第6話
「ううっ……」
体の節々が痛む……
「……こ、ここは?」
痛む身体を抑えながらなんとか起き上がると、俺はベッドの上で寝かされていた。見た所、俺の家ではなさそうだ。何処なのだろう?
ふと気がつくと、足が妙に重い。俺は部屋を見回していた視線を下に向けた。
すると、俺の足を枕にするように、アナが寝ていた。
なぜ、こんな状況に?
「……思い、出した!」
そうだ! 俺は、ヴォルフェヌスとかいう狼型魔物の王と呼ばれる魔物と戦っていたんだ。そしてランガジーノ様がいきなりやられて、俺はアナを庇って……
「アナ!」
俺は、アナの身体を揺さぶった。
「ふぇ?」
アナは眠たそうに目をこすりながら、
「……クロン! 起きたの! 大丈夫!?」
アナは、寝起きとは思えない勢いで、俺の身体を揺すった。いててて
「アナ、い、痛い! 痛いから!」
「あっ! ごめん……」
アナは俺の体から手を離し、ベッドのすぐそばにある椅子に座った。
一息置いて、俺は今の状況を確認する。
「アナ、ここは何処なんだ?」
「うん、ちゃんと喋られるね。よかった! ここは私の部屋だよ」
「え? アナの部屋?」
俺は今一度部屋を見渡す。女の子の部屋、それも村長と娘といっても、貧しい村のため、俺の家と大差はなかった。
ただ、アナの部屋だということを意識すると、不思議といい匂いがする気が……
「こほん!」
「あ、ごめん」
俺はアナの方を向き直した。アナの白い頬が少し赤くなっている気がする。
「そうか、俺は助かったんだな。それで、ここに連れてこられたのか。なぜアナの部屋へなのかはわからないが」
そうだ、俺はアナを庇った後、確かあの”技”を使ったんだ。今ここに俺やアナがいるってことは、きちんと倒すことができたんだな。だが、一応確認して置いたほうがいいだろう。
「それと、ヴォルフェヌスは、倒せたんだな?」
「うん、あのあと村の大人たちが総出で駆けつけたんだ。ちゃんと死んでいるか確認したから、心配しなくても大丈夫だよ?」
「後、俺は結構な怪我をしていたはずなのだが?」
俺はアナが襲われそうになった時、咄嗟にアナの前に飛び出した。右腕を差し出したのは今ではいい判断だったと思う。あの痛みは確かに本物だった。だが今見ると、寝ていたせいか、身体が痛いけど、傷はひとつもないのだ。
「えっとね、それはね……」
アナの顔が真っ赤になった。変なやつだなあ?
「愛だよ」
……は?
「だから、愛だよ!」
アナは目をキラキラさせて、そう断言した。
「愛? 誰の?」
何をいっているんだこいつは。神父様みたいなことを言い出したぞ。
「私の愛する心が、クロンを助けたんだよ! え……憶えてないの?」
「憶えて……? 技を使った後は、もう力が抜けてしまって、意識を保つのもやっとで、それ以降のことは殆ど憶えてないんだ、すまんな」
「なっ! 憶えて、ないんだ……」
アナは下を向いてブツブツと何か呟いている。あれ、もしかして俺は憶えていなくちゃいけないことを憶えていなかったり…?
「お、俺としては、アナが無事でだったのが一番だ」
「え、 私?」
思い出せる気がしない……よし、誤魔化そう!
「ああ。あの時、アナを守らなきゃって思ったら、自然と力が湧いてきてな。だから、ある意味アナのおかげだな!」
俺はアナに向かって微笑んだ。俺にとっての勝利の女神になったわけだし、嘘は言っていない。ま、実際は女神と言うよりは子犬なのだが。
「わ、私のおかげ……そう」
アナは自分の髪をいじりながらそっぽを向いた。なんだ、恥ずかしがってるのか?
「ふ、ありがとな。アナが攫われたと聞いた時はびっくりしたが、結果として魔物の親玉を倒せたんだ」
俺はそんなアナの頭を撫でながら言う。そもそも、アナは俺のことを心配して家飛び出したんだ。俺にも責任がある。だから、こうして少しでもアナが責任を感じないようにしておかないと。
「そう言われると、そうかな……なんか、さっきからいいように言いくるめられている気がするけど」
アナはいじけたような顔をするが、満更でもなさそうだ。それにしても、こいつの髪の毛はやっぱサラサラだな。
★
----バタン!
アナの髪の毛を撫でていると、部屋のドアが勢いよく開いた。
「クロンくん!」
と、アナの目から光がなくなった。アナ……?
が、すぐに元に戻り、俺と一緒に部屋のドアを見る。
「ランガジーノ様!」
入ってきたのは、俺と一緒にヴォルフェヌスを倒しに向かったランガジーノ様だった。
ランガジーノはヴォルフェヌスに切り裂かれたはず……大丈夫なのかな?
ランガジーノ様はベッドのそばまで近づくと、ホッとした様子で息をついた。
「クロンくん、大丈夫だったか」
「ランガジーノ様こそ。でも、ランガジーノ様こそ、ヴォルフェヌスにやられてましたよね?」
「ああ、恥ずかしながら、不意を突かれてしまったよ。まあ、鎧の性能が良かったのか、打撲で済んだのは幸いかな」
そうか、良かった。後味の悪い結果にならずに済んだか。
「だが、三日も寝てしまっていたからね。少し身体がなまってしまったかな」
ランガジーノ様はハハハと笑う。え、俺たち三日も寝ていたの!?
俺はアナに確認しようとそちらを向く。
「あ、クロンはね、七日も寝てしまっていたんだよ。だから、もう起きないかと思って……」
な、七日!? そんなに寝ていたのか……通りで身体が重いわけだ。
「アナ、ちゃんは、クロンくんがここに運ばれてから、付きっきりで看病をしていたんだよ、ね?」
ランガジーノ様が言う。そうか、だからさっきここで寝ていたのか。なんだか、悪いな。アナだって、怖くて仕方なかっただろうに。
「うん。汗を拭いたり、水を飲ませたり」
「そうか、すまなかったな」
「ううん、こうしてクロンが起きてくれて、良かったよ。看病した甲斐があった」
アナが微笑む。
俺たちは、その後少しの間、話をして過ごした。
その後、両親が村長の家にやってきて、泣きながら生きていることを感謝された。二人の目の前で抱きつかれたため、少し恥ずかしかったのと痛かったのと。そして、無茶はするなとこっぴどく怒られた。これも二人の前でだ。なんだか申し訳ない気持ちになった。
ヴォルフェヌスの死体は、念入りに燃やされた後、骨まで砕き地面に穴を掘り埋められたらしい。眷属と呼ばれる、俺たちが倒した普通の狼型魔物も同じだ。
魔物になった動物の死体からは瘴気が発生しやすい。また肉も食べることができない。そのため、しっかりと処理をすることが大事なのだそうだ。
俺は、魔物が発生した理由について、俺が狩をしすぎたからでは? とランガジーノ様に聞いた。すると
「それはない。聞いたところによると、せいぜい兎を数十羽だそうじゃないか。もしその程度であんな数の魔物に加え、ヴォルフェヌス程の魔物が発生するならば、今頃世界中が滅亡しているよ」
とのことだった。もしもの可能性を考えていた俺は、安心した。これからも村のために狩りを続けられる、それはとても大事なことだからだ。
俺はアナやランガジーノ様と話をしたその日は、体調を慮ってくれた村長やアナの配慮で、そのまま一日中横になっていた。一度目が覚めたのは、朝を少しすぎた時間だった。その後話をし、食べられるだけの食事を取った後、再び眠りについた。
そして今は夜だ。この部屋の主人であるアナはどうしたかと言うと……今、俺の横で寝ている。
「なっ!」
横を見ると、アナが笑顔を浮かべながら、俺の身体に抱きついて寝ていた。しかも、これがいつもの寝巻きなのか疑うような、妙に薄着でだ。
すべすべの肌に
「うう……」
俺はやたらがっしりと抱きつかれているため、体が思うように動かせない。
「そういや、あの時アナが飛び出していったのは、俺がアナの胸を触ってしまったからだったな」
その後、ランガジーノ様にガクエンと呼ばれている皇都にある学校に勧誘され。魔物が急に出現してそれを協力して倒し、狼型魔物の王にアナがさらわれ、それをなんとか倒し……忙しい二日間だったな。
ガクエンの話は俺が寝るまでランガジーノ様の口からはでなかった。配慮してくれたのだろうか?
「……コン……」
ふと、アナが呟いた。
ランガジーノ様と三人で話している時も唐突に顔を赤くして、”コン”だの”メサン”だのを小さい声でボソボソと言い、俺がどうしたのかと問うと、横を向いて”なんでもない”と言葉を濁すことが何回かあった。
その度に、何かを期待した目で横顔からチラチラと視線を向けられたが、意味がわからなかった俺は無視をしていた。
何か大切なことを忘れているような気もしなくもないが、思い出せない……なんだっただろうか?
「アナ……」
俺は気がつくと、アナの髪の毛に手を伸ばし撫で下していた。
「クロン……」
と、アナが返事をした……いや、寝言か。
俺は自然と笑みを浮かべ、暫く撫で続けた。
朝起きると、俺は、馬車の中にいた。
★
どうしてこうなった……
「どうしてこうなった……」
俺が”攫われて”から五日目、馬車は街道の途中途中にある宿場によりながら、着実に皇都ソラプイワードへ向かっている。予定では、後三日ほどで着くらしい。
俺の横には、俺を攫った張本人であるランガジーノ様が座っている。
ランガジーノ様は、俺たちに一つ重大な隠し事をしていた。
それは、ランガジーノ様はこの国の第三皇子だと言う事実。
ランガジーノ様は正式な名前を、『ランガジーノ・ミサ・フォン・グリムグラス』と言う。『グリムグラスの皇族で、直系三男のランガジーノ』、と言う意味らしい。
つまりは、ランガジーノ様は貴族であり(これは騎士様だということからわかってはいた)、その貴族の中でも最高位である皇帝、その息子の一人であると言うことだ。
ランガジーノ様は当然のことながら爵位持ちである。
爵位とは、国に多大な貢献をした皇国民が貰える最大の勲章である。
だが、爵位持ちはその代で授かったものでなければ、生まれ持っての上流階級。ほとんどの爵位持ち本人の功績に関係がない世襲であるため、揶揄して貴族位とも呼ばれる。
爵位を貰うと、家名を名乗ることができる。家名は家の歴史を表すことも多々ある。
また、同時に持っている爵位に相当する”接続”が与えられる。接続は、貴族の中でもどの爵位を持っているかを表す大事な部位だ。同時に、国から爵位に相当する責任を与えられていることも示す。
具体的には男女それぞれ、
・ド、ラ……騎士爵又は男爵
・ディ、デュ……子爵又は伯爵
・ザン、マレ……侯爵又は辺境伯
・フォン、フィン……王族及び公爵
となっている。
また、ランガジーノ様は正統の男子だ。正統はすなわち皇帝とそのお嫁さんである皇后との間に生まれた子だ。第三皇子であるランガジーノ様は、三番目にこの国を継ぐ権利を有している。
正統であることを示すのは、名前の”ミサ”という部分。第二夫人以降、側室と呼ばれる皇帝のお嫁さんとの間に出来た息子娘であれば、これが”サミ”となるらしい。
因みに、第一皇子等はイワン又はワイン。第二皇子等はツーフ又はフーツ。第二皇子等はミサ又はサミである。
これらのことは、暇な馬車の中での時間潰しに聞いて覚えた。
ランガジーノ様は畏れ多くも? 今まで通りの話し方でいいと言ってくれた。本来なら、俺の話し方は首を刎ねられるようなものだったらしい。俺としても、田舎の村で育ったせいか、皇族の偉さと言うものが、いまいちピンときていない。色々な意味で助かった。
「クロンくん、馬車には慣れたかい?」
「ええ、まあ……」
この馬車は当然のごとく高級車だ。馬車なんて屋根のない荷馬車くらいしか乗ったことはなかったが、想像以上の揺れのなさだ。やはり、第三皇子ともなると、これくらいのものが使えるのが当たり前なのだろう。
「もう少しで次の宿場に着く。そこには私の部下が待っている予定だ。皇都に着く前に、色々な準備が必要でね。君には迷惑をかけたし、これからもかけるかもしれないが、よろしく頼む」
ランガジーノ様はそう言ってはにかんだ。綺麗な歯を見せられても、俺が村から連れ去られたという事実は変わらない。いきなり知らない世界に連れて行かれる戸惑いと、誰にも別れを告げられなかった心苦しさが、未だ拭えないでいた。
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