第3話

 

「秘められた力ね……本当にそんなものがあるのか?」


 俺は左手に刻まれた紋様を見ながら呟いた。

 V字を三つ、それぞれ上から下、左下から右上、右下から左上へと突き合わせたような紋様だ。

 この紋様が現れてから、俺はあの”技”を使えるようになった。三年前のあの時、女の子が村を襲った荒くれ者たちに殺されそうになった時からだ。


 あれ以来、村は襲われることはなく、今日まで過ごしてきた。風の噂では、他の町も襲われたらしく、領主様が騎士様たちに見回りを指示したかららしい。よって俺もこの能力を人に向かって使うことはなかった。せいぜい野兎や野鳥、いらなくなった物を燃やす程度だ。


 目の前には、俺が助けた当の女の子、アナが椅子に座っている。

 それまで殆ど交流がなかった俺たちだが、今では月に二、三度は会う関係になっていた。村では子供達のほとんどが畑や細かい仕事で働いているため、領主様の家で囲われて暮らしているアナは同年代と交流する機会がなかった。

 そして偶々森に花を取りに出ていたアナは、荒くれ者と遭遇。その場面へ、野鳥を狩に来ていた俺が出くわし、危機一髪だったところでこの能力に目覚め、なんとか撃退した。それ以来、アナにはやたらと懐かれているのだ。


 そのアナは未だに俯いたままだ。胸を触られたことがそんなに嫌だったのか……? 先程から話しかけているが、返事をしない。


「……ねえ」


 するとアナは唐突に顔を上げ、今にもまた泣きだしそうな顔で話しかけて来た。目元が腫れている。アナの顔は結構白いため、赤みがかったその目元はよく目立つ。


「な、なんだ?」


「クロン、村から出て行かないよね? ね?」


 アナは、先程まで静かだったのが嘘であるかのように机に勢い良く身を乗り出して、そう問うてきた。


「え?」


「お父さんとあの騎士様の話を聞いて、クロンが出て行ったらと思うと……なんか、とても暗い気持ちになっちゃって……」


 そ、そうだったのか。俺はてっきり。


「嫌、お前の胸を揉んだのを引きずっているのかなと……」


「え? あ、いや、あのね、あれは突然だったからびっくりして……こめんね、クロン」


 そういうと、アナは俺の頬を片手で優しく触ってきた。

 うっ、こいつ、こんなに可愛かったっけ? 歳をとったからって、急に変わるはずはないと思うのだが。それとも、今まで気づかなかっただけか? 女の子としてというより、友達としての意識が強かったからか?


「そ、そうなのか」


「うん」


 そしてアナはもう片方の手も俺の頬に添えた。そのまま顔を近づけてくる。


「あ、アナ?」


「クロン……あのね、今年こそ言おうと思ってたんだ。私、あの時からクロンのことが……」


 アナの目が心なしかトロンとしているような気がする。それに、なんだかいい匂いがするぞ!? あれれ〜、おっかしいなぁ!!


 ……ゴクリ。



 ----バタン!



「「クロン!」」



「……え?」

「あっ」





 ★


村長宅にて




「村長、クロンくんはこの世界の救世主になれるかも知れないのです! もう時間はありません。あなたも、ご存知のはずです!」


「いや、そうですが……ですがクロンは我が村の大事な働き手。先日も大量の野兎を取ってきてくれたのです。今いなくなられると、私だけではない。村のみんなが困ります」


「村と世界、どちらが大切なのですか!?」


「失礼ながら……村です、ランガジーノ殿下」


「なにっ!?」


「私は、村長です。この村を守り抜く責任があるのです。私の父、前村長も、貧しいこの村をなんとか守ろうと、畑を耕し、効率的な狩を模索していました。その思いを、ここで終わらせてはならない。世界が滅びようと、最期の時までこの村の責任者としてい続ける。それが私の使命なのです」


「村長……そうだな、すまない。不躾な質問だった」


「いえ、そんな、めっそうもない……」


「……予言では、あと30年で世界が滅びるのです。今からクロンくん達を育て上げたとしても、20年と少しの時間です。こうしている間にも、どんどんと時が過ぎてゆくばかり……」


「むう……」


「隣国もここぞとばかりに軍を増強しています。世界が滅びる前に、我が神皇国が滅ぼされてしまうかも知れないのです! クロンくんのことはこの三年間、じっくりと観察してきました。他の候補者とは違う、明らかに強大な力を秘めていることは既に調べがついています。是非、クロンくんを皇都へ……!」


「しかし、何度も申し上げています通りに……」


「わかりました」


「はい?」


「支援しましょう。クロンくんがこの村を離れて、皇都へ行く決断をしてくれた際には、金貨一千万枚分の保障をしましょう。現金でも、食料でも」


「なっ……!? 一千万枚……いったい我が村の収入何年分に……」


「金で釣るようで悪いですが、ですがどうしても決断していただきたいのです。我々皇族も国の為、民の為には出し惜しみはしません、村長!」




「くっ……そ、その話、承りましょう」








 

 玄関から入ってきたのは、騒ぎを聞いて駆けつけた両親だった。畑仕事に集中していて騎士様がやってきていたことに気づかなかったらしい。


 俺たちは扉が開く音に驚き、慌てて離れ座り直した。アナの顔が赤くなっているが、俺の顔も熱を帯びている気がするので笑えない。


「クロン、お前村を出て行くのか!?」


 父さんが俺の体をゆすりながら聞いてきた。俺は慌てて否定をする。


「い、いや、まだ決めてないよ。それに俺がいなくなったら、村が困るし……とにかく、落ち着いてくれ」


「あ、ああ、すまない。騎士様から学園に勧誘されたと聞いてびっくりしたんだ」


「クロン、本当なのかい?」


 母さんも、心配そうな表情で見つめてくる。


「うん、俺には秘められた力があるとかって……でも、そんなの全然わからないよ。今の俺には、毎日の生活で精一杯なんだ。この村を出て遠くへ行くだなんて、想像できないししたくないよ」


「そ、そうか……」


 父さんと母さんは、俺の今の素直な気持ちを聞いて、安心したようだ。そうだ、やはり俺はこの村に残って、今の生活を守りたい。それに家族だけじゃなく、守りたい人も……ここにいるしな。


 そりゃ、力があれば、もっと沢山のことができるだろうし、もしあの時の荒くれ者より強い奴らが襲ってきたとしても、やっつけることができるだろう。

 だが、それはわざわざ遠くへ行かないと出来ないことなのだろうか? 俺もまだ子供だ。今でもこの”技”で充分なのに、これ以上秘められた力を手にしたところで、それを使いこなせるとも限らないし……


「おじさん」


「ん? アナちゃんどうしたんだい?」


 すると、父さんたちが帰ってきてから黙りこくっていたアナが、口を開いた。


「おじさんは、クロンがいなくなったら、寂しい?」


「……当たり前じゃないか。子供が親の元を離れることは寂しいし悲しいことだ。私みたいな行商人は、親の顔なんて殆ど見られなくなる。それに、クロンにはこの村でこれからも生活を助けてほしいとも思うしね」


 父さんはハハハと笑いながらそう言った。かあさんも相槌を打っている。


「だよね! クロン、私も寂しい。だから、これからも仲良くしよ!」


「……ああ、そうだな」


 アナの笑顔を見て、やはり俺はこの子を、この村を守りたいと思った。だがそれは自分の努力で出来ることだ。わざわざ学校へいって、その秘められた力とやらを使えるようになる必要はないだろう。

 俺はそう思い、明日またあの騎士様とあったときにはキチンと断ろうと決めた。


 その後、昼までアナと両親と楽しくおしゃべりをし、それからまた狩に出かけた。やはり、この生活が、空気が、俺にはあっているのだ。





 次の日、俺は村長宅へと向かった。騎士様のお話を断る為だ。もう迷いはしない。

 玄関を叩き、村長を呼ぶ。


「おはようございます、村長」


「おお、クロン様、これはどうも」


 ……ん?


「あ、うん。騎士様はいる?」


「ええ、それは勿論。ささ、中へどうぞ……」


 んん?

 俺はどこか違和感を感じたが、村長の勧めに応じ家の中へと入った。


 騎士様は、応接室のソファに座っていた。昨日と変わらずカッコいい人だ。


「おはよう、クロンくん」


「はい、おはようございます、騎士様」


 騎士様は立ち上がり、俺に爽やかな笑顔を向けてきた。俺が断るとは思ってもいないといった雰囲気だ。


「ささ、お二人共、どうぞお座りください」


 村長はやけに遜った態度だ。違和感の正体はこれか。騎士様はともかく、ただの子供の俺に、この村で一番偉い人がこんなに畏るだなんておかしいぞ?


 俺と騎士様は向かい合わせに座り、村長は俺の横に座る。そして騎士様は早速といった様子で話し始めた。


「さて、クロンくん。昨日の話のこと、ちゃんと考えてくれたかな?」


「はい」


 俺は失礼にならないように気をつけながらも、自信を持って返事する。もう迷わない。昨日一日過ごして決意した。俺が守りたいのは、今のこの生活なんだ。


「そうかそうか! 一応聞くけれど、返事は?」


「行きません」


「おお、じゃあ早速馬車に……え? 行かない?」


 騎士様は驚いた。やっぱり、俺が受け入れると思っていたようだ。なぜそんなに自信があったのかはわからないが。しかも、隣に座る村長まで驚いている。


「はい、行きません。俺が守りたいのは、愛しているのは、今のこの村だからです。確かに、俺にもっと力があれば困りごとも減るかもしれません。でもそれは、この村をほっぽり出してまで手に入れるような力ではないと思います」


「むむ……」


 騎士様は難しい顔をした。何か、変なことを言ったかな?


「父さんに母さんにアナに、それに村のみんな。この毎日が俺にとって一番大切なものだと、昨日考えてわかりました。ですので、折角ですが、ガクエンには行きません。それに、秘められた力というのもよくわかりませんし。それよりも、俺はこの”技”を使って村を守りますよ」


 そう、何も今から何か新しい力を手に入れなくても、おれは既に力を持っているのだ。それを使いこなすためには、どこかでお勉強をする必要はない。騎士様はただ勉強をするのではないと言っていたけど、なら尚更、この村で俺のやりたいように力を身につけても何も問題はないはずだ。

 世界が終わるとか、伝説の生き物ドラゴンが襲ってくるならまだしも。


「そうか、わかったよ」


 騎士様は納得した様子で頷いた。だが村長は途端に顔を青ざめる。何故だ、俺がこの村にいたら嫌なのか? それとも、アナから話を聞いて、胸を揉んだことを結構怒っていたり……?


「村長、残念ですが、クロンくんの決意は固いようです。ですので」


「そ、そ、そんな……嫌、わかりました。これからも、村人みんなでこの村を支え合っていきます。あの話はなかったことに……」


 青ざめながらも、村長ははっきりとそう言った。あの話って、なんだ?


「はい。これからも、頑張ってくださいね。非常に残念ですが、私はこれで……クロンくんも、いつかまた」


 騎士様は立ち上がり、笑顔でそう言いつつ、握手を求めてきた。俺はそれに応えようと手を差し出し----


 ……といきなり応接室のドアが開いた。そして村人が入ってきて。



「村長、魔物が!」



 な……魔物が!


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