第13話 プロ見習いはトッププロに一矢報いる
「んじゃ、ルール設定するよー」
トレーニングルームの外から、コノメタの声が聞こえてくる。
「ルールはランクマッチ準拠でいいかなー?」
「構わないわ」
「あ、悪い。一応ざっと説明してくれねえか? 予習はしてきたんだけどさ……」
正面に立つ金髪少女ニゲラが見下げ果てたような目で見てくるが、恥は忍ぶとしよう。変に知ったかぶるほうが恥だ。
「おっけー。じゃあざっと説明するね。
――その1、BO3。2ラウンド取ったほうが勝ち。
――その2、お互いのキャラレベルと流派レベルは50に調整される。
――その3、同じく魔法とスキルの熟練度は100・0に調整される。
――その4、使用可能なクラスは合計補正値8.5まで」
「合計補正値って?」
「ああ、気にしなくて大丈夫だよ。MAO歴10日そこそこのキミには関係ないルールだから」
引っかかる言い方だが、納得しておこう。
「――その5、スキルスロットは7枠。その名の通り、スキルを装備できる枠数のことね。
――その6、試合中のスキル構成やステータスビルドの変更は不可能。
――その7、使用可能な装備はレア度7まで」
レア度7の装備というのは、レア装備と呼ばれる中でも一番下のやつ、と考えれば問題ない。オレは一つも持ってないが。
「――その8、MP半減スタート。
――その9、1ラウンドは90秒。
――その10! 礼儀を守って楽しみましょう!」
「……最後のは聞き覚えがないんだが」
「一番大切なことだよ?」
まあ、そうかもしれんが。
「お勉強は終わったかしら? 初心者さん?」
ニゲラが小馬鹿にするように肩を竦めた。
「うおい。いきなりルールその10を破るな」
「お国柄の違いね。これもアタシなりの礼儀なのだわ」
どうやら、オレの相手をさせられることがよっぽど気に食わないらしい。
……なら、戦って損はなかったと、思わせてやらねーとな。
「それじゃスタンバイ・タイムだ。お互いステータスビルドやスキル編成、ショートカット設定、装備の用意とかもろもろ済ませること! 120秒で!」
目の前にウインドウが現れる。
コノメタが言ったとおり、決めることは主に4つだ。とはいえ、言われたとおりの初心者たるオレには、そもそも選択肢がそれほどない。
ステータスビルドは以下のようにした。
(総計ステータスポイント:1080)
(一つのステータスに割り振れる上限:500)
HP:80
MP:0
STR:500
VIT:0
AGI:0
DEX:500
MAT:0
MDF:0
いわゆる極振り構成だ。オレが使う《槍兵》クラスの補正が乗るところに割り振っている。それが一番、数値的に効率がいいのだ。
何のてらいもない、いかにも初心者って感じのビルドだが、これがなかなか馬鹿にならない。STRは言うに及ばず攻撃力に関わるし、DEXが高いとクリティカルを出したときの威力が上がったりする。
昔取った杵柄で、クリティカルを出すことだけはうまいオレには、うってつけのビルドと言えよう。
残りの項目もちゃっちゃと設定し、制限時間を1分以上も残して準備が終わった。
さて、相手の準備が終わるのを待つか――
と、思ったのだが。
オレが設定を終えると同時、試合開始までのカウントダウンが始まった。
「フン。初心者相手に長考なんてしないのだわ」
正面のニゲラの身体に、装備が次々と装着されていく。
「身の程を思い知らせてあげる。せいぜい心を折られないようにしなさい!」
最後、ニゲラの右手に現れたのは、あまりにも巨大な
でけえ!
身長150センチもない小柄なニゲラだが、そのメイスは軽く2メートルはある。
ニゲラはそれを当然のように持ち上げて、肩に担いだ。現実感が狂う光景だ。騙し絵でも見せられているような気分だった。
システム上、充分なSTRさえあれば、体格に関係なく巨大な武器を扱える。……理屈はわかる。わかるが、実際、どうなんだ? あんな体格で、あんな大きさの武器を振り回せるものなのか?
疑念に包まれながら、オレは槍を手に取った。
《ミスリル・スピア》――白銀の鉱物でできた、美しい槍だ。ミナハに《ウインド・スピア》を壊されてから用意した新しい武器である。
「おりょ。
コノメタの声に、オレは頷いた。
人を殴ることには、まだ抵抗がある。いずれは克服しなければならないのだろうが、今はこれでいいと思っていた。
MAOの《ジンケ》は、少なくとも今は、槍使いなのだ。
「オーケー。試合開始まであと5秒――」
「――ジンケ!」
聞き慣れた声がした。
「勝ったら何でも言うこと聞いてあげる!」
――あと4秒。
こんなときまでブレねー奴だ。
ちょっとサービスしてやろう。オレはリリィがいるはずの方向に指を突きつけた。
「服脱いで待っとけ!」
「わかった!」
「うわーっ! ちょっと! ほんとに脱がないで!」
――あと3秒。
正面から低い声がする。
「……さっきから、イチャコライチャコラ……」
――あと2秒。
「そんなに盛りたければ……」
――あと1秒。
「マンガ喫茶にでも行くがいいのだわ! ファッキンジャーップ!!」
「漫喫はラブホじゃねえよ!」
――あと0秒。
実に気の抜けるやり取りと同時に、試合が始まった。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
「ふッ―――!」
オレは開始と同時に距離を詰めた。
オレの槍とニゲラのメイスのリーチはそう変わらない。
だが、重さの差がある。同じ間合いであれば、手数で勝るオレのほうが有利のはずだ。
喉元を狙って刺突を繰り出す。当たればクリティカルは必至だったが、ニゲラは身体を横にずらして、刺突を肩で受けた。
ずらされたか。だが当たりはした。コンボに繋げれば――
「バカ正直な急所狙い……」
しかし――ニゲラは構うことなく、巨大メイスを振りかぶった。
仰け反らない……! アーマーだ。スキルで簡単に仰け反らないようにしてやがる!
「誰だってできるのだわ、そんな攻撃!」
メイスが空気を割る音がする。
ヤバい、と直感が叫んだ。
普通に考えれば、一発くらい受けても問題はない。たった一発でHPを吹き飛ばす通常攻撃なんて、普通に考えてありはしない。
それでもヤバい。
このメイスはヤバい!
――とっさの判断だった。
「――――え?」
きょろきょろ、とニゲラがオレを探す。
見失ったのだ。
無理もないことだった。
オレは、彼女が振り抜いたメイスの上に立っていたのだから。
「うっほおおっ!?」
「ジンケすごいやばいすごい!」
外野たちが声をあげた頃に、ニゲラがオレを発見した。
だが無論、その頃には、オレは反撃の刺突を放ち終えている……!
「
バシィッ!! 槍が突き刺さったニゲラの喉元から、クリティカル時特有の効果音が弾けた。
すぐさま、オレは槍を引く。
「急所攻撃なんて誰でもできると言ったな、プロゲーマー――」
さすがにクリティカル・ダメージにアーマーは働かないらしい。
仰け反って硬直したニゲラに、オレは再び槍を向ける。
「――
バシバシバシバシバシィッ!!!
と、効果音が連続した。
眉間。胸。鳩尾。――急所という急所に、オレの槍が間断なく突き刺さったのだ。
1ミリの狂いもない。すでにオレの手足となっている槍は、針の穴を通すような精度でクリティカルを連発した。
槍系武器によるオレのクリティカル率は、すでに9割を超えているのだった。
オレの10連クリティカルコンボを受けたニゲラは、愕然とした表情で消滅する。
こうして、オレは人生で初めて、プロゲーマーからラウンドを取った。
【ROUND1:YOU WIN!】
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