第12話 プロ見習いはメイド服とか割と嫌いじゃない
「2階の個室は街の宿屋と大体同じ機能よ。HPとMPの回復。ログインポイント。それに個人用の
「他の奴の個室には入れないのか?」
「その場合は、鍵を使う前に扉をノック。そしたらウインドウが出るから、呼び出したい名前を選んで」
「無断侵入は不可能か」
「……な、何を考えているの……? まさか、ジャパニーズ・ヨバーイ……!」
金髪ツインテ合法ロリイギリス人・ニゲラの言動が、だんだんフリなんじゃねえかと思えてきたオレである。本当にやってやろうか。
「リビングに大きな
「あー。なんかあったような気がする」
「あれが共用
「必要なのか? 対人戦に特化して、VRMMOとしてのプレイは一切しないんだと思ってたんだが」
「何を言っているの? 公認大会ならともかく、ランクマッチじゃスキルも魔法も全部自前で用意しなきゃならないじゃない」
「そうなのか」
「……アナタ、何も知らなすぎないかしら? MAO歴はどのくらい?」
「えーっと……10日くらいか?」
「は?」
ニゲラは立ち止まって、怪訝そうな顔でオレを見上げた。
「たった10日? それだけでスカウトされたって言うの?」
「VRゲーム自体の歴はもうちょっと長い。まあ……昔取った杵柄ってやつさ」
少なくともコノメタには、オレは過去を話していない。
オレをスカウトしたのは、初日にやったPKKの話をネットで聞いたからだそうだ。
いきなりミナハの試合を見るよう勧めてきた辺り、オレが思っている以上の情報を持っているのは確実だと思うが、本人ははぐらかすだろう。
だから、たぶん、チームのメンバーも知らないはずだ――オレが、あの《JINK》であることは。
「……昔取った杵柄、ね。なるほど。アナタも《ワンダリング・ビースト》ってわけ」
「ワンダリング・ビースト……?」
「
少し驚いたオレに、ニゲラは肩を竦めて説明した。
「結構いるのよ。日本のプロVRゲーマーの中には。世界中で日本にだけ訪れた、あの異常な時代の残党が……。
オフラインVR格闘ゲーム出身者――アナタたちのことを、アタシたち欧米のゲーマーは《
「オレたちは動物扱いか」
「ギネスにも載った世界的に有名な日本人プロゲーマーが、《ザ・ビースト》なんて呼ばれている影響なのだわ」
そのプロゲーマーならオレも知っている。あの人が由来だというのなら、なるほど、誇りに思っておくべきなのかな。
「ニッポンで《五闘神》だなんて大仰な呼ばれ方をしているプレイヤーにも、ワンダリング・ビーストが何人かいるわ。あのいけすかないミナハだってそうだし……」
「ミナハ? 知ってるのか?」
「去年、新米の分際でアタシを追い抜いたにっくき女よ! あいつのせいで賞金ランキングのトップ10から落とされたんだから! 何が《闘神アテナ》よ! ギリシャ神話をナメないでほしいのだわ!」
完全な逆恨みだった。
「とにかく、アタシはもう、
言いかけて、ニゲラは首を傾げた。
「…………アナタの名前、あの都市伝説の《JINK》に字面も響きも似てるわね?」
「あ、あー……ふぁ、ファンなんだ」
自分がその《JINK》本人だと言っても失笑されそうだったので、オレは適当に濁した。
「ふうん……。ジャパニーズは本当に好きよね、その話。570ラウンド無敗だなんて、エイプリルフールでももうちょっとマシな嘘をつくのだわ。あんなのを信じるなんて、無宗教なんだか迷信深いんだか……」
「ハハハ」
そりゃあ、オレ自身、思い返すだに信じられねーけどさ。
「話はここまでね。次はトレーニングルームに行くのだわ」
「ああ。ニゲラ先輩が喘いでいた……」
「それは忘れなさいっ!!」
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
1階のサロンから地下に降りた。壁紙が途切れ、病院みたいな無機質な白い壁に変わる。
世界観もクソもない、機械的な空間だった。
正面にスライド式のドアがあり、その横にぼんやりと光を放つ台座がある。あのドアの向こうがトレーニングルームみたいだ。
「おっ、来た来た」
トレーニングルームのドアの手前に、コノメタがいた。
刀を腰に下げた侍ライクな格好は、無機質なこの空間には似合わない。まあ、オレたちも似たようなものだろうが。
「待ってたよ、ジンケ君。キミに見せたいものがあってさあ」
「見せたいもの?」
「じゃーん」
と、言いながら――コノメタは横にどいた。
その後ろには、女の子が隠れていた。
銀髪の、胸が大きい、よく見知った顔をした――
――メイド姿の女の子が。
「ジンケ」
クラシックタイプのメイド服を着たリリィが、いつものように淡泊な声音でオレを呼ぶ。
「どう?」
長いスカートを軽く持ち上げて、リリィは訊いてきた。
ど、どうって……。
そりゃあ……。
なんかすごくドキドキするとしか……。
「さっきニゲラが彼女をハウスメイドって呼んだのを聞いて、ピン! と来たんだよねー! メイド付きゲーミングハウス! これは新しい! というわけで早速、服のほうを社長に用立ててもらって」
「相変わらず凄まじい行動力ね、コノメタ……」
「でしょー!?」
ニゲラは呆れた風に言ったが、コノメタはドヤ顔になった。
メイドと化したリリィが、しずしずと近付いてくる。
近付かれると、清楚なクラシックメイド服に似つかわしからぬ、その胸のインパクトがすごい。黒いブラウスのボタンが今にも弾け飛びそうだ。
「ジンケ、選んで」
相変わらずの真顔でオレを見上げながら、リリィは言った。
「『ご主人様』がいい? 『旦那様』がいい?」
「そ、そんなもん、どっちでも……」
リリィはさらに距離を一歩詰めて、オレの耳元で囁く。
「(ご主人様)」
「うぐっ……」
「(旦那様)」
「ぐぐぐ……」
「わかった」
不意に離れたかと思うと、リリィはスカートを持ち上げて綺麗にお辞儀をした。
「どんなご用でもなんなりとお申し付けください、ご主人様」
「まだ答えてないだろ!」
「こっちのほうが嬉しそうだった」
こいつ、エスパーか?
「ところで、今宵の御夜伽はいかが――」
「ブレーキを踏めアホ」
「あう」
軽くチョップを入れると、リリィは痛くもかゆくもなさそうな顔でおでこを押さえた。
「ちょっとテンション上がりすぎた」
「わかんねーよ。お前のテンションゲージどこにあんだよ」
「でも、ジンケがコスプレ好きなのがわかったのでおっけー」
「別に好きじゃない!」
パンパン、とコノメタが手を打った。
「はーい。イチャつくのはそこまでね。今回は契約祝いってことで見逃すけど、次からはハウス内では慎むように。他のメンバーにまで浮ついた空気が感染すると困るからね」
「元はと言えばお前のせいなんだが」
「なんのことやら」
リリィにメイド服を着せた張本人は、そらっとぼけながら背を向けて、ドアの横にある台座に向かった。
「で、トレーニングルームを案内しに来たんだよね。ちょうどいいからさ、練習試合でもやらない?」
「練習試合ですって? ……まさか、アタシとこの男で、じゃないわよね」
「そのまさか」
ニゲラは苦々しい表情になった。
「面倒くさいのだわ……。手加減が苦手なのは知っているでしょう、コノメタ」
「え? 手加減? いらないいらない」
コノメタはへらへら笑って手を振った。
ニゲラは表情を険しくする。
「……それは、冗談かしら? だとしたら上手くないのだわ」
「本気も本気だよ。全力で、メインクラスで、ジンケ君と戦ってみてくれる? ニゲラちゃん」
「そんなの練習にならないのだわ」
「そうでもないかもよ。ね、ジンケ君?」
「ん? ああ。大丈夫なんじゃねーか?」
オレは何気なく答えたつもりだった。
だが、その瞬間。
メラッ――と。
ニゲラの身体から、湯気のようなものが立ち上った気がした。
「……アナタ……」
体格にふさわしい舌っ足らずな声には――しかし、見た目にはそぐわない激しい怒りがこもっている。
「アタシのことを……知っていて、言っているのよね?」
「いや……寡聞にして」
内心で警戒レベルをあげつつ、オレは努めて変わらない口調を装った。
「プロゲーマー事情には詳しくない。……強いのか、お前?」
「――――ナメた新入りが来たものだわ」
あっはっは! とコノメタが大笑いした。
「よぉーし! 黙ってたけど、ここらで教えちゃおう! ……ジンケ君。ニゲラはね。チャンピオンの一人だよ」
「……ん?」
チャンピオン?
「前年度プロゲーマー賞金ランキング100位中11位。MAOクラス統一トーナメント、メイサーの部ディフェンディング・チャンピオン―――全一
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