一章 ~第四幕~
「おはようございます。6月5日、時刻は7時丁度。朝のニュースをお届けします」
昨日の騒動から一夜明けて今日。
俺はテレビから流れるニュースの音を聞きながら、新しい学校に通うため支度をしていた。幸いにも昨日あった一悶着は特にニュースにはなっていないようだ。
「まぁ警察が呼ばれたっつっても他に被害があったわけでもないだろうし、事件になりようもないんだろうけどな」
いやぁ転校前にお世話にならないでよかった……。
「トーヤさぁ、もうちょっと冷静にならないと駄目だよ。あんなことじゃまた喧嘩になっちゃうよ?」
横で俺の独り言を聞いていたエリが俺を諌める様に口を開く。
「いや、おまえも一緒になってあいつらが悪いって叫んでただろ!どの口が言ってんだよ!」
明らかにノリノリだった記憶があるぞ俺には。
「ま、まぁ?そんなことも、あったかなぁ?」
都合が悪くなるとすぐとぼける幽霊である。
「……でも、ほんとに危ない事はあんまりしないでね?私と違ってトーヤはちゃんと、生きてるんだから」
いきなり、本当にいきなりエリが俺の身を案じる言葉を零す。
その表情はいつか見た泣きそうな顔と同じで、とても悲しそうな色を映している。
ばあちゃんの死を知った時に見たあの顔をまた俺の前で……。
俺は何故かコイツのこんな顔を見たくないと強く思う。こんなに強い感情が俺にあったのかと驚くぐらいに。
あぁ……クソ、駄目だな。こんな顔はさせないようにしようって思ってたのにな…。
「……そんな事、言うな。お前だって俺にとっては生きてんだからよ。例え他の誰に気付かれなくても、な」
エリにつられてガラにも無いことを言ってしまった。
俺が俺でなくなってしまう程に、エリという存在はこの心に何かを訴えるのだ。
たまに怖くなる時がある。もしエリがいなかったら俺はどうなっていたのか。
多分、心に空いた空虚な穴をただ流れていく無為な時間が押し広げていって、今とはまるで違う俺という人間がただ生きているだけだっただろう。
それだけ、故郷離れた俺は孤独というものを感じて生きていたのだ。
だから俺は本人には絶対面と向かっては言えないだろうが、エリに感謝している。
「…………そっか……」
俺の言葉を噛みしめる様にエリは目を閉じて少しの間言葉を止めた。
無言が占めるこの空間にはしばらくテレビの音しか流れなかったが。
「……じゃあこれからもトーヤにだけ憑いていくからよろしくね」
そう言ったエリの表情は先程とは違って、いつもの飄々として明るい顔に戻っていた。その顔を見て呆れるのと同時にすこし安心した俺は朝支度を再開するのだった。
「……おい!よく考えたら゛ついてく゛って漢字、絶対違う方言ってるだろ!?」
支度を終え、意気揚々とこれから毎日通る事になるであろう通学路を歩いている時に、俺は今まで思っていたが言えなかった事を口にした。
「なぁエリ、俺気づいたのがついさっきだから何も出来なかったんだが」
「うん、どしたの?」
いつもの態度で返事をするエリ。気づいてないのだろうか。
俺は恐ろしい驚愕の事実を告げた。
「……制服、無くね?」
俺が今着ているこの服、一見すると普通の学生服ではあるがこれは凪波校の制服ではない。前まで通っていた学校の制服なのだ。
新しい学校の制服が無い、このことにはさっき家で支度をしている時に気づいた。
……いや、もっと前に気づいておけよとは自分でも思うが。
気づかなかったものはしょうがないのである。
俺はまさか私服を着て行くわけにもいかないので、仕方なく前の学校で使っていた物を着ている。
法事関係の事があるかもしれないと思って一応持ってきておいてよかった……。
「そういえば、他の人達が着ている制服じゃないね」
周りにちらほらと歩いているほかの生徒と見比べてエリは言った。
まぁ学生服ではあるからそこまで大きく差異があるわけではないが、ちゃんと見れば違うものだというのは普通に分かるのである。
つまり同じ制服の生徒達の中に異分子が一人……。
「おかしくない?冷静に考えてもおかしいよな?なんでこんな事に…」
「まぁ、いいんじゃない?これも個性って事で」
「お前ホント他人事だからって適当言い過ぎだろ俺の気持ち考えろよ」
そんなことを言い合いながらも道を進んでいけば遠くに昨日通った校門が見えてくる。周りには明らかに違う制服を着ている俺を訝しんで見ては目を逸らしていく生徒達。
「……はぁー……気分が重い、視線が痛い、心が辛い……」
でも、このままここでまごまごしてても何にもならないしなぁ……。
「しょうがない、とりあえず職員室に行って、制服の件なんとかしてもらおう」
そう心に決めて校門に向けて一歩を踏み出した。
「おーい、お前ー、そこの男子。おまえ何処の生徒だ?うちの生徒じゃないだろう」
案の定校門に立って挨拶していた先生に止められました。
その先生は恰幅な男の先生で今時珍しく竹刀を片手に立っていた。
まぁ、そうだよね。普通に考えたら怪しいよね。
「えっと、はい、あの。俺、転校生で今日からなんですけど、何故か制服が届いてなくて…」
「そうなのか?おかしいな、名前は」
「大神透哉っていいます」
「大神か、分かった。とりあえず職員室まで行ってそこにいる先生に事情話してこい。場所は分かるか?」
「はい、一応」
「よし、じゃぁ行ってよし」
そう言って先生はニカっと笑って手を降った。
なんだ、結構いい先生っぽいな。緊張して損したぜ。
「なにトーヤ縮こまっちゃってらしくないじゃん?」
歩き出した俺をさっそくからかいに来たエリ。
だからホント人の気も知らないでそういう事ばっかり言うよなコイツ。
(俺だって人選んで態度ぐらい変えるわ。つか堂々と話しかけてくるんじゃねぇよ)
周りには登校してくる生徒が大勢いる状況である。
相変わらず違う制服の俺を奇異の目で見ている。
「ねぇあの人…」
「うん…確かに…」
その中にこちらを見て何か喋っている女生徒の一団がいた。
まぁ確かに見るからに怪しいから話の種になるのは分かるんだが、そうあからさまにしないで欲しいな。さっさと退散するから許してくれ。
そう思って足早に行こうとした俺の耳にその女子達の次の一言が突き刺さった。
「すっごいかっこよくない!?」
…………。
…………………。
……………………………………………………………………。
「――――――フッ」
THEモテ期、到・来・ッ!!!!!!!
遂に、遂に来たか!!俺の時代がッ!!!!
最近やたらブサイクブサイク言われ続けて地味に心のゲージが削られてた俺だったが。だよな!そうだよな!俺…俺!ブサイクじゃないよな!!自身持っていいよなッ!!
「―――ハッ」
最高にカッコよく見える様にサラッと髪を掻き上げてニヒルな決め顔を作る。
苦節十七年、やっと俺にも桜色づく春がやって来ました。
ここがヴァルハラか!!
ばあちゃん!!桃源郷は本当にあったんだよ!!
「…なにやってんの?きもい」
「おいエリ、邪魔をするな。今俺は、ファンに答えているんだ。キリッ」
「きもい」
フゥーハハハハハ!!!なぁんとでも言うがいいさ!!
今はそのこの世のものとは思えん地獄の冷たさを持った視線にも耐えられる!
痛くも痒くもないわッ!!
まさに今の俺はモテモテ。無敵状態。スター取って敵なしだッ!!
その時最高にキメてる俺の向こうで女生徒が声を上げた。
「なにアンタ知らないの?あの人は2年生の新しい生徒会長、
―――――は?
すおう、いん……れい、と?
ダレソレ…………?
「やぁ!皆オハヨウ!今日も一段と輝いているね!」
ギギ―ギギギッ――とさながら壊れた機械の様に首を捻り後ろを振り返ると、見るからに爽やかなフェイスのイケメンヤロウがそれはまた爽やかに挨拶しくさった。爽やかに。うららかな太陽の光に輝く金髪、スラリと伸びた手足、スカイブルーの鮮やかな瞳。ヤダ、外人さん……?
ッじゃねーーーーよッ!!!!!!
「きゃぁあーー!!先輩おはようございますー!!!」
「やだ、かっこよすぎ…死にそう…」
「あぁぁあぁぁああ、おオ、おはよう、ごございますぅう!!!!」
その爽やかすぎる笑顔を向けられた女生徒はさながらTKO状態。
……あぁ、女子たち目が完全にイってやがる……。
これが、これこそが本当のイケてるメンってやつか……。
俺なんてハナから眼中になかったんだな……。
「はは、ははは……失礼しました……」
目の前のあんまり過ぎる現実に殺された俺は肩を落としてその場を離れるしかなかった。
ええ、ブサイクは退場しますよ……。
「……その、元気だしなよ」
「……うるせぇー、俺にやさしくするなー…」
あんまりにも惨めに見えたのか。
こうゆう時いつもからかってくるエリが本気のトーンで心配してきた。
そのことがさらに俺の心に追い打ちを掛ける。
泣いてねぇよ……泣いてねぇよ。
「……うん?キミ、そこのキミ!」
とぼとぼ下を向いて歩き出した俺の背中に呼び止める声が掛かる。
振り返るとさっきのイケメン様が俺を呼び止めたようだ。
なんだ、これ以上俺にダメージを与えないでくれ。もう勝負は付いただろ……。
というこっちの気も知らないでイケメンは構わずこっちに近づいてくる。
「キミ、見ない顔だね?制服も違うようだし、この学校の生徒かい?」
あぁ、そうゆう意味で声を掛けたのか。確か生徒会長だって言われてたしな。
あんまり関わり合いになりたくないんだけどなぁ。俺の精神安定的に。
「あー、あぁ。その、転校生なんだよ。制服はちょっとわけありでね」
「へぇ?……ちなみに何年の何組に入るんだい?」
「え?あー、学年は2年だけどクラスまではまだ分かんねぇかな」
「2年、そんな予定あったかな?」
怪しさ満載の俺を訝しむ目の前の男。まぁ確かに今の会話だけじゃ安心はできねぇしな。俺の顔をジッと見ていたイケメンがどうしようか悩んでいる顔からいきなり驚いた顔に変わった。
「…………トーヤ君?」
「ん?」
「もしかして、大神透哉、か?」
いきなり俺の名前を言い当てた生徒会長。
どうやら心当たりを思い出したようだ。
「そうそう、大神、透哉。転校生のな?だから俺は全然怪しく―」
「そうじゃなくて!」
「あ?」
いきなり声を荒げて俺の話を遮った。
なんだ?気に障る事をした覚えはないぞ?
「覚えてないかい!?ボクだよ!蘇芳院玲人だよ!」
「すおういんれいと?」
れいと?………………ふむ。
わからん。
「誰?」
「ひっどいなキミは!!昔公園でよくサッカーしたじゃないか!!」
「は?それはマサキだろ?」
「なんで沙希君の事は分かっててボクの事は分からないんだい!?おかしいと思うんだが!?」
「って、んなこと言われてもなぁ…」
いやな、どーもマサキが女だったという事実が衝撃的すぎてそこらへんの記憶ぼやけてんだよなぁ。
「栫小!5年2組!大神透哉!当時のライバルであったこのボク、蘇芳院玲人を忘れるなんて薄情だぞ!!」
…………。
なんだ?この独特な喋り口調に懐かしさを感じる。ような?
確かに小学校の時やたら突っかかってくるヤツがいた。ような?
今一記憶が曖昧だが、ここは話を合わせておこう。実際知り合いっぽいし。
「お、おおう、おうおう。蘇芳院?久しぶりだなー。なんだ、おまえその、元気だったか?」
「ホントに思い出したのかい?」
「あ、あったりまえだろ?小学生からの友達だろー、俺とお前の仲じゃねぇかー!」
「保育園も一緒だったよ」
轟沈。
「……プッ!」
おいエリてめぇー!笑ってんじゃねぇよぉおおお!!
こっちは必死なんだよ!必死に取り繕ってんだよぉおお!!
「……ク、ハハッ、ハハハハハ!」
「あ?」
「アハハ、ハハハハ!!」
こっちが慌ててなんて返そうか考えてたらいきなり笑いだしたぞ?
なんだこいつ大丈夫か?
「ハハハ!!ったく、その適当なところ、相変わらずだねトーヤ君!」
…………あ。
昔、マサキと知り合った後。ふとした事で仲良くなった奴の事を思い出した。
そいつはよく俺の後を追いかけては。
「さすがだね、トーヤ君!」
「すごいね!トーヤ君!」
そういって俺の事をきらきらした目で見ていた。
そいつは次第に俺に負けないように強くなると言って俺に何かと勝負を挑む様になった。自分はライバルになるんだと言って。
その蒼い瞳を輝かせながら。
「……おまえも、おまえも変わってねぇじゃねぇか、玲人ッ!!」
そうだ、目の前のこいつは玲人。
俺が小学生の時、マサキの次によく遊んだ親友。
あの頃は俺とマサキ、玲人でよく公園でサッカー勝負をしていた。
ちなみに涼ねぇはそんな俺達を本を読みながら見守っていた。
そう、俺の幼馴染と言えばマサキと涼ねぇ、そしてこいつ玲人だ。
なんで俺こいつのこと今まで忘れてたんだろ。こんなに目立つ格好なのにな……ん?
「っておまえ!おまえ昔金髪じゃなかったよな!?変わってないとか言っちまったけど無茶苦茶変わってんじゃねぇーか!!どうゆうことだよッ!?」
そうだよ!今目の前にいるコイツが金髪だから分からなかったんだよ!
てかなんでこいつの髪地毛っぽいブロンドなの!?おかしくない!?
明らかにこれが原因だろ!じゃなかったら忘れてねぇよ!多分。
「あぁ、あの頃は黒に染めてたから。そうかそれのせいか!」
「んだよ!まぎらわしいんだよコイツ!!このっ!ハハッ!」
思いがけない再会に自然と子供の頃に戻ったかのように笑い合う俺と玲人。
本当に懐かしい。あの頃よく遊んでいた友達っていったらコイツと涼ねぇとマサキ……。
って!そうだマサキ!!
「おい玲人!玲人!実はマサキって女だったんだぜ!!?」
この脅威の新事実はぜひコイツにも知らせておかねば。
たしかマサキもこの学校に通っているハズ。
下手したら同じ学校にいることさえも気付いてないかもしれないしな。
「は?君は何を言っているんだい?」
うんうん、分かる。よーーく分かるぞ。
俺も最初は全く何が起こってるのか分からなかったからな。
誰でもこの事を知ったらそんな反応になるよな、うん。
「沙希君は昔から立派なレディだっただろう?」
…………。
………………。
………………………?
「えぇぇええぇええええ!?!??!!おまえ知ってたのかぁああ!!????」
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