたことがある。

 いろいろと可能性を想定してみたが、結局のところ、それは一つ――仮想空間でのオレは、人よりも目と記憶力がいいらしいことだ。


『人読み』と呼ばれる技術がある。

 キャラ対策ならぬプレイヤー対策と言えばわかるか。

 誰しも、どんなうまいプレイヤーでも、細かな動作には癖ってものが出る。それを分析し、対策するのが『人読み』である。

 オレはどうやら、この人読みが抜群にうまく、そして早いようなのだ。

 気付けばやっていたことなので、人に指摘されるまでは気付きもしなかった。

 数十秒も対峙して戦えば、意識することすらもなく、相手の動きの癖を見極め、記憶することができた。

 それも『飛び道具を放てば、必ずジャンプしてくる』というような、目立つ癖ばかりじゃない。違和感にもならないような細かな動作に至るまで、オレは記憶することができたのだった。

 経験上、1ラウンドもやれば充分以上。

 2ラウンド目にはほとんど先読みできる状態になっている。

 未来予知……とまでは言わないが、感覚的には近い。次に相手が何をやるか――正確には『何をやりたいのか』――が直感的にわかるのだ。


 要するに。

 オレは2ラウンド目辺りから、相手の一瞬先の未来を視ながら闘っているのである。


 オレが570ラウンドもの間、無敗でいられたのは、まだいない1ラウンド目でオレをねじ伏せられるような奴がいなかっただけでしかない。

 記憶している限り、1ラウンド目を取った試合で負けたことは、数えるくらいしかなかった。……それこそ、油断して南羽に負けたときくらいか。


「1ラウンドで完成する人読み……」


 ニゲラ先輩との練習試合ののち、ざっとオレの闘い方を説明してみると、コノメタは腕を組んでうーんと唸った。


完全人読能力パーフェクト・サイト……」

「なんで技名を付けた」

竜神の眼ゴッド・アイのほうがいい」

「対案を出すな!」


 ちなみに当時の友達の間では『MRI』って呼ばれてたぞ!


「まあ、冗談は置いておくとして」


 コノメタはしれっと言った。


「プロゲーマーとして言わせてもらうと、かなりの脅威だね、キミの竜神の眼ゴッド・アイは」

「技名やめろ。オレが恥ずかしくなる」

「はっきり言って、大会とかでキミとは当たりたくない。絶対イヤだ。もし同じ大会に出る機会があったら、私と当たる前に敗退してほしいね」

「んなこと言われても……。大体、オレほどじゃないにしても、似たようなことなら、あの頃ゲーセンに出入りしてた連中ならできると思うぜ」

「は?」

「あの頃のVR格ゲーって、練習がほとんどまともにできなかったんだ。トレーニングモードはあったけど、自動的に対戦待ち受けになるから、すぐ乱入されて中断になる。とにかく人が多かったからな。

 コンボも立ち回りも何もかも、基本的な操作方法さえ、オレたちは実戦の中で学ぶしかなかった。負けるたびに100円突っ込んでな。

 小中学生にとって、100円ってのは大金なんだぜ? それがかかってるもんだから、みんな必死だよ。必死に強くなろうとしてた。

 だから、より多く勝って、より長く遊ぶために、自然と『人読み』を鍛えるようになっていったんだ。常連は限られてたから、それが一番勝率の上がる方法だったんだよ」


 懐かしい思い出だ。あの頃、ゲームセンターにいた連中は、現代の日本人とは思えないくらい、みんなギラギラしていたような気がする。


「なるほどね……。この前のミナハちゃんのとんでもないメタ張りも、そういうところにルーツがあったんだね」


 もしあいつが、オレがいなくなった後も、ゲームセンターに通い続けていたんだとしたら……きっと、そこで得た力だろう。

 あの戦場でたった一人、生き抜くために磨いた能力だ。


「それでさっきは、ニゲラの癖を見抜いたってわけかな?」

「ああ。空中から真下にメイスを振り下ろす寸前、ほんの少しだけど握力を緩めてるのがわかったんだ。その瞬間を突けば、武器を奪ってしまえるだろうと思った。あの回転戦法の本当の弱点は、足じゃなくてあのメイスだからな」

「その通り。あの巨大メイスが生み出す遠心力ありきの戦法だからね。何らかの方法で奪ってしまえばニゲラは無力になる。まさか初見で見抜く人間がいるとは思わなかったけど……」


 コノメタはちらりと視線を横にやった。

 そこには金髪ツインテの少女プロゲーマー・ニゲラがいた。


「……………………」


 ぶっっっすう~~……と、完全にふてくされた顔で。


「…………本気じゃなかったのだわ。手を抜いてやったのだわ。じゃないと、このアタシが、こんな素人に負けるわけがないのだわ」


 オレは茶化せなかった。

 格下のはずの相手に負ける悔しさは、オレだってよく知っている。何せオレも、かつて南羽に負けたことで、頭がどうにかなっちまったんだからな。

 たかがゲームごときで大人げない、と思う奴もいるだろう。

 だが、彼女のそのみっともない言い訳とふてくされた表情こそが、彼女がこのゲームに真剣に取り組んでいることの証明なのだ。

 それを笑うことは、曲がりなりにもプロゲーマーを志すことにしたオレが、一番してはならないことだと思った。


「まあ、さすがにフォローするけど」


 コノメタが苦笑いしながら言い添える。


「ニゲラちゃんが本気じゃなかったっていうのは、本当だよ。武器がメインのそれじゃなかったしね」

「は?」

「この子の本当のメイスは、もっとデカいんだよ。重くて、そして回転も速い。そっちを使われていたら、さて、キミはあんな芸当ができたかな?」

「……………………」


 ……悔しいが、難しかっただろう。

 2メートル超もあったあのメイスより、さらにデカいのを振り回すなんて、にわかには信じられないが……。

 ――それでも。


「勝つさ、もう一度」

「おっ?」


 オレはこの道の先輩に向けて、はっきりと宣言した。


「本気で戦っても、オレが勝つ。せいぜい胡坐かいて待っててくれよ、センパイ」

「フッ」


 クソ生意気なことを言われたのに、ニゲラは逆に微笑んだ。


「次に闘ったとき、同じことが言えたら褒めてあげるのだわ」


 そう言い置いて、先輩は階段を上がっていった。


「いいねー。その調子でバチバチやっちゃってよ!」


 コノメタが笑いながらポンポンと肩を叩いてくる。


「それじゃ、これからの具体的なことを話そうか。上に来てよ」


 そう言って、コノメタも階段を上がっていった。

 よし。スタートだ。ここから!

 気合いを新たに、オレも階段を上がろうとしたが、その前にくいくいと袖を引かれた。

 メイド服を着たリリィである。


「ジンケ、ジンケ。約束」

「約束?」

「抱いてください」

「……………………」


 確かに『あとでな』などと適当な返事をしたが。


「……あ、あとでな」

「焦らすのが好き?」

「あーもう! わかった!」


 オレはリリィの身体をぎゅっと抱き締めた。

 そしてパッと放した。


「はい抱いた!」

「……へたれ」

「うぐっ!」


 こ、心に刺さる……!


「ご褒美あげたいのに」

「誰にとってのご褒美なんですかね……」

「お互いにとっての?」


 きょとんと小首を傾げやがって……。

 ……さすがに見抜かれてるのかね。

 こんなに可愛らしい女子に、こんなにわかりやすいアプローチを受け続けて、心が動かない男はいないのだ。

 だけど。

 だからこそ、というか。


「~~~~~!!」


 オレは頭をガリガリ掻きむしった。

 ええい、ままよ!


「ご……ご褒美って、言うならさ」

「?」

「あとに取っておいても、いいか?」

「あと?」


 オレは目を逸らして誤魔化しながら言う。


「もし、EPSと本契約して、見習いじゃないプロになれたら……」

「うん」

「ご褒美に……キス、させてくれ」

「…………ふぇ…………?」


 言い終えた瞬間、顔が燃えるように熱くなった。

 ああああああ! もおおおおおおお!! 恥ずい!! 恥っっっっずい!!!

 でも、これはケジメなのだ。

 オレがこれから踏み入るのは、彼女なんぞ作って浮ついている余裕のない世界。

 だから、今のうちに、はっきりと宣言しておくべきだと思うのだ。

 オレはプロになる。

 ミナハへのリベンジを果たす。

 その目的を果たしたら――今までなあなあにしてきたことに、ケリをつけると。

 オレは2度ほど深呼吸をして、森果莉々に告げる。


「―――プロになったら、今までの告白の返事をする。……それまで待ってくれると、超嬉しい」


 返事は聞こえなかった。

 恐る恐る、森果の顔を見ると――


「あ……じ、ジン……だめ……み、見ないで……」


 腕で不器用に顔を隠していて。

 だけど、耳はリンゴみたいに真っ赤になっていて。

 ぽろぽろと――大きな雫を、滴らせていて。


「あっ……!? お、お前、なんで泣いて……!?」

「だ、だって……だって……」


 洟を啜りあげるその音は、かつて女子トイレの前で聞いたそれとは、同じようで違う。

 少なくとも――聞いていて、胸が苦しくなるようなものではなかった。


「…………夢、みたい……こんな……こんな日が、ほんとうに…………」

「……夢じゃねーよ。それに、これからだろ、何もかも」


 そう、本当にこれから。まだ何も始まってはいない。オレはようやく、スタート地点に立ったのだ。

 ぽろぽろと零れ落ちる涙をメイド服の袖で拭うと、森果は口角を少しだけ上げる。


「わかった」


 声はすでに、いつもの平坦なそれ。

 でも、3ヶ月前、初めて告白されたときとは違う。

 オレは知っているのだ。

 その平坦な声に、どれだけの想いがこもっているか。


「プロになれたら、キスしてあげる。―――わたし、プロゲーマーの彼女になる」


 ……ああ。

 なんて幸せなことなんだろう。

 唯一の幼馴染みを2年も放置していた馬鹿野郎に、こんなに寄り添ってくれる奴がいる。

 その理由は、今をもってわからない。

 出会ってわずか3日で告白してきた理由を、未だにオレは知らない。

 けれどオレは、きっと感謝すべきなのだ。

 森果莉々に出会えたことに。

 あるいは、自分が生まれてきたことよりも。


「……………………あのー」


 幸福に感じ入っていると、すごく遠慮した調子で呼びかけてくる声があった。


「……上に来てって、言ったよねー? 青春するのは勝手なんですけど、新入りが先輩をあんまり放置しないでくんないですかねー?」

 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 オレとリリィは二人揃って真っ赤になって、無言で階段を上った。

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