一章 ~第一幕~
「……て……きて………………」
…………ん……?
「お……おき……きて………………」
……なん、だ……だれか……呼ん、で……る……?
「おき……!……おきて…………きて!」
……この……この声、は…………。
「起きてっ!トーヤッ!!」
「……んあ?」
誰の声だ、今の……?……気持ちよく眠ってたのに……。
目が覚めて、最初に見たのは年季の入った木製の天井。
ここ何処だ?
視線をずらせば、色あせた襖、窓から差す光、畳の匂い。
あー、そうだ。俺昨日からばあちゃん家で暮らす事になったんだったな。
「ふぁ……。床に布団敷いて寝るとか久しぶりだな。あっちじゃ普通にベッドだったし」
でもあれだな、ちょっとカビ臭いというか。
こんなことならコイツも昨日外に干しておけばよかったな。
「だから、起こしてあげたのに無視しないでよっ!」
「うおっ!?」
いきなり真後ろから声が聞こえてきて驚く。
「おまえ、エリ!いきなり現れんなって!いっつもいつも心臓に悪いって言ってるだろ!俺の寿命を削る気か!?」
常に俺を驚かせ神出鬼没を地で行くコイツは幽霊のエリ。
相も変わらずふよふよ浮いて消えたり出たり、はた迷惑な女の子だ。
「失礼な!最初から居たよ。誰が起こしてあげたと思ってるの?」
「……あ?そうだったのか?わりぃわりぃ」
気を抜くとついついコイツがいる事を忘れちまうんだよなぁ。
やっぱり幽霊っていう存在は存在感が薄いのだろうか?
うん?だとしたら俺のせいじゃなくないか?コイツの性質なんじゃないか?
……まぁ単純に俺が忘れっぽいだけかもしれないから黙っておこう。
「さて、気持ちよく起きた後は飯だ。朝飯にすっかな!」
「もうお昼。昼ごはんの時間よ?寝すぎ」
「お、おぅ」
休日の学生なんてこんなもんである。
「お昼のニュースです。S県の天気は全体的に晴れ模様で、この天気はしばらく続く見込みと……」
「とりあえず昨日買ってきた物をさっそく作るか」
テレビから聞こえてくるニュースをBGMに昼食の準備を始める。
居間から縁側へと続く窓から外を見れば、広がるのは突き抜けるような快晴の空。
今日は6月4日、俺は連休を利用して引っ越してきたのだが、
まぁだから別にこんな時間に起きるなんてめずらしくもないわけで、まぁ言い訳がましいが。
そんな細けぇことはいいんだよ!今は俺の腹の虫を黙らせることが先決だ。
「めずらしいね?トーヤがちゃんと料理を作ろうとするなんて」
いそいそと準備している俺の後ろで成り行きを見ていたエリが不思議そうに言う。
「……んぁ?お前なに言ってんだ?」
そう言って俺が取り出したるは日本人の偉大な発明、3分で出来る奇跡の一品。
我が愛しのカップ麺である。カップ○ードル、シーフード味。
「そうよね。トーヤはそうなるよね…………」
堂々とカップ麺を掲げる俺を前に冷めた目で返事をするエリ。
なんかすごい呆れられてるぞ?
「おまえ、まさかカップ麺ディスってんのか!?カップ麺は、カップ麺はなぁ!カップ麺職人の方々がそれはもう長い長い年月試行錯誤を繰り返し、丹精を込めて作られた血と汗と涙と出汁の結晶!それはもう偉大な食べ物なんだぞ!うまいんだぞ!作るの楽だし」
しかもなんとこいつはキングサイズ!食べごたえばっちり!シーフード味は最高だ。
「あのねぇ、そんな自慢げに言うことじゃないよ!どちらかと言うとダメな部類だよ!……まぁ別に私も嫌いじゃないけど……」
「え、お前食べたことあんの?マジで?」
コイツって一体何時の時代の人間なんだ?昨日見た件の写真はやけに劣化して古そうだったが。
カップ麺ってそんなに昔からあったっけ?何時出来たんだろう……。
「失礼な!私だって食べたことあるよ!カレー味は至高!」
「お前も似たようなモンじゃねぇか!!!」
「次のニュースです」
さて、飯も食ったしとりあえず。
「…………どうすっかなぁ……」
そう呟いた俺は卓袱台の前に座っていた姿勢そのままで後ろに倒れて寝転んだ。
ぼーっとした頭で懐かしい天井を眺める。
ぶっちゃけ俺は今まで住んでいたトコでもやることがあまり無かった。
たまにふらりと短期のバイトをしたりしたぐらいだ。あんまりうろつくとガラの悪い奴らに絡まれるからな……。
と言うのも……昔ちょっと働いてたファミレスのバイトの時に、一緒に働いてた女の子が所謂ヤンキーさんに絡まれたんだが。
あまりにもしつこかったのでグーパンでお帰り願ったのだ。これがマズかった。
どうやらそのヤンキー結構顔が広かったらしく、それ以降俺は町でそれっぽいのに出くわすと追いかけられ、喧嘩を吹っかけられるので返り討ちにする日々が続いたのでした。おかげで恥ずかしいあだ名を付けられる始末……思い出したくもない。
あ、ちなみにファミレスのバイトはもれなくクビになりました。
すいませんオーナー、バイト3日目で辞めることになってしまって。あなたの引きつった顔は今でも忘れられません。
そんなこんなで外にもそんなに出たくない、特に趣味もない俺はつまらない生活を送っていたわけだが。
「……うーん……どーーっすかなぁーー」
「せっかくいい天気なんだし、外に出てみたらいいじゃん」
「あー、まぁそうなぁー」
うん。確かにいい天気なんだよなぁ。
さっきの天気予報も今日はずっと晴れだって言ってたし。
この町なら変に絡んでくる奴らもいないだろうしなぁ。よし!
「……に用意するのは醤油、みりん、お砂糖、隠し味としてコー」
ニュースが終わって料理番組に移っていたテレビを消して俺は勢い良く体を起こした。
「ちょっと出かけるか。昨日みたいにこの町の変わったところがまた見つかるかもしれないしな。食後の散歩にも丁度いい」
「うんうん、いいと思うよ。私もお日様の光浴びたいしね」
「おまえそれ幽霊としてどうなんだ…?」
普通幽霊って言ったら夜のくらーいイメージしかないんだが。
日光浴て、健康的だなおい。幽霊で健康ってなんだ?
そんな至極無意味な事を考えながら俺は玄関から外の世界へ繰り出した。
俺は小学5年生の夏までこの町で暮らしていた。
あの頃はいつもいつも友達と川遊びしたりサッカーしたりと、今とは違い殆ど外に出て遊んでいた。あまり……家には居たくなかったから。
それ以外はもっぱらばあちゃん家に入り浸っていた。
そんな感じでお外で遊ぶのが大好きのバリバリアウトドア派な俺だったのでこの町は探検し尽していた。
……と、思っては居たがやはり子供。どうしたって活動できる範囲は狭い。
あの頃は大冒険だと思っていたものが大きくなってみると、どれだけ井の中のカエルだったかよく分かる。
子供には果てしない大地、大人にはよくある普通の町。
ここから外に出て成長してしまった俺にはこの町の大きさがどんなものか分かってしまっているが、今でもまだ俺の知らない不可思議なナニかが潜んでいると思っていたい俺は、いったいまだ子供なのか、それとも大人になってしまったのか。
「なぁ、おまえはどっちだと思う?」
「心底どーでもいいと思うよ」
言葉だけでは飽き足らず表情と態度、全身で呆れの一文字を表すエリ。
しかもご丁寧にその二つの目が砂浜に打ち上げられて死んでいる魚の目になっている。つまりは言葉通り、どうでもいいと。俺のノスタルジックでセンチメンタルな気分を返してくれ。
「いーじゃねぇかよ。久しぶりの故郷なんだから多少物思いに耽ってもさ。俺にも真面目な時があるんですよ?」
「そーゆうのはね?着いた時に言うの。この大地に足を着けた時に言うの。決して一日たってお腹いっぱいになった後で言うことじゃないの」
年下(恐らく)の女の子に諭される17歳男の図、である。
いや、うん、まぁ思いつきだったけどさ…そこまでいわなくてもねぇ?
「とゆうか、さ?また気付いてないだろうから言わせてもらうけど」
「ん?なんだ?ちゃんと鍵は閉めてきたはずだぞ?」
「いや、そうじゃなくて、また見られてるよ?」
あ。
「……やーねー……ヒソヒソ……」
「また昨日の子よ……ヒソヒソ……怖いわー……」
…………。
あ、あぁああーーーー!
くっそ!またやっちまった!
場面は昨日のリピート、何もかもが同じ光景に再度嫌な汗が流れ出す。
チラっと盗み見たエリの顔は最早何も言うまいという呆れ顔だった。
なんで俺ってやつはこう何度もやっちまうんだ!
「はは、ははハハ」
俺はまたも繰り返すが如く、苦笑いと愛想笑いを足して2で割ったような顔を貼り付けフェードアウトした。
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