第2話 我が日常
「えーと、ちょっと難しいがこの問題をー。今日は18日だから宮崎、行けるか?」
「はい。T=√(a-b)/(24MR+6mr)だと思います」
「よく出来たなー宮崎。正解だ」
自分の回答が合ってると言われた瞬間、教室がどよめく。
「無愛想なくせに相変わらず今日もすげーな、春哉は。俺なんて全然分かんねーよ」
「ほっとけ。それに昨日この問題、偶然やってたから答え覚えてただけだよ」
「宮崎君、今日も素敵ね!」
こんな感じで高校で俺はいわゆる優等生という事になっている、らしい。
「らしい」というのも自分で自覚していないからだ。いや、マジで。地球は俺のために回ってるとか、天気は俺の気分次第とか自意識過剰なことは思ったことはこの人生で一度もない。多分。
今はちょうど6月半ば。いや、ちょうどでもないか。季節さんも真夏に向けてテンションを上げて行こうとする時期でもある。
まだ8月までは少しあるにもかかわらず、連日37度辺りをドヤ顔でたたき出していた。というように今年の季節はなかなか調子に乗った野郎だった。
誰か代わりに季節の奴に根性焼きでも入れてきてくれ。いや、それだともっと熱くなりそうだな。やっぱドロップキックでよろしく。ウエスタンラリアットでも可。ところでウエスタンラリアットといえば、あの最強プロレスラー、スタンハンセンの必殺技でもある。
こんなに暑い日が続いて得するのは、お爺さん、婆さんくらいなものだろう。ご近所さんとの会話の導入部分は日本全国、いやひょっとしたら全世界で、「今日もあついですねー」これ一択と恐竜の時代から決まっている。もはや伝家の宝刀と言っても過言ではないと思っている次第だ。
さっきのやり取りから今が物理の授業中だと言うことが分かる人もいるだろう。質問の回答者になってしまったが、幸い昨日勉強した所だったので難なく答えられた。
今思うと、物理に限らず他の教科の時も当てられている気がする。履いている靴下の色、朝ごはんに何を食べたか、今日は何日か、週末は何をしたか、時には先生の気分次第だったりで当てられる。なんだかタチの悪いフルーツバスケットみたいだ。他の学校でもこんな感じで回答者が決まったりするんだろうか?
授業中、この暑さの中やることと言えば時計をチラチラ見て、授業が終わるのはまだかまだかとそわそわする事。もはや呪文と化している板書を必死にノートに黒鉛をこすりつけて書き取る事。それと指名される問題の回答者にならないようにいるかいないかも分からないどこぞの神に祈る事くらいなものだろう。
きっと嫌な客に指名されてしまったキャバクラのお姉さんってこんな気持ちなんだろうなと自分勝手に想像を広げてしまう。
あ、それともう一つやる事があった。窓際に座っている、えーっと誰だったかな。名前を忘れてしまったが、結構太った明るい奴がいる。どのクラスにもいるムードメーカーというやつだ。仮に名前を山本としておこう。
風が吹き込み、カーテンが揺れて先生の目から逃れられるほんの数秒。この刹那に山本は自分のバックを開け、中からよくある黒い炭酸飲料を取り出す、そしてそれをリスのようにしこたま頬に流し込む、それをカバンに戻す。という一連の動作を行っている。
その体さばきからは何度もやっていて慣れていることが窺い知れる。もはや名人芸、いや神業の域に達している。もうお前はこれで食っていけ。
多い時には一回の授業中にこの業を14回、ペットボトルの本数にして7本分繰り返したこともある。よくまあそんな本数入れてるなとか、いつどこで買ったんだだとか疑問はつきない。
それにしてもタイミング良く風が吹き込むもんだなと思いつつ、山本の一口のでかさに思わず感心している。最初にこれを目撃してしまった時は笑いを堪えるのが本当に辛かった。
この抱腹絶倒の出来事に気がついているのはノートを取らず、教科書だけ開いて後ろに座って外ばかり見ている俺くらいだ。
今日は晴れで蒼い空をバックに白い雲が悠々と勝手気ままに漂っていた。
そういえば皆さん雲は好きですか?少なくとも俺は好きです。誰に、何事にもとらわれる事なく我が道を進むその様が。
そんな雲を見ていると美少女や奇想天外な面白いものが落ちてこないかななどど、まさに晴天の霹靂を少し想像してしまうのも常だった。
少々脱線してしまったが、暑さの方に話を戻そう。この猛暑はよく世間を賑わせている地球温暖化に影響に違いない。この辛さを誰かに愚痴りたいもんだ。
しかし北極に居を構える白クマさんやペンギンさんたちの方は氷が減って、冗談抜きで死活問題になっているという事を思うと自分も頑張ろうと思える。
幸いな事に今日は体育の先生が水泳をやると言っていたのでそれだけがただただ救いだった。
「おっしゃあ、先週言っておいた通り、今日からしばらく水泳やるぞー」
体育の教師、あだ名は『アシュラ』、がわざわざ教室まで生徒を呼びに来た。
いつ誰が呼び始めた物かは分からなかったが理由なら分かる。その荒々しい風貌だ。髭を蓄え、短髪、2メートル近い長身、それに加えて筋骨隆々のその体躯、極めつけはなんなら人を一人殺ってそうなするどい眼。まるでグリズリーとツキノワグマのハーフみたいだ。
一応彼の名誉のために言っておくと、この学校に赴任してきて10年ほどになるらしいが一度も生徒を怒ったことがないとか。まあもちろんこんな怖い先生の目の前で不祥事を起こすほど肝の据わった奴はいないだろう。いたらぜひお目にかかってみたい。
まとめると外見は怖いが生徒からの人気もある程度高く、優しい先生ということだ。
「ひゃっほーー!」
「待ってました!」
男子が騒ぎ立てる。この歓声は水泳が出来る!という趣旨の声ではない事は皆さんもだいたい予想がつくだろう。
いつもの女子はベルリンの壁より厚い『制服』という完全無敵最強無欠の装備を身にまとっているため、素肌などほとんど露出しない。
スケルトンの素材をつかった制服にならないかなと思っているのは俺だけではないだろう。ところでベルリンの壁って知ってる?
しかし水泳では当然、水着に着替えるため女子は肌を露出するしかない。
男子はそのちょっと恥ずかしがっている姿を拝見したいのだ。
「男子は静かにしろー」
先生から注意が飛ぶ。
「今から着替えて10分後にプールサイドに集合だー」
「はーい」
わざわざ教室に出向いて言う事ないだろうに。
2年生の教室、つまり自分の教室は校舎の3階に位置している。そこから昇降口まで下り、校舎を出ると正面に剣道場、柔道場、続いてプールがある。
みんな一刻も早く涼みたいと忙しなく準備を始め、プールに向かって行く。
場面代わり、今は水着に着替えてプールサイドに来ている。
「おし、皆んないるかー?今日は最初に皆んながどれだけ泳げるのか確認するため、ちょっとしたテストを行う!内容は50メートル、クロールだ!」
空気が2つに割れた。女子は「聞いてないよ〜」、「えー、めんどくさーい」、「疲れるのヤダー」とか揃えて愚痴を言う。
しかし男子はどうだろうか。打って変わって一言も喋らない。嵐の前の静けさというやつだ。
皆、女子に少しでも良いところを見せて『-君って運動できるし、かっこいいよね!』と好感度を上げようと気合を入れているのだ。
「春哉は運動もできるからなー。どうせぶっちぎりなんだろー。去年もそうだったしな!」
俺の数少ない友人の悠大が肘で横から突っついてくる。
うちの高校にはプールはあるが水泳部がない。したがって2歳半から10年間毎日水泳をやっていた、いや正確にはやらされていたか、そんな俺が周りのみんなより泳げてしまうのは致し方ない。
「習ってたんだからしょうがないだろ。それに1年前に泳いだきりだから去年ほど速くないと思うぞ」
2歳半から10年というと12歳、つまり今から5、6年前に中学生活が忙しくなって辞めてしまったため、それ以来学校でしか泳ぐ機会がなかった。
何故5,6年前かと言うと正確に自分の歳を把握していないからだ。忘れたと言った方がいいか。何年に生まれたかは知っているけど何歳かなんて知っててもなんの得にもならない。そのため今が2000何年か、平成の何年かも覚えていないためよく人に聞いたりする。
俺は海という物も嫌いだったので泳ぐのは本当に1年ぶりになる。沖縄やグレートバリアリーフのような透明で透き通った海だったら話は別だ。
しかし大抵の海はそんなに綺麗ではなく、ご存知の通り黒っぽく濁っている。同じところといえば、水がしょっぱいという所だけだろう。というかしょっぱくなかったら、『海』という名前ではなく何か別のものになってしまう。
ともかくそんな濁った海では何か得体の知れない何かがいると無駄に想像して怖くなってしまうため昔から海が嫌いだった。
「春哉君頑張ってね!応援してるから!!」
「う、うん。ありがと」
「それでは始め!」
先生の合図でテストが始まった。
この高校のプールは25メートルプールなので往復して返ってくるという事になる。
先程言った通り水泳部もないし、ここは男子校でもないので、飛び込み台はあるけど使わないのが普通だった。
グループが返ってくると、悔しそうな顔、嬉しそうな顔、達成感にあふれた顔と色々な表情を伺うことができる。
全員一斉にテストする事は出来ないので、何グループかに分かれてテストを行なっている。悠大は俺の前のグループだった。
悠大も確かに泳げるが、人の印象に残るほど図抜けて上手いというわけではない。少しでも女子の印象に残ろうと考えた結果、『間違えてバタフライ泳いじゃった作戦』を思いついた様だ。1人だけ明らかに別の泳ぎ方をして泳いでいる。これがウッカリという線もあるが、あいつの性格を考慮するとその可能性限りなくゼロに近い。
「見て見て!一人だけバタフライ泳いじゃってるー!誰誰!?」
「また白石じゃないの?あいつバカだからクロールとバタフライ分かんないんじゃない?」
俺からしたら全く面白くはなかった。しかし女性陣は愛想笑いか本当に面白いのか判断できかねたが、一応笑ってはいてくれていた。その光景見たい悠大は「やってやったぜ」みたいな顔をしているもんだから余計に腹立たしかった。泳ぎ終わった後ユウタは一人だけもう一度クロールを泳がされるハメになったが、女子の笑いをとれたことでさほど気にしている様子ではなかった。くそっ、うらやましい奴め。
「でもでも次は宮崎くんの番だから、見逃さないようにしないと!」
「宮崎くんって勉強じゃなくて運動もできるの!?」
「テスト勉強もした事無いらしいよね!?」
「そうだよー。知らなかったの?勉強も学年で一番できるけど運動も半端ないんだって!まあ、去年一緒のクラスじゃなかったから知らないかー。すっごいから見ててみ!」
名前を忘れてしまった女子達が後ろで話し込んでいた内容が耳に入ってきた。昼休みもあまり人と話す方ではないため根暗な奴と思われていそうだったが、なかなか女性陣からの評価は高いらしい。話しかけられれば普通に明るく話すが、参考書ばかり読んでいて話しかける様な雰囲気ではないのだろう。まあそんな雰囲気を作っているのは他ならない自分だが。
「おし、じゃあ最後のグループだ!ピッ!!」
俺の思考を破るように合図がでた。若干遅れて光が反射し、透明な言うなれば『生きた』水に身を投じた。
「すごいな、宮崎。32秒か!」
俺が泳ぎ切るのと同時、先生が感嘆の声をあげた。
「すごーい、春哉くん!」
「春哉ってこんなに水泳出来たんだ!!」
「お前、さっきと言ってたのと違うじゃねーか、このやろー!ひょっとしてエラ呼吸でもしてんじゃねーのか!?」
普通に頑張ったら良い結果が出たのと、女子に褒められたので疲れてはいたが結構嬉しかった。
「そんなわけないでしょ。たまたまだよ、たまたま」
こんな感じが俺のいつもの日常。
「あれ?お前なんか様子おかしくねーか?」
「な、何言ってんだ?いつも通りだろ?」
この調子で帰りのホームルームまで続く。
「今日は、春哉の家に行ってもいいか?」
「わり、今日は無理だ。また今度なー」
そう言って俺は足早に教室を出る。
「お前、いつもその調子じゃねーかよ。おい待て!」
「じゃあね、春也君!」
「おう!じゃーなー春哉」
別に友達が嫌いという訳ではない。人を入れられない理由というものがあるのだ。
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