第2話 非日常に焦れて-1
心臓がバクバクする。ひどく気分が高揚している。ギャンブルで有り金すべてを失った時と同じか、それ以上だ。
ベッドにダイブして、枕に顔をうずめる。フカフカで柔軟剤のイイ香りがする。久方ぶりの高揚感が減退していく。
天井で回るシーリングファンをぼんやりと眺める。ここはただの現実だ。完全に萎えた。
ズボンのポケットからぐしゃぐしゃに丸まった紙を取り出してみる。非日常への招待状だと思ったんだけどな……。
【ギャンブルデブリ 様】へ。そんな宛名書きがされた手紙が届いたのは三日前のことだ。
交友関係が瀕死状態の俺にとって、ダイレクトメール以外の手紙がくるなんてことは非日常だ。しかも、本名ではなく登録名宛だ。期待値が急上昇。まさに、激熱の展開だ。
内容も内容でかなりぶっとんでいた。どこぞやの令嬢が、小説投稿者を招いて交流会を開く旨が書かれていて……思わず笑ってしまった。新手の詐欺か、悪戯か。しかし、住所が突き止められている。その事実が俺を高揚させた。
そして、本日。悪天候の中、はるばるこの洋館までやってきた。古ぼけた建物には蔦が絡みつき、荒れ放題の庭等、生活感を感じさせない赴きを醸し出していた。周りに民家はない。これから始まるのは、連続殺人事件だろうか。俺は警察官でも探偵でもない。犯人ではないなら、殺される側だろうか。
はて、俺は誰かに恨まれているだろうか……思い当たる節があり過ぎて、個人を特定できない。
「ん?」
鐘の音が鳴った。壁に掛けられた絡繰り時計に視線を移す。ハトでも出てくるのか。吹き矢がとんできたりして、いや、いや、仕掛けで人を殺すって運に頼り過ぎだろう。
『いいな、いいな♪ ヒューマンはいいな♪』
懐メロだ。幼少期を思い出すな。あと時はまだ……。
「その目はなんだわさ」
時計からでてきたのは、ハトじゃなくてヌイグルミだ。ミニチュアシュナウザーか。悪寒が走る。俺は犬が嫌いだ。
「無視すんなだわさ」
良くできた仕掛けだ。それ以上の感情は浮かばない。夕食まで時間がある。一眠りしようか。帰りの電車賃をどうしようか。
「どうしてこんな所にきただわさ」
背中を小突かれる。小さな肉球だ。痛みは全く感じない。
「この傷はなんだわさ」
回り込まれて、腹部を鼻で突かれた。激痛が走る。
「殴られ屋、マジシャンのアシスタント、運び屋――」
俺の輝かしい経歴が暴露されていく。
「監視していたのか」
「あたり前だわさ。まっとうに生きる、それは課せられた使命なはずだわさ」
「……誰が頼んだ」
言葉が自然とこぼれ落ちていた。言ってはいけない言葉。それは散っていった命への冒涜だ。どうやら俺はおちるところまで堕ちたらしい。
「まだ良心は残っているみたいだわさ。さっさと荷物をまとめて帰るだわさ」
手を差し出す。
「その手はなんだわさ」
「ギブ・ミ・マニー」
「…………」
「だから、ギブ――」
腹部に再びの激痛。本気の体当たりだ。自然と涙がこぼれる。
どこからともなく取り出したがま口財布の中には、札束が詰め込まれていた。
「――あちしは、アンタが嫌いだわさ。仲間たちはまさに犬死にだわさ」
捨て台詞を吐き捨て、小型犬は去っていった。心が痛い。身体の傷なんかより何倍も痛む。隣家で飼われていたビーグル犬。たまに散歩しやったり、残り物のパンをあげていただけの関係。それだけなのに……。
目を閉じる。悪い夢なら早く覚めてほしい。でなければ、誰か俺を……。
もうやめてくれ。俺を救わなくていい。一時の生の喜びなんて、連綿と続く苦行に早々に塗りつぶされてしまうのだから。
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