序章 ~第三幕~


「――じゃあ今はおばあさんの家で寝泊まりしてるんだ?」


 隣を歩いてるマサキが俺の顔を見ながら言う。

 数年ぶりの再会を果たした俺は、どうゆう経緯で帰って来たのかをあらかた説明した。


 一人暮らしを始めること、こっちの学校に通うこと、ばあちゃんが亡くなった事……。マサキもばあちゃんとは少なからず会ったことがあるから、話を聞いた時はしばらく悲しそうな顔をしてくれた。


「大丈夫?一人であの家で暮らすって、結構広いし大変なんじゃない?いろいろ」

「あー、つってもまだ寝ても泊まりもしてないしな。ついさっきこの町に着いたばっかりだし。まぁそれで必要な物なんか買い出しに行こうとしてたわけだよ」


 そう思うと帰ってきた初日にコイツと再会するなんてすごい偶然だな。


「マサ――沙希はなにしてんだ?今日は休日だし、なんで制服なんて着てんだ?」

「あーこれはね。まぁ学校は休みなんだけどね、あたしサッカー部のマネージャーしてるんだ。”美人”マネージャー。いわゆるアイドル的な存在なのあたし。だから休日でも部活に出てるんだ」

「…………ッ……」


 こ、こいつが……アイドル……あの鼻タレ小僧だったマサキが……あい、どる……ッ!!


「……ぉ、おう…。そう、か……ッ…………プッ」

「ねぇ笑ってるよね?なんでもない様な顔しようとして堪えきれず笑ってるよね?絶対馬鹿にしてるよね?ね!?」


俺の様子を見たマサキは烈火の様に怒り出した。


「いや、すまんッ!……違和、感がッ……ありすぎて……ぶほッ」

「吹き出すほど!?そんなに!?透哉君の中であたしってどうゆう存在なの!?」

「そりゃ、お前……遠慮なくプロレス技掛けられるような存在?」

「ひどいよ!もうその認識やめよう!?男じゃないよ!」


 俺がポロっと口にした本音に猛抗議する目の前の沙希。

 いや、まぁたしかに今のコイツを見るとアレなんだが、昔のイメージじゃなぁ……。


「あー、悪い!悪かったって。まだ久々に会ってから数分だからな?流石にな?」

「気をつけてよもう。あたしだってちゃんと女なんだからね?もう透哉君相手に技掛けたりしないんだからね?」

「お、おう……」


 判断基準はそこなのか?


「ま、まぁ、それでえーっと、マ……沙希、はマネージャーやってっから制服だ、と。何?買い出し?」

「うん、まーね」


 そう言ってマサキは実に楽しそうに笑った。

 カバンを後ろ手に持って俺の横を歩くコイツの姿は、昔の事を考えなければ誰が見ても女の子だ。

 今のコイツを見て誰もやんちゃな糞ガキだったとは思わないだろう。

 よく似合った制服姿を見ていたら、俺も同じ学校に通えてたらと思ってしまった。


(ま、退屈しねーだろうしな)


「――んで、マサ」

「いい加減怒るよ?」

「はい」


 こええーー!!やばいやばい、今マジな目だった!完全に殺しに来てた!

 人に歴史あり、あんなに純粋な少年(?)だったマサキがこんな冷めた目をするなんて。まぁ俺のせいだが。


「分かった分かった!沙希な!沙希。これからはちゃんと沙希って呼ぶって!」

「心の中でも禁止だからね」


 なぜ分かる。

 恐ろしい、これが所謂女の勘というものなのか。


 6年という月日はサッカー少年にどうやら勝負勘とは違うものを与えたようだ。

 久しく交わす他愛もない話をしながら、沙希と二人でなんとなく歩いているが。


「なぁ沙希。さっきから俺たちどこに向かって歩いてんの?」

「え?だっていろいろ買い物したいんでしょ?だから駅前」

「あー、駅前か。さっき久しぶりに見た感じあんまり店はなかったけど、まぁコンビニがありゃ十分か」


 そこそこ人は居たけど店構えとかは6年前とそんなに変わってなかったしな。


「うん?もっといろいろあるじゃん。大体欲しいものは揃うと思うけど?」

「……あん?」



「コンビニはそこ、スーパーは向こうの通り、雑貨なんかのお店もそっちにあるよ。家具とか100均とかホームセンターとかは左の通り。右の通りは食べ物屋さんが多くて、あたしは行ったことないけどなんか最近出来た流行りの喫茶店?みたいなのあるらしいよ」


 場所は俺が最初に来た駅の出口とは反対の北出口。一つ一つ指を指しながら説明する沙希。そこには俺の知らない光景が広がっていた。


「……あれ?ここって栫町、だよな?俺の記憶が確かならこの町はこんなに洗練されてなかったと思うのだが。おまえ、これじゃ町じゃなくて街だよ!むしろシティーになってるよ!」


 6年前には確かに田んぼぐらいしか広がってなかった筈の場所には、何故かビルや商業施設が!杖をついたおばあちゃんぐらいしか歩いてなかったボコボコの農道が、何故かオシャレな石畳のストリートに!


「コインロッカーとかもあるよ」

「そんな、収納まで…じゃなくてな、なんでこんなことになってんだ!?俺が居なくなってから何があったんだ?」


 いくらなんでもさっきまでの風景と変わりすぎだろう。


「えっとね、透哉君が引っ越してからちょっと後ぐらいに駅からこっち側、北側の町が再開発されだしたんだ。でも私達の家がある町は再開発には乗り気じゃないらしくて、あんまり手が入ってないの。だから駅を挟んで北と南の町でこんなに違うアベコベになっちゃたんだ」

「は、はぁ。再開発?それでこんなんになってんのか……」


 見渡せば大都会、とまでは言わないがなかなか栄えた町並みが広がっている。

 俺がこっちに戻ってくる前に住んでた町と同じぐらいには色んなものがある。

 とてもじゃないが6年程で出来たとは思えない。


「こんなに変わっちゃったからみんなはこの再開発された町を外町、私達が住んでる今までの町を内町って呼んでるの」

「外町、ねぇ」


 まぁこれだけ町の様相が違えば呼び方も変わるか。


「沙希はこっちの方にはよく来てんのか?」

「うん、まぁそこそこ?やっぱり色んな物があるからね。買い物するならこっちには出てくるよ。スポーツ用品扱ってるお店もこっちにあるからね」

「あぁ、サッカー部のマネージャーだっけか」

「いつまでもここにいてもしょうが無いし早く行こ?最初は何買いに行くの?」

「とりあえず生活用品かそれとも……」


「――お、そこのお二人さん。ちょっと寄ってかないか?」


 そう言って歩きだそうとしたところで、後ろから俺たちを呼び止める声が聞こえた。振り返るとタバコを咥えながら手招きしてる男が一人。

 ボサっとした髪に気だるげな目、無精髭と怪しさがにじみ出てる風体。


「寄ってくって……おっさん、あんた一体何なんだ?」


 俺は警戒心全開で目の前のおっさんに一応聞いてみた。


「何、って見てわかんねーか?」


 分かんねーよ、見た目で分かるのは胡散臭さだけだよ。


「占いだよ、占い。みんな大好きだろ?占い」


 見るとおっさんの後ろにはパイプ椅子と小さい机が置いてあり、その上には缶コーヒーとスポーツ新聞。そして薄汚い水晶のようなものが台座に乗せて置かれている。とてもじゃないが真面目に占う気があるようには見えない。


「占い、っておっさんが?嘘くせぇ、どう見てもうらぶれたサラリーマンにしか見えねぇぜ」

「失礼な事を言うな。あと俺はおっさんなんて年じゃーねぇ、おにーさんと呼べボウズ」

「む、ボウズじゃねぇ俺は透哉だおっさん」

「おーおーよろしくなボウズ」


 このおっさん全然話聞いてねぇな。


「まぁそれは置いといて、どうだ?占いやっていかねぇか?金運仕事運明日の天気から今日の晩飯、この国の未来や世界の行く末、小バエの駆除法服のしみ抜き。どんな相談でも受け付けるぞ?」

「手ー広げすぎだろ壮大すぎだろつか後半占い関係ねーだろ」


 このおっさん口からデマカセ言いすぎてマジなのか冗談なのかも今一わからん。

 いや十中八九適当いってるだけだろーが、どんだけ占いさせてーんだよ。


「……プッ。アハ、ハハハハ!い、いーじゃん透哉君、やってもらおーよ、占い」


 と、そこで今まで後ろで黙ってみていた沙希が急に笑いだして言った。

 なにがツボに入ったのか占いに乗り気だそうだ。


「ぅおーいさーきぃー?お前なぁ……」

「いやいやいや、いいねいいねお嬢ちゃん。そのノリいいよ、さすが可愛い子は空気が読める!女の子は占いすきだもんなー」


 地の利を得たぞとココぞとばかりに調子づきだしたぞこのおっさん。


「沙希ー、お前がそんなこと言うからおっさん乗り気じゃねぇかよ。お前そんな占いとか好きだったか?」


 何分俺には過去の男勝り時代のイメージしか無いから寝耳に水である。

 まぁ普通はおっさんの言うとおり興味あるもんだろうが。


「いや?あたし別に占い好きってほどでもないよ?この人が面白そうだっただけ」


 そんな理由かよ!


「ハハ、うれしー事言ってくれる嬢ちゃんにサービスだ、特別に念入りに占ってやろう、ほれ」

「やった!じゃあよろしくお願いしまーす」


 そう言って沙希はノリノリでおっさんの対面にあるガタついたパイプ椅子に座った。俺は仕方なく後ろで事の成り行きを見守るとしますか。


「うーし、それじゃ。手出して、手相を見てやろう」

「水晶使わねーのかよッ!!なんで置いてんだよッ!?」


 開口一番このおっさん、先行きが不安になる事を言い放ちやがった。

 こんないかにもなブツ置いといて手相て!そこは手じゃなくて水晶の中に運勢を見ろよ!


「いや、これ置いとくとそれっぽいだろ?つかこれただのガラスだし」


 もはや水晶ですらなかった。よくよく見ると台座だと思ってた物はひっくり返した灰皿だった。


「ほらほら、ボウズは引っ込んでろって。嬢ちゃんが待ってるだろ?」

「ぐッ……」


 なんだろう、この突っ込まずにはいられないのに突っ込んでも終わりがない感じは。どこかの浮遊霊を相手にしてる気分だ……。


「よしじゃあ見るぞ?」

「どうぞ!」


 半笑いしつつ手を差し出す沙希。


「ふむ、ふむ。ほう、へぇ……」


 そして意味深にうなずきながら沙希の手を眺めるおっさん。

 この構図占いって分かってなかったらそうとう奇妙だな。


「嬢ちゃんは、あれだな。運動神経がいいな、昔なんかスポーツしてたか?」

「おぉ、すごい。たしかに運動は自信あるほうです!サッカーとかよくしてました」

「あー、あとそうだな~。一人っ子だな」

「わ、わ!すごい!あたってます!」


 なんか手相で分かる事じゃなくね?


「昨日セールやってたマスバーガーのナゲットを友達と食べに行ってついついポテトも頼んじゃって、あげくその友達が飲んでたフルーリーも追加で食べちゃって、夜体重計乗るの怖くて見て見ぬふりし、あ~どうせなら脂肪が胸に行けばなぁとか思ったり?」

「冗談でもそうゆう事言うのやめてくれません?」


「「………………」」


 沙希の一言に凍りつく男二人……。

 後ろにいる俺まで気まずくなるから、マジでやめてくれ……。


「ゴホッ、ウン!……気を取り直して。嬢ちゃん、というか嬢ちゃんみたいな年頃の女の子が一番気になるものは恋愛だ。占いと言えば恋愛運。嬢ちゃんの恋の行方はー?」

「えっ、あ、その、いやあたしは別にっ――」


「おぉ、意外とイイ線行ってるぞ。久しぶりのチャンス到来って感じだな。ランナー壱二塁でド真ん中って感じだ」

「どんな感じだよ!」

「すまんそこは適当言った」


 いかんまた突っ込んでしまった。どうにも初対面とは思えないような応酬をしてしまう。


「嬢ちゃん、チャンスは大事だ。チャンスが来たら飛び込めよ?」

「もう!あたしは、その、そうゆうのはいいですっ!チェンジ!透哉君チェンジ!ハリーハリー!」


 沙希は慌てて立ち上がって俺の後ろに回り込む。

 なんでこいつこんなに慌ててんだ?


「って、ちょ!俺はいいって!押す、押すな押すな!」


 ぐいぐい俺の背中を体重を掛けて押し込んでくる沙希。

 なんかいい匂いといい触れてる部分の柔らかさといい、昔との違いを否が応にも知らされてしまう。


「わかった!わかったから!押すなって沙希!おい聞いてんのか!?」

「ボウズもやるか?お前のモテそうにない恋愛運を再確認してみるか?」

「おいおっさんぶっ飛ばすぞ!」


 しぶしぶにやけたおっさんの前に座ったが、本当に占いなんて興味ないんだがな……。大体こうゆう物でいい結果が出た例がないし。


「ほれ、手ーだせ手」

「はいはい…」


 何が悲しくてこんなヤニ臭いおっさんに手を握られなきゃいけねぇんだ。

 どうせ大した事なんて言われねぇんだからやっても無駄だと思うんだけどな。


「…………こいつは……」

「……うん?」


 おっさんは俺の手相を見始めると、さっきまでペラペラ喋っていたのに急に黙りだした。咥えてたタバコも落としてしまっている。

 な、なんだ?そんなにやばい感じなのか俺の手相は。


「お、おい?どうしたんだよおっさん、なんとか言えよ!意味深なことして不安になんだろーがよ!」

「透哉君、もしかして生命線がないとか、死ぬんじゃない?」

「縁起でもねーこと言うなよ沙希!勝手に殺すな!」


 隣にいた沙希は他人事だと思って不吉なことを言ってくるが洒落にならねーよ。

 ただでさえよくないものに取り憑かれてるんだからこれ以上厄介事はいらねぇんだよ。


「あー、すまんすまん。なかなか珍しい相してると思ってな。思わずじっくり見ちまったな」

「おっさん驚かすなよ……」


「ボウズはそうだな、簡単に言うと女難の相が出てるな」

「はぁ?じょなんのそう?女難、って女関係でいろいろこじれるってことか?」


「おう、よかったなおまえ。女難の相つったらハーレム物の主人公みたいだぞ。

こじれてなんぼ、修羅場の数だけ幸せがあるな」

「そんなもんうれしかねーよ……」


 まぁ既に一個心当たりがあるからな、最大級の困りごとが。

 うん?そうなるとこのおっさんの手相って当たってるのか?

 すげー嘘くせぇし適当にしか見えねぇんだけどな、いやどうせこれも適当に言ってんだろ。


「ま、これからトラブルが起こるだろうががんばれボウズ。おまえは女難だけじゃなくて色んな厄介を巻き込む。そんな運勢だ。あきらめろ」


 目の前でタバコをふかしながら無責任な事をぬかしおる。

 どうがんばれっつーんだよそんなもん。


「あー、はいはい。せいぜい気をつけときますよ。ま、頭の片隅にでも覚えとくわ」

「ありがとうございましたおじさん」


 これ以上続けてもろくな事言われないだろうと思った俺は席を立った。

 そういや買い物の途中だったし、さっさとこの場を離れよう。


「おーいボウズ、忘れてるぞ。二人分で千円な?」

「……はいよ」


そう言われた俺はしぶしぶ財布から一枚取り出しておっさんに手渡した。

はぁ……こんなことに千円も払っちまった。しかも沙希の分も、まぁいいけどよ……。




………………。

「…………あいつが、ねぇ……」

………………。

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