二章 ~第二幕~


 試験が終わった翌日から今までとは打って変わって、学内は一気に文化祭モードに切り替わった。


 そこら中で釘を打つ金槌の音や看板に塗るペンキの匂いなど、お祭りならではの物を見かけるようになった。

 そしてそれは我がクラスも例外ではない。


「おーい!そっち持ってくれー!」

「ねぇねぇ、これって何処に出せばいいの?」

「うわ、これ間違ってんじゃん!やり直しやり直し!」


 教室の中ではクラスメイトのはしゃぐ声が飛び交っている。

 だが誰しもが皆、失敗しようが間違えようが楽しそうに準備を進めている。


 いかにも学生のお祭り、文化祭って空気だ。


「あー、なんかいいよな。この感じ。今までこういう事して来れなかったから尚更だわ」

「トーヤ君は本当に転校続きだったみたいだね」

「あぁ、だから今結構柄にもなくワクワクしてんだ。ちょっとな」


 教室の隅で玲人と作業風景を眺めながら二人で笑いながら喋っていた。

 ちなみにサボっているわけではない。俺達は今やることがないのでこんなところでダベっているのだ。


 だがこうして当たり前の様にこの学校に馴染めているというのも悪くない。


「ねぇーそこの男子二人ー!レイトンとオオカミ君ー。暇ならならちょっと手伝ってくれなーい?」


 沙希ともう一人女子と話し込んでいた佐山から俺達に声がかかった。

 いつぞやのアダ名で呼んでくる沙希の友達だ。


「……なに、玲人お前、レイトンって呼ばれてんの…?」

「彼女はちょくちょく呼び方が変わるけど、まぁなに、そんなに悪い気分でもないさ」

「大人だなーお前は」


 まぁ俺も半ば諦めてるんだけどな、と思いつつ沙希達の所へ集まった。


 どうやらここでは設備に付いて話し合われていたみたいだ。

 置いてあったノートには何々がいくら掛かりそうだとか、費用の事に付いて書かれていた。


「それで、俺達は何を手伝えばいいんだ?」

「透哉君!そのね、ウチのクラスがたこやき屋さんやるのは決定してるけど、たこやきって専用の鉄板が必要じゃない?それをどうするかって話だったんだけど、栞がそうゆうの貸し出してくれるお店があるって言ってね」


「栞?」

「あれ?オオカミ君にまだ紹介してなかったっけ?アタシの親友の栞!」


 沙希との会話の中で知らない名前を聞いた。

 疑問に思ったところで隣にいた佐山がもう一人いたおとなしそうな女子と肩を組んでみせた。


「ちょっと痛いよ千穂ちゃん」

「ほらほら!自分で自己紹介しないと~アタシがあることないこと言っちゃうよぉ~」


「もう、そんな事言って。どうせ実際にはしないんでしょ?わたしは対馬つしま しおり。見ての通り千穂ちゃんと沙希ちゃんのお友達です。よろしくね大神君」

「あぁ、そんな丁寧にしなくてもいいぜ?クラスメイトなんだしな。大神透哉だ、よろしくな」


 俺の前に来た対馬が礼儀正しくお辞儀しながら挨拶してくれた。


 その所作と見た目から大事に育てられてきたんだなということが伝わってくる。

 所謂いわゆるお嬢様ってのがこんな感じなのかな?


 優しそうな物腰とほんわかした外見から、これは相当モテてるなと思った。

 現に今もクラスの男子から妬みの視線を感じるしな。お前らちゃんと仕事しろ。


「彼女はこのクラスの委員長なんだ。ボクも生徒会の事もあってよく喋るよ」

「あぁ、確かにピッタリな雰囲気だ。委員長って呼びたいぐらいだもんな」


「えぇ?そんなにわたし堅苦しそうなイメージ?」

「いや、そーゆうんじゃなくてなぁ」


 この、なんつうか、頼んだらなんでもやってくれそうっていうか…。

 嫌とは言わなさそうっていうか……な?


 気まずさから思わず周りを見たら何人かの男子がウンウンうなずいていた。だからお前ら仕事しろ。


「まぁ、とにかくよろしくだ対馬。それでさっきの話の続きなんだが」


「うん、私も伝え聞いただけなんだけど。外町の方に頼んだらいろいろ貸し出してくれるお店があるらしいの。テントとかキャンプ用品とかトラックとか。だからそこでたこやき用の鉄板も借りれるんじゃないかなって」

「へぇー、そんな店があるのか。ほんと栫町も変わったよな」


 人が集まればいろんな需要も増えるから必然的にお店も増えるのは分かるが、そんな店まであるなんてすごい変わり様だ。


「ウワサでは拳銃なんかも貸してくれるらしいよ」

「んなわけあるかッ!そんなもん普通に犯罪だ!」


 佐山はどこから仕入れるのかいつも色んなウワサを喋っている。

 毎度のことなのですっかりツッコミが慣れてしまった


「まぁそれは置いといて、そのお店に沙希と一緒にオオカミ君達に行ってきて欲しいんだー。レイトンは生徒会長だし、もしその場で借りれるんなら男手が二人もいれば持ってこれるでしょ?」


「お、力仕事だな。そういう単純な事なら任せてくれ」

「学外の人との交渉事でもあるんだから頭も使うんだよ?透哉君」


「そんなもん玲人がやりゃいいだろ」

「まかせてくれたまえッ!ボクが完璧にこなしてみせるよ!」


 ここぞとばかりにアピールする玲人。そして丸投げの俺。

 長いこと離れていたがすっかり役割が決まっていた。

 そして俺達を引っ張って進んでいくのが昔から沙希の役割だ。


「もう。じゃあ二人共ちゃっちゃと行くよ!あんまり遅いと置いてくからね!」

「おい沙希待てって!」


 教室に残って作業をする佐山と対馬と分かれて、俺達昔馴染みの三人は外町にあるという店に向かった。


 ちなみに場所を聞いてないことに気づいたのは、三人揃って外町に着いてからだった。




「え、っとここでいいんだよね?」

「……まぁ、町の人に聞いた限りじゃ、ここであってると思うが…」

「本当にここであってるのかい?なんというか、その、独特な外観をしているね…?」


 俺と沙希、玲人の三人はある一件の店と思われる建物の前に立っていた。


 店の場所が分からなかったため、物怖じしない沙希が町の人やお巡りさんに聞いてまわり、おそらくここであろうという場所までやってきた。

 だが着いてみればそこにあったのは、なんとも言えない空間だった。


 店の前に鎮座ちんざするフォークリフト、地面に突き刺さるサーフボード、看板代わりのトーテムポール。

 そして『何でも屋!全自動!』と書かれた板を抱えてる犬のオブジェ。


 よく言えば前衛的。悪く言えば、ゴミ屋敷だ。


「なんか俺頭痛くなってきた…なぁ違う方法考えないか?俺の心がここに近寄るなと訴えかけてるんだが……」

「えー?でもここ以外で近くで借りれそうなトコなんてないと思うよ?」


「ネットで借りれんじゃねぇか?何もこんな所に来なくても……」

「でもここまで来たんだからここで借りちゃおうよ。あたしは全然気にしないし。ごめんくださーい!」


 そう言って沙希はスタスタと混沌とした入り口を歩いていき、堂々と店の中に入っていった。


「……あいつスゲーよ、やっぱりただ者じゃねぇわ。並の神経じゃねぇわ」


「まぁまぁトーヤ君、早く終わらせて帰ればいいさ。沙希君もそう思っての行動じゃないかな?」

「ホントかよ……」


「ほら、先に行くよトーヤ君。さっさと終わらせてしまおう」


 玲人は俺をうながすためか先に行ってしまった。こうなっては俺も行くしかなくなる。

 だがそこでふと視界の隅で浮いている奴の姿が目に入った。


「……うーん?こんなお店、あったかなぁ……?」

「?どうしたんだエリ?何か気になる事でもあんのか?」


 俺は一応あたりを確認しつつエリに声を掛けた。


「いや、……なんでもない。まぁこういう事もあるよね」

「あん?」


「気にしないで。ほら、二人追いかけたら?」

「おう?」


 少し今のやり取りが気にかかったが、まぁなんでもないと言うのなら聞かないでおこう。細かい事を詮索しないのが俺達なのだった。歩き出した時にはもう忘れかけていた。


 そして掛かっていた暖簾のれんをくぐるとさらに混沌こんとんとした惨状さんじょうが広がっていた。


 御札おふだに西洋人形、ゴルフクラブにチェーンソー、業務用掃除機にバールのようなもの。どこかの部族の置物、透明なドクロ、数珠十字架銃槍柔道着。


 もはや何が置いてあってもおかしくない、何でも屋という名にふさわしい?内装であった。


「す、すごいね。流石のボクもちょっと予想外だったよ…」

「この店ホントに大丈夫か?マトモな人間ならこんな事にはならねぇだろ…」


「えー?でも面白いじゃん。あたし嫌いじゃないよ、この雑多な感じ!」

「限度があるだろ限度がよ!やっぱり帰ろうぜ、どうせこんな店じゃいる人間も変な奴に決まって―」


「――おいおいボウズ、ひでーなそりゃ人の趣味にケチつけるもんじゃないぜ?」


 俺が文句を垂れてるといきなり俺達三人以外の声が聞こえてきた。


 どうやらその声は店のカウンターの向こう側から聞こえてきたようだ。

 というか、今の口調とくたびれた声には聞き覚えが。


 そしてカウンターの下からヌッと姿を表したのは。


「よう。いつかのボウズとじょうちゃん、それと初めましてな外人くん。ようこそ何でも屋、全自動へ」


「あぁあああ!!!アンタこの前の占い師のおっさん!?こんなとこでなにしてんだよッ!?」

「相変わらず失礼だなボウズ、こんなとことはなんだ。ここは俺の店だ。まぁ正確には店長代理だけどな」


 そこにいたのは相変わらずボサボサの髪とくわえタバコの占い師のおっさんだった。あの時と違うことといえば薄汚れたエプロンをだらっと着ていることだけだ。


「知り合いかい?沙希君」

「うん。このまえ外町の路上で占ってもらった人。透哉君も一緒にいたんだ」


「そうだよおっさん!あんた占い師じゃねぇのかよ!俺の店ってなんだよ!」

「占いは副業だ。渋い大人には秘密の副業が付き物だろ?」


 タバコを構えつつ何か決め顔をしているおっさん。何故こんなにもムカつくのだろうか。


「まぁここであったのも何かの縁だ。自己紹介といこう、俺の名前は蠕藤ぜんどう 了二りょうじ。ある時は占い師、ある時は清掃員、ある時は何でも屋の謎多きナイスミドルだ!」


「なにがナイスミドルだ!あんたなんか枯れたおっさんで十分だろ!」

「ほんと失礼なボウズだな。せめておにーさんと言えと言っただろう」


「だから透哉だっつってんだろ!ボウズじゃねぇ!大神透哉だ、おっさん!」

「おーおーまたまたよろしくなボウズ」


 ムキになってこの前会った時と同じこと言ってしまう。相変わらず突っ込まずにはいられないおっさんだ。


「アハハ!ほんと面白い人!あたしは梓山沙希って言います!こっちの子は」

「初めまして。県立凪波高等学校、生徒会長。そして透哉君の永遠のライバル。蘇芳院玲人です!」


「おうよろしくな二人共。……なんだボウズ好かれてんな?」

「嬉しくねぇんだよなぁ……」


 二人の自己紹介を受けてニヤけながら俺を見るおっさん。

 堂々とライバルとのたまう時の玲人は正直恥ずかしいんだよな…。


 そこでおっさんが仕切り直す様にタバコを消してカウンターに腰掛けた。


「それで、お三方はどういったご用件で当店に?」

「あぁ、まぁこうなったら乗りかかった船だな…」


 俺達三人はこの店に来た経緯をおっさんに話した。


 まぁ話は単純に鉄板を借りたいだけなんだけどな。

 文化祭についての話を終えたところでおっさんは口を開いた。


「ふむ、話は分かった。要はたこやき用の鉄板、そしてソレ用の道具一式も借り受けたい、と」


「出来れば料金も安くしてくれると助かる。何分学生だからな」

「設備の管理などは生徒会長であるボクが責任を持って指導いたします。その点はご安心下さい」


「あぁ、そこは心配してないんだ。ただ問題は別にあってな」

「問題?何か貸し出せない理由があるんですか?」


 話を聞いて難色を示したおっさんに沙希が理由を尋ねる。

 学生という点が問題じゃないんなら何が駄目なんだ?


「いや、単純に今手元に無いんだ。物がな。そして貸出期間が結構長い。お前さん達の文化祭ってのはもうすぐなんだろう?多分ウチのだと間に合わないな」

「うぇ、マジかよ?」


 流石に現物が無いんじゃどうしようもないか。やっぱり無理してでも他の方法を探すしかねぇかな。


「どうする?」

「いや、この現状じゃ仕方がないんじゃないかな?ボクも一度帰って他の手段を考えてみるよ」

「うーん、それしか無いかなぁ?」


 俺達が諦めムードに入った時に、ふとおっさんが口を開いた。


「……なぁ、ボウズ。俺の頼み事を一つ聞いてくれたら、こっちが無理してでも鉄板を仕入れてやるぜ?」

「頼み事?聞くだけでいいのか?」


「まぁ出来れば解決してほしいが無理は言わねぇよ、どうだ?」

「…………」


 正直ここで借りられるんなら借りてしまいたい。

 頼み事の内容は気になるが別にやらなきゃいけない用事が詰まってるわけでもないし。


「俺が受けたらいつ頃鉄板用意出来るんだ?」

「明日にでも用意してやるよ」


「ホントか!?」

「すごいじゃん!」


 思わず声が上がる俺と沙希。


 明日にでも手に入るなら文化祭まで十分準備期間がとれる。

 ギリギリになって失敗なんてしたくないしな。

 なにより俺も初めてと言っていい文化祭だ、出来うるなら成功させたい。


「……よし、おっさん!その話乗ったぜ!」


「いいのかい?トーヤ君」

「あぁ!俺が一肌脱いでやるぜ」


 腕を叩いて玲人に気合をアピールする。普段やる気を出さない俺だが今回は違うってとこ見せてやるぜ。


「二言はないなボウズ?」

「おうよ!」


 俺の言葉におっさんはニヤっと笑って新しいタバコに火を着けた。


 先端が赤くなったタバコを口に咥え、後ろに置いてあったイスに腰掛ける。

 大きく息を吸い、もったいぶって煙を天井に吐いた後、おっさんはその頼み事の内容を話し始めた。



「…………ボウズ、"神隠し"って知ってるか?」


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