一章 ~第五幕~

「それにしてもビックリしたよ。トーヤ君がまさか学校にいるなんて」


 校門で久しぶりに玲人と再会した俺は当の本人に案内されながら職員室へと向かっていた。

 周りにはチラホラと生徒達がいて、違う制服を着た俺を見たり玲人を見て呆けた顔をしたりしている。前者は主に男子、後者は殆ど女子だ。


「いや、驚いたのはこっちだぜ玲人」


 マサキの正体のこともそうだが、こいつの今のイケメンっぷりには度肝を抜かされる。正直女子達がキャーキャー騒ぐのも分かるわ。

 男の俺でもカッコイイと思ってしまうぐらいだ。……いや、俺にその気はないがな?


「それで、なんでいきなりこっちに帰って来れたんだい?それも転校までして」

「あぁ、それは……」


 うーん。なんかこいつに説明するのはめんどくせぇなぁ。

 マサキとか涼ねぇとかにはまぁ女だし世話になってたし詳しく話すのもやぶさかじゃなかったんだが、こう、気兼ねなく言い合える男友達にいちいち言うってのもなんか、めんどくせぇ。

 後こいつ何かと俺に突っかかってくるっていうか、構ってくるっていうか、犬みてぇな奴なんだよなぁ。まぁでも子供の時の事だし成長したからもうそんなこともねぇかもな。


「――ん?んん!?あれ?なんで透哉君がここにいるの!?」


 俺が玲人に事の成り行きを言おうか言うまいか悩んでいる時に、廊下の向こう側から驚くマサキの声が聞こえてきた。


「おう、マサキ!奇遇だなやっぱりお前もこの学校に―」

「いや!いやいやいや!ちょっとちょっと!奇遇だな、じゃなくって!どうして透哉君がウチの学校の校舎にいるの!?他の人達に見つかったら大変だよ!?」


 あれ、なんでこいつこんなに慌ててんだ?別に俺がここにいてもおかしくないと…。ってそういや俺こいつに凪波に転校するって言ってなかったっけ?

 ということは今こいつには俺が他校の制服を着て迷い込んだ馬鹿に見えてるってことか。


「あぁ、いやこれにはちょっとしたわけありでな…」

「うわ!玲人君!?あぁー違う、これは違うの透哉君に見えるけど透哉君じゃないって言うか別に不法侵入ってわけじゃなくてね。これは、そう!見学!見学してるんだよだから別に何も変なコトではないっていうか問題はモウマンタイなんだよ!!」


 俺の隣に玲人を見つけたマサキは見ているこっちが不安になるぐらいの慌てっぷりで意味不明な言葉を吐き続けている。


「沙希君?大丈夫かい?若干言動がおかしい気がするよ?」

「おいマサキ、テンパるなテンパるな」

「なんで当の本人がそんなに落ち着いてるの!?玲人君生徒会長さんなんだよ!?こう見えてえらいんだよ!不正が見つかったらその権力を使って透哉君なんてクビちょんぱだよッ!?」


 クビちょんぱて。

 屋上に断頭台でも設置されてて下手こいたら即刻オサラバさせられんのか?

 ここの生徒会長は何者だよ。とんだ暴君かよ。


「そういや玲人お前生徒会長なんてやってんだったな」

「まぁね!ボクはスペシャルだからね!」

「さらっと自慢すんな」


 この外見で生徒会長、多分昔の感じからいって運動も相当できる。

 たしか頭もそんなに悪くなかった、というか勉強は出来たハズ……。

 スペック高いなコイツ……我が親友ながらムカつく。


「このっ!玲人の癖にッ!なま、いきッだぞおらぁあ!!」


 無性にムシャクシャした俺は不意打ちで無防備な玲人に襲いかかる!完全に八つ当たりである。

 若かりし頃に繰り返し放ったこの技!ヘッドロックをくらえッ!!


「い!いたいイタイイタイ!痛いよトーヤ君!なんで!?ボクトーヤ君になんかした!?あっ、でもすごい懐かしい!」


 痛みに耐えながらもちょっと昔を懐かしんで嬉しがる玲人。


「あ!ずるいずるいよ私も混ぜて!私も玲人君に技かけたい!!」

「さ、沙希君!?それはおかしくないかい!?なにか話しがすっかりすりかわってなイタタタタタ!!」

「透哉君そのまま抑えておいてね、ここからあたしの超必殺のカニバサミが火を噴くからッ!!」

「シャァおらぁッ!!まかせとけッ!!来いマサキィ!!」

「おかしい!!この流れは絶対おかしいよ!?レディがカニバサミなんてはしたない事しちゃだめだよ!?さぁ、サッカーの話でもしよう!ねぇ、他の話題で親交を深めようじゃ…」


「ギャァァアアアアアアアアアア!!!」


 虚しくもイケメンの口からは断末魔が響く。残念ながら断頭台はここにあったようだ。




「おまえら休み明けだからってあんまりはしゃぐんじゃないぞ」

「「「ハイ…すいませんでした」」」


 廊下で三人で技を掛け合ってたらさっきの恰幅な先生に注意されてしまった。

 一通り叱った後、先生は大神は職員室ちゃんと来いよ、と残して行ってしまった。

 後に残るは白昼堂々プロレスを演じたバカ三人。

 若干一名だけはひたすら技を掛けられてただけだが。


「ご、ごめんね玲人君。ちょっとやりすぎちゃったね…」

「あぁ、俺も久しぶりで懐かしすぎてはしゃいじまった」

「か、体が痛いよ……」


 ボロボロになった玲人に対して平謝りする俺とマサキ。

 いやぁ、実に6年振りにやりあったけど体は結構覚えてるもんだなぁ。


「つーかマサキ、お前もう技掛けたりしないとか言ってなかったか?とんだじゃじゃ馬だな」

「だってあの流れだったら掛けに行くのが自然じゃん!あたし絶対間違ってないと思うの!」

「いや、それは間違いだとボクにでも分かるよ沙希君…」


 おっそろしい女だ。やはり中身はあの頃とそう変わるもんじゃないな。


「ってか透哉君!またマサキって言ってるじゃん!ちゃんと沙希って言ってよ!恥ずかしいんだから!」

「あぁ?……確かに。わりぃわりぃ、やっぱり慣れなくて…」

「次言ったらカニばさむからね?」

「その行為の方がよっぽど恥ずかしいと思うんだが!?俺にはお前の羞恥心がさっぱり理解できない!!」


 なんて俺達が思い出に浸っていると、遠巻きにこっちを眺めていた野次馬の中から女生徒が一人玲人に駆け寄って来た。


「センパイッ!」

「おや?大江乃君、オハヨウ!」

「おはようございます!あの、ちょっといいですか?この前の資料のことで」

「あぁ、大丈夫わかったよ」


 その女子はアレだけの事を繰り広げていた俺とマサキには目もくれずに玲人と話をしている。よ、よくあの後に何事もなかったように話せるなこの女の子は。

 天然なのだろうか…。


「ボクは先に生徒会の方に寄ってくるよ。悪いけど沙希君、後の事はお願いできるかな?」

「いいよいいよ!大丈夫!こっちは気にしないで行ってらっしゃい!」

「ありがとう、それじゃまた後で!」


 ピッ、っと立てた二本指を掲げて颯爽とこの場を立ち去る玲人。

 そして軽くお辞儀をして玲人の後をついていく女子生徒。

 なるほど、会長と生徒会役員か。


「あいつも偉くなったなぁ。ハマってるが」

「我が凪波校のスターだからね!まぁちょっと抜けてるトコあるけど」

「あぁ~、昔のイメージだとそうだなぁ」


 あいつ頭はいいんだけど割とドジというかたまにアホになるんだよな、あぁ見えて。


「―――そ・れ・で。なんで透哉君がここにいるのかな?かな?」

「あぁ、いや割りとマジですぐ終わる話なんだが。俺の転校先ここなんだわ」

「え?そうだったの?」


 一言で説明が終わってしまった。この前会った時に普通に言っておきゃよかったな。


「でも、制服違うじゃん」

「それは俺も分からん。無いものは無いんだ許せ」


 納得行かないのか今一要領を得ない顔をしている沙希。

 いやまぁ一番分かんないのは俺なんだけどな。


「まぁいいや。とりあえず職員室?行くんなら連れてってあげるよ」


 とりあえず気にしない事にしたのだろう、そう言って歩きだそうとする沙希。


「あ、いや場所は分かってんだ。昨日涼ねぇに一通り案内してもらったから」

「え?千草ちゃんには会ったの?てか千草ちゃんには転校先喋ってんじゃん!」

「いや、違ぇーって!あれは成り行きだから!ばったり会っただけだから!!」

「もう!透哉君いつも肝心な事言わないんだよ!」


 マサキに詰め寄られつつも俺は、あぁ彼女がいる奴ってこんな気分なのかなぁと呑気に思ったのだった。




「今日から皆にお友達が増えまーす」


 教室の閉じられたドアの前に立っている俺。中からは先程自己紹介を済ませた担任の女の先生の声が聞こえる。これから俺は転校生が経験する通過儀礼、自己紹介をすることになる。

 今はその前段階ってとこだ。


(まぁ、何回も転校を繰り返してきた俺にとってはもう慣れちまってどうってこともないんだけどな)


 そう独り言を呟く俺。そうこの儀式はもう何回も経験済みなのだ。悲しいことに。

 だから別に緊張することもない。いつも通り無難に挨拶するだけだ。


「もっと楽しそうな顔したら?トーヤ顔硬いよ」


 廊下で一人呼吸を整えていたら横からエリが声を掛けてきた。


「え?俺そんな顔してるか?」

「うん、ちょー硬い。今から人殺しそうな顔してるもん」


 どんな顔だよ。

 って言っても自分じゃそんなに硬くなるとは思わなかったんだけどな。エリが言うには思いの外緊張しているらしい。まぁでも、考えてみれば今までと違ってここは俺の故郷と言える土地で、どこぞの知らない場所ではないのだ。そして今回は卒業まで居ることは決まってる。


 つまりここで会うメンツは長く付き合うことが決まっているのだ。

 そう思うと自分が緊張しているという自覚がふつふつと湧いてきた。

 …あれ、俺って今までどうやって自己紹介してたっけ?なんつってた?

 やばいやばい。急にそんなこと考えだしたら頭真っ白になってきた。

 そんな俺を置いてきぼりにして教室の中はどんどん騒がしくなっていく。


「杏ちゃん杏ちゃん。転校生は男子ですかー女子ですかー?」

「うぉおお!!来い来い女子来い、美少女来い超絶美少女来い来い来いィイ!!」

「いやいやここは男子でしょ!イケメン来い来い!!モデルみたいな長身細マッチョなイケメン来い来い!!!」


 ……いや、どんだけ飢えてんだよ。こえーよどっちもよ。

 やべぇ、この時点ですげー入りづらいんですけど。おいおいこの空気どうすんだよ…。


「えぇ?うんとねぇ転校生はね…。ち、ちょーカッコイイ男子よ!もうビックリ!きらめくアイドルもハリウッドスターも裸足になってすっ転びながら逃げてくほどの世紀末なイケメンよ。視線で腰を砕いて声で耳を削ぎ落として笑顔で心臓を撃ち抜く女性限定ヒットマンよ!傾国の美女ならぬ美男子よ!彼なら世界を狙えるわよ!!」

「おい担任ンンーー!!!!人が柄にもなく緊張してる時にハードルぶち上げてんじゃねぇえええ!!!!」


 あまりにも現実と剥離する風評被害に対してつい現場に飛び込んでしまった。

 この担任は何を思ってこんな嘘の上塗りを続けやがったんだ?

 まさかさっきの俺の痴態がこの先生にも見られてたのか!?


「い、いや。これぐらい場を温めておけばスムーズに行くかな?って」

「はぁ!?え、どうゆう思考回路してたらあの前情報で上手くいくと思ったんすか!?それで上手くいくのは俺がその説明通りのクソイケメンだった時だけですよ!!これ以上俺の心をえぐらないでください!ただでさえさっきダメージを負ったばかりなんすよ!!」

「えぇ?で、でも大神クンか、かっこいいと思うよ?先生は、うん」

「疑問形はやめてください。あとこの教室の惨状さんじょうを見て同じことをもう一度言えるんすか!?」


 おとなしく成り行きを見守っていた教室の生徒達の、あぁ、うん。って顔を見てみろよ!やめろよマジで!!すいませんね玲人みたいなイケメンじゃなくてねッ!!


「えっと、だ、大丈夫!人間の顔じゃないから!!」

「ぶっ飛ばすぞ!!」

「ふぇー!」


 思わず目上の人間相手に素で言い放ってしまった。

 それを言うなら人間゛は゛顔じゃないだろ!

 あんた確か現国の先生だったよな!?


「大丈夫だよトーヤ君ッ!!」


 その時一人の男子生徒が見かねて声を上げながら立ち上がった。


「トーヤ君は十分かっこいい、ボクからみてもイケメンさッ!」

「玲人てめぇが言うんじゃねぇぇええええーーーー!!!!!!」


 そんな勝者の余裕めいた言葉を前に、敗者はただ叫ぶことしか出来なかった。

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