三章 ~第三幕~
家に帰ってきて何もやる気が起きず、いっその事寝てしまえばと思い布団に入ったが一睡も出来なかった。ずっとずっと恐怖と後悔が交互に襲ってきて、窓から光が刺した頃に俺はやっと眠りに落ちた。
だが夢の中でも俺は何かに追われるようにうなされたようだ。起きた時には汗と動悸が止まらなかった。時間はもう午後4時を過ぎていた。元々学校に行ける程の気持ちじゃなかったからいいが……。
周りを見渡してもエリはどこにもいない。帰ってきていないのか?
エリは誰にも見えない、ということは今もあいつは一人なのだろう。
「……なんで、あんな事言っちまったんだ……」
あいつが、エリがそんな事をするようなヤツじゃ無いことなんて知ってるはずなのに。俺が分かってやらなくてどうするんだよ。あいつにはもう俺一人しかいないのに。今も何処かで泣いちまってるのか……?
「探さねーと……」
頭の中の考えをひとまず置いておいて、俺は立ち上がった。
あいつの事を見つけられるのは、俺だけなんだから。
エリを探そうと思ってまず昨日も来た外町に来た俺だったが、そこで見た光景は昨日よりももっと酷いものだった。
誰ひとりとして見当たらないのだ。
「なん、だよコレ……皆消えちまったのか!?」
道路に倒れている自転車、道端に転がっているカバン。少ないが辺りにはさっきまで人がいたであろう痕跡が残っている。
夜になってただ人通りが無くなっただけの町とは違う。そこにはゴーストタウンの様な、異様な光景が広がっていた。
「ほ、本当に……まさか、俺以外誰もいないんじゃ……」
誰か残っている人がいないか俺は探すように歩き出した。
空いている店に入っても誰も出てこず、電車すら止まっていた。俺がいくら探しても誰一人として出会うことはなかった。
「本当に、誰もいねぇじゃねーか……うそだろ」
――ドンッ。
人を探して辺りを見回しながら歩いていたら、不意に曲がり角から出てきた何かにぶつかった。何か?いや、人だ!
「あ、あんた。大丈夫か!?」
俺とぶつかった人が抱えていたカバンを地面に落とす。ぶつかったのは男子学生で、ってこいつたしか同じクラスの。
「あれ、小山、だったか?」
「え、あ、はい……えっと、大神君」
小山は散らばったカバンの中身を拾おうとしながら俺に返事をした。
よかった、俺以外にもまだ人が残っていたんだな。俺も一緒になって落ちた荷物を拾う。
「前にも似たような事、あったよな確か。ほい、生徒手帳」
「そう、ですね……ありがとうござい、ます」
そう言いながら小山はいそいそとカバンに荷物を押し込んでいる。なんだろう、白い糸みたいなものがはみ出てるが。
「小山はその、何してたんだ?って聞くのも変だな……。人が見当たらないからなんかあったのかと思ってな」
率直に人が消えたのを見てないかと聞きたいが、そう聞いたってどんな返答が来るか分かってるから曖昧な言葉になってしまった。
質問をされた当人の小山も微妙な顔をしている。
「その、塾に行こうと思ったんですけど、誰もいなかったので……今日は帰ろう、かと」
「あぁそうだったのか。小山勉強出来そうだもんな、そうか塾か」
「…………」
なんかすごい話づらそうにしてるが、この事にはあまり触れられたくなかったのか?小山とは俺が転校してきた日にちょこっと話しただけだったから、どんな奴なのか今一分かってないんだよな。
……そういえばその時話した内容も神隠しについてだったな。
「なぁ小山、大分前の話なんだけど。俺が凪波に来た時にした話って覚えてるか?生徒手帳渡した時の」
「え?……はい、えっと確かなにかのウワサについて、話したかと、えっと」
「神隠し、な」
「はい、その神隠し?について、覚えてますけど……」
俺と話しつつもあまり視線を合わせない。人と話すのが苦手なのだろうか。わりぃけどもうちょっと付き合ってもらおう。
「あのウワサってどこで聞いたんだ?その、出処?ってのが少し気になってな」
「は、はぁ……どこ、と言っても知り合いから、聞いただけですよ?その知り合いも又聞きだったみたい、ですし……。それに神隠しの事件って、もう終わったんじゃないんですか?その、大神君が何か解決したみたいな話を聞きましたけど……」
「あぁ、いや。確かにそうなんだけどな。関係あるっちゃあるし……ないっちゃないんだが……」
説明、出来ないよなコレは。何言ったっておかしい目で見られるだけだ……。
「小山はちなみにその神隠しについてどんな事知ってるんだ?なんでもいいんだけど」
「えぇ……といってもウワサの方は多分デタラメだと、思いますよ?記憶が消えるだなんて……。事件の方は、僕より大神君の方が詳しいでしょうし。なんか三人組に、捕まって大変だったって聞きました、けど」
小山は俺の変な質問に律儀に答えてくれたが、聞いた言葉に目新しい事は無かった。
どうやらこの神隠しによる記憶の削除というのは、すごく曖昧に出来ているらしい。その人物が消えても来ていた服や机が残っているし、事件や事実も残るのだ。
俺が不良三人に捕まった事は知っていても、具体的に誰がやったのかは分からないのだ。だからこうして小山は…………。
「…………なぁ、小山。もう一つ、聞いてもいいか?」
「え?は、はい」
「俺が
「――――――え?」
俺は被害者の女生徒の事もあるから、事件の詳細は誰にも語ってない。沙希にもだ。あの場面にいた玲人も誰かに言いふらすなんて考えられない。
そして、もし本当に誰か関係者から話を聞いたとしても、警察に捕まったのは金髪と茶髪の奴。二人だ。
もう一人の白髪の不良の存在を知ってる奴は俺達以外にいないはず。
なんで小山は俺が三人に襲われたのを知っているんだ?
「え、いや、その誰かって、いやう、ウワサですよ、ウワサ」
「だからそれは誰から聞いたんだ?」
俺が問い質すと小山は途端に挙動不審になった。さっきよりも輪にかけて俺と目を合わせない。抱えているカバンを握る力が強くなっているのが見て分かる。
こう言っちゃ悪いが、何かを隠している様にしか見えない。
「だ、誰って、……ほら!僕達のクラスにも、その神隠しってのにあった人がいたじゃ、ないですか!大神君が座ってた席の!その、女の子に聞いたんですよ!」
「被害者にウチのクラスの生徒はいなかった。関係は無いはずだ」
「ッ、だから、えっと……そうだ、蘇芳院、君……に――――ッ!!」
その一言が、決定的だった。
「――――――おまえ、なんで玲人の事、
「クソォッ!!」
小山が吐き捨てるように言葉を残して、いきなり俺を振り切る様に走り出した。
その姿はなりふり構っていない。小山はただ一心不乱に俺から逃げだした。あの慌て様はただ事じゃない。
「まさか、あいつが皆を消したのか!?」
この異常な神隠しという現象が、あいつの仕業?…………ッ!
―――だとしたらごちゃごちゃ考えてる場合じゃねぇッ!!
「てめぇッ!待てこらぁッ!!!」
俺は既に小さくなっている背中を見失わない様に慌てて後を追いかけ始めた。怒りで体に力が入る、鬱屈した考えを振り払うように全力で駆け抜ける。
本当にあいつが原因なら……ぶん殴ってでも全て元に戻させてやるッ!!
「――ッハァ!ハァッ!ん――ッ!ぁ、ハァッ!!ゴホッ!!――ソッ!クソッ!クソッ!クソッ!!クソォッ!!!」
(しくじった!しくじったッ!!あいつ!なんで!?どうしてッ!?)
夕暮れに差し掛かろうかという町中を、小山正は一人ひた走っていた。
まだ消えていなかったあのクラスメイトが後ろから追いかけてきているのが分かる。しかも確実にあちらの方が速い、このままでは遠からず追いつかれてしまう。
正は道端の空き缶を蹴飛ばす勢いで逃げながらも、心の中で毒付いた。
(あいつ!あいつあいつ!!大神透哉!なんで、まだ消えてないんだよ!?蘇芳院も梓山も消して、ここら一帯の人間は殆ど消してやったのに!!なんであいつだけ消えてないんだよッ!!クソっ、クソォッ!!なんで!!どうしてこうなったっ!!?)
キッカケは、ただの息抜きだった。
正は機械いじりが好きだった。それと同時にゲームが好きだった。
優秀な兄と、世間体ばかりを気にする両親。そんな家庭の中で正は必要以上に勉強というものを強いられてきた。
何をしても兄と比べられ、試験で良い点を取ってもさらに勉強をしろと言われ。褒められもせず、労われもせず、ただただ責め立てられ追い詰められていた。そんな張り詰めた生活の中で唯一の息抜きだったのが、自分でゲームを作る事だった。
親から隠れて夜遅く、一人でこっそりと組み上げたゲームアプリ。街を作るというシュミレーションゲーム。
誰に言われるでもなく、自由な事を、ただ好きな事をする。それだけが、たった小さなそれだけが正の救いだった。
そのゲームにある日突然変化が起こった。
自分で組み上げたゲームの中で、自分が知らない事が起こった。正が作っていたゲームは栫町を再現した環境シュミレーションゲームだったのだが、現実に存在する自分の知り合いらしき人間がゲームにも出てきたのだ。
不思議に思いつつもオブジェクトを消去してしまう正。それ自体はほんの少し気になる程度の事だったのだが、後にこの行為の重大さに気づく。
学校で、塾で、身の回りで人間が忽然と、存在ごと消えていたのだ。
最初は分からなかった。だがゲームの中で消した人が、翌日にはどこにもいなかった。そこまで来て初めて分かった。自分のこの行為で、現実の人間が消滅するのだと。
途端に怖くなった、この恐ろしい事態を引き起こしているのが、自分自身だということに。
どうにかして消えてしまった人達を元に戻せないかと思いながら、その原因となったゲームをプレイし続けるのだが。ふと、見つけてしまった。
見たことがある、いや、記憶にこびりついている、自身の兄と、親を。
だれが止められただろうか、彼の行為を。
だれが責められるだろうか、彼の選択を。
自分の家族という鎖を引き千切った時に、正の中のなにかが壊れてしまった。もう誰にも止められない。本人ですらもう何をしているのかも、分からないのだから。
「おいっ!待てって言ってんだろッ!!」
俺はひたすらに逃げる小山のを追いかけていたら、いつのまにか見覚えのある通りまで出ていた。
どうやら外町から南に下って学校の方に逃げているようだが、ここは昔俺が住んでいた家がある辺り。つまりは昔散々探検しまくった俺にとって、ここら辺は庭みたいなもんだ!
確か今進んでる道は昔は行き止まりだったはず。地形が変わってないのなら抑えられる。そこでとっちめてやらぁ!!
「ッシ!!」
小山が曲がり角を進んでいき、俺は追い詰める為に速度を上げた。
よしッ!俺が思った通り、袋小路で足止めされてやがる!
「やっと追いついたぞ!さぁ説明してもらおうか!!いったいどう――」
「クソッ!クソがッ!なんなんだ、なん、なんだあんたは!!なんであんた、だけ消えてない!?消してやった筈なのに!!どいつもこいつもォッ!!」
足を止めて息を切らしながら小山は叫ぶように言葉を吐き捨てる。
今、確かに消してやったとこいつは口にした。半ば半信半疑で追いかけていたのだが、まさか本当にこいつが消していたとは。
「――おまえ、本当におまえが消したのか!?皆を、玲人を!沙希をッ!!どうやってこんな、いや!おまえなんでこんな事してんだ!!今すぐ消した人達を元に戻せッ!!」
「うっとぉしいんだよォおまえェ!!!この前も邪魔しやがって!蘇芳院と一緒に消してやったと思ったのによぉ!?たかがゲームの1キャラ如きがたてついてんじゃねぇよ!!なんだこれ!?バグじゃないか!!なんなんだよォ!!」
「こ、この前?ゲーム……?いったい何のこと言ってんだ!?」
「は、まだ気づいてなか、ったのか!?これだから馬鹿は嫌いなんだよ!」
そう言って小山は大事そうに抱えていたカバンから携帯と白い何かを取り出した。そして白いものを頭に被って……カツラ?
「って、おまえ、その姿!!」
白い髪を模したカツラを被った小山のその姿は、俺を後ろから殴り倒した白髪の不良そのものだった。まさか一人だけあの場から逃げ果せたあいつが小山だったのか!?
「ほんと滑稽だったぜ!?あの二人にいいように痛めつけられてよぉ!!まぁあのクソ共も相当笑えたけどなぁ!自分がイジめてた奴に弄ばれてんだからよぉ!!」
「ど、どういうことだ!?」
「あ?遊びだよ、ゲームだゲーム!パラメーターいぢってグチャグチャにすんのは基本だろ!?だからあのアホの頭ン中かき混ぜて操り人形にしてたんだよ!!」
「……な、なにを言ってんだ?」
「ソレをてめぇらが邪魔しやがって!!んでこいつもあのキザ野郎みたいに消えねぇんだよ!?おかしいだろバグってんぞ!クソ、クソッ!!こ、こうなったらリセットだ……ロードだよロードォ!!最初っからやり直せばいいンだよ!!次、次だ!僕が、僕に、僕はプレイヤーだぞ。プレイヤーなンだ!!僕がァッ!!」
小山が被っていたカツラを投げ捨てて狂乱しながら頭を抱えている。
こいつの言っている事が何一つ理解できない。そもそもこっちの話が聞こえているのかも分からない。俺が見えているのか?
こいつは……こいつは、狂ってる。
「――ッ!!おまえッ!」
「触るなァァアアアアッ!!!?」
俺が胸倉を掴んでこっちに振り向かせようと手を伸ばしたら、物凄い力で俺の腕が払われた。
小山は右手に持っていた携帯を両手で抱え、頻りに画面を触っている。
「ロードロードロードリセットリセットリセットコンテニューコンテニューコンテニューロードロードロードリセットリセットリセットコンテニューコンテニューコンテニューロードロードロードリセットリセットリセットコンテニューコンテニューコンテニューロードロードロードリセットリセットリセットコンテニューコンテニューコンテニューロードロー」
最初は小声で呟いていた声が段々と大きくなっていき、携帯を弄る動作も次第に乱雑になっていく。いや、もう殴っていると言ってもいい。
「ットリセットリセットコンテニューコンテニューコンテニューロードロードロードリセットリセットリセットコンテニューコンテニューコンテニューロード!ロード!ロード!リセット!!リセット!!リセット!!コンテニュー!コンテニュー!!コンテニュー!!ロードォ!!ロードォオ!!!ロードォオオオ!!!!リセットオォオォオオ!!!!!」
眼球が暴れ、壊れんばかりに携帯を握り、口から泡を吐きながら同じことを叫び続ける。その様は狂気の一言に尽きる。だがやがて糸の切れた人形の様に首と腕が落ちた。
そしてその時が小山の人としての最後の姿だった。
「……………………ニュゥウゲェーーームダァぁァあアアァアああアぁ!!!!!」
『…… $B% " "%JカKOJDIト0-i4!" @kdイマjk-a[@……』
――カァッ!!!!
一瞬、目の前が光で覆い尽くされて何も見えなくなる。
真昼の太陽かと見紛うほどの閃光が残像を焼き付けて俺の五感を奪った。
視界が潰された俺が最初に知覚したのは、壊れたテープの様な電子音の様な声。ひたすら不快な、ただただ不安な、聴く者の心をキリキリと締め上げる音。
次におぞましい程の冷気、まるで重さすら感じる空気。そして焦点の合わない身も凍る視線。それが今ただ一人、俺という存在にだけ向けられた。
それはこの平和だった世界で俺が初めて感じた、死の気配だった。
「――ハは、ははハハハは!!ははハはハハハ、ははハハはハははハはハはハハはハはハハハはハははハはハハハはハははハは!!!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます