第3話 俺死にます
「くあーーー!!帰ってきたー!今日も疲れたなぁ、おい」
家の錦鯉に話しかけながら餌をあげることが日課だったりする。
午後9時、帰宅。
部活もやっていない俺がこんなに帰宅が遅いのには理由がある。教室を出てから帰宅するフリをしていつもは2階の資料室に向かう。そこで勉強しているのだ。
図書館を使わない理由?だって図書館は人が多いし、気が散る。それになんかそこで勉強してると『俺勉強してるぜ!』みたいに見えそうだからだ。資料室だと滅多に人は来ないし、ちょっと散らかった感じが好きなのでそこを好んで使う様になっていた。
別に勉強が好きな訳ではない。どっちかというとむしろ嫌いだが、本当になんとなーくやっているだけだ。そのなんとなーくが行き過ぎてしまい、今は大学の問題を解ている。まあ、そういう訳で帰宅はいつも遅い。
「さてさて〜そろそろスタミナは溜まったか?おっ!ガチャ引けるじゃん。おい〜また同じやつやなかい!」
帰宅して始めることといえばゲームに決まってる。おかげで部屋はゲームやラノベが散乱していた。
自分はオタクと呼ばれるほどゲームも本も読んではいない。せいぜい暇つぶしのアイテム程度に捉えていた。
そう。人を呼べない理由はこれだ。それに学校ではせっかく優等生っていう事になってるのに、家のこの状態を見られて幻滅されたくない。というのが本音。
そういえば、まだ自己紹介してなかった。俺の名前は宮崎春哉、17歳。ちなみに男だ。 まず家族構成と住んでいるところについて一応説明しておこうか。
母さんは、出産してから間も無くして死んでしまい、婆ちゃんもその1年後にぽっくり無くなってしまった。なのでそれからの家族構成は、爺ちゃん、父さん、俺という何ともむさ苦しいものだった。父さんの職業は考古学者というご大層なもので、世界中を飛び回っているんだとか。だから当然家には帰って来ない。俺が幼いころは家にいてまっとうに子育てしていたらしい。でも俺が3歳になった頃くらいに
「歴史が俺を呼んでいる」
とか、頭の悪そうなことを言い出して家を飛び出ていった。だから父さんの記憶など全くない。
それからは爺ちゃんに育ててもらっていたが、その爺ちゃんも3年前に病気で亡くなった。必然的にそれからは一人暮らしをしてる。別名リアルホームアローン ハードモードだ。不届き者がうちに侵入した事ないけどそう自分で思っている。
住んでいるところはまあ、田舎といえば田舎だがコンビニまで数キロあるようなほどの田舎ではない。最寄り駅の電車は30分に一本だけど...。
そんな半端なところに我が宮崎家はある。それと我が宮崎家は普通の家ではない。
どう言う点で普通ではないかと言うと、まず我が家には門というものがあり、そこから玄関までは30mもある。さらに庭には池があり、桜の木は植わってるわ、蔵はあるわで色々普通ではない。いわゆる屋敷というものだ。
おそらくこんな屋敷を見たら10人が10人いくらしたのか、だとかどんな人が住んでるんだろう、などと『お金持ち』ということがさも慣性の法則よろしく、疑いようのないものだという上で色々考えるだろう。ところが実際はその真逆でお金は意外と無い。
時は戦乱の時代、驚くべきことに時の宮崎家当主である宮崎なにがしは、それは大変優秀な武士だったそうだ。ある戦で大きな功績を挙げ、その時の褒美でこの屋敷を貰った。と言うことを爺ちゃんから聞いた。まあ本当かどうか怪しいもんだ。だから家のローンとかは一応ない。
しかし数多くの保険でお金が飛んでいってしまうんだ、とも爺さんは言っていた。とまあ家に関していうことはこのくらいかな。
そんな俺は現在、3分の2は高校2年生。残った3分の1は純情な感情が占めていそうだが、俺の場合は『ひきこもり』が占めていた。
なぜ3分の1が『ひきこもり』かというと、人と会うのが面倒くさいため、土日は絶対外に出ないからだ。
学校のある平日は電車が混むのを避けるため、朝早く登校している。しかし朝早く登校しすぎても当然学校は開いていない。そこで俺は優等生という天下無敵の地位を利用した。校長先生に頼んで学校の鍵を預かる許可を取り付けているのだ。もう学校の主と言っても過言では無い。いや、過言か。
まとめると外では勉強、内ではゲームに読書というのが生活スタイルだという事かな。
この変わった生活のせいでこの家の近くであまりにも人を見かけないから。それともこの厳つい外観のためかこの家は近所の人から「お化け屋敷」とか「ヤ〇ザの家」なんて呼ばれていたりする。
甚だ遺憾だ。『子供の家』みたいにそんな人たちが入ってくるかもしれないから改名して頂きたい。
今も最近人気のゲーム、MHWをしていたが、途中でお菓子が無くなった事に気がついた。これは一大事だ。菓子を食いながらゲームする事がここ最近の趣味なのに。
ふと壁にかかっている電波時計を見上げると、午後11時26分と表示してあった。
「ったく、しょがねーな。どっこいしょっと」
幸い今は真夜中なので外出しようと決心し、俺は重い腰を上げた。その際自分の口をついて出た「どっこいしょ」という年より臭い言葉に苦笑いする。
「そろそろ歳かな」
いや、ただの運動不足である。学校の体育くらいでしか体を動かす機会がないため、それも仕方ない。
普段はスウェットを着て生活してるけど、せっかく外出するのでちゃんと外行きの服を着た。久々に私服を着るため、服には少しシワが寄っていた。
最寄りのコンビニまでは大体500メートルある。普通なら自転車で行くところだけど、自転車の後輪がパンクしてるし、それに雨が降っていたので今日は歩いていくことにした。
それに夜の散歩って物語とかにもあるし、なんかかっこいい気がした。え?かっこよくない?
門から少し顔を出し、ご近所さんが近くにいないことをしかと確認してから門を出る。
もしここで見つかるようなことがあれば明日
「そういえば奥さん、昨日あの幽霊屋敷から人が出てきたのよ」
「うそー、気味悪いわねー」
などと話のタネになってしまうだろう。
わざわざ人の話のタネになってあげるほど俺の心は広くはない。
傘を差しながらコンビニまでの道のりをトボトボと歩いた。
さっきも言った通り、ここはほどほどの田舎なので、家の周りには大きめの林や、畑が広がっている。外灯は少ないが、ミーンミーンというようなセミっぽい声を出している姿の見えない虫やホタルとかも結構いたりする。
ここで注意して欲しいのはあくまで『セミっぽい虫』であって、セミではない。セミよりはなんかこう、音がもうちょっと低くて聞いていて鬱陶しくない。言い換えると品があるというか、情緒がある音だ。
その綺麗な鳴き声とホタルの光があるので結構暗いけど、割と怖くはなかった。
「ありがとうございましたー」
20分後、店員さんの声をBGMにしながらコンビニを後にした。この時の俺は欲しいものが変えた事で少し浮き足立っていた。
「いかんいかん、帰るまでが遠足と言うしな」
任務が完了して昂った気持ちを一旦静めつつ気を引き締めて、帰路をトボトボと歩き始めた。
コンビニから出ると雨が止んでいる事に気がついた。空気がさっきよりも寒く感じられ、夜空にはどこに隠れていたんだと思うほど多くの星が光っていた。
ちょうど6月末頃だからはくちょう座、こと座、わし座といった、いわゆる夏の大三角というやつも見える。一時期、星について興味を持っていたから有名な星座くらいは見てわかる程度の知識は持っている。
特に好きな星座はさそり座だ。そんなに深い理由はないけど、単に自分の星座という事と、アルタイルが第一等星だという事なだけだ。なんか第一等星ってかっこいい感じがする。
そういえばジュース類も切らしてたから買わないとな。
飲み物の在庫が切れていることを思い出し、偶然近くにあった自販機でマウンテンピューをいくつか買った。
ご存知世界で一番うまい飲み物だ。あの強すぎず、弱すぎない程よい炭酸、ちょっとお調子者だけど品のある味。つまり最高だ。なお異論は一切認めない。
いい機械だから少し触れておくと自動販売機は2種類ある。それは飲み物を買った後のお釣りを自動で返してくれるか返してくれないかだ。何もしなくても返してくれると「一本でも買って頂けるだけで嬉しいです!また今度もよろしくお願いしますね!」みたいな健気さが伝わってくる。
しかし返金レバー?を使わないとお金を返してくれないものもある。それだと「なんだよ!一本しか買えねー貧乏人が!もっと買っていけよな」的な感じでなんか怖い。この自販機は前者だったので妙に嬉しい。もちろん近所なので使うのは初めてではないが、こんな事をいちいち覚えてはいない。
買った飲み物をコンビニでもらったビニール袋に押し込んで歩こうとした。
歩こうとしたのだが、その瞬間ドゴッ!っという鈍い音と鈍痛がしたと思ったら天地逆さまになっていた。
一体何を言っているんだと思うかもしれないが、ありのままを話している。数秒後にはなぜか地面にうつ伏せで倒れていた。目を開くとさっきまで自分の立っていた自販機のところに車が一台見えた。
「大丈夫ですか!?」
赤いスポーツカーから中年の男性が慌てて車から降りて駆け寄ってきた。
あー、轢かれたのか?
人から声を掛けられて、意識もはっきりしてきた。徐々に自分の身に何があったのかを悟る。
「大丈夫ですよ」
骨折やケガは無いかと体に意識を向けてみる。接触部であろう脇腹にはまだ痛みはあったが、それだけで他の場所は大丈夫なようだ。
「そ、それは良かった!お詫びというわけではないですがこちらを受け取ってください。それとこれは私の連絡先ですので何かありましたらこちらに連絡してください」
そういわれておじさんは自分の財布から諭吉を10枚ほど取り出して名刺とともに俺に渡してくれた。車と言い、財布から10万円と言い、なかなかのお金持ちの様だ。
お金貰っちゃったよ、ラッキー!
これでしばらくの食料代は浮くと思い嬉しかった。
「これくらい大丈夫ですよ、いつものことなんで。それよりこちらこそありがとうございました!」
「へっ?」
まさか引いた人からお礼を言われるとは思わなかったのだろう。素っ頓狂な声をあげて、口がへの字になっている。
「それじゃあ、おやすみなさい」
ゲームの続きをしたかったかた早く帰りたかった。それに気が変わって、お金を返せと言われないためでもある。
「な、なんという御仁だ!まるで菩薩様の様だ!重ねて大変申し訳ありませんでした!以後、二度とないように気をつけます!気を付けてお帰りくださいぃぃぃぃ!」
多分、「訴えるぞ!」とか言われると思って神経を張っていたのだろう。おじさんは俺の対応に感服した様子で、直立で感涙を流し、みごとな敬礼をしていた。
俺はそれに片腕を挙げてそれに応え、かっこよく夜道に消えていこうとする。
「あたっ!」
石に躓いて転んで恥ずかしい思いもしたが、そそくさと帰っていく。
車に轢かれてなぜこんなに落ち着いているのかと思う人がいるかも知れないがこれには訳がある。実は昔から車に引かれやすい体質で、もう何回引かれたか分からないくらい引かれている。車に轢かれやすい体質なんて自分で言っててもおかしいと思うのだが本当にそうだから仕方がない。
しかしどういうわけかケガをしたことは一度ない。なので自分では運がいいと思っている。いや、車に引かれる時点で運はないのかもしれない。
運転手の対応も人それぞれで、人をはねたのに逆切れする人、逃げようとする人、申し訳ないから自分も轢いてくれとか血迷ったことを言う人とかがいた。今日の人ように大金に加え、自分の連絡先もくれる良い人なんてなかなかいない。
今までの経験上、お金をあげるといわれて断ると逆に相手を心配させてしまうため、素直に受け取った方がいいという事は学んでいた。
今日はもうこれ以上何事もない事を祈りまた歩き始めた。
途中からの帰路は何事もなく、家にはなんとか生還できた。周囲を確認してから門を開け、ようやく気を緩める。
これからイベントクエストでどのアイテムを入手しようかなどと考え始めたが、そんな俺の思考を突如何かの物音が遮る。
「ガタガタッ、ゴトッ…ドン!」
頭が真っ白になった。なぜならその物音は外ではなく自分の家の蔵の中から聞こえてきたからだ。当然この家に住んでいるのは俺一人のはず...。
いや、「はず」というか俺しかいない。
ならば自ずと導き出される答えは1つしかないだろう。みなさん、せーのっ。
そう、泥棒だ。
「なっなんだ?どっ泥棒か!?」
やばいどうしよう。こんなとき時どうすれば…。
人は自分の想像を超える事象にあい見えたとき、冷静な行動はできないとはいうが、こ、ここここはあえて一旦冷静になろう!
まずは状況を整理!
「い、今ここにはおそらく泥棒がいる。泥棒は金目のものを探しているだろうが、蔵の中には全然何もないはずだ」
そう、全然何もないのだ。
よく「蔵」と聞けば中には昔の巻物や刀剣、絵画の類などお高そーなものが詰まっているというイメージが強いし、かくゆう俺もそうだった。
しかし何年か前に俺も探してみたが我が家の蔵には全然、まったく、全然、微塵もそんなものはなかったのだ。
あったらとっくに売り払って課金しとるわ!
「ドン…パァン!!ボン!」
「ひおおおおい!?」
俺はそんな情けない声をあげて驚いた。
蔵の中から本来出るはずのない音が屋敷の中にこだまする。そんな音が俺の恐怖心と好奇心を煽ってくる。まるでホラー映画を見ているときの感覚を数倍増しにしたような感じだ。
蔵の中には取られて困るような金目のものはない。つまりこちらにあまり害は出ないと考えられる。もしここで警察を呼んだり、好奇心に負けて何が起こっているのかを見に行くとする。そうした場合、かえって予測不能な事態や面倒ごとが起こる可能性はきわめて高い。それに見つかりでもしたら、金品が無くて苛立っているだろう泥棒にボコボコにされ、最悪殺されるだろう。
いや一番最悪なのはドラム缶にコンクリと一緒に詰められ、東京湾だかどこかの海に沈められて、深海魚とお友達になってしまう事だろう。それだけはぜひ避けたい。
ならばここは何事もなかったようにこっそり部屋に戻ってゲームの続きをするに限る。そう方針を決めて俺は玄関をそろそろと開けると家中にまるで土足で歩き回ったかのような足跡がついていた。
しかしこれで金品を探しに泥棒が家の中まで入って来るという線はきれいさっぱり消えただろう。
「それに泥棒も蔵の中に金目のものが無いとわかったらすぐ出ていくだろ。うん」
そんなことを考え一人納得しながら、俺は階段を上がり自分の部屋に戻った。案の定部屋の中にもしっかりと歩き回った形跡が残っていた。
「あーあー、これ誰が掃除すんだよー。バカたれが」
なんてことを愚痴りながらも、とりあえず自分が使うエリアだけ掃除し始めた。靴のサイズは大体25センチってところだろうか。それで歩幅は70-80cmといったところだろう。
ここから泥棒の身長は170cmくらいで足は小さめだということが分かる。さらに足跡の種類から泥棒は1人ということも分かる。
我ながら素晴らしい分析力だと感心しながら黙々と足跡を拭いていく。つーか靴ぐらい脱いでくれよ。
「これでよしっと」
床の掃除が終わり、他に片づけるところはないかと部屋の中を見回してみる。
「他に片付けるところは...特になさそうだな。よっしゃ再開するかー」
俺はゲームを20分やらないと禁断症状が出て来るからもう我慢の限界だった。MHWは3徹でやって飽きて来たので、今度はモミノキ英雄伝をやろうとパソコンの電源をつけた。
「待てよ、片付けるところがない?」
自分がさっき言った言葉を思い出していた。再度見渡すと部屋の様子がおかしいことに気がつく。
やけに部屋がきれいすぎたのだ。もともと自分はあまりきれい好きな方ではないけど、泥棒が入ったにしてはやけにきれいだった。タンスや机の引き出しなども開いた形跡がなくその中身が散らかっているわけでもなかった。
よく思い返してみると確かに家の中に足跡は付こそすれ、散らかっているわけでもなかった。つまり泥棒の狙いは金品ではない可能性が高い。
この新事実を発見した途端、急に生きてる心地がしなくなった。
「じゃあ、狙いはいったい…」
考え始めたところで、またもや物音に思考を遮られた。足音がどんどんこちらに向かってくる。
そう、どういうわけか泥棒は俺を探していたのだ。
腰が抜けそうになるのを何とかこらえて、俺はふすまを開けて足音のするのとは逆の方向に脱兎のごとく逃げ出した。
「やばいやばいやばい!!というかなんで俺!?」
泥棒に狙われるようなことをした覚えはない。頭が真っ白になった。
今春哉が走っていられるのはひとえに本能が「とりあえず走れ!!」と脚に命令を出しているからおかげだった。
後ろを振り返っている余裕はない。持ち主不明の足音が物凄い速さで追ってくる。泥棒が家にいた時点で、身の安全を確保するため外で一夜を過ごす。という作戦も一応あった。
しかし俺は小中学校で野球と水泳やっていたので脚には自信があり、万が一泥棒が追ってくるような事態になってもその時は余裕で逃げられると高をくくっていたのだ。
ところが実際、そんな予想はきれいに砕け散った。
俺をあざ笑うかのように泥棒は予想していた3倍くらいの速さで追ってくる。
裸足であることを忘れて庭や屋敷の中を逃げ回ったが、足音はまるでホーミングされたミサイルのように後を追ってきた。
「化け物かっ!?」
この延々と続くかのように思われた鬼ごっこもついに終わりを迎える。脚がもつれて転んでしまったのだ。
あ、人生が終わった。
「さっきはバカたれとか言ってマジですいませんでしたー!まだ女の子とキスもしてないしこんな若さで死ぬならもっといろんなことしてればよかった!!」
その刹那、目の前のふすまが勢いよく開いた。
「ちょっとアンタ!なんでスルーしていっちゃうのよ!!せっかく人があんなにわかりやすく物音立ててあげてたのに!」
そう言いながら目の前に現れた泥棒は、情報化社会になった21世紀においてお目にかかるはずがない姿をしていた。まさに泥棒の代名詞のような手拭いをかぶり、渦巻き模様の風呂敷を担いだ、なんとも古典的ないで立ちをしていた。
しかしそれより驚いたのはその闖入者が女だったことだ。
「へっ?」
あまりに予想外なセリフに対して俺は何とも間の抜けた返事をしてしまった。俺は勝手に泥棒が男だと思い込んでいたのだ。
「だーかーらーなんで来なかったんだって聞いてるの!同じこと何回…言わせる、と..アハハハハ!なんて顔してんの!!」
「いや、だって泥棒がいるってわかってたら目の前にわざわざ、出て行きませんよね?」
「ちょっとまって。このカッコ、アホくさいからもういいわね。」
その女性は手ぬぐいと風呂敷をとった。
その泥棒は意外なことに容姿はかなり整っていた。身長は俺と同じくらい。年齢は20歳程だろうか。そのほかの特徴としては、あと髪がかなり長く、なんと膝くらいまであった。しかしボサボサではなく手入れが整っていて一本に縛ってあった。あと胸が控えめに言っても大きい。目のやり場にも困るし、俺には少々刺激が強すぎる。
あ、待て。今までおかしすぎて逆に気が付かなかった事がある。
それは服装だ。舞踏会か何かに行くんですか?と思わずツッコミを入れたくなるような純白のドレスを着ていた。コスプレか何かですか?とも質問したかったが一応控えておいた。
「泥棒かどうか分かんないじゃない。もしかしたら、家出したのはいいけど、お腹が減って路頭にくれた女の子が困ったあげくたまたま通りがかってこの家に忍び込むことを決心して蔵をあさってたっていう場合も考えられたでしょ?」
なんだこの無駄に想像力の豊かすぎる人は。
「いや考えないですよそんな超展開」
「そしたら食料と寝床を提供してあげるかわりに、アレコレ出来たかもしれないわよ?」
「いや、それ犯罪だし!」
「あれ、おっかしーなー。君のやってるエロげもこんな感じのイベント満載だったと思うんだけどな〜」
「そんなのやってねーし!ったく、変なこと言わないでくださいよ」
「ふ〜ん、そーなんだー」
「 いやいや、マジやってないって!」
とシャウトしつつも俺はそのアレコレとやらに関して妄想を広げてしまっていた。ゾウを想像するなと言われてゾウを想像してしまうようなものだ。
「あ、いまアレコレってところ想像しちゃったでしょ?」
「し、してないですよ」
図星だったので焦った。さてはこの女エスパーか。
「そんなこと言っちゃって〜お姉さんには全部お見通しだよ。口ではそんなこと言ってても体は正直なんだから♡」
などといって、四つん這いになって呆気に取られている俺に近づいてくる
「タンマタンマ!」
俺は貞操の危機を感じ必死で言葉をひねり出した。俺もこういう展開で卒業できることを想像したこともあるけど、実際そうなってみるとなんか違う気がしたのだ。
「じゃあ、からかうのはこのくらいにしてあげよっか」
アハハと笑いながらお姉さんは元の仁王立ちした格好に戻った。
「じゃあそろそろ本題に入ろう。春哉君なんか質問ある?」
「じゃ、じゃあ」
と切り出して、ずっと疑問に思ってたことを質問した。
「お姉さんの名前と、なんで俺の家に来たのか教えてください。」
普通に落ち着いて質問できた。俺はこの時、今までの会話や行動からこの人が泥棒じゃないと判断して少し安心していたのかもしれない。
「...なんだか全然面白くないふつーの質問ね」
冷めた目つきをして、ジトーっとこっちを見てくる。
「ふつーじゃない質問って逆になんですか⁉」
「そうさねー例えば、スリーサイズはいくつですか?とか運命って信じますか?あと他には何色のパンツ履いてますか?だとかだね。こういうのは最初が肝心なんだよ!変わった事をして相手の気を引く!これは鉄則だよ!!普通にしてるだけじゃ私みたいないい女は捕まんないぞ〜」
この人色々とだるい!さてはこいつアホだな。
しょうがないから少しお姉さんに付き合ってあげるか。
「じゃあ、何色のパンツ履いてますか?」
「えっ春哉君、急にどうしたの?ダメだよセクハラは?」
「アンタが言い出したんだろ!」
急にしおらしくなったお姉さん。でも確かに俺もふざけすぎたかもしれない。
「お願いですからさっきの質問に答えてくださいよ。」
俺は一刻も早くこんな無駄な会話を切り上げてゲームの続きがしたかった。
「そうだね〜こんなんじゃいくら時間があっても足りないからね。もっと春也君がしっかりしてくれないと困るよ〜」
「あんたの特技は責任転嫁と無駄話か!」
例えそうだとしても履歴書の特技の欄には書けませんよ。
「私の名前はセレス。本名はピカソよりずっと長いからカットでよろしく〜」
確かに外国人みたいな顔立ちだし、名前もそれっぽい。
ピカソのフルネームはパブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・フアン・ネポムセーノ・マリーア・デ・ロス・レメディオス・クリスピーン・シプリアーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソだったと思う(中二の時に覚えた)。
これより長い名前なんて寿限無くらいしか知らんぞ。
「んでもってここに来たのは、君だよ」
「お、俺?」
と言ってお姉さんに指差された。全然話が見えてこない。俺は今日初めてこの人に会った。だからこの人に別段何をした訳でもない。
「まあ、こんなこと急に言われてもピンとこないよね。私はね実は女神っていう仕事をしてるんだな〜これが。んで仕事に困ってどうしようかなーとゴロゴロしながら部屋にこもって考えてたら名案を思いついたんだよ。それはねどっかから人を借りて来て仕事場に放り込むって案なんだなー。ね?名案だと思わない!?」
興奮した様子でそんな事を言って来る。What?女神って何?全っ然、1ミリたりとも完全無欠なほどに理解できない。今日も俺の心の空は雲量0の快晴です!
「あー、きっと女神じゃなくて目上というマイナーな職業だな。うん、そうだきっとそうだ」
「いえ違うわ。私は文字通り女神よー」
と言いながらお姉さんは空中に字を書く動作をした。するとどうだろう指が中を動いだ後にそれに沿って赤い字のようなものが空中に浮かび上がる。その後その空中の文字がピクピク動き出して部屋の中を歩き始めた。
「あ、ありえない。ありえなさすぎる」
「自分が知ってる事が全てだと思ったり、絶対正しいと思ったらそれは大間違いね〜。人間が想像できることは全て実現できるってどっかの有名な人も言ってたでしょ?」
「そ、それにまだ質問はありますよ!あと、なんで俺がその仕事場とやらに放り込まれないといけないんですか⁉世界中には70億人も人がいるってのに」
「それはね〜君がいい感じに欠けているからよ」
「俺の何がですか?」
「君の心がだよ」
心が欠ける?そんなネジが吹っ飛んで壊れた人間みたいに言われた事は今までになかった。不遜である。
「まあ自覚してないよね〜。人ってのはね、楽しいとか悲しいだとか何かしらの感情を常に感じているのよ。んで春哉君、君はその中の、どれとは言わないけど、感情が欠けてるのよ。麻痺してるっていうのかな?そう人間はたまにいるんだけど私はそういう人を〈ハートレス〉って呼んでる。つまりまとめると君はハートレスだから君を選んだのさ」
それにハートレス?なんかどっかのゲームで聞いたことあるようなないような。まあそれはおいといて。
「ともかくたまにっていう事は、他にもいるんですよね?そのハートレスっていう人は」
「鋭いな〜。うんそうだよ、他にもいるよ」
セレスはあっさりと認めた。
「だから別に他の人でも良かったんだけどね〜」
「じゃあ、他の人にしてください。俺ゲームしなきゃいけないんで」
「なんだか想像以上にダメ人間ね。だが断る!きゃー言えた!」
「うっざ!」
どこかで聞いたことのあるセリフを言われた。言いたかったセリフをついに言えてセレスは一人で喜んでいた。
「まあ他の詳しい話は、あっちの世界の人に聞いてね〜これ以上話しても理解出来ないだろうし面倒だからね。それにネタバレなんて興ざめもいいとこだわ」
さも俺がその異世界?とやらに行くことが決まっているように話を進めてくる。
「とりあえずここまではAre you understand?」
「いや、そこAreじゃなくてDoじゃないんですか?」
「そんな細かいことはどーでもいいの!」
(自称)女神のくせに学が全くないことが露呈してしまった。
「本当に女神なんですかー?」
と半目で質問してみた。もともと微塵も信じてなかったが、今までの行動、言動などを考慮してみると普通の人じゃないことは想定していた。
「あー信じてないな〜どれ、本気で信じさせてみましょーかね」
「な、何をする気ですか⁉」
そんな事を言いつつ部屋を歩き回る。家を爆破されたりしないか心配になる。セレスは真ん中にある畳をおもむろに取り外すと
「ほら、こんな感じで春哉君のエッチな本の隠し場所とか一発で分かっちゃうしね♡」
「だー!ちょっと待って!!」
いくら一人暮らしとはいえ一応そう言ったものは隠しておきたかった。何だこいつ俺の厳選選した隠し場所をこうもやすやすと見つけやがった。
「ふーん春哉君はこういうのが趣味なんだね〜 ひょっとしてお姉さん狙われてる?」
「ね、狙ってないし!?」
そう、実は目の前にいるお姉さんはかなりタイプだった。
「年齢不詳のババアのくせに」
「あ!?」
「す、すいませんでした」
「あら私ったらはしたない」
そんな事を言いながら口元に手を当てた。さっきまでのお姉さんキャラが一変して悪魔のようなドス黒いオーラを出し始めた。
「それで?私が女神って事は信じてくれたかな?」
「まあ、さっきよりは」
「まだ信じてないの!?じゃあ、ちょっと庭に来なさい。」
さも自分の家のように歩いて行く。忘れてるかもしれないからもう一度言っておこう。ここ俺の家だからね。
俺はサンダルを履いて庭の池まで来た。池には数匹の鯉が優雅に泳いでいる。普段外に出るのはこの愛鯉達にご飯をあげるためと決まっていた。いつも世話をしているためか、鯉の方も俺に懐いてきて、最近はちょっとした芸さえ出来るようになって来ていた。
「で?何するんですか?」
「ほいっ」
お姉さんが池に手をかざすと池を泳いでいた鯉達が全部金ピカになった。
「次郎―!三郎―!」
そう叫びながらその場に座り込んでしまった。俺は目の前に起こったことが異常すぎて絶句した。
マジックとかでただ色を変えただけかもと思い、池に手を突っ込んで鯉を触ってみた。すると予想していたプニプニとした感触とは程遠い感触、まるで金属を触ってるかのような感覚に陥った。さすがにこれがマジックで不可能な事くらいは分かる。だって目の前で金の鯉が泳いじゃってるんだもん!
「どう?これでさすがに信じてくれたかな?」
「あのー...はい」
目の前にいたお姉さんがドヤ顔で見下ろしてきた。さすがにここまでやられたら信じない訳にはいかない。というか元に戻せるんだろうな?戻せるよね?
「うむ、よろしい」
偉そうに胸を出して誇らしげにそう言う。
「じゃあ、そろそろ話を戻すけど行くの?行かないの?どっちなの?」
異世界。そんなワードを聞いて行ってみたくないなんて人間がいたら是非とも会ってみたい。しかし俺自身も話が大きすぎてほとんど理解が追いついていない。
だって初対面の人に会って10分くらいで「異世界に行かない?」なんてそんなコンビニ感覚で言われても信じられるわけがない。しかし相手が女神だとなれば話は別でそんな話もとたんに現実味を帯びてくる。俺はそういうものなんだと無理やり理解しようとする。
「じゃあ、行ってもいいです」
「よし、これで言質は取れたわね〜」
なんだか物騒なことを言ってきた。
「問題はその行き方なのよね〜」
「行き方?」
胸騒ぎがする。お姉さんが唐突に話し始めた。
俺が読んだことのあるラノベだと大体いつの間にか異世界にいたとかそういう感じのが多い。今回もそんな感じじゃないの?
「まず銃を使うんだけど、使う弾がちょっと特殊でね〜。まず普通の銃弾にまず膨大な魔力を詰め込みます。さらにそうして出来た弾の周りでランバダを1年間踊り続けます。それを最後はレンジで500ワットで5分間チンしたら出来上がる弾を使わないといけないのよね〜」
「特殊すぎるでしょ⁉」
それに銃?ちょっと待て、何だか不安になるワードが聞こえたぞ。それにそんなふざけた弾があるわけない。つーかそんなもんどこで製造してるんだよ。しかもさっきチョロっと魔力とか言ってたけど、本当にそんなものがあるのか?
「そんな弾が売ってるわけないでしょ」
「だから私が作ったんだよね。いやー大変だったよ」
「やったのかよ!!」
「でも最後の最後で5分のところを4分でチンしちゃったからな〜」
「そんなミスった不良品を使うんですか?」
5分と4分に何の差があるのか分からないけど、明らかに間違った製法で作られた物を使うと聞いたら良い気持ちはしない。
「あと撃ち抜く場所が決まってるのよね〜確か両目を2点としてそこの垂直二等分線の上方向に5.55cmくらい上のとこを撃ち抜かないといけないんだな〜これが」
俺の話も聞かずどんどん説明していく。何?頭を撃ち抜く?聞き捨てならないな。
しかも今の言葉を信じるには「たしか」とか「多分」など不確定要素が強すぎる。
「それと」
「それと?」
「ちょっとでもミスったら死んじゃうからその辺をご了承ください」
「いや〜お姉さん冗談キツイっすよ。アハハハハ。嘘?マジで?」
「マジで」
俺はそんな乾いた笑いをしながら質問した。
「やだー!やっぱ行きたくない!断固反対する!」
頭を撃ち抜く上に死ぬかもしれない?そんなのありえないでしょ!
「春也君、それでも男なの⁉一度決めたんならもう腹くくって覚悟決めんさいって!大丈夫チョットだけだから。ちょっと死ぬだけだから!」
「そんな話聞いてない!それに死ぬにちょっとも何もないですから!」
危ない誘拐犯のような言葉を発しながら自分の懐に手を持っていく。すると銃身が長く白を基調としていてそこに金の装飾があしらわれた銃を一丁取り出した。なんとさっき言ってた箇所を機械も無しで撃ち抜こうと言うのだ。
「ま、まさか!」
「そうだよ、これで君の頭をポン!と撃ってお命頂戴しようという算段なワケですよ」
そんな大した事じゃないと言わんばかりだ。
「そんな可愛い音出ないでしょ!ズドンとか物騒な音出ますよね⁉それにもし普通に死んじゃったらどうすんですか?」
「だいじょーび、女神様を信じんさい。私は幸運の女神なんて言われてるくらいなんだから。それにそんときゃあそん時考えればいいから。あと仕事の報酬っていう事で少しは役に立つ贈り物はしておいたからね。あ、あとしばらくしたらそっちに顔出しに行くかもだからその時はよろしくね」
「贈り物って何ですか?それにもっと聞きたいことがあるんー」
「Ladies and gentlemen boys and girls welcome to an another dimension. Have a good trip. Good luck!」
セレスはワザと気取った様子で、パレードが始まるかの様に挨拶をして銃口を俺に向けてきた。
「人の話を聞けーーーーーー!」
ズドン!!引き金を引くとほぼ同時、予想していた腹の底に響く音が真夜中の街に鳴り響いた。
「んー!ともかくこれで仕事はひと段落!いやー転送って結構疲れるんだよね〜。さて、帰ってゲームの続きでもしますかな」
伸びをしつつセレスはその場から淡い光を発して消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます