一章 ~第二幕~
「はぁ……はぁ……な、何回これやればいいんだ俺は……?」
事件の現場から離れた俺は毎度のごとく一息をついて後悔していた。
こんなこと繰り返してたらこの町でも変人のレッテルを貼られてしまう。
「トーヤが学習しないからでしょ?」
「い、言っておくがなぁ!お前のせいだからな元はと言えばッ!?」
少しも悪びれることのないエリを見て怒りとやるせなさがぶり返す。
……はぁ、まぁこれも毎度のことだが、どうせ言ったところでどうにもならねぇしな。
「それにしても、目もくれず走ったから知らない所に来ちまったな…ここ何処だ?」
方角的には南の方に来てはいると思うが、確かこっち側には……。
――カーン―――……。
ふと聞こえてきた音に耳を澄ます。今の音は、野球?バットで打った音か?
そして遅れて聞こえてくるまばらな声。
俺はその音の方角へ歩きだすと、見えてきた校門の前で立ち止まった。
「県立
立派な字体で彫られている校名を口にしてその校舎を見上げた。
「そうか、ここが俺の……新しい母校……」
遠目からも疎らに生徒たちが見える三階建ての校舎。その右隣にそびえる体育館。グラウンドでは先程聞こえてきたとおり野球に勤しむ部員達が見える。
そう、偶然立ち寄ることとなったこの学校、凪波高校は俺が休み明けから通うことになる場所だ。
「へぇー、じゃあトーヤは今度からココに来るんだ?」
エリも物珍しそうな顔で俺と一緒に見上げていた。
どうやら新天地に思いを馳せるのは死んでいても同じらしい。
まぁコイツも俺にずっとついて来るということは、必然的に自分も通うことになるからな。
「ねぇ?折角ここまで来たんだからちょっと中に入らない?」
「あん?流石にマズイだろ俺今普通に私服だぞ?誰かに見つかったら何言われっか分かんねーぞ?」
唐突な事を言いだしたエリに難色を示す。
「大丈夫じゃない?転校生ですって素直に言えば変な事にはならないでしょ。へーきへーき」
「おめーそれ絶対フラグだろ……」
そう言ってエリは一人で先に進んでしまう。
置いてかれた俺は仕方なくエリの後を追う事にした。
毎度毎度トラブルの元を作るのはアイツなんだよな……。
玄関口から堂々と入るのも憚られたので中庭らしき場所まで周り、途中の渡り廊下から校舎にお邪魔した。
グラウンドには運動部がちらほらいたが校舎の方にはそれほど生徒もいないみたいだ。ここまで来るのに誰とも遭遇する事は無かった。
「なんつーか、見た感じ結構古い、つかボロいな。校舎が。結構歴史あんのかな?」
掃除は行き届いているから綺麗なのは綺麗だが壁の色なんかに年月を感じる。
あ、ここなんかヒビ入ってら。
「海が近いから潮風の影響もあるんじゃない?」
隣について来るエリが目の前のヒビを撫でながら俺の疑問に答えた。
「そうゆうもんなのか?」
「まぁ私も詳しくは知らないけどね」
「そりゃそうか」
「――県立凪波高等学校。生徒数約700人、設立はおよそ80年前、前身の私塾が公営になったことによって正式に発足されたこのあたりでは唯一の高校よ」
気を抜いて会話してた俺は突然聞こえてきた声に驚かされる。
慌ててその方を見ると階段の途中に一人の女生徒が立っていた。
「まぁ流石に何回かは改修をしているとはいえ80年も経てばどんな建物も脆くはなるわね」
そう言ってその女性は腕を組みながら残りの階段を降りてくる。
腰まである髪、鋭い瞳、しかし口元にはニマっとした笑顔を貼り付けている。
「あ、あんたは…?」
「人に名前を尋ねる時はまず自分から~……とゆう誰でも思いつくような事は言うつもりは無いわ。何故なら面白くないから。私はつまらないことが嫌いなの、だから私は自分から名前を名乗るわ。私は
そういって目の前の人は俺の顔を覗き込んできた。
うっ!この顔、この目つき、この雰囲気……俺は一瞬で理解した。
(コイツ……Sだッ!!)
人の弱みを、駄目な部分を弄るのが好きそうな顔をしていやがる!!(失礼)
「あ、いや、俺は別に不審者ってわけじゃ……」
「そう、みんな最初はそう言うわね。怪しい者ではない、自分は不審者じゃない、俺はやってない。そう言った人間が本当に何もしていないのか。それは統計的に゛いいえ゛となることの方が多いと思わない?あなたが例えここで女生徒の上履きを盗んでいたり更衣室にカメラなどを仕込んでいたとして、今この場面を迎えていてもあなたは同じ受け答えをするのではないかしら?」
「悪意しか感じねぇ!!!」
こんなこと言われて俺にどうしろと!?
確かに言ってる事は正しいがこんなんじゃ何も言い返せねぇ!!しかもこの顔、俺にはわかるぞ!コイツはわざと俺が困るような受け答えをしている!
俺の困った顔を心底楽しんでやがる!!
「俺はホントに何もやってねぇー!!」
「人間誰にでも間違いはあるわ。とりわけこの年代の男子というものは性に対しての興味という物は絶大。恥ずかしい事ではないのよ?あなたはその熱きリビドーに逆らえなかった、ただそれだけの事よね?いわば人間として正しい事をしたと言っても間違いではないわ。ええその通り」
「おい!理解を示したフリをして俺を追い込むんじゃねぇ!立て篭もり犯を説得しようとしてる警官みたいな真似をするな!マジで俺が犯罪者みたいじゃねぇか!」
「あなたにだって家族はいるでしょう!?」
「黙れよッ!!」
ノリノリじゃねぇか!いい加減にしとけよコンチクショウ!!
「だから俺は不審者じゃなくて!今度この学校に転校してくる――」
「大神透哉君、でしょう?」
………………は?
いきなり自分の名前を言い当てられた俺は言いかけた言葉も出てこずにフリーズした。なんでコイツ俺の事知ってんだ?目の前の女生徒は未だに面白そうな顔をしている。
「……え?なんで分かる、分かるんですか?」
何故か敬語になる俺。
「――私個人の立場、前もって知り得た転校生の噂、第三者からの情報。これらの事象と状況証拠から導き出される予測、可能性。そしてなにより、私の名前」
「は……?名前?」
「もう一度言いましょう。涼風千草。聞き覚えは無いかしら?透哉少年?」
改めてその名前を聞いた時、俺の頭の中で記憶の扉が音を立てて開いた。
子供時代、看板にイタズラしようとして怒られた俺。沙希と一緒に謝りに行った本屋。笑って許してくれた気のいいおばちゃん。そして奥で本を読んでいた女の子。その後学校の図書室で再会して、一緒に遊ぶ様になった女の子は。
「涼ねぇ……か?」
「そう、正解は゛幼馴染だから゛でした。ココ、重要なので忘れないように」
そう言って再会して始めて屈託のない笑顔を浮かべた目の前の涼ねぇ。
あの頃より長くなった髪を手で払って俺の頭を撫でてくる。
「はは、このやり取り、マジで涼ねぇじゃん…」
急に懐かしくなった俺は不意に泣きそうになるのを堪えるのに必死だった。
涼風千草、昔よく一緒に遊んでいた一つ上の幼馴染。
よく本を読んでばかりいる女の子だったけど活発な俺たちに付き合って遊んでくれていた。昔から頭の悪い俺はよくからかわれた。
兄弟のいない俺にとっては本当の姉のような人だ。
「で、でもよく俺だって分かったね。てゆうかなんで知ってんの?俺が帰って来たこと」
「うん?だから第三者の情報。答えは君もよく知ってる人物だよ」
第三者……?
「って、あぁ!沙希か!」
なるほどね。昨日会ったもう一人の幼馴染が情報源なら納得だわ。
でもまさか2日連続でなつかしい顔に会うとは思わなかった。
「それにね、どんなに年月が経とうがどんなに成長しようが、お姉ちゃんに弟のことが分からないはずが無いのだよ」
人差し指を立て、得意気にそう言う姉の顔を前に、弟は何も言えないのであった。
「それにしても涼ねぇ、よく俺のこと分かったね。6年も経ってんのに」
久しぶりに再会した涼ねぇに折角だからと校内を案内してもらう。
6年ぶりに見る涼ねぇの姿は、まぁ昔から可愛かったが今では綺麗という言葉が似合う美人になっていた。街を歩いてたら殆ど100%の確率で通り掛かる人が振り返るだろう。
沙希とは方向性が違うが昔馴染みがここまで綺麗に育ってると、その、ビビる。
「よく分かったねって、そんなの顔を見たら分かるわよ。あ、このスケベ顔見たことあるぞ~って」
「…………」
どうやら性格はいい育ち方をしていなかったらしい。
「相変わらず弄り甲斐がある面白い顔をしてるわね透君。その顔は色々とんでもハプニングを抱えて来ていそうだわ」
「あれ、待って。待って涼ねぇ。涼ねぇってそんな性格だった?こんなに失礼だった?違うよね。たしかに昔の記憶でもちょっとSっ気入ってた様に思えるけどここまでじゃなかったよね?これもうドSだよね!?俺の事、虐め抜こうと思ってるよねッ!?」
俺は心配だよ!この6年の間に涼ねぇに一体なにがあったの!?
たしかにそれだけの月日があれば人も変わるだろうけど、この変わり具合は出世魚が名前変わるってレベルじゃないぞ。
淡水魚が突然変異して深海魚になるってぐらいのレベルだぞ!
「嫌ね、冗談よ?私だってこんなに失礼な言い草は人を選んで言うわよ?」
「人は選ぶけど言っちゃうんですね!そして俺は選ばれちゃったんですね!?ありがとうございます!!」
ちくしょうなんにも嬉しくねぇ!!俺は貶されて嬉しくなれるほど落ちぶれてないやい!
「プッ、あははっ、あはははは!もう、透君ったら全然変わってないのね!あの頃のまんまじゃない!」
さっきまでのニマニマ顔から一転、涼ねぇは心の底から嬉しそうに笑いだした。
どうやらホントに冗談だったらしい。
「あんまりイジメないでくれよ涼ねぇ……心臓に悪いからさ……」
「ごめんごめん、あんまりにも懐かしかったからつい、ね。本当に透君なんだなーって思ったら止められなくてね。……こっちには一人で戻ってきたんでしょ?これからは私も頼りなさいな。学校でもまた先輩になるんだしね」
自信満々に胸に手を当ててそう言う涼ねぇ。
「うん、まぁ、よろしくお願いします。ってそういや俺はちょっと学校見に来ただけなんだけど、涼ねぇはこんな休日に来てまで何やってたんだ?」
まぁ俺は最初から見に来ようと思って来たんじゃなく行き当たりばったりだけどな。
「私?私はね、まぁ私って一つ前の生徒会長だったんだけどね。この学校の」
「え、そうなの?すげぇじゃん」
生徒会長か、まぁでも涼ねぇのイメージではあるな。いつも本ばっかり読んでたし、たしか勉強も出来たはずだ。まぁ俺が全然勉強できなかったから余計にそう見えたのかもしれないが。
「その関係で引き継ぎというか、残務処理というか。まぁ残った仕事を片付けてたのよ」
「あぁー、なるほどね。まぁそれなら一人休日に学校来てても納得だわ」
「…………まぁ、あんまり上手くは行かなかった、のだけれども……」
「え?ごめん聞こえなかった?なんて?」
最後独り言のようにボソっと小さい声で呟いたから聞き取れなかった。
「いいえ、なんでもないわ。気にしないで」
「……?うん……?」
一瞬だけその顔が今も昔も見たこと無い暗い顔になったように見えたけど、
次に見たときには普通の表情に戻っていた。
「それよりも透君は誰かと一緒に来ていたのではないの?」
「え?なんで?俺一人だよ。こっちに帰ってきてから懐かしい顔なんて沙希としか会ってないし」
他に知り合いなんて居ない筈だしな。まぁ顔見知りぐらいならこの学校にもいるかもしれないが。
「そう?でもさっき……一階の廊下で誰かと喋ってなかった?ほら、校舎が古いって」
「――っうえッ!?あ、え?うん、エ?!?」
やべぇ!すげぇ忘れてたけど、もしかしてエリとの会話聞かれてたのか!?誰もいないだろとか思って思いっ切り堂々と喋っちゃってたぞ俺!?
あれ、つかあいつは何処に行ったんだ?人の気も知らずにフラフラといつも知らない間に――。
「――おやおや?トーヤさんピンチなのかな?」
不意に空気が漏れ出すように、俺から見て丁度涼ねぇの向こう側からからかうような声が聞こえてきた。姿を表したエリはあろうことか涼ねぇの真後ろから俺を見ていたのだった。
(おまっ、なんでわざわざそんなところから)
咄嗟に対面していた涼ねぇの後ろに視線を向けてしまったのはしょうがないとしか言えないであろう。
「うん?私の後ろになにかあるの?」
「私がいるんだけどね?チグサには見えないだろうけどね?」
鋭い涼ねぇは俺の視線を読んでか後ろを振り返って確認する。ふざけて手をひらひらしていたエリを無視して俺は慌てて声を掛けた。
「なァ、ナァーんでもないヨ涼ねェ!何もイナイ何もナイからっ、うん!」
「「……ふーん?」」
俺にしか聞こえないはずの声と、空気を伝わって聞こえる音が見事にシンクロする。その時、目の前にいる二人の表情が、全く同じ色を映した。口角を上げて目元を細める。
――からかう対象、獲物を見つけた顔だった。
(……やっべマズったわコレ)
「ねぇ透君?なにか、私に隠し事が、あるんじゃないかなぁ?」
「ねぇトーヤ。正直に言ってみたほうが、いいんじゃない?」
「え、あ?その、え、別に……その」
左と右からほぼ同時に涼ねぇとエリから責め立てる様に言葉が繰り出される。
「もしかして、人様に言えないようなことを、しているんじゃないわよね?」
「言えないよねー、幽霊が見えるだなんて言っても、信じてもらえないもんねー?」
「いや、そりゃそ、いや違くて、そんなこと、えと」
冷静に考えればエリを無視してこの場は涼ねぇの質問に答えるしかないのだが、二人の息は怖いほどぴったり揃っていて答えようにも頭が混乱してくる。
「やっぱり、何か犯罪的なことを犯してしまったのかしら?」
「このままだと、不審者って言われてもおかしくないね?」
「もしかして女の子を攫ってきたり?」
「あぁまた女の子に変な目でみられちゃうね?」
「「ねぇ
「か、かッ、勘弁してくれぇえーーー!!!」
完全に手詰まりとなった俺は銃を突きつけられた犯罪者よろしく、お手上げ状態となった。
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