一章 ~第三幕~


 あの後、散々二人によって交互に弄られ抜かれた俺は、涼ねぇと別れる頃には心身ともにボロボロになっていた。

 別れ際涼ねぇはごめんごめんと謝ってはいたが、あれは絶対悪いと思ってない顔だった。そしてもう片方の張本人はと言うと、


「ねぇ時間もあることだし昨日言ってた外町?ってとこに行ってみようよ」


 俺の隣を浮きながら先程の事を意に介さずにこの言動。

 ……人の気も知らずにまぁ呑気なものである。

 はぁ、まぁこいつのこの性格にも、もう慣れてしまった俺ではあるが。切ない…。


「……今から外町まで行くのか?いや、確かに行けるっちゃ行けるけど暗くなっちまうんじゃねぇか?」


 諦めと呆れから達観の姿勢になった俺は、昨日行った時に掛かった時間を考えてエリに返事を返す。


「いいじゃん大丈夫だよきっと、私も暗いのが怖いって年齢じゃないし」

「いや、年齢っつーかね?そういう問題でもなくてね?」


 幽霊が暗いの怖いとか言い出したら笑うわ。


「まぁ、いいけどよ。特にやることもねぇしな」


 なんだかんだ言ってコイツのやりたい事は極力叶えてやろうと思ってしまう俺だった。



 言われた通りにエリの意向に従って俺はまた外町まで出てきていた。

 昨日と一緒でこの時間でもこちら側はそこそこの人通りである。


「なぁエリ、おまえ来たはいいけどなんか見たいもんでもあんのか?」


 周りにまだ人が結構いるので若干声を落として話しかける。

 さすがに白昼堂々と虚空に喋りかける程の胆力は俺には無いのだ。


「え?別にないけど?」

「おまえ…じゃあ俺は何のためにここまで出てきたんだよ」


 俺の事など気にも留めないすがすがしいエリの回答に、俺は思わず足を止めてため息を吐いた。


 ――ドンッ。


「おっと」


 前を見ていなかった俺が悪いのだが、暗い裏路地の曲がり角から出てきた人にぶつかってしまった。


「す、すいません。大丈夫ですか?」


 俺とぶつかったせいで相手の荷物が地面に散らばってしまう。

 どうやらぶつかった相手は男の学生のようだ。

 咄嗟に落としてしまった相手の荷物を拾おうとするが、


「だ、大丈夫っ、です。大、丈夫ですから……ッ」


 メガネを掛けた男子学生は私物が触られたくないのか自分でさっさと拾ってしまう。よほど慌てているのか手は震えていた。


「……では……」

「あ、すいませ……」


 もう一度謝ろうと思ったが、声を掛けてる途中で鞄を抱えてさっさと行ってしまう。その後姿は逃げる様走ってに急速に小さくなって行った

 いや、確かに俺が悪かったっちゃ悪かったけどさ……なんだか感じわるいな……。


「ちぇ、なんだよ……」

「まぁまぁ、多分急いでたんだよきっと」


 なんだか納得行かない俺をエリがなだめる。


「……ま、そうだな。悪く考えちまうと駄目になっちまうしな……ん?」


 と、気分を入れ替えようとしたところで視界の隅に映るものが。

 それは裏路地のお店のエアコンの室外機だろうか?その下に挟まる様にして落ちていた。

 周りには他に物も落ちていないし、もしかしてさっきの学生が拾い忘れた物か?

 そのままほっとくのも後味が悪いので拾ってみるとそれは学生手帳だった。


「凪波高校……ってこれうちの学校のじゃねぇか」

「じゃあさっきの人、トーヤとおんなじ学校の人って事だね」


 そういやここらじゃ主な高校は凪波だけって涼ねぇが言ってたしな。

 確認の為に中身を開いてみる。


「えっと、2年B組の……小山こやま ただし?か」


 どうやらさっきの男子学生は小山と言うらしい。


「……ふむ。どうすっかな」


 今から追いかけようにも何処に行ったかもう既に分からなくなっているし。

 正直に言うと探すのがダルい。

 まぁ幸いにも俺も明日から同じ学校に通うことだし、同じ2年だし。


「ま、明日でいっか。本人も一日学生手帳が無くっても困らんだろう」


 ということで、今日だけ預かって明日本人に返そう……。


「あっれー?小山クンいないジャーン?」

「ッチ、マジかよあいつ。さてはバックれやがったか」


 問題も一応解決しそうだと思ったところで、ガラの悪そうな声が路地の奥から聞こえてきた。耳につく粘着質な喋り方。

 この手の奴らってどうしてこうみんな同じような喋り方なのか……。

 心底関わりたくないのでさっさとこの場を離れようと思ったのだが、どうやら一足遅かったようだ。


「ねぇ、君。メガネ掛けたヒ弱そーーナ男みてないー?制服着てっーと思うんだーケード」

「小山っつの、ここらへんに居たと思うンだけどな」


 いかにもな男二人組が居合わせた俺に話しかけてきた。

 片方は茶髪にピアス、あとお前いつの時代の人間だよって感じのグラサンを掛けてる。もう片方は金髪ボウズにヤンチャな剃りこみを入れてタバコを咥えながらガムを膨らませている。

 え、お前それどうやってんの?


 とにかく俺にとっては嬉しくもないがお馴染みの輩が絡んできた。


「……いや、悪いが知らな―」

「あー、もうお前でいいや。金貸してくンね?コレでいいから」


 そういって金髪の方が2本指を立ててくる。どうやら2千寄越せということらしい。


「あ、じゃァーさ、俺もコレでー!二人ィ合わせてェーWでー!ダブルピースでヨロシークwww」


 間延びして喋る茶髪の方がくそ狭い路地なのに金髪クンと肩を組み、二人して立てた2本指をくっつけている。


 やばい、こいつサイッコーにアホだ。

 いい具合に頭が痛くなってきやがる。


 あぁークソッ!なんでこっちに帰って来てまでこんな奴らに絡まれなくちゃいけねぇんだよ。

 折角こっちではおとなしくしてようと思ってたのに台無しじゃねぇか!


「おい、元はと言えばエリ!お前が悪いんだぞ!」

「はぁ?私のせい!?私のせいにするの!?今回私なにもしてないじゃん!」

「いやいや!いーや!おまえがいきなり意味も無いのに外町行こうとか言い出したのが原因だろうがよッ!」

「トーヤがトラブル巻き込んでるんでしょ!!そうゆー運命なんでしょ!!」


 毎度毎度絡まれてきてもうすっかり慣れてしまっていたが、こちらでまで絡まれるとは思っていなかった。目の前のことなんかほっぽり出してエリと言い合う俺。

 もはやお構いなしである。


「……ねータカシクン。コイツやべーんじゃぁーね?」

「あぁ、アツシ。完全にイってるわこいつ」


 傍から見たら目の前の人間差し置いて、虚空に向かって押し問答している男が一人。はい完全にキ○ガイですね。


 こんな場面に遭遇したら常識ある人間は速攻で離れるのが普通ではあるが。

 いかんせん今現在この裏路地にいる茶髪と金髪は、常識がない部類の人間だった。

 我慢という概念を母親の胎内に置き忘れた金髪が透哉の肩を掴み殴りかかる!


「ォイ!テメー無視ブッこいてンじゃねー」

「「うるせぇてめぇらうるさいあんたらが悪い!!!!」」


 いきなり飛んできた右拳を顔を逸らし事なきを得、お返しとばかりに金髪の右頬に左ストレートをお見舞いした。その反動で後ろのゴミ置き場に倒れていく。

 クロスカウンター気味に右頬を撃ち抜かれた相手は、何が起こったのか分からないのか目を白黒していた。隣に居た茶髪の方も今起きた事について行けないのか呆然としていた。

 先程とは打って変わってあたり一面が沈黙に支配される。


「あ、やっべ殴っちまった」


 そして俺の一言で完全に火を着けてしまうのであった。


「て、テメェーー!!タカシクンになにしてんクレてんだぁーーあ!??」

「あぁ、あぁあぁ結局こうなんのかよッ!!クソッ、タ、レッ!!!」


 相方がヤラれて血が上ったのか、大振りな構えで殴りかかってきた茶髪を右足のミドルキックでガラ空きの胴を撃ち抜いた。こっちも積まれていたダンボールの山に頭から突っ込む。

 視界を離して先に殴った金髪の方を見た。起き上がっている。

 相手はもう完全にコッチをロックオンしているな。


「チッ!2対1はマズイな。いくらなんでも……」


 いや、この狭い裏路地ならいけるか?幅は大の男が二人並ぶのが精々の広さだ。

 流石にこの広さは十分に喧嘩できるものではない。

 前後を挟まれたら万事休すだか幸い相手はふたりとも前方向のみ。

 しかもこうして睨み合ってる間も茶髪が起き上がってくる気配がない。頭でも打ったか?


 つまり――ッ!


「おめぇを片付けて、逃げりゃ終いだッ!」

「ンだるぁああああ!!!」


 態勢を立て直して再度こっちに向かってきた金髪は、先程のストレートを警戒してか蹴り掛かってきた。だが俺とは違ってあまり足は上がってない。

 ダメージが来てるのか?

 おいおい、そんな高さだと俺が引いたら。


「つがっ!!いでぇッ!?」

「周り見とけってのッ!!」


 相手のローキックは落とし物が挟まってたエアコンの室外機にぶち当たった。

 それを予測していた俺は今度は右のフックを相手の顎先目掛けて打ち込む!!


「ぷろぉっ――」


 綺麗に入った俺の右拳はどうやら金髪のあんまり詰まってない脳みそを揺らしたようだ。気の抜けた声をあげて足から崩れた。


 よし、片付いた――。


「トーヤ!危ないッ!!」

「ラァアーア!!」


 一瞬気を抜いた所で気を失っていたと思っていた茶髪の方が、手に角材を持って今まさに殴りかかって来ていた!


 ッツ!!間に合うかッ!?


 咄嗟に怪我を覚悟しつつ身を引いて避けようとするが、予想よりもずっと早いッ!!


「クソッ!!」


 数瞬後に来るであろう確実な痛みに思わず目を閉じてしまう。

 当たる――ッ!?


 ――ガッ!!


「……は?」


 だが、覚悟していた衝撃の代わりに茶髪の間の抜けた声が聞こえてきた。

 その反応に疑問を覚え目を開けて見てみると、何故か振り下ろした角材は見当違いの所へと逸れていた。

 ??あの角度とタイミングなら外すハズが無いと思うが。

 その時。


 ――ファンファンファンファン。


 誰か通行人が通報したのか遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。


「やべぇ、ポリがきちまったぁー!!た、タカシクン!起きてタカシークン!ズラかろぉ!!」


 茶髪は握っていた角材を放り出すと気絶していた金髪を抱えて裏路地の奥の方へ消えていった。あたりはゴミをぶち撒けたひどい惨状だけが残る。


「っと、やべ。俺もこの場を離れねーと。流石に俺も警察の厄介にはなりたくはねー」


 腑に落ちない事は一旦置いておいて今はこの場を離れることだけ考える!


「トーヤ!こっちこっち!」

「おうっ!」


 俺は二人組が消えていった裏路地を進み、途中の分かれ道を南に進んでいった。


 誰も居なくなった裏路地には先程の角材が転がっている。

 一部分、先端が不自然にヘコんだ角材が―――。

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