第3話 非日常に焦れて-2
「――おきてくださいまし」
「んんっ!?」
「夕食の準備が整いましたわ」
金髪縦ロールが揺れている。館の主自ら、呼びにきたのか。そういえば使用人の姿を見ていない。
「わざわざ、すまない金剛院さん」
「レイナでいいですわ」
隙だらけだ。危機管理能力が低すぎやしないか。
「俺も天……デブリと呼んでくれ」
「それでは、デブリ、一緒に参りましょう。他の方々はすでに席についておりますわ」
断る理由はない。なにせ、腹が減っている。帰るのはそれからでも遅くはない。
レイナの後をついて、薄暗い廊下を進む。
金剛院レイナ。身長165cm程度 体重不明 バスト不明 青色の瞳 年齢は十代後半。異国の血をひいているのはまず間違いない。ハーフか、クオーターか。
「どうしましたの」
「いや、広いなって思ってさ。一人で住んでいるのか?」
「ご冗談は、よしてくださいまし。ここは最近購入した物件ですわ。近所では幽霊屋敷
と噂されているそうですけれど」
ガチお嬢様か。少し非日常の匂いが強くなってきたな。そうなるとがぜん俺が呼ばれた理由が気になるところだ。
「今日集められた人物の選定基準を教えてもらっても」
俺の投稿作品なんて、誰も読みはしない。超がつくほどの不定期更新だし、内容が内容だ。俺の駄作に有限である時間を費やす価値はない。
「ワタクシも、あのサイトに投稿しているのですわ。『負け犬令嬢の学園ラブコメ攻略日記』というタイトルなのですけど、ご存知かしら」
知っている。上位に名を連ねる作品だ。
「ああ」
「今日お呼びした方々はワタクシがお気に入り登録している方々なのですわ。無論、デブリの作品も熟読しておりますわ」
恥ずかしい。匿名性があるから書けるんだよ。リアルを晒されればその時点で、ジ・エンドだ。
「とくに主人公の心理描写が好きですわ」
「俺は嫌いだけどな。あいつの選択もその後の生き方もなにもかも気に入らない」
「それは同族嫌悪ですの?」
思わせぶりな言葉。この子はどこまで知っているのだろう。
「さあ、到着ですわ」
レイナが二枚扉を開け放った。
豪奢な装飾が施された円卓。灯る蝋燭の光を写す銀食器。
レイナに着席を促されて、おずおずと席につく。
「それでは晩餐会を始めますわ。ワタクシは金剛院レイナ、上位ランカーであり皆様の一ファンでもありますわ。今宵は、心ゆくまで楽しんでくださいませ」
この流れは……。
「俺の名前は、トウジョウヤイチ――」
東条八一?
身長180前後(座高から推測) 体重不明 無精髭 アラサー 筋肉質。
『とある道司の憂鬱』著名 暴走武者
やはり上位陣だ。
残りは俺を含めて二人。先に名乗るべきだろう。偽名を使えば……とうに調べはついているだろう。だとすれば、偽ることはマイナスにしか働かない。
俺の対向に座る女性が、口を開いた。
「私の名は、しょかはこだ。そして、こちらは相棒の――」
ひょっこりと顔をだしたのは、既視感を誘うヌイグルミ。
「ルナティーだわさ」
誰も驚かない。喋る犬だぞ。つまるところ今この空間は――。
「腹話術が上手ですわね。自己紹介を続けて下さいませ」
「語るほどの者でもないが――」
初夏箱田?
身長170cm前後、黒髪ロング、細身、二十代
『私が犬を読まない理由』著名 月茶
でました一位。一か月前に彗星のごとく現れた新人でありながら、一位を死守し続けている怪物。
「次はデブリさんの番ですわよ」
「……俺は、天斬統一――」
ポツリポツリと情報を伝える。
『正しい魔神の殺し方』 著名 ギャンブルデブリ 最高位1237位
三者の顔色を窺う。鼓動がはやくなる。
「――俺は読んだことはないんだが、どんな内容なんだ」
「しょうもない駄文です。きっと、誰一人共感できない」
「そんなことはないですわ! だってワタクシはデブリの作品に救われたのですから」
ヌイグルミ――ルナティーが俺をねめつける。位置的に、他の連中は気づいていない。もう一人……一匹俺の粗悪品を熟読しているみたいだ。
その黒い瞳が、『あの件を正当化するな』と訴えてくる。表現の自由はたしか憲法で保障されているはずだ。誰に文句は言われる筋合いもない。そう胸を張りたいところだけれど、俺にはそんな人権与えられていない。最初から与えられていなかったわけじゃない、自分から手放したんだ。
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