二章 ~第四幕~
神隠しという事件を調査し始めて数日が経った。
俺と玲人は文化祭の準備の片手間に、と言っても俺は準備の方が片手間になってしまっているが。それぞれ玲人は学内で、俺は主に外町で神隠しについて調べていた。
蠕藤のおっさんは約束通り翌日にはたこやき用の鉄板を学校まで届けてくれた。
無理はしなくていいと言われたが、こうなるとちゃんと義理立てて調べなければいけない。
沙希には文化祭に集中してもらった。まぁ本人は不承不承ではあったが。
今は放課後に私服に着替えて、外町で行方不明になったと言う女生徒の写真を手に聞き込みをしていたところだ。だが成果はさっぱりだった。
俺は一息つこうと思い、自販機でコーヒーを買ってその横にあったベンチに腰掛けた。
「ふぅ、やっぱ思ったようにはいかねぇな…」
「お疲れ様、トーヤ」
俺の右後ろからついてきていたエリが
エリは触れないがベンチの背に頬杖を突きながら浮いていた。
こうして前から見ると普通の生きてる人間なんだけどな。
俺は近くに人がいない事を確認してエリに話しかけた。
「なぁ、エリはこの事件。神隠しについてどう思う?」
「……うん、そうだね。後ろでずっと話を聞いてて思ったんだけど、この神隠しっていうウワサ。一体どこから出てきたんだろう?」
「ん?ウワサの
俺は気になってコーヒーを飲もうとしていた手を止めた。
「うん、正直関係ないのかもしれないけど。"神隠し"なんて単語、普通若い人は使わないよね?少なくても誰かいなくなったのなら行方不明とか
「まぁ……言われてみれば」
「だから気になったんだ。一体どこから神隠しなんて言葉が出てきたんだろう、って」
確かに学生の間でウワサになってはいたがおかしな話ではある。
神隠しなんて今時の学生がパッと思いつくものだろうか?
「それに、他にも気になる事があるんだけど。トーヤが教室で座ってる席について喋ってる時に初めてこの単語が出てきたよね?もし本当にあのクラスで行方不明になった女の子がいるんだとしたら、先生含めクラスメイトが誰も知らないなんて事あるはずないと思わない?」
「いや、まぁ確かにそうだけどよ。アレは佐山が面白がって神隠しだなんて言っただけで、実際はホントに誰の席でもないんじゃねぇのか?」
「…うん、そっちの可能性の方が断然高いんだけど…気になっちゃって」
エリが黙ってしまったので飲みかけていたコーヒーに再度口をつけた。
いや、俺もおっさんのトコで話聞いた時はもしかしてとも思ったが、流石におかしいしな。
会話が途切れた間にあれやこれやと考えていたら結構時間が経っていたみたいだ、空が段々と赤くなってきた。
「もう夕方か……そろそろ今日の所は切り上げるか?」
丁度コーヒーも飲み終えた所だ。特に収穫も無かったがそんなに簡単に解決するものでもないしな。
そう思って
「ねぇトーヤ、あそこにいる二人ってさ…この前の人達じゃない?」
「あん?」
そう言われてエリが指差した方を見てみると、駅の出口の隅に目立つ格好をした二人組がいた。
片方は茶髪でもう片方は金髪……ってまたあいつらかよ!もういいんだよあいつらは!例の二人は壁に向き合う様にして何か喋っているようだった。
「またあのヤンキー共か……別に親しげに声を掛けるような間柄じゃねぇし、さっさと帰るぞ」
俺はそう言っていち早くこの場を去ろうとしたが。
「待って。あの人達の影になって見えなかったけど、もう一人いるよ。しかも女の子、制服着てる」
「なんだって?おいまさか性懲りもなく絡んでんじゃねぇだろうな?」
エリの言葉に思わず足を止めた。別に偽善者ぶるわけでもないが、目の前で良くない事が起こりそうなら俺は止めるぞ。
「あれ?でもよく見たらそんなに嫌がってる様でもないみたい……?」
「あん?そうなのか?」
俺には今一遠くて見えないが、エリにはそんなにはっきり見えているのだろうか。
こういう所で人間との差が出るのか幽霊ってのは。
結局俺はどうしたらいいんだ?お呼びじゃない状態ならさっさと離れたいんだが。
「私ちょっと近くまでいって様子見てくるよ!」
「あ、おい!あぶねーんじゃ……」
「私相手じゃなにも出来ないって」
あぁ、確かにそうだな。いくら近づかれても気付かれもしないか。
考えてみれば覗きや盗み聞き、ストーカーなんて隠密行動には絶対的有利だな幽霊って。なりたくはないが。
エリはスイスイっと宙を泳ぐように件の不良達に近づいていった。
俺は見つからないように自販機の影に身を潜めて成り行きを見守る。
しばらくエリはそいつらの近くで様子を見ていたが、不良どもが女の子を連れ立って歩き出した所で俺の所に戻ってきた。
「んで?どうだったんだ?」
「うん、今一分かんなかったけど……女の子は凪波の生徒だったよ。制服で分かった。なんか家出してきたーって言ってたよ」
「うわ、まじか」
「それであの人達が行くトコないならいい所連れってってやるぜーゲッヘッヘ!って」
ゲッヘッヘは言ってないだろ。わかりやすいけど。
つか人がいなくなってるなんてウワサが出回ってる時に家出なんかするなよ…。
まぁ
「どうするの?このまま放っておく?」
「いや、それも寝覚めが悪いだろ。神隠しとは関係ないかもしれないけど、見ちまったもんはしょうがねぇし……」
あぁ、出来れば関わりたくないんだけどなぁ。
なんでこう次から次へと……。
「あ、ほら見えなくなっちゃうよ!私先に行くからね!」
俺は内心で
エリが少し距離を空けて三人を尾行して、俺は自分にしか見えないエリを目印にしてさらに距離を取って後を追いかけていた。
形としては二重尾行?みたいなものだが、相手もまさか幽霊が後ろについてきてるなんて思うまい。
こうして俺は相手に気づかれないぐらいの遠さで不良達を尾行していた。
例の三人はまだ外町の繁華街を喋りながら歩いている。途中で自販機で飲み物を買ったりもしていた。そこそこ人が多いので見失いそうになるが、宙に浮いてる奴が大変目立つのでその心配は無さそうだ。
「……なんかここまで大事にする必要もない気がしてきたなぁ…」
ちょっと過敏になりすぎてたかもなぁ。考えてみればナンパなんて本人の自由だし、別に嫌がってる素振りもないしなぁ。
あれ?俺もしかして人の恋路を邪魔しようとしてるだけ?まぁ恋路なんて
そんな事を考えてると先に進んでるエリが左を指差しているのが見えた。
どうやら三人が角を曲がっていったようだ。まぁエリの気が済むまで付き合ってやるか。俺も少し遅れてその角を左に曲がると、表とは打って変わって薄暗い雰囲気が広がっていた。
色味の強いネオン、雑多な入り口のバー、ご休憩の文字…
あぁ、こういった場所はどこにでもあるもんだな。しかし6年でこうも変わるもんなのかな?と、俺はどこか
…………あ、意外とこうゆうの苦手なんだな、アイツ。
しばらく挙動不審だったが首をブンブンと横に振ったあと、脇目も振らずに尾行を再開した。
今度それ系のネタでいじってやろうかな、と俺はちょっとほくそ笑んでエリを追いかける。
割りと緩い気持ちでこの尾行を続けていたが、三人がまた角を曲がったところで突然エリの
「トーヤッ!大変!すぐに来てッ!!」
「――ッ!?」
エリの声色にただ事ではない空気を感じて俺はエリがいる角まで駆け寄った。
近くまで来て声を落としながら俺は慌ててるエリに声を掛けた。
「……どうした?何があったエリ!?」
「女の子が、路地に入ってすぐにいきなり倒れちゃって……しかもあの人達、慌てるそぶりもなくて。それどころか女の子を何処かに連れて行こうとしてるの!」
「なんだって!?」
エリの口から出た信じられない状況に思わず大声が出そうになった。
おいおいおい……意識がない女の子を連れて、ってそれはもう誘拐、犯罪じゃねーか!話から察するにまだあいつらは路地のすぐそこにいるはず。
どうする……?どうしたらいい……まさかこんな事態に発展するなんて予想してなかったぞ。このまま放って置いたら、家出した女の子が帰って来ない……なんて、こと、に……。
――――まさか!?あいつらが神隠しの!?
いや、そんな事ありうるのか!?こんな堂々と人攫いなんて真似事を?あいつらただの
そしてそれはここ最近起きている事件の被害者と同じ、凪波の女生徒だ。
条件は怖いほどに揃っている……。
「トーヤ!見えなくなっちゃうよ!早くしないと女の子が!!」
「――クソッ!」
考えてる時間はない!
俺は覚悟を決めて二人組がいる路地裏に飛び込んで、声をあげた。
「おい待てお前らッ!!なにしてんだ!!」
「……あー?」
「ンだテメェ、またお前かよ!しつけーンだよ!」
二人組は止められたのが俺だと分かると、悪びれる様子もなく女の子を地面に置いてこちらに振り返った。
「なンの用だテメェ、毎度毎度うっとおしいんだよガキが!」
「オレたーち今忙しいーの。分かる?お前さんはお呼ーびじゃねーの?」
「お、俺はなにをしてんだって聞いてんだ!その子はなんだ!なんで倒れてんだよ、お前ら何処に連れて行くつもりだ!?」
俺は出来るだけ声を張り上げて威圧した。
こうでもしないと事の大きさに押しつぶされそうだったからだ。
いくら荒事に慣れたといってもこんな犯罪性の高い事件には今まで遭遇したことなんてなかった。前まで俺の中ではなんてこと無いただの不良だったこの二人が、今は全く別物に見える。
ハハ、俺こんなに臆病だったんだな。
「チッ、なンッなンだテメェは!毎度毎度邪魔しやがって!こっちはいい加減我慢も限界だぞゴラァ!!」
金髪が青筋を立ててキレかける。そうとう頭に来てるようだ。
「まぁーまタカシクン、大丈夫だって。みてみなーよコイツ。なんでか知んねーけーど、ビビってんジャン?」
「――ッ!?」
茶髪の一言に内心を突かれた俺は、肯定するかのように体が震えてしまった。
マズイ、心理的アドバンテージがなくなったらコイツら何をするか分かったもんじゃ……。
「……それにーさ。アイツ油断しすぎーだって」
「クック……アァ、どうやらそうみてーンだな」
「――なんだ……?」
いきなり二人してニヤニヤと嫌な笑みを零し始めた。
「――!?トーヤぁ!!!」
その時、悲鳴に近いエリの声を聞いてすかさず後ろを振り返えろうとしたが、次の瞬間頭に強い衝撃が来て、俺は地面に倒れ込んでしまった。
「おぅ、ツヨシ。いいトコロに来てくれたぜ」
「ヒュー!ツヨシクンかーくィイーー!!」
「…………タカシ君……誰?コイツ」
意識がまどろんで行く中、不良達の会話が聞こえる。
俺は最後の力を振り絞ってポケットの中にある携帯を操作した。
誰でも……いい……誰か、あの女の子……だけでも……。
「トーヤ!!トーヤぁ!!いや!トーヤッ!!」
あぁ……やべぇ……泣かせない、って……決め、たのに……な……。
すま、ねぇ…………エリ……。
意識が途切れる最後の瞬間までエリの悲痛な声が響いて、俺の心を締め付けるのだった。
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