第20話

 

 コッカカン……レンゴウ?


 ロンデル国王陛下はそれだけ告げると、後ろに下がってしまった。


 俺は、あたりを見回し人々の反応を確認する。が、動揺する空気は感じられるものの、その心情を口にするものや、隣にいるものと話をする姿は見受けられない。新年会に呼ばれるだけあって、思わぬことが起ころうともみんな、我慢強いんだな。


「いきなりの発表になってしまったゆえ、戸惑う者も多かろう」


 国王陛下の後を、皇帝陛下が引き継ぐ。


「だが、これは先ほども述べたよう、我が栄えある神皇国にとって、そしてロンデル王国にとって。双方の利益になる提携だ! 強大な軍事力に加え民間の技術力に長けた神皇国と、この大陸において食料の一大生産地である王国が手を携えることにより、多大な益を生み出すことは間違いない」


 皇帝陛下は力説を続ける。


「おれはここにいる者は、皆栄えある神皇国に仕える忠臣であると信じている! 今は戸惑いの声があれども、おれ達の意思は必ずや理解してもらえるだろう。神皇国に、栄光あれ!」


 そして皇帝陛下は、その右手の杖を高々と天に掲げる。すると、杖の先端についた宝石が、虹色に輝きだした。



『……うおおおおおお!!!』



 そしてその瞬間、中庭にある人々が一斉に歓声を上げ始める。隣にいるフォーナ様も、立ち上がり『栄えある神皇国万歳! 今上陛下万歳!』と叫んでいる。


「し、神皇国ばんざーい!」


 俺も、両手を挙げ周りに合わせて叫び始める。


 人々の声はどんどんと大きくなり、皇帝陛下達が退出された後もしばらく止むことはなかった----





 ★




 新年会の皇帝陛下の挨拶は、驚きの発表とそれに対する大きな歓声と共に締めくくられた。


 その後俺たちは、今夜執り行われる晩餐会パーティに出席する為の準備をしに、一度宮殿の客室へと戻っていた。


 本来俺は今はもうここにはいない。普通は、国立学園生は入学準備ができた段階で学園の寮で生活を始めるからだ。予め学舎と寮を行き来する生活に慣れておく必要がある。

 だが俺は、ランガジーノ様の計らいで、入学試験に合格するための鍛錬をしていたために寮で生活していた時期があるので、そこには既に生活するのに必要なものが揃えられている。今からあれこれと準備をする必要はないのだ。


 その故、入学式までの七日間は、新年に関する様々な行事が執り行われるこの神皇国において、六年間外に出られないことを不憫に思ったランガジーノ様やフォーナ様の計らいでそれらの行事に参加させられる・・・・・・・ことになった。

 余計なお世話だというのは簡単であるが、ここまで計らってくださる以上無下にはできないだろう。


 そして俺は今再び、この宮殿内の客室を使わせてもらっているのだ。

 相変わらず、隅から隅まで豪華という言葉しかでない部屋にいると、なんだか申し訳なくなってくる。


「みんな、お疲れ様。今日の行事は、後はこの後催される予定のパーティだね。色々と忙しい年明けになるが、頑張ってくれたまえ」


 ランガジーノ様は部屋に入るなり、皆のことをその白い歯を見せながらねぎらう。


「ありがたきお言葉。栄えある神皇国の貴族として恥じないよう、精一杯努めさせていただきます」


 フォーナ様はそれに対して臣下の礼で答える。俺とエレナさんも同様に跪坐く。


「ははは、よしてくれ。と言っても、この7日間は特に貴族達の目が光っている。行事を執り行う中で、少しの粗相でもあれば、オーガの首を取ったように騒ぎ、自分がのし上がるための手札として使ってくるだろう。他の貴族の失脚は、自分の昇進に繋がることも多いからね」


 俺たちが参加する今日のパーティは、下位の貴族やその重臣が参加するものだ。神皇国の騎士爵、男爵、子爵が一堂に会し新年を祝うのだそうだ。

 俺は勇者候補とはいえ、世間に予言のことが明らかにされる来年までは貴族でもなんでもない、地位のないただの国立学園生であるため、フォーナ様の付き人として参加することになっている。

 エレナさんは侍女の集まりの方に参加するのだそうだ。だがそこでは新年だとか関係なく色々な争い・・があるらしい。


「クロンくんは特に、気をつけて欲しい。まだわからないことはたくさんあるだろうが、その”わからないことが多い”ことに漬け込んで色々と企む貴族もいるだろう、心して参加してくれたまえ」


「は、はいっ!」


 そう、俺は意図せず神子みこ殿下の知り合いという立ち位置を手にしたが、所詮はまだまだ子供であり田舎者なのだ。そこを狙ってふっかけてくる貴族様達がいてもおかしくない。本当に気をつけなければ。


「エレナも、久しぶりに会う知り合いも多いだろう。クロンくんと同じく、これから六年間会えなくなるんだ。挨拶は忘れずにね」


「は、はい……そうですね!」


 エレナさんは笑顔を少し引きつらせながら返事をする。もしかして、会いたくない人がいるのだろうか?


「ランガジーノ様、そろそろお時間です……」


 セバスティアノン様が、控えていた部屋の入り口から歩いてき、ランガジーノ様に声をかける。相変わらずの気配のなさだ。


「そうか。すまないね、皆。年が明けたばかりだというのに、僕は僕で色々と出席しなければならない行事があってね」


 ランガジーノ様は申し訳なさそうに言う。

 そうだよな、第三神子殿下なんだから、本来はこんなところで話をしていること自体おかしいんだもんなあ。俺たちのことを気にかけてくださることは嬉しいけど、体調を崩されたりしないだろうか?


「いえ、いつもありがとうございます。ランガジーノ様が色々と手助けしてくださるおかげで、俺はこうして無事学園に入学することもできたのですから!」


 俺は感謝の意を込めて、ソファから立ち上がり深く今を下げる。


「そう言ってもらえると気が楽になるよ。クロンくんのことはいつも心配なんだ。元気に日々を過ごしてくれることが、僕の安心にも繋がるからね。晩餐会、楽しんでおいで! フォーナ、よろしく頼んだよ」


「はい、お任せくださいませ」


 フォーナ様は優雅に貴の礼をとる。


「じゃ」


 ランガジーノ様は片手を上げ軽く挨拶をした後、客室を出て行った。


「さて、私たちも早めに準備をしましょう。まずは、礼儀作法の復習からです」


「……え?」


 フォーナ様がそう言うと、客室とつながっている隣の部屋の扉が開き、一人の男性が入ってきた。


「お久しぶりでございます、クロン殿」


 ----地獄の再来だ……


 扉から出てきたのは、あの皇帝陛下への謁見の際に、礼儀作法を指導して下さったフランポワン・ド・ガブリュエル様だった。


「さて、私が呼ばれた理由については、クロン殿もご承知のはず。今夜催される晩餐会は立食であると聞き及んでおります。男爵である私めも参加致しますゆえ、どうぞよろしくお願い致します」


 フランポワン様は胸を張りそのくるりと上向きに曲がった口髭を指で擦るように一度撫でる。


「では早速、立食時の、食事の仕方から学びましょう! クロン殿はただの付き人ではなく、フォーナ子爵様の重臣として参加なされます。今回の晩餐会は、一年の始まりを祝う催し物であるというその性質から、食事も主人と同様のものを取ることを許されている珍しい場なのです」


 へえ、そんな珍しい会なのか。主人と食事を取るのは、やはり仕える者としては普通はあり得ないことなんだろう。貴族の習慣についてはそれほど詳しくはないが、何と無く想像はできる。


「それゆえ、仕える者の失態は主人の失態と捉えられます。他の貴族様に笑われてしまわないよう、今のうちにしっかりと勉強しておきましょう」


 フランポワン様が指をパチンと鳴らす。すると先ほどフランポワン様が入ってきた扉続きの部屋から、何人かの下級侍女メイドと一緒に、台に乗った食事や皿などの食器、そして大きめの丸い机が一つ運ばれて来た。


「今は丁度お昼時、折角ですので、フォーナ子爵様、そしてエレナ様もご一緒しましょう。勿論、立食形式ですぞ」


「ええ、わかりました」


 フォーナ様はそう言って、台から移された料理が並ぶ丸い机の前に立つ。


「えっ、私なんかが、宜しいのですか!?」


 エレナさんが驚きの声をあげる。


「ええ、エレナ様はクロン様と一緒に学園で生活されるということで。学園には貴族の子息様方も入学される他、エレナ様と同じくその子息様に仕える使用人達もたくさん来るはずです。学園では立場は同じとはいえ、外に出れば関係はありません。また六年間を過ごすうちに、何があってもいいよう、今のうちに慣れて置かれるべきでしょう」


 国立学園の中では、平民も貴族も関係なく、異能持ちスキルホルダーとして平等に接せられる掟がある。それは学生の手助けをする使用人達も同じだそうだ。

 だからと言ってその掟が完全に守られるとは俺も考えてはいない。やはり立場を持ち出してくる貴族の子息様達もいるはずだ。自らの日々の行動は注意するに越したことはない。


「わ、わかりました!」


 エレナさんもフォーナ様と同様に机の前に立つ。


「さて、では始めましょう! まずは、料理の取り方からです」





「クロン殿、音がなっていますぞ! お皿を擦らないように。それと、ナイフは指先には余計な力を入れずに引くのですぞ」


「は、はいっ!」


「エレナさん、口についたソースを取るときは、拭った跡が見えないようにナプキンを折りたたんでください。それに綺麗にたたまれていますが、使用済みということを知らせるために敢えて雑に置くのもマナーの一つですよ」


「そうなんですか。すみません、ありがとうございます」


 フランポワン様が持って来た料理は、今は丁度昼食時間ではあるが晩餐会前ということもあって少し量が少ない。が、そのぶん種類が豊富だ。

 ナイフやフォークなど晩餐会で使われる食器--カトラリーというらしい--を、ツテを使って特別に用意してもらったらしい。貴族に礼儀作法を教えることを仕事にしているだけあって、そこらへんは融通が利くのだそうだ。


 ----そうして暫く食事の作法の練習をした後。


「だいぶ様になって来ましたね。後は、頭の中で復習しておいてください」


「はい、ありがとうございました!」


 俺はフランポワン様に向けて頭を下げる。


 練習し続けていると、食器の扱い方にもだいぶ慣れた。貴族様って、いつもこんなことに気をつけているのか、と大変勉強になった。俺も貴族になる予定があるらしいけど、毎回気をつけなければならないのかなあ……折角の美味しい料理も、純粋に楽しめなくなりそうだ。


「フォーナ子爵様達も、大丈夫ですね」


「はい、エレナさんは飲み込みが早いですね。申し上げたことをすぐに理解してくださいます」


「そ、そんな……」


 エレナさんはフォーナ様の褒める言葉に恐れ多いといった感じだけどながらも恥ずかしそうにする。二人は何だかんだ仲がいいからな。これからの寮生活も、上手くいきそうだ。


「さて、悠長にしている時間はありません。次はお着替えです!」


 フランポワン様は壁に控えていた侍女達に食事の後片付けを命じながら、そう口にする。


「え、もう着替えるのですか?」


 晩餐会が始まるまで、まだ五時間くらいはあるはずだが。


「まず、貴族の女性は礼装への着替え、お化粧等に早くても一時間はかかります。そして着替えるために、フォーナ子爵様は一度ご自宅に戻られなければなりません。勿論、クロン殿も一緒にです。ご自宅から晩餐会の行われる”夏の”まで行く時間、そして待機時間を考えますと、今から準備をし始めくらいが丁度いいのです」


 そうか、準備をするにも時間がかかるんだ。それに始まる直前に行くわけにもいかないのだろう。


「なるほど、わかりました。でも、俺までフォーナ様の家に……?」


「当たり前です。クロン殿は家臣なのですよ。主人を置いてどこに行かれるというのですか? 主人と同様、その行動を行く時から帰る時まで、常に見られていることを意識してください!」


「は、はいっ、すみませんっ」


「ではクロン、行きましょうか」


  え? フォーナ様が、俺のことを呼び捨てにする。


「ここからは、私もあなたのことを私の部下家臣として扱います。まだ九歳とはいえども、恥ずかしくない行動を心がけてください、では、行きますよ。フランポワン男爵、どうもありがとうございました。エレナさんも、また」


 フォーナ様は二人に一礼をする。俺も合わせて頭を下げた。


「はい、お気をつけておかえりくださいませ」

「はいっ、フォーナ様も、クロン様も、新年会どうぞ楽しんでくださいね」


 二人の声を聞きながら、俺たちは二人、フォーナ様の家へと向かうのであった。



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