第4話
「なっ!?」
「魔物だと!」
え、魔物!?
魔物とは、瘴気に当てられ凶暴化した目が赤い特徴がある獣のことだ。瘴気は死体から溢れ出る負のエネルギーであり、その影響で体が大きくなったり、力が強くなったり、様々な変化をする、らしい。
瘴気は少しずつ溜まっていくため、この村のように人が少なく狩られる動物の量も多くない土地は魔物が出にくい。ここ最近、10年以上はこの村には現れていないという話だったのに……だから、俺は見たことがないしどれくらい強い獣なのかもわからない。父さんから聞いた話だけが全てだ。
だが、それでも、伝えにきた村人の慌てようや、村長と騎士様の驚きようからも、大変な出来事だということはわかる。
「ええ、森の方から狼の魔物が出てしたらしくて……それも何匹も!」
「そんな! ランガジーノ様、ここは一旦 」
村長は冷や汗を流す。今更だが、この騎士様はランガジーノ様というらしい。
「そうですね。……そうだ、クロンくん、君も一緒に来たまえ!」
「えっ!?」
騎士様は勢いよく立ち上がると、俺に向かってそう言った。
★
俺は今、森の中にいる。
何故かというと、あの騎士様、ランガジーノ様に連れられて魔物退治をしているからだ。
どうやら、俺の”技”をその目でみたいらしく、ここまで連れてこられたわけだ。俺の秘めたる力を解放することは出来ないが、この技は動物を貫くくらいの威力はある。少しは役に立てるかもしれないと思い、素直についてきたのだ。
「おい、そっちに行ったぞ!」
「わかった! くらえっ……!」
俺の左手の人差し指から、光が放たれる。太さは大人の親指よりも少し太いくらいだ。その速さはまさに一瞬。この速さがあるからこそ、この技の威力が生きてくるのだ。相手にとったら気づいたら撃たれている、と言ったところだ。
そして今回の獲物である狼型魔物にもこの技は通用した。狼の肉は固く調理しても食べにくい。また
更に魔物になった狼は、普通でも速い狼よりもさらに速さがあるため、経験不足も相まって当てることができるか心配だったが、今のところ狙った場所をしっかりと貫いている。
狼型魔物たちは村が魔物に変化したのか、確認できただけでも十匹以上もいる。今も村人たちは非難し、ランガジーノ様や力自慢の村人、そして俺が退治に出ているのだ。
「ランガジーノ様!」
「任せて!」
一方、ランガジーノ様はその剣さばきを持って狼たちをバッサバッサと斬り伏せていた。剣なんてこの村にはあるかないかわからないような一、二本しかなく、ランガジーノ様の銀に輝くつるぎとは比べようもないとは思うのだが。噛み付こうとする狼たちを紙一重で避け、時には回転しながら剣を急所へ差し込むさまは、素人目にも素晴らしい腕前だと思えた。
一言で言えば、ランガジーノ様はカッコ良かった。
父さんから聞く、剣の舞とはこのことか。
そして数十分、俺たちの周りには切られたり穴が空いている狼型魔物の死体が沢山転がっていた。
「ふう……クロンくん、お疲れ様」
ランガジーノ様は鞘に剣を収め、呼吸を整えながら話しかけてきた。
「いえ。ランガジーノ様こそ、凄い戦いでした! 流石は騎士様ですね!」
「ははは、照れるな。まあ、昔から鍛錬をしているからね」
頭の後ろに手を当て、はにかむサマもかっこいい。と、僕はランガジーノ様の鎧に血が付いてないことに気がついた。まさか、血がつかないように戦っていたとか? もしそうだとしたら、凄い余裕だなあ。
「あの、ランガジーノ様。鎧に返り血がついていないような」
「ああ、よく気づいたね。これは魔法だよ。返り血で動きが鈍くなることもあるからね。少しでもリスクを減らすために、鎧に魔法がかけられていて、血がつかないようになっているのさ」
「へえ……!」
魔法かあ。この村には使える人がいないから、どんなものか全然想像がつかないや。火の玉を出したり、風を吹かせることなどができるらしいというのは(これまた父さんから)聞いたことがあるが、血がつかないようにする魔法もあるんだな。
魔法は魔力と呼ばれる力を使うらしいけど、俺のこの技はそんな力を使ったことはないな。今まで気にしたことがなかった。そう考えると、僕の技って一体なんなのだろう? まあ、気にしたところで何か変わるわけじゃないと思うけど。
「まあ、兎に角君のお陰で魔物を倒すことができた。礼を言うよ」
そう言って、ランガジーノ様は俺に向かって頭を下げた。俺は慌てて頭を上げるように言う。
「ちょ、ちょつと、そんな。こちらこそ、村のためにお客さんであるランガジーノ様に手伝ってもらったんですから。寧ろこちらがお礼をいうべきです! ありがとうございました」
「いや、そうかい。どういたしまして」
逆に俺が頭を下げる。ランガジーノ様は笑って両手を腰に当てた。
ガクエンの話で対面したときは、騎士様だと思って緊張していたけど、こうして普通に話してみると優しい良い人だということがわかる。こんな貧しい田舎の村のために剣を振るってくれたことからも。
そして俺たちはひとまず村の方へ戻ることにした。そして森の入り口まで戻ってきた時----
「大変だ、アナが攫われた!」
……え、アナが? な、なんだって!?
「村人さん、それは本当ですか? 一体どこへ攫われたんですか?」
ランガジーノ様は報せを持ってきた村人に訊ねる。
「そ、その、村長の家にいたんですが、魔物を倒し終わったと言う報せを受けると、アナちゃんがクロンのことが心配だと飛び出して行ったんです。そこに、どこに隠れていたのか、魔物達の親玉だと思われる、大きな狼が現れて、服に噛み付いて走り去って行っちゃって……俺たちも、慌てて後を追いかけようとしたんですが、ただでさえ狼型、魔物になって足が速くなったのか、すぐに見失ってしまいました」
「え、俺のために、アナが!?」
まさか、そんな。俺のことを心配して……
「アナちゃんは、恐らく草原の方へ攫われたと思います。魔物は森とは反対方向へ走り去って行きましたから」
この村は、村を中心に北に森、南に草原がある。北西から北、北東にかけて弧を描くように山々が、東側はその山から降りてきた大小様々な大きさの川が流れている。森は俺たちが他の狼型魔物を倒していたため、反対側へ逃げたのだろうか?
「むむ……デンカが……草原へ」
ランガジーノ様が唇の下に親指を当てながらそうつぶやく。サマがいちいちかっこいい。
「デンカ?」
デンカがどうとか、このままでは国のイシンがどうとか、よくわからない話をしている。
「あ、いや、なんでもないよ、クロンくん。クロンくんは村長の家に戻っていたまえ。恐らく、アナ……ちゃんを攫った魔物は瘴気の影響で知能が高くなっているのだと考えられる。僕はこう見えても皇都の騎士団に所属していて、様々な魔物と戦った経験がある」
ランガジーノ様はそう言うと、剣に手を当て草原の方へ行こうとする。だが、そう言われても納得はいかない。
何故ならば、俺のことを心配した故に、大切な幼馴染が危険な魔物に攫われたのだ。それに、俺にはこの”技”がある。自惚れるわけではないが、少しは役に立てると思う。
「いえ、ランガジーノ様。俺も連れて行ってください!」
「いや、クロンくん、ここは……」
俺は、ランガジーノ様の透き通った綺麗な眼をじっと見つめる。俺の意志が通じるように。
「……わかった、だが、危ないと思ったら君のことはすぐに逃げさせる。その時は僕の言うことを聞いてくれ、わかったね?」
「はい!」
ランガジーノ様は一瞬微笑むと、すぐさま駆けて行った。俺もその後を追いかける。
★
草原はジメジメした暗い森とは違い、暖かな日差しと爽やかな風が吹いていた。
村人達を置いて急いできたため、今は俺とランガジーノ様の二人だけだ。
「どこにいるんだ?」
「拓けた草原だ、子供とはいえ人間を攫えるくらい大きい狼なら、すぐに見つかるとは思うが……」
とは言っても、草原はだだっ広い。もう遠くへ行ってしまっている可能性も十分にある。
……と、目の前を黒い影が横切った。その影は俺たち二人の周りをぐるぐると回る。そして対峙する形にピタリと止まった。
その影は、狼だった。だが、ただの狼ではない。
何故ならば、目は黒目の部分が赤く、白目の部分は黄色に。身体は大人が背伸びしたよりも高く、大人二人が横になったよりも長い。牙は口から飛び出しており、爪は黒く木の枝ですら切り裂けそうな鋭さを持っていたからだ。
そして、額には赤い何かが埋め込まれていた。
間違いない、こいつがアナをさらった魔物だ。その証拠に、背中には茶髪の女の子が……!
「アナっ!」
「殿下!」
狼は、俺たちのことを睨みつけ、アナを背中から弾き飛ばした。急いで拾い上げようと足を動かすと、狼は唸った。すると、なんと俺たちの足が動かなくなった!
「グルルルっ!」
そして狼は、ゆっくりと俺たちの周りを回り始める。
「っ……クランくん、こいつは危険だ。あの額の石、あれはヴォルフェヌスにしか生えない石なんだ!」
「ヴォルフェヌス?」
「そうだ。ヴォルフェヌスは狼型魔物の王、みたいなものだ。僕も見るのは初めてだが。まさか、こんな所で出くわすとは……はっきり行って最悪だ」
「そんな、魔物の王!?」
ランガジーノ様は先ほどの戦いでとても強いことが分かった。そのランガジーノ様が最悪とまで言う相手なんて……俺は、これから起こるかもしれない惨劇を想像していまだに動かない身体でで身震いした。
「くそっ……せめてクロン君だけでも逃げてほしいが、あそこにアナ、ちゃんが!」
ランガジーノ様はこんな状況でもできる手を打とうと必死に考えを巡らせている。……そうだ、俺にもできることがあるんじゃないか?
そうだ、俺にはこの手に技があるじゃないか! 少しでも手が動けば、この技の速さならあいつを倒せるかもしれない。そのためには、まずはこの状況をどうにかしないと。
「あの、ランガジーノ様!」
「なんだ?」
「俺たちの体、おそらくあいつがなにか動かせないんですよね?」
「そうか、ヴォルフェヌスは魔法が使えるんだ」
「魔物が、魔法を?」
そんな、動物が魔法を使うだなんて、父さんからも聞いたことがない。
「ああ、高度な知能を持つ魔物は、時に魔法を使うことがあるんだ。ヴォルフェヌスほどの魔物になると、おそらく、瘴気の力で魔力操作の能力もかなり上がっているのだろう。それにあの額の石、よく見ると魔石だ」
「魔石、ですか」
「そうだ。魔力をためておくことができる石なんだ。詳しいことは今は省くが、あれを壊すことができれば、殺すまではいかなくともひるませることは十分できるだろう」
なるほど、やはりモノを知っていると、戦いの場でも生きてくるんだな。
ということは。
「ランガジーノ様、俺がやります!」
「なにっ? そうか! 君のあの能力があれば! わかった。どうにかして、俺が注意を引き付ける。その隙にあの石を砕いてくれ。大丈夫、自分の力を信じろ」
どうにかしてって、割と適当だなあ……いや、ここはやるしかない。アナの、村のみんなの命がかかっているんだ。
「よし、いいな……」
「はい」
そのまま、ランガジーノ様はぶつぶつと何かを唱え始めた。ヴォルフェヌスはこうして話をしている間にも、徐々に距離を縮めてきている。そして今にも俺たちにとびかかろうとした、その時。
「〈ファイア〉!!」
ランガジーノ様がそう叫ぶと、ランガジーノ様の剣の鞘から火の玉が飛び出した。そして火の玉はヴォルフェヌスに向かって高速で飛んでゆく。だが、ヴォルフェヌスはその火の玉を飛んで避けてしまった。
しかしその瞬間、俺にかけられていた拘束がが緩むのを感じた。
!! 今だ!
――――シュッ……!
わずかに動かせた俺の左手から光が伸び、ヴォルフェヌスに向かう。そして――――
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