序章 ~終幕~


 外町の店でおそらく必要であるだろう物を一式買い終わった頃には、空が赤らむぐらいには時間が経っていた。

 沙希の方の買い物も終わってもう用もないので二人で帰り道を歩く。


「随分色んなもの買ったね?やっぱり一人暮らしともなると色々必要?」

「あーまぁな。自分で持ってきた荷物なんてほとんど無いからな。ま、もともと自分の物、ってのがそんなに無いんだけどな」


 親父の都合で何回も引っ越し、転校を繰り返してたからあまり物を持たないようにしてたし。ばあちゃん家に住むって言ってもしばらく誰も居なかった家だしな。


「それにしても多くない?というか、なんかすごいかさばる物が多いような……」

「気にするな。これはこれこそが俺の生命線だ。必要なモノなんだ」

「?うん……?」


 不思議そうな顔をしている沙希だが、とりあえずは気にしないことにしたようだ。


「まぁいっか。じゃああたしはこっちの道だからここでばいばいだね。ちなみにそっちの道行ったら最近出来たコンビニがあるからね。また会いたいから電話してねー!何時掛けて来てもいいけどあたしアイドルだから忙しいかもー!」


 分かれ道に差し掛かった時、沙希は妄言を吐きながらばあちゃん家がある方とは別に道へと駆け出した。アイドルアイドルって、たかだか部のマネージャーでそんな事が……。

 ………………。


「ん?あっ、おいっ!沙希ー!」

「久しぶりに会えてすっごい嬉しかったよ!大きくなった透哉君見てちょっとドキっとしたよ!じゃあバイバーイ!!」

「っておーい!話聞けー!おーいっ!!」


 ………………。


「……行っちまいやがった……」


 変な事を口走りつつ路地の向こうへと消えてゆく沙希の影。

 俺と沙希が別れたのは6年前、当時は小学生、ケータイなど持っているはずも無く。再会したのはついさっきで向こうで連絡を取っていたわけでもない。


「電話してね、っておまえ。……おまえの電話番号なんて知らねーよ……」


 やっぱりこの6年でどれだけ見た目が変わってもあいつは間抜けのマサキだ。

 どっか肝心なトコが抜けてんだよなーあいつ。


「……ま、そんなに簡単に人間変わらねーわな」


 沙希のおっちょこちょいに昔の面影を見て少しだけ嬉しくなった俺は、まぁそのうちまた会えるだろと思いまた家路についた。




「ただいまー」

「おっそいよトーヤ。何してたの?待ちくたびれて大切な寿命が無駄に縮んじゃったよ責任取ってね」

「どの口が言うか、死んでるやつに言われたかねーんだよ!」


 人がそこそこ多い荷物を抱えて帰ってきたのに開口一番に疲れる事を言う。

 実にどーでもいい様な顔をしやがってコイツは。

 相も変わらず空中にふよふよと浮かびながらちらちらと視界に入ってくるエリ。

 とても鬱陶しい。


「じゃ、俺適当に掃除するから。お前適当にしとけ、得意だろ適当にするの」

「トーヤもね」

「……へいへい、よくお分かりで」


 せめてもの抵抗と憎まれ口を叩いてみたが、結果は暖簾に腕押しだったようだ。

 いかんいかん、このままじゃ無駄にエネルギーだけ消費してしまう。

 自分の意思で無駄にするのはいいが、他人に無駄にされるのは癪に触るのだ。


(――よし、無視しよう)


 こうして何回繰り返したか分からないやり取りを経て方針が固まった俺は、腕まくりをしつつ仕事に取り掛かった。



 ――数分後。


「……うん?なんだこれ……?」


 最初は真面目に掃除をしていた俺だが、案の定というか段々飽きてきた。

 すると不思議な事に自分の意思に反して関係がないような事を始めてしまうのだ。ほら、勉強をするといつのまにか掃除していたりするだろう?

 あれと全く一緒な現象だ。……まぁ俺の場合今現在掃除をしていたわけだが。


 なにか面白いものでも無いかなー、と押入れを片付け整理しつつも眺めていたら、何某か入っていそうな箱が出てきた。金属製の箱で、所謂"かんかん"って奴だ。


「勝手に見るのもあれだけど、まぁばあちゃんってあんまり気にしないしなぁ。昔の俺とばあちゃんの写真とか出てくるかもしれんしな」


 なんか撮っていたような記憶も、ないこともない。うん。

 カパッと。


「どれどれ……?」


 俺の予想が当たり、その箱の中にはいくつかの写真が入っていた。

 他にはばあちゃん宛に届いた手紙なんかも入っている。


「さすがに人様の手紙を読むのはやめておこう。こっちは……おぉ、ばあちゃん若い!いくつくらいだろ?っつかばあちゃんてめちゃくちゃ美人だったんだな」


 手に取った写真には若かりし頃のばあちゃんが着物姿で写っていた。

 時代が違うからなんとも言えないが、すごいモテたんだろうなと思う。

 中には俺は顔を知らないけどじいちゃんらしき人と一緒に写っているものもあった。


「他には、結構な枚数あるな……お、やっぱり一緒に撮ってたか!」


 その一枚にはまだガキだった頃の俺と記憶の中にあるとおりのばあちゃんの姿が。ばあちゃんに頭を撫でられながら、満面の笑みでピースしている少年俺。

 小憎たらしい顔をしているがナイス笑顔だ。


「…………ばあちゃん……」


 そんな、そんな生意気そうな俺を暖かい笑顔で見守ってくれているばあちゃん。

 あの頃は気にしたこともなかったけど、こんな顔で俺を見ていてくれていたんだな……。


 ……やっぱり、大好きだ、大好きだったな…。

 ……………。


「あー!だめだだめだ!やめやめ!もうやめよう掃除掃除!」


 流石に気まずいのと、胸が締め付けられるので持っていた写真を元に戻した。

 その拍子に一枚の写真が手を離れて床に落ちそうになる。


「お、おっと!ナイスキャッチだ俺」


 慌てて手を伸ばして事なきを得る。反射神経には自信があるのだ。

 その写真も箱に戻そうとしたとき、ふとその写っているものが目に入る。


「……って、うん?こいつ……」


 …………そこに写っていたのは、一人の女の子。

 この町なのか、それともどこか別の町なのか、坂になっている町並みを背景に撮られたその写真。

 ぎこちない笑顔を顔に浮かべて、腕を後ろに組んで写っている少女。

 多少幼く見えるが、こいつは間違いなく……!


「なに見てるのトーヤ?」


 ―――――ッ!??


「おわッ!!?お前いつからいたんだ!?いきなり出てくんじゃねぇよッ!!」


 突然音もなく俺の視界の上から逆さまにエリの顔がドアップでフェードインしてきた。あまりにも脈絡の無い行動に俺の鼓動が激しくなる。

 やだ、コレって恋……?ってふざけてる場合じゃなくて。


「お前、マジで。マジでやめてくれ。前から言ってんだろ?こうゆう心臓に悪いことはやめろ、って……」

「ごめんごめん。だってトーヤが私の事幽霊幽霊って言うから、じゃあそれらしい方がいいかなーって」


「つまりわざとだな?わざとなんだな?改める気はないんだな!?」

「さてねー?どーかなー?にやにや」


(な、殴りてぇえーー!!このニヤケ顔殴りてぇー!!触れねぇけど)


 くっそ腹立つ!毎度毎度この顔を見せられて我慢の限界だぞこの野郎!なんかこいつをあっと言わせるものは……。


「……って、あ。おいエリ!これなんだよ!この写真に写ってるのお前だろ!おまえ何人様の家の儚く淡い思い出に勝手に紛れ込んでんだよ!どうゆう繋がり?」


 俺は先程見つけた件の写真を、さも犯人に証拠を突きつけるかのように見せつけた。とゆうか本当にどうゆう繋がり?


「はぁ?トーヤ何言って……ちょ!ちょーー!!なんっ、なんで、なんでこの画像がここにあるのよッ!??」

「いや、それはこっちが聞きたい……」

「だ、ちょ、返して!返してぇッ!それはダメッ!なんかヤダ!てか見ないでッ!!」


 エリは急に顔色を変えて俺に迫ってきた。

 いつものスカした態度はなりを潜めて珍しく慌てている。

 なんか、予想してた反応と違うな……。


「え、なに。コレほんとにお前なの?ほんとに?でもこれなんか写真大分年季入ってて古いぞ?え、生前ですか?戦前ですか?ってかお前やっぱり幽霊じゃねぇか!!」

「もー返してよー!もー!もーもーもー!!」


 牛かよ!!


 とゆうか別に俺はただ手に持って見せているだけで特に何もしていない。

 必死に写真に向かって手をスカスカしているエリ。

 触れないのは俺じゃなくてお前自信の問題だからな?


「もう!そっちがその気ならこっちだって…」


 いや、その気って……あん?


「……ブツブツ……ブツブツブツ…………」


 スカスカやっていた手を止めて、急に目を閉じて何かブツブツ言い出したエリ。

 どうした?ついにおかしくなっちまったか?


 ―――パチッ――ピシ――ピシッピシッ―――。


 ……うん?なんか、ピシピシ?言ってないか?これなんだっけ……ラップ音?


 ――ピシピシッ――パチッ―――ピシピシピシッ―――ピシッピシピシッ――!!


 それと……同時に……なんか、こう…周りの雰囲気とか……なんか温度も下がって……。―――おい、ちょっと待てこれッ!!


「エリ、さん?もしもし?なんか、とてつもなくいやーな予感がするんですが?」

「―――ブツブツ……ブツブツブツ……ブツブツ……!!」


「おい!エリ聞いてんのか!?おいッ!エ――」

「―――――――――――――――ッ!!!」


 その瞬間、音と共にエリの手から閃光がほとばしる!

 あたりは一瞬その光に包まれる。


「な、なんだぁ!?プラズマかぁ!!?」


 俺は咄嗟に目を庇うと自然に手に持っていた写真が視界に入った。

 その写真が。


 ―――スゥ―――。


「し、写真が!?」


 端の方から、まるで消しゴムで消したかのように、透けながら消えていく!

 謎の光に照らされながら俺は目の前の怪奇現象にただただ呆然とする。

 そして。


――――――スゥ……。


 光と音が止んでいくと同時に、俺が確かに手に持っていた写真は跡形も無く消滅してしまった。


「………………」


「ふぅー。コレで一安心。もうっほんと迷惑」

「だ、だから!それはこっちのセリフだぁーーーー!!!!!」



 紆余曲折あったがまぁなんとか人一人が生活する分には片付いた。

 終わった頃にはもうすっかり日も落ちて、窓から外を見てみれば真っ暗になっている。俺は居間に置いてある卓袱台の前に腰を落ちつけた。


「ふぅー、まぁこんなもんかぁ。大体キレイになったな。とりあえず居間とキッチンと、あと隣の部屋で寝泊まりすっから…コレだけやっときゃ十分だろ。後はおいおい…」

「おつかれートーヤ」


 ……出やがったな。


(サッ)


 俺は悪しき気配を感じて臨戦態勢を整えた。

 腰を落とし両腕を上げてファイティングポーズを取る。


「……ちょっと。身構えないでよ」

「貴様…俺に何をするつもりだ?この悪霊めが!性懲りもなく現世に留まりおって…おとなしく霊界に帰るがいい!!」


「なによ、ちょっと写真一つ消したぐらいで驚かないでよ。これも掃除の一環よ?

こんなのただゴミ箱に捨てる行為と何一つ変わらない普通の事でしょ?」

「無茶苦茶言うなおい」


 何処の世界に存在ごと消されにゃならん罪深いゴミがあるのかと。

 燃えカスもクズも残らん掃除方法とかどんだけエコかと。

 恐ろしすぎるわッ!


「お前、間違っても人間に向けてやんなよ?さっきはただの写真で俺しかいなかったからいいものの、あんなこと繰り返してたらお前狩り尽くされるぞ」

「誰によ」

「そりゃ……お前、あれだよ……霊能探偵、とか?」


「そんなマンガみたいな存在いるわけないじゃん。アホくさ」

「お・ま・え・が・い・う・な!!!!」


 ったく、本当に洒落になってないぞ。



 もうすっかり慣れてしまったこいつとのふざけ合いの最中、ふと妙な間が生まれる。いきなり黙ったエリを見ると何時になく真面目な顔をしている。

 その顔を見て俺は……言い表せない感情が胸の内に溢れた。


「―――それで、どうだった?懐かしの故郷は。6年振りに帰ってきたこの町は」

「あ、あぁ……」


「少なくても今度は卒業するまでの間はここにいられるんでしょう?」

「そのつもりだ」


 ここにいれば嫌な奴の顔を見ることもないし、面倒くさい奴らに絡まれることもないしな。それにここには懐かしい奴らがいる。本当の友達だと言える奴らが。

 まぁ初日にばったり合った奴もいるが。


「そういやあいつの家の場所変わってないだろうな?流石にそんなに大きい町じゃないとは言ってもまた偶然会う、ってのも難しいだろうしなぁ」

「ん?なんのこと?」


 あー、コイツにはなんて説明しようか。俺とエリが会う前の話だからな。

 沙希との関係は案外複雑だ、俺自身昔は男と思ってたという事実があるしな。

 ……めんどくせ。どうせそのうちエリと一緒の時にも会うだろ。


「いや、なんでもね」

「そう」


 ――エリはまだ同じ顔をしている。

 不思議とその顔を見ていると俺は安らぐような気持ちになった。

 もう記憶には殆ど残っていない母親というものを少しだけ感じてしまう。

 何故だろうか、俺はコイツが不思議でならない。


「……なぁ?」

「なに?」

「おまえ……、なんで俺について来るんだ?」


 ずっと、ずっと気になっていた。

 別に俺は元々のコイツを知らない。昔合ったことがあるかと言われれば無いと言い切れる。なにか恨まれる様な事をした覚えもない。

 コイツも幽霊なんだろうが、俺に特に危害を加えるわけでもない。


 本当に、なんで俺と一緒にいるのかその理由が分からないんだ。

 はじめて俺はコイツと出会ってこの疑問を口にした。


「おまえの、なんだ?この世に残した未練、ってのがあるんなら俺が手伝ってもいいんだぞ?」

「大丈夫。そーゆうんじゃないよ」

「?」


「そだね……まぁ。気が合う友達と一緒にいたいって、そう思うのは普通でしょ?」

「――ハッ。まぁな。俺とお前適当どうしだからな」


 なんか、はぐらされた感じではあるが、友達と言われて悪い気はしない。

 コイツが言いたくないのなら、俺も無理に聞きたいとも思わないしな。

 まぁエリが言いたくなったら言うだろう。


 少なくとも俺はコイツが冗談とは別に、俺に嘘をついたトコを見たことはない。

 俺の敵に周ったことは一度もないんだ。

 そういう意味では信頼できる。


 本当に理由なんて無いのかもしれないが、それでもいいと、この夜俺は心の中で思った。







「――――キミを、最後まで見ていたい――」

「あえて言うなら、それが未練。かな」


 本当の理由なんて言えないから、せめてキミのそばに――。

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