二章 ~幕間~


「あれ?透哉君?」


 沙希が偶然一緒になった玲人と下校している途中に、沙希のスマホに透哉から電話が掛かってきた。

 透哉の性格をよく理解している沙希は、ズボラな透哉が電話をしてくるのは珍しい事だと知っていた。


「トーヤ君からかい?珍しいね」


 夕日に染まりかけた歩道の車道側を歩いていた玲人も、同じような反応を返す。

 流石は幼馴染と言うべきか、二人共離れていた期間は長かったが透哉の事をよく分かっていた。


「ごめん、ちょっと出るね?」

「あぁ、ボクの事は気にせずにどうぞ」


 沙希は一度玲人に断ってまだコールが続いていた電話に出た。


「もしもし?透哉君?電話してくるなんて何かあったの?」


「――――――――――――」

「…………?透哉君?」


 だがその電話に出ても聞こえてくるのはただの無言と、遠くに聞こえるガヤガヤとした町の喧騒けんそうだけだ。いくら待とうが透哉の声は聞こえてこなかった。


「透哉君?どうかしたの?透哉君!」


 こちらから呼びかけても一向に返事は返ってこない。


 沙希は一気に不安になってきていた。あの透哉がなんの意味もなくこんなことをするとは到底思えなかったからだ。


「沙希君?そんなに慌ててどうしたんだい?」


「電話、繋がったんだけど透哉君一言も喋らなくて、なんか遠くで人の声だけはするんだけど…」

「なんだって?」


 見る見る内に普段の元気が萎んでいく沙希を見て、玲人もただ事ではないと悟った。胸が苦しくなる。


 決して表に出そうとはしないが、玲人にとって沙希はいつでも笑っていて欲しいと思う女性であった。それ程大切な関係なのである、それはもちろん親友である透哉も同じことであった。


「沙希君?その電話貸してもらえるかい?」

「う、うん…。はい」


「ありがとう」


 玲人はうやうやしく沙希からスマホを受け取ると、そこから聞こえる音に集中した。


「―――――――――。――――――」


 こちらから喋りかけても答えないのは、先程のやり取りを見て分かっていたので言葉はいらない。今は少しでもここから得られる情報が欲しい。


そう思って玲人は目を閉じ、ただただ聞こえる音から状況を想像した。


「――――――ガサッ。――――――ザザッ――――ザ――」


(……?こすれている…?)


 恐らくポケットに入ったまま発信されているのだろう。

 端末自体が揺らされてマイクになにか擦れているような音が聞こえる。


 しかもさっきまで聞こえていたという喧騒けんそうの音が聞こえてこない。ということは。


「動いている…。まさか、連れ去られているのか?」


 玲人は想定できる内で最悪の展開を予想する。透哉は意識がなく、何者かによって運ばれている最中ではないか?


 だとしたら事態は一刻を争う。先日透哉はどうやら良くない輩から恨みも買っていたようにも見えた。まさか喧嘩に巻き込まれたのでは…。そこまで考えた玲人は沙希に電話を返してすかさず言った。


「沙希君、思ったよりまずい状況かもしれない。キミはその通話を切らないでそのまま警察に行ってくれるかい?」

「え?で、でも玲人君は?」


「ボクは外町まで走ってくる。おそらく透哉君は今日もそこで聞き込みをしていたはずだ。今ならまだ何処かで見つかるかもしれない。もしボクの予想が正しければ、そんなに早くは動けないはずだしね」


 そう言って玲人はいち早く駆け出そうとするが、沙希に服のすそを掴まれて立ち止まる。その仕草に思わず玲人は沙希の顔を伺った。


「沙希君?」


「……玲人君も、無理、しないでね…。もう"あんな"事になって欲しくないよ…」


 沙希はうつむきながらかすれた声で呟いた。


 玲人はその言葉を聞いて悟った。あぁ、まだこの愛しい女性ひとは自分を許せてはいないのだと。


 ボクはとっくに気にしていないというのに。


 そっと自分のそでを掴む少女の手を優しく解いて、玲人は安心させるようにいつものように爽やかに笑った。


「大丈夫!沙希君はなにも心配する必要はないよ!安心したまえ!透哉君はボクが必ず見つけ出す!二人共無事キミの元に帰ってくるさ!約束しよう!生徒会長として、なによりキミの親友として、ね!」


 いつものように自信満々な姿を見せる事で、目の前の少女が同じようにいつもの笑顔を取り戻せるようにと。


 玲人は改めて強く己を律した、自分の信念を貫き通すと。

 弱かった自分に本当の強さを与えてくれた、あの幼き二人の笑顔を何があっても守り通すと。


 小さかった少年は走り出した。

 沙希には離れていくその背中は、もう子供には見えない程大きく見えただろう。


「玲人君……。透哉君を、お願い…」


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