二章 ~第一幕~
「……文化祭?」
俺がこの凪波高校に転校してきてから大体一週間が過ぎた。
人間、環境には割りと簡単に適応するもので、俺が転校生ということで持て
……俺の記憶ではそこまで騒がれたような場面はなかった気がするが、気のせいか?
この一週間の間に学力試験があったのも大きいだろう。
俺は転校したてということで試験は受けるが成績は加味しないという沙汰を頂いた。まぁ、その上で職員室に呼び出されたのは秘密だ。
そうして戦時を乗り切り、
「凪波ってこんな時期に文化祭すんのか?」
「うん、それがね。ウチの学校って普通な割にちょっと変なところがちょいちょいあるんだよ。それで一番目立つのが文化祭と体育祭。なんでかこの二つはやる時期が決まってないんだよね」
「なんじゃそりゃ」
中庭にあるベンチに座りながらこの学校の風習について沙希は説明していく。
「例年何がどの時期に来るかはその年度の最初頃に発表されるんだけど、今年は文化祭がもうちょっとであるの」
「もうちょっと、って正確な日時はいつだよ」
「7月の5日と6日の二日間」
「ちっか!!お前一ヶ月切ってんじゃねぇか!」
おいおいこの前まで試験期間だったんだぞ。そこからいきなり文化祭ってこの学校大丈夫か?
「うんまぁ一応ちまちまと準備はしてたんだけど先に試験があるから、本格的な準備は試験終わってからってことでね?」
「あぁ、だからこのタイミングでこの話が出たってことか」
そういや転校続きだったからあんまり文化祭って縁がなかったなぁ俺。
今まで一番長く同じ場所に留まったのって一年間しか期間がなかったしな。
まぁその時にちらほらっと周ったが参加することはなかったなぁ。
「凪波って文化祭の規模ってどれくらいなんだ?結構派手にやんのか?」
「え?うーん。去年見た限りじゃそこまで大きいお祭りってわけじゃなかったと思うけど」
「でもなんか出し物とかやるんじゃないのか?ウチのクラスはどうすんだ?」
「我がクラスは激戦の食べ物屋さん。たこやきだよッ!」
うわぁ、ド定番の奴だ……。
なんでそんなわざわざ火中の栗を拾いに行くような事を……。
「おぅ……。まぁそれは置いといて、それにしても凪波って思ってたより変わった学校なんだな」
「いやいや、その事を除いたら後はふつーの学校だよ。別に面白みもないよ」
「ほーん?」
「おぉーい!おまたせー!トーヤ君、沙希君ー!」
その時遠くからビニール袋を抱えながら玲人が走ってきた。
まぁ実は昼休みの買い出しジャンケンで玲人は負けたので、
「おう、悪りーな玲人!サンキュー」
「ごめんね玲人君、アタシの分まで買ってきて貰っちゃって」
「いやいや、全然問題ないよ沙希君。すまないね待たせてしまって。校舎の一部が工事中だった事をすっかり忘れていたよ。すこし遠回りになってしまった」
爽やかな笑顔を見せサッと髪を掻き上げつつ嫌味なく返事を返す玲人。
その顔にはネガティブな感情は一切見えない。
結果的にパシらせてしまった俺が言うのもなんだが、こいつお人好しすぎないか?将来誰かに騙されそうで俺は心配でならない…。
「あぁ、しまった!つい飲み物を買ってくるのを忘れてしまったよ!ボクらしくないミスを!!待っててトーヤ君!沙希君!すぐに買ってくるからッ!」
「待って待って玲人君!それぐらいあたしが買ってくるよ!そんなに何回も走らせるの悪いし!!お茶でいいよね?二人共?」
振り返って今にも走り出そうとしていた玲人を止めて沙希がそう言う。
「いいのかい沙希君?ボクはまだ全然元気だよ?」
「いや、俺が行こうか?俺だけ何もしないのもあれだし…」
「って言っても透哉君、ここから一番近い自販機、場所分かる?」
「…あー、すまん。よろしくたのむ」
「ほいほい!」
まだ流石に細かいところまでは覚えていない俺であった。
沙希はその健脚を唸らせて颯爽と走っていった。
うむ、あいつの走る姿はいつ見ても綺麗だな。
「しかし、腹減った……朝食い損ねたんだよなぁ…」
「なにかあったのかいトーヤ君?」
「いやいや、ただの寝坊だよ。なんてことない寝坊」
まぁホントは寝坊じゃなくて同居人?とちょっとした口喧嘩になって飯食ってる時間なくなっちまっただけなんだけどな。
しかも俺が何のカップ麺を食うかというあいつには直接関係ないくだらない理由で…。
「あぁ~、沙希にはわりぃけど先に食っちまってもいいかな?そろそろ限界だ……」
「まぁ沙希君もそういうこと気にする方じゃないから問題無いんじゃないかい?」
「だよな!んじゃお先にいただきます!」
俺は我慢していた空腹に耐えかねて玲人から受け取ったビニール袋の中から適当にひっつかんだパンに齧りついた。うー!やっと飯にありつけるぜッ!
「あむっ」
もふ、もふ……もふ……もふ?………………?
う、うん?なんだこれ?ちゃんと確認せず適当に食ったが……。
なんか、甘い?これ駄菓子…っつか、ラムネ?みたいな味がするような……?
「……おい玲人。この、俺が今食ってるこのパンって、なんだ?」
「うん?それは、トーヤ君のご注文通りの焼きソーダパンだよ?」
「俺が言ったのは゛焼きそばパン”だよッ!!?!?」
はぁ!?なに?なんだよ焼きソーダパンって!!
うぁっ……この口の中に広がる微妙に甘くて、その、ちょっとシュワっ?ってなるのはソーダかこれ!?そもそもパンにソーダなんて混ぜて焼くのか普通!??
「いやいや、なんでこんなの学校の購買で売ってんだ!?もっとあるだろもっと!」
「……?一部の人には大人気って書いてあったけど……いや、てっきりトーヤ君もファンなのかと思って」
「焼きソーダパンなんてものの存在も知らなかったよ!!」
クソッ!油断した!ついにコイツのドジスキルが発動しちまったか……。
久しぶりに再会してから約一週間、なんの
「いや、うん。まぁ、いいよ。食えないわけじゃねぇしな……うん」
でもあれだよな。焼きそばのあのソース味が欲しかったのに、ソーダ味になっちまったのはなぁ。
一文字違うだけでこんなに違うんだもんなぁ…。まぁいっか。
甘い系のパンだと無理矢理思えば、な。うん。
「よし、んじゃもう一つ」
そう言ってビニール袋に残るもうひとつのパンに手を伸ばす。
「あ、まだその食べ方してるんだねトーヤ君。二つの物同時に食べるの」
「うん?あぁ、なんか一緒に食いたくなるんだよな」
こう、両手に持ったモンを交互に食いたくなるっていうか、同時にフィニッシュしたいっつうか。
後味って大事だよな。あんまり理解されない食い方だけど。
「んじゃま、こっちもいただきます!あむっ」
もふ、もふ……も……ふ………………?
あの、これ、なんだこれ。もしゃもしゃ、とした……ササミ?いや違うな…この食感は…?
「……おい、玲人……。こっちの、俺が右手に持ってるこのパンって、なんだ?」
「あぁ!そっちはね、ボクおすすめの揚げかれいパンだよ!」
「俺が食いたかったのは゛揚げカレーパン゛だよッ!!!」
いや、もしかしたらと思ったがまさかカレーをかれいと間違えるなんてベタな真似を……。ってことはつまりこのもしゃもしゃっとしたのは魚肉、かれいか!?
し、しかも味付けが完ッ全ッに煮付けのソレじゃねーーかッ!!!
ぐぉおおおお!カレー味とは似ても似つかん!全然望んでた物と違う!!
「おいおい玲人!!さすがにこれを学生が買う購買で売るのはおかしいだろ!!おかしいよな!?」
「そうかい?あまり利用しないからよくわからないな」
「お前のおすすめじゃねぇのかよッ!!!?!?」
くっそ!沙希の奴が普通の学校とか言ってた癖に十分おかしいところあるじゃねぇかよ!こういうドッキリはいらねぇんだよ!
後!これはこれでうまいんだよドちくしょう!!!
一体どうやって作ってんだよ不思議でならねぇよコンチクショウ!!
「…………って、俺。ソーダとかれい同時に食うのか?」
………………。
い、一個ずつ食べよう。うん。
「あ!もう透哉君先に食べてるじゃん!」
と、そこに飲み物を買いに行ってくれていた沙希が帰ってきた。
「あぁ、わりぃわりぃ。朝食抜いてて我慢できなくてな」
「まぁ別にいいけどね、はいお茶!」
「サンキュ!」
「ありがとう沙希君!」
沙希が両手が塞がってる俺の横に飲み物を置いてくれた。
一回お茶飲んで口の中リセットするか……。
「って、あぁ!透哉君が食べてるそれってもしかして焼きソーダパンと揚げかれいパン!?」
俺が持ってる二つの珍妙パンを指差して沙希が叫ぶ。
まぁそんな反応だよな。
「なぁ沙希。おまえこのパンをどう思――」
「いいなぁ!それ人気なんだよ!あたしも大好きだよ!」
「どうっなってんだよこの学校はッ!!!!!!!」
改めて俺と玲人、そして戻ってきた沙希を加えての昼食である。
玲人と沙希は手に持ったおにぎりを頬張っている。
あぁ、俺もおにぎりにしておけばこんな事にはならずに済んだのにな……。
「透哉君まだその食べ方してたんだね、懐かしー」
先程の玲人の様に俺の食べ方を懐かしむ沙希。
「いや、まぁ…。こいつらに限ってはやめようかと思うんだが……」
「うん?」
いや、沙希。何故そんな不思議そうな顔をする…。
ソーダパンとかれいパンだぞ。食い合わせ的に合わないことは分かりそうなものだが…。
「…私もちょっと無理かも…うっ」
俺の隣で味を想像してしまったのだろう、普段人が多い所ではあまり話さないエリが
(大丈夫だ、無理なのが普通だと俺も思うぞ)
こうして食べている当の本人である俺も片方を食べてお茶でリセットしながら食べてるのだ。
このパン達が人気だというこの学校は、やはりどこかおかしい。
俺は気を
「そういや、クラスの方ではたこやきやるって聞いたけど沙希や玲人は部活もあるんじゃないのか?」
「部活?あたしはサッカー部でアレやるよ。あれ……ボール蹴ってゴールに張った番号落としていくやつ!あの、よくテレビとかでやってるあのアレ!ス……ス?……ストマックベスト!」
「…………ストラックアウト、か?」
「そうそれ!」
正解ッ!と俺を指差す沙希。
なんだよストマックベストって、なんでサッカーで胃が関係してくんだよ。
自分のトコがやってんだから名前くらい覚えてようぜ沙希……。
「まぁあたしはマネージャーだから本番は仕事無いし、そんなにあっちは手伝うこともないんだけどね。部員達が張り切っちゃって。もう、文化祭じゃなくて練習に精を出して欲しいんだけど!」
「お、おう。……玲人はどうなんだ?」
怒りがにじみ始めた沙希は置いといて玲人に話しかける。
「ボクかい?ボクは生徒会があるからね。準備期間は調整、見回り。本番は司会進行とやることはいっぱいさ!」
「あぁ、そうかお前生徒会長だったな」
まぁそりゃ生徒会だったらこうゆう学校のイベントは大変だよな。
あれ、でもそういやこいつ生徒会の話はするけど、部活には入ってないのか?
それこそ俺はサッカー部に所属してると思ってたけど。
昔はあれだけ一緒にサッカーしてたんだ、興味がないはずはないんだろうが。
俺は降って湧いた疑問を玲人に聞いてみようと思ったが。
「あ、センパイ!探しましたよ」
いきなり玲人に向かって女生徒が声を掛けてきた。
うん?なんかどこかで見たことあるなこの女の子。
誰だっけ?最近見たはずなんだけどな。
「やぁ大江乃君!どうしたんだい?生徒会で何か問題でもあったかい?」
あぁそうだ、俺が転校してきた日に見た生徒会役員の子か。
あの天然なのか図太いのかよくわからん女の子だ。
スカーフの色からして一年生かな。
当の本人はやはり一緒にいる俺と沙希の事は目もくれずに玲人に話しかけている。
「ワタシ今処理している仕事で分からないところがあるんですけど、会長に教えてほしくて」
「おや?またかい?ふむ、それじゃあ生徒会室に行こうか。すまないがボクはここで失礼するよ。トーヤ君、沙希君」
そういって残っていた食事を片付けると玲人は立ち上がって歩き出した。
「おう!」
「またねー!」
「…………」
相変わらず颯爽と片手を上げて去っていく玲人と、無言で軽くお辞儀をしてついて行った役員の子。
うーん、あんまり好ましく思われてないなありゃ。
なんかしたかな?まぁ玲人をかなり慕ってたみたいだしな。やきもちみたいなもんかな。
「はぁ、…まぁそれにしても文化祭かぁ」
「ん?どうしたの透哉君?」
「いや、ちゃんとした文化祭なんて初めてだからなぁ。楽しみっちゃ楽しみなんだが」
いかんせん最近あのクソ占い師のおっさんに指摘されたとおり、俺はどうやらトラブルを巻き込む体質らしいからな。
そしてこうゆうイベント事では厄介事が常だ。
「……何事もなけりゃいいんだけどなぁ…」
そう言いながら中庭から見上げた空は、俺の不安など素知らぬような突き抜けた青空だった。
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