第5話
「ヴォン!?」
俺が放った光は、ヴォルフェヌスを貫くことができた。だが、狙いがそれて前足に当たってしまった。更に、ヴォルフェヌスは警戒したのか、後退して結果として距離を取られた形となった。
「くっ……」
「すみません、ランガジーノ様」
「嫌、仕方ない。だが、先程よりも拘束がきつくなってしまったようだ」
確かに、先程よりも体が硬くなった感じがする。警戒されてしまったのか。
「……どうしましょう」
ヴォルフェヌスは再び俺たちに近づいてくる。心なしか、俺たちがまた隙をついて攻撃してくるのでは、と慎重になっているように見える。
「この鞘には初級の魔法を使える術式が込められている。だが、一度使うとしばらく使えなくなるんだ。あくまで緊急時の防護用のものだからね」
だから、さっき火の玉が出てきたのか。でもこれで不意打ちはできなくなったということか。
「グルルル……」
ヴォルフェヌスは涎を垂らしている。ま、まさか、俺たちを食べるつもりなのか!?
「こうなったら、せめて僕から襲われるように注意を引きつけよう。その隙に、君はアナちゃんを連れて逃げるんだ」
「えっ、でもランガジーノ様は」
「これも騎士の役目、民を守る為だよ」
そんな、おれなんかのために。
いよいよ、ヴォルフェヌスはひとっ飛びにとびかかれる距離まで近づいた。
「万事休すか……!」
そして----
コツン。
ヴォルフェヌスの頭に、石が当たった。その奥では、なんとアナが立ち上がって違う石を握っていた!
「なっ、アナ!」
アナは、遠目に見ても足が震えているのがわかるくらい怖がっている。だがそれでも、俺たちを助けるために石を投げたということか……!
ヴォルフェヌスは後ろを向き、石を握るアナに気づくと、そちらへと駆けて行った。マズイ!
「しまった!」
ランガジーノ様が、その整った顔を歪め焦りをにじませる。とすぐに目にも留まらぬ速さでアナとヴォルフェヌスの方へ駆け出して行った。
なに? 確かに、身体の拘束が溶けている。思わぬ乱入者に、ヴォルフェヌスも焦ったのだろうか?
そして数秒も経たぬうちにランガジーノ様がアナの目の前に立つ。だがその一瞬のち、ヴォルフェヌスがランガジーノ様に襲いかかった!
ランガジーノ様は剣でヴォルフェヌスの鋭い牙を受ける。だが瘴気に当てられて力が上がっているヴォルフェヌスは、 ランガジーノ様を押し込めていく。
「こうしちゃいられない!」
俺は再び左手の人差し指に集中する。そして、ヴォルフェヌスの尻に向かって光を放った。
----ジュッ!
「やったか!」
今度は狙い外れず、ヴォルフェヌスの身体を後ろから貫いた。光は尻の方から首の後ろを通り、斜め上に少し抜けてそのまま消滅した。
そしてヴォルフェヌスは唸った後、ドサリとその場に倒れこんだ。と同じく、押される力がなくなったランガジーノ様真後ろに尻餅をつく。
「よし!」
それを見た俺は、アナ達のもとへ走る。
★
「アナ!」
クロンの声がする。未だにふらふらする身体を何とか抑え、私は声のした方を見る。すると、クロンがこちらに走ってきているのが見えた。
「クロンくん! よくやった!」
私の目の前に立つ騎士様、ランガジーノ様(昨日私の家に泊まった時に聞いた)が返事をする。
「ランガジーノ様、大丈夫ですか?」
「ああ、何とかね」
そうだ、私は気がつくと、この草原に倒れていた。そしてこの狼に襲われている二人を見て、近づいて咄嗟に石を投げたんだ。フラフラして走るのも大変だったけど、何とか狼の気をそらすことができた。
でも、狼は当然のように私の方に向かって来てしまった。それを見たランガジーノ様が、すごい速さでこっちに近づいて来て、その牙で私に噛みつこうとして来た狼の前に立ち、剣を抜いて抑え込んでくれたのだ。
でも、狼の力が強いのか、ランガジーノ様はどんどんと後ろに下がってきて。そこにクロンのあの光が届いて、狼を一発で撃ち殺したのだ。
「クロン」
私は三年前、あの時からの私の王子様、クロンに近づく。と、よろけてしまった私はクロンに抱きついてしまった。
クロンがピクリと跳ねるのがわかる。でも体が怠かった私は、抱きついたままお礼を言った。
「クロン……あ、ありが……と……ぐすっ」
と同時に、急に怖くなってきた私は、クランの暖かい体に触れられた安心感もあってか、涙が止まらなくなった。
「ちょ、アナ!?」
クロンが私の体を押して離そうとするが、私は抱きついた両腕に力を込めた。クロンの体がまた跳ねた。
「ははは、ここは感動するところ、なのかな?」
ランガジーノ様が何か言っているが、空気読んでほしい……
「いや、そんな……アナ、もう大丈夫だからな」
そう言ってクロンが私の頭を優しく撫でてくれた。ああ、今度は嬉しくて更に泣きそうだ。
「そうだな。一時はどうなることかと思ったが、クロンくんのおかげもあって----ぐわーっ!?」
ランガジーノ様が一人で喋っていると、突然叫びだした。クランは私の体をサッと離して横を向く。私も名残惜しかったが、何が起こったのかと思って一緒に見た。
すると、ランガジーノ様の鎧を鋭い爪で切り裂く狼の姿が目に入った!
「なにっ!?」
「えっ」
なんで!? クロンのあの光で、確かに倒れたはずじゃ……
ランガジーノ様は草原に倒れ伏した。
「い、いやーっ!?」
私は無意識に叫んでしまった。そして狼と目が合う。クロンは突然の出来ごとに動けていなく、私は近づいてくる狼から遠ざかろうとするが、躓いてこけてしまった。足元が暖かい何かで濡れる感触がするが、気にする余裕もなく地面をお尻で擦りながら後ずさる。
「アナっ!」
クロンが私の前に立ちはだかろうと動きだした。だが狼もそれと同時に飛び掛かり……
「グルァッ!」
「しまっ……!」
私の目の前で、再び鮮血が飛び散った。
目の前で、クロンが地面に倒れる。右腕が大きく切り裂かれており、血がどくどくと溢れ出していた。
「く、くろ……」
「ううっ……アナ、逃げるんだっ……!」
「あ……いや……」
私は二度目のショックで完全に腰を抜かしてしまい、動くことができない。本能的な逃げないといけないという思いと、でもクロンが、という思いが重なってもっとだ。
「ガルルルッ!」
狼がこっちを見る。私はいよいよ恐怖で涙が溢れ出してしまった。視界が滲み、どちらに逃げればいいのかもわからない。手が震えているのでそれを拭うこともできない。
もう駄目だと思ったその時----
----ジュッ
「ギャウンッ!」
光が視界を包み、何かが焼ける音がしたかと思うと、狼が鋭い鳴き声をあげてひっくり返った。光はすぐに収まり、僅かにみえる視界からは狼が泡を吹いているのがわかる。
「え?」
私は突然の出来事に涙と震えが止まった。狼のその大きな頭からは、血ではない何かが流れている。
横から”グフッ”と何かを吐き出すいう音が聞こえたので、私は慌ててその方向を見ると、なんとクロンが口から血を流しながら、指を三本狼へと突き立てていた。
もしかして、今のはクロンがあの技を……?
「ク、クロン!」
私は何とか地面を這いずり、クロンを腕で抱き寄せる。狼はピクピクと痙攣しており、自ら動く気配はない。
「クロン! 大丈夫、クロン!?」
「アナ……そんなに叫ばないでくれ、頭に響く……」
クロンは苦笑いをしながらそう言う。
「クロン、血が……!」
クロンの口からは未だに血が溢れ出ており、眼が徐々に開かなくなっているようだった。
「はは、アナを守らなきゃって、思ったら、三本も、光を出せたよ……」
「クロン、死んじゃいやぁ……」
私はクロンの顔がよく見えるように上にして、その頭を抱きしめる。止まったはずの涙が目元からまた溢れ出し、一粒、二粒とクロンの顔へ垂れる。
私のことを守るために、身を乗り出して、血を吐いてまで……
「クロン……好きぃ……結婚しよ……」
私は、無意識にそう呟いていた。
「ああ……」
!
今、ああって言わなかった!?
「クロン、今、返事を……?」
「アナ……」
クロンはもうほとんど開いていない目をこれでもかと優しくし、私に微笑んだ。
その時、私の頭の中に声が響いた
----愛するものを救いたいか?
----愛するものを?
----そうだ。
----……救いたい! 当たり前じゃない!
----わかった。そちの願いを聞き届けよう。
----え?
----我は慈愛の神、ラビュファト。憶えておくがよい……
謎の声はそれだけ言うと、もう聞こえなくなった。
と同時に、私の身体の中を暖かい何かが駆け巡る。そして不思議と、これから何をすべきかが既に思いついていたかのように頭に流れ込んできた。
「……クロン、絶対結婚しようね!」
「ああ、アナ……」
また返事を……! しかもさっきよりも力強く! クロン、死にそうになってまで、私の名前を……!
絶対に、絶対に、助けなきゃ!
★
「くふっ……」
アナを助けたい、その想いがどこかへ通じたのか、なけなしの力を振り絞って発動した、いつもは人差し指から一本だけしか出せないあの”技”が、なんと人差し指から薬指までの三本を使って出すことが出来たのだ。
そしてその光は運良くもヴォルフェヌスの頭を貫いた。
その光景を見た俺は、安心してしまったのか体の力が一気に抜け、意識も朦朧としていた。
顔に水が当たる……アナ?
俺は、いつの間にかアナに抱き寄せられていた。アナの顔がとても近くに見える。はは、いつ見ても、綺麗な白い肌と流れるような茶色い髪の毛をしているな。そうか、泣いているのか。そんなくしゃくしゃにしてしまったら、綺麗な顔が台無しだぞ。
「クロン……ぃ……しよ」
アナが何かを呟いているが、耳も聞こえなくなってきたせいか、よくわからない。
「ああ……」
せめてこの目に、アナの顔を死ぬその時まで焼き付けていようと眺めていると、無意識に言葉が漏れた。
「アナ……」
俺は動いているのかもわからない口を使って、幼馴染の名前を呼ぶ。たった三年間だが、とても充実した三年間だった。アナと会えた日は次の日まで良い気分でいられたし、次第に次はいつ会えるのかな、と考えることも多くなって行った。
そして思った、これが父さんの言っていた、人を愛するということなのか、と。
「……ロン、……ね!」
今にも完全に閉じそうになる目の隙間から、アナの笑顔が見える。俺がもう生き返らないと思ったのか、最後にとびきりの笑顔を見せてくれたかな。もう彼女が何を言っているのかわからない。
そして俺は、薄れゆく意識の中で、残っている全ての力を込め、一番の感情を込めて呟いた。
「ああ、アナ……」
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