二章 ~第三幕~


 蠕藤のおっさんの店を後にした俺達三人は、とりあえず座って話せる場所に行こうと近くにあったファミレスに来ていた。


 所謂いわゆる超大手の某ファミレスだが、まさかこの町にまでオープンしていたとはな、と密かに驚いた。とりあえずドリンクバーを頼み一息ついたところで沙希が口を開く。


「えっと、なんか大変な事になっちゃったね?」

「あぁ、まさか神隠しって単語をここでも聞くとは思わなかった」

「ましてやその事件をトーヤ君に追って欲しいだなんてね」


 俺達は頼まれた事件の大きさに意気消沈いきしょうちんしていた。


 無理を聞いてもらう代償とはいえ、なかなか無理難題を吹っかけられたもんだ。

 俺は注いできたウーロン茶を傾けながら、先程のおっさんとのやり取りを思い返していた。




「――神隠し?神隠しってあれか?今ちょっとウワサになってる人がいなくなる、っていう」


 おっさんの口から出た意外な単語に思わずオウム返しの様に聞き返してしまった。

 俺の反応を見ておっさんが肯定するかのように頷く。


「あぁ、その神隠しだ。お前さん達が知ってたのは驚きだが、確かに最近ウワサになっているソレだ」


 手に持ったタバコで俺を指差すようにしながら、おっさんは話を続ける。


「まだウワサ段階に留まってはいるが、学生を中心として広まってるこの神隠しという話題。実は本当に何人かの学生が行方不明になっているんだ。そのほとんどが、高校生。そして―」


「おい、まてよ!まさかその学生って…」


 俺は思わずおっさんの話題を遮って最悪の予想を口にしそうになったが、おっさんは無慈悲むじひにその先を言ってしまう。


「あぁ、ボウズの想像通り。この近辺で学生っていったら凪波高校の生徒が殆どだ」


「マジかよ……」

「え、ウソでしょ……」

「…………そう、か……」


 何処か遠くのウワサだと思っていた事柄が自分達の身近で起こっていると知って、俺達三人は驚愕きょうがくして言葉が出なくなってしまった。

 まさか、本当に……じゃあ俺が使っている席も誰かいなくなった人間の物だったのか?


「驚くのも無理はない、俺も話すべきではないとも思ったが……関係者でもない俺じゃどうにもできないからな」


 おっさんはうれい顔でまたタバコの煙を天井に吐いた。


「……おっさんはなんでこんな話を俺達に?」


「ウチの店のお得意様、まぁ仕事上付き合いのある人の娘が凪波に通っていたんだが。その子が神隠しにあって、いなくなっちまったんだ。親子関係はそんなに良くなかったみたいだがそれでも娘。どうしようもなくなって俺にぽつりと喋ってくれたのさ。何でも屋なんてやってると色んな話が舞い込んでくるが、さすがに学校施設の事までは疎くてな、そこにお前さん達が来たってわけだよ」


「なるほどな……」


 確かに俺達は件の学校の生徒であるし、玲人に至っては現職の生徒会長だ。

 おっさんよりかはいくらか自由に動ける人間だな。


 だからってこんな大きな話解決出来るとも思えないが……。


「なぁおっさん、いくら俺達が同じ学校の学生だからって流石に探せって言われても」

「あぁ、だから俺も出来れば解決してほしいが。と言っただろう?俺も本人が見つかるとは思ってない。情報が欲しいんだ、情報が。俺みたいな大人じゃ手に入らないような」


「そっか、あたし達の方が聞いて回れるもんね。それでおじさんにその情報をあげる代わりに鉄板を貸してもらえると」

「じょうちゃんは察しがいいな」


 沙希に向かってニカっと笑うおっさん。

 だがすぐに顔を引き締めると俺達に注意をうながすように言った。


「だが、あくまで危険な事はしないでくれよ?人ひとりがいなくなっているんだ、他にもな。お前さん達までいなくなっちまったら俺の寝覚めが悪くなっちまう。だから出来るとこまででいいぜ。話は以上だ」


 そう言っておっさんは吸いきったタバコを灰皿に押し付けた。




 事の次第を思い返して、俺達三人はため息をつく。

 相変わらずファミレスの一角には重い空気が漂っていた。


「まさか本当に神隠しなんて事が起こってるなんてね……」

「玲人は知ってたのか?生徒が来てないって」


「うん、一応耳に入ってはいたよ。涼風君にも相談されたしね」

「あぁ、そうか涼ねぇって前の生徒会長だったんだっけか」


 そう考えると身内から二代に渡って生徒会長が出るってすごい事だな。

 まぁこの二人は頭いいからな、俺とは違って。


「玲人はどう思う?この事件」


 なにから始めればいいのかも俺には分からないのでとりあえず意見を聞いてみる。


「登校してこない生徒、というのはあまり言いたくはないが特段珍しくはないよ。それぞれ個人の理由があるからね。だからと言って理由もわからず学校に来ない、というのはおかしい。そして特に気になるのは行方が知れない生徒はすべて女性、ということだね」


「女性?みんな女生徒なのか?」

「あぁ」


 今初めて聞いたことだ。生徒会長ゆえの情報だろうか。


 いなくなった人が皆女子だとすると何かしらの共通点があるのだろうか?

 こうなると犯罪性も疑わないといけなくなる。


「沙希はどうだ?何か思うところはあるか?」

「う、うん。って言ってもあたしも殆ど初めて聞いたようなものだし…そんな事が起こってるなんて知らなかったよ」


 いつも元気で明るい沙希がすこし鳴りをひそめてしまっていた。

 無理もない、自分の通う学校で同じ女子が行方不明になっているんだ。


「……今回の事、沙希は関わらない方がいいかもな」


「えっ!?」

「うん、ボクもそう思うよ。まだ全容は見えないけど、少なくても女性である沙希君が関わるのは危ないと思う」


 俺の一言に玲人も賛同してくれた。

 女子だけがいなくなっているというのもあるが、元々沙希には危ないことはして欲しくない。


「で、でも……」

「元はと言えば俺が引き受けた事だ、俺が責任を持って調べるよ。多少危ないことになっても俺なら大丈夫だろ」


 悲しい事に荒事には慣れちまってるからな。


「玲人には生徒会長として学内の方で情報を集めてくれないか?お前の方が何かと顔が効くだろ?」

「あぁ!まかせてくれたまえ!期待には答えさせて貰うよ!」


「沙希はクラスの事を頼む。これで文化祭で失敗しちまったら苦労が水の泡だからな」

「……うん」


「俺はなるべく学校の外で色々調べてみるよ。特に外町で」


 もし誰かの仕業だとしたら人が多いところで目撃情報なんか得られるかもしれないしな。


 それに俺は一人で行動するわけじゃないしな。俺にはアイツがいる。

 俺一人じゃ気づけない事でも、エリもいるならなんとかなるかもしれない。


「でも、透哉君。危ない事はしないでね?透哉君がいなくなるなんて事は、もう嫌だからね?」


 不安げな表情で俺を見る沙希。その顔は昔ここを離れる時にみた顔と一緒だった。

 隣にいた玲人も表情には出さないが同じような気持ちなのだろうか。


「――あぁ、もう突然消えるなんて事にはならねぇよ」


 安心させるように乱暴に沙希の頭を撫でた。

 沙希はいつもの顔に戻り、玲人も嬉しそうに口元に笑みを零した。


「よし!じゃあまとまった所で今日の所は解散する――」


「オイオイねえちゃん!オレ達のお誘いまさか断らねーよなァ!?」


 俺達が帰る為に席を立とうとしたところで、いきなり隣のボックス席からガラの悪い声が聞こえてきた。


「こ、困りますお客様……ボク、私、仕事もありますので……」


「いいじゃねぇか仕事なンてよォ!オレ達と遊ぼうや。いいトコ連れてってやっからよォ」

「そーそ!いーい所知ってんーだよ。きっと気持ちよーくなれっからさ!いーじゃんいいじゃーん?」


 見たところ質の悪い二人組がウェイトレスの女の子に絡んでいるみたいだ。

 周りの人達も迷惑そうに見ているが、まぁ普通関わりたくはないわな。


 はぁ、この状況。昔を思い出しちまうな。場所もおんなじファミレスだしなぁ。

 っていうか、あの喋り方。なんか最近聞いたことあるような気がするんだよな……。


 俺がため息は吐きながら立ち上がろうとすると、玲人が手伝うかい?と目で言ってくる。

 俺はそれに対して手で必要ないと言うと玲人は笑って肩をすくめた。

 まぁ、どうせ荒事にはならないだろ。多分な。


「おい、アンタら。そこらへんにしときな、いい加減迷惑だぜ」


「アァ!?」

「関係ねぇやーつは引っ込んで……」


「「あぁーー!!てめぇはあの時のぉ!?」」


 そこにいたのはいつぞや外町の路地裏で喧嘩になった、金髪と茶髪のヤンキー二人組だった。相変わらず茶髪の方はダサいグラサンを掛けて金髪はタバコを咥えている。


 あぁ、こうやって嬉しくもないのに関係ができちまうんだよな……悲しいかな。


「はぁ、やっぱりアンタらか。性懲りもなくこんな事してんのか?どうせならもっとブチのめしておけばよかったな」

「アァ!?テメェ舐めた口きいてンじゃねぇぞガキが!!こっちはテメェのせいで大変な目にあったンだよォ!?」


「は?何のことだよ」

「うるせぇ!!ここでもう一回ぶっとばしてやンぞ!!」


「はぁ……アンタ、危ないから下がってな」

「あ……はい…?」


 俺はビクビクしていたウェイトレスを後ろに庇って前に出た。


「いいのか?こんなところで暴れて、今度こそ警察沙汰になるぞ。今回は人の目も多い、どちらが悪いかも明らかだ」

「タカシクン!まずいーってここじゃ。おさえておさえーて」


 金髪の方は頭に血が昇って今にもおっぱじめそうだったが、茶髪の方がいくらか冷静なようだ。状況の不味さに金髪をいさめていた。


「おとなしく帰った方がお互いのためだと思うが?」

「…………チッ。行くぞアツシ」


 状況の不利を悟って不良二人は席を立った。

 出口に向かう途中で俺が座っていた席にいた二人を見て金髪が俺に振り返る。


「お前、凪波校の生徒か。覚えとけよ。精々てめぇのツレに気をつけンだな」


 捨て台詞を吐いて金髪はもう一人を連れてファミレスを出ていった。


 俺のツレ?何のことだ?


 まぁいい、とりあえず目前の危機は去ったな。恨みは更に買ったみたいだが、喧嘩にならなくてよかった。


「悪かったな騒がせて、大丈夫だったか?」


 俺は後ろに下がらせていたウェイトレスに声を掛けた。

 仕事とはいえあんな奴らに対応しなきゃいけないなんて大変だな。


「あの、ありがとうございます!…………それで、その」

「うん?どうした?まさか怪我でもしたか?」


 特に暴れた様子は無かったから大丈夫だとは思ったが。


「いや、あの違くて……あの、透哉先輩、ですよね?」


「え?なんで俺の名前知って…ってお前蒔田!?」

「はい!うわっ!お久しぶりです!透哉先輩ッ!!」


 いきなり自分の名前が出てきたので改めてウェイトレスの顔を見たら、すごい見たことがある顔だった。


 短く切りそろえたショートボブ。俺の胸ぐらいまでしか無いちっこい身長。よく似合ったウェイトレスの制服。

 こいつは蒔田まきた しずく。おれが昔通っていた学校の後輩で、その時バイトしてたファミレスでの同僚だ。


 そう、例の3日で辞める事となったファミレスだ。

 つまりあの時ヤンキーぶん殴って助けた相手がこの蒔田ってことだ。


 まぁ俺はその事でバイトはクビになっちまったが、同じ学校だった事もあってその後何故か慕われてしまった。

 結局少しした後で俺は毎度の如く転校してしまったわけだが。


「お前なんでこんなとこに、つかなんで栫町にいるんだよ!?お前大阪にいただろ?」

「はい、あの。先輩が転校しちゃった後にボクの方も同じく転校しちゃったんです。親の都合で」


「それでこの町に?」

「そうです!実はこのファミレス、ウチの母の仕事と関係がありまして。その事もあってこの栫町の外町に引っ越して来たんです!」


「おぅ……そうだったのか」


 相変わらず元気が有り余ってるのかハキハキ喋る蒔田。

 前から思ってたがこいつ犬っぽいよな。もし尻尾が付いてたら今もブンブン振ってそうだ。


「あれ?マッキーじゃん!こんなトコでなにしてんの!?」

「あ!沙希先輩!」


 俺が蒔田と喋っていたら事の成り行きを見守っていた沙希が会話に入ってきた。


「って、沙希お前、蒔田と知り合いなのか?」

「うん!マッキーは凪波生であたし達の後輩だよ。同じサッカー部のマネージャーだしね」


「え、そうなのか?」

「じゃあ透哉先輩も凪波に通ってるんですね!すごい!」


 この町に帰ってきてから偶然に再会する奴多すぎだろ。

 まぁ地元みたいなものだからありえなくもないが、まさか外で知り合った蒔田とまで再会するとは思わなかった。


「トーヤ君も顔が広いね?さっきの不良達も知ってたみたいだし」

「いや、俺もびっくりだよ。あいつらは知りたくもなかったけどな」


 玲人と軽口を言い合ってると他のお店の人が近づいてきた。


「蒔田ーそろそろ仕事に戻れよー。ボウズ達も悪かったな騒がせちまって」

「あ、はい!チーフ!」


 何処かで、いや、ついさっきまで聞いていた声で謝ったその店員。

 ウエイターの服に着替えているがこいつは。


「って!おまえ蠕藤のおっさんじゃねぇか!?だからなんで当たり前の様にここで働いてんだよ!!」

「あ?だから副業だっつってんだろ?渋い大人の条件だ」


「ぜってぇおかしいだろぉお!!?」


 どうやらトラブルを巻き込むという体質は本当のようだ。

 街角にあるファミレスの店内に俺の魂の叫びが響き渡った。

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