第4部
第19話
「久し振りだな----」
天上宮殿謁見の間、そこには二人の王がいた。
片方は、グリムグラス神皇国の皇帝、バルフェルンハルト・ゴッディス=グリムグラス。
そしてもう一人は。
「----タイタヌスよ」
神皇国の南側に国境を接する小国、ルコラーデ=ナ=ロンデル王国が国王、グォルドティタヌゥズ・ロード=ロンデルだ。
グォルドティタヌゥズは今、
「おう。監禁されていたんだから、久し振りなのは当たり前だがな!」
そう言い、グォルドティタヌゥズはガハハと笑った。
「お前も、相変わらずだな。とても監禁されていたとは思えん元気さだ」
バルフェルンハルトは、玉座のその大きな肘掛に肘をつき、グォルドティタヌゥズのことを見下ろしニヤリと笑う。
「監禁といっても、牢屋に閉じ込められていただけだからな。それにその期間は三年間だけ、捕まるまでは派手に暴れさせてもらっていたから、逆に疲れた体を癒す時間が貰えて嬉しいくらいだ!」
一方のグォルドティタヌゥズは、青い絨毯と白い絨毯の境目、斬線(越えると首を斬られることからそう呼ばれている)の手前に立ち、両腕を組んでバルフェルンハルトのことを見上げている。
グォルドティタヌゥズは、何もクーデターが始まってからずっと監禁されていた訳ではない。初めのうちは反乱軍に対して国軍を使い鎮圧を優勢に進めていた。だが、とあるスキルホルダーが反乱軍に味方をし、その時から戦況が一気にひっくり返ったのだ。
もし神皇国軍が秘密裏に王国の手助けをしていなければ、今頃グォルドティタヌゥズは強制的に譲位させられ、その命を落としていただろう。
「あの強力な能力のスキルホルダーであるお前が捕まるとは、全く想像していなかった。助けをよこすのが遅くなってしまったこと、謝ろう」
バルフェルンハルトは、頭を下げはしないものの、申し訳なさそうな顔をした。
「謝る? 何を。助けてもらっておいて、文句を言おうことなどあるか。こちらこそ、いくら感謝しても仕切れないくらいだ。下手をすれば、国そのものがなくなっていたかもしれないからな!」
「そうか、まあそう謙ることもない。俺とお前の仲ではないか」
バルフェルンハルトはニヤリと笑う。
対してグォルドティタヌゥズは、いつも浮かべているその笑顔をやめ、口元を真一文字に結ぶ。
「……で、なにが目的だ?」
「目的?」
「お前が、この神皇国が、何の見返りもなしに他国を助けるなど絶対にあり得ないことだ。ルンハルト、何を企んでいる?」
グォルドティタヌゥズは組んでいた両腕を降ろし、一歩前へ進み出て、バルフェルンハルトのことをその厳つい真顔で睨みつける。
「ふむ、絶対あり得ない、か。これは中々手厳しい評価だな。純粋に友を助けただけとは思わんのか?」
「なにを。国の頂点に立つものは、いつもその発言の真意を問われる、それはお前が一番わかっていることであろう?」
「それもそうか……」
そしてバルフェルンハルトは、肘掛から腕を離し前のめりになり、手に持つ杖を一回、強く床に叩きつけた。音が謁見の間に反響する。次いでグォルドティタヌゥズのことを笑顔でありつつもその強い眼光を輝かせ睨む。
「我が友よ」
「何だ」
「我と、手を取り合わないか?」
★
春の一月、その1日目。今日からは、新年を祝う行事があちこちで行われる。そして国立学園の入学式は、
俺たちは今、天上宮殿グリムグラセスの中庭に設けられた新年会の会場に来ていた。
新年会は、年の初めに開かれ、選ばれし臣民だけが参加でき、(遠くからとはいえ)皇帝陛下を拝見できる特別な日だ。城の一棟から突き出たバルコニーから中庭に向かって、皇帝陛下が現人神としての御言葉を発信するのだ。
見られるといっても当然、俺たちはその間全身を使い
そして俺は、ランガジーノ様の
エレナさんは残念ながら許可が取れなかったため一緒じゃないが、フォーナ様は一緒だ。そしてアーナジュタジーエ様は中庭に向かう途中で用事があるということで別れた。
あの王女様は、この春の一月からはロンデル王国の第一王女としてではなく、国立学園の生徒として過ごすらしい。なので、国立学園の精神に則り、立場上は俺と同格だ。
謁見と言えば。
実は、皇帝陛下に謁見するというのは、貴族であろうとごく特別な理由がない限り、あり得ないことらしい。じゃあなぜ、初めてこの皇都に連れて来られたときにそれが出来たのかというと、後から聞くに何と皇帝陛下が俺に会いたいと仰ったからだったらしい。
ランガジーノ様は『神皇国にも色々と複雑な事情がある』と仰っていたけども、俺が謁見したこと、そしてその場で皇帝陛下の”赦し”を得たことで、俺を取り巻く環境が激しく変わっていくとも仰っていた。
皇帝陛下は、俺が謁見することでそうなることもわかっておられるはずだ。
あの謁見には一体何の意味があったのか、皇帝陛下の真意は何なのか。そして俺は、これからの皇都生活で、勇者候補として学園で過ごしていく中で、ややこしいことに巻き込まれてしまったりはしないだろうか?
既に巻き込まれていると言えば、そうなんだろうけどさ。
まあともかく、今あれこれと考えても仕方がない。まだ入学式すら行われていないのだ。とにかくはこっちの”謁見”を無事やり過ごさなければ。
「そろそろ、始まると思われます。心の準備はよろしいでしょうか?」
フォーナ様がいう。バルコニーを見ると既に何人か立っている。
「----皆の者、ひれ伏せ!!」
と、上の方から大きなが聴こえた。またあの拡声器で大きくしているのだろう。
俺たちは、予定通り、芝生の上に両手両膝をつき、頭をギリギリまで下げる。
そして。
「今上陛下の、おなーりぃー!」
新年会の始まりだ。
皆が土下座をしたのを確認出来たのか、楽器が鳴らされる。俺が初めてこの皇都に来たとき、ランガジーノ様を迎える時に聴いた軽快な音楽とは違う、重々しい音楽だ。
下を向いているため、今中庭がどういう状況なのか正確にはわからないが、前もって書いている段取りでは、今の合図で皇帝陛下がお一人でバルコニーへいらっしゃる事になっている。
そして楽器がなり終わり、静寂が訪れた。
皇帝陛下は、もう俺たちを見下ろしているのだろうか? 誰もが物音一つ立てずに平伏しているため、まるで時が止まったかのように感じられる。
何分か経ってもまだ挨拶が始まらないことに俺は不安になり、隣にいるフォーナ様の顔を横目でちらりと見た。すると、口元を動かし『もう少しです』と言ったように見えた。
俺は軽く頷き、視線を戻す。そしてその後すぐに
「皆の者!」
この声色は、あの謁見の時に聴いた。間違いない、皇帝陛下だ。低くて芯のある、不思議と一度聴いたら忘れられない声。
「よくぞ集まってくれた。新年を迎えられたことを共に祝おうではないかっ!」
『あけましておめでとうございます、偉大なる我が主、栄えあるグリムグラス神皇国を未来へ導く尊きお方、今上陛下!!』
陛下のお言葉の後に、皆で一斉にそう叫ぶ。
「うむ。おめでとう。我は誓おう! 今年もより一層神皇国ために力を尽くそうではないか!」
『ありがたき幸せ!!』
――――以上で終わりだ。短いようだが、皇帝陛下の声を直接聴けるというだけでも、本来は人生において最高の出来事とされているそうだ。
そして後はもう一度音楽が鳴り、皇帝陛下が退場される。
はずだったが……
「うむ。苦しゅうない、面をあげよ!」
皇帝陛下が再度口を開いた。こんな言葉、予定にないぞ!?
すると、中庭にいる人々は少し困惑しつつも土下座をやめて立ち上がった。フォーナ様も、合わせて立ち上がる。
俺も慌てて土下座をやめる。
「……うむ、やはり皆の顔を見ないと
皇帝陛下は、中庭をぐるりと見渡す。
皇帝陛下は、謁見の時とはまた違う、白い布と青い布を交互になるように巻きつけたような服を着ていた。そしてその右手には、あの宝石がてっぺんについた大きな杖を持っている。
皇帝陛下の後ろには、大老様や老中様達、また高位の貴族様と思われる人達がバルコニーの扉の前から皇帝陛下の横に被らない程度まで、
また、皇帝陛下の後ろ、/と\の間に立つように、何人かの男女が何行かに別れ横に並んでいた。その並びの一番前の行の三番目には、ランガジーノ様と思わしき姿も確認できる。
あれはもしかして、皇族の方々だろうか?
「さて、新しい年が始まったところで、我から一つ大切なお知らせがある」
そう言うと、皇帝陛下は杖をカツンと一回、バルコニーの床に叩きつけた。
大切なお知らせ? いったい、何なのだろうか。
周りにいる人達も、少しざわつく。が、皇帝陛下がもう一度杖を鳴らすと、みな口に蓋をしたように一斉に黙り静かになった。
「安心してほしい! 何も、悪い話を始めようと言うわけではない。むしろ、この栄えある神皇国にとってとても喜ばしい話だ!」
皇帝陛下がそう仰ると同時に、バルコニーの奥から礼服を着た男とドレスを着た女が現れた。横に立つ貴族様たちは、合わせて臣下の礼をとる。
そしてバルコニーの一番前、皇帝陛下のすぐ後ろまで出て来た。
二人の一人は大男、そしてもう一人は……あれは、アーナジュタズィーエ様だ!
「紹介しよう! 先日、辛くも自国の反乱を治めることに成功された、我が親友。ルコラーデ=ナ=ロンデル王国が国王、グォルドティタヌゥズ・ロード=ロンデル陛下だ!」
そう紹介された大男は、皇帝陛下が仰るのと同時に、一歩前へ歩み出て、皇帝陛下の横に並ぶ。遠目からでもわかるくらい鍛えられた大きな体は、筋肉が歩いているのかと見間違うくらいだ。
大男は、軍人が着るような礼服を身につけ、肩からマントを下げている。そして頭に冠のようなものを被っている。
「神皇国の民よ! ご紹介に預かった、ロンデル王国の国王である、グォルドティタヌゥズ・ロード=ロンデルである! みなも知っての通り、我が国は情けなくも我が息子による反乱によって、十余年の歳月を内戦に費やしてしまった!」
へえ、あの人がロンデル王国の国王陛下なのか! それと同時にアーナジュタズィーエ様のお父さんというわけか。
グォルド……ロンデル国王陛下は、拳を悔しそうに握りしめ顔をしかめ下を向く。が、すぐに視線を前に戻し左手を陛下に向ける。
「しかし、この皇帝陛下のご協力も賜り、反乱は無事に鎮圧でき、今は第一王子を旗頭に立て復興に勤めてもらっている」
ここら辺はアーナジュタズィーエ様から聞いた通りだな。
「そこでだ! 我が国の復興と未来の発展のため、そしてこの神皇国との友誼を深めるため――――」
国王陛下は両手を天に向けて広げ、息を深く吸い込む。
「――――我がロンデル王国とグリムグラス神皇国は、この度、国家間連合を組むことに決定した!!」
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