第3話「たくさんたべるから」


「あのままで良かったのかな、スナネコ……」



リカオン、ハシビロコウ、アードウルフはツチノコとスナネコを遺跡に無事送り届け、再びさばんなへ向かって歩いていた。ずっと歩いていたものだから既に夕方。けれどサバンナの隣のじゃんぐる、そこにあるあんいん橋の近くにまでやってきた。色々あったが、ひとまずの目的は終わる。



そして先ほどのアードウルフの呟きに、ハシビロコウは答える。



「ツチノコちゃんとすぐ仲良しになったのは良いけど、記憶が無くなってるなんて……」



「今日は変なことばっかり起こってる気がする、オーダーきついっすよ〜、ヒグマさん、キンシコウさん、助けに来て〜」



スナネコは言動も変わって、ツチノコのこともみんなのことも忘れてしまっていた。まるでセルリアンに食べられてしまったフレンズのように……だが、スナネコはセルリアンに食われたとするならば元の動物の姿になったはず、それからすぐにフレンズになったということになるがあまりに早過ぎる。あり得ない。



「あのイリエって子も、不思議だったな……」



リカオンがそうぽつり呟くと、ハシビロコウは俯き表情に影を作った。



「私あの子に「けいじ」って呼ばれて……なんか、すごく、怖かった……」



「あー、なんかクールな人だったよね」



リカオンがそう言うと、ハシビロコウは首を横に振る。



「違うの、あの子と話していると、まるで私が私じゃなくなっていくみたいで、体がズンって、背中に……自分がもう1人乗っかってきたみたいに重くなって、それで……」



頑張って喋り続けようとするハシビロコウを、リカオンは黙って抱きしめた。



「わぷっ! リ、リカオンちゃん……」



「大丈夫、あの子たぶん昨日のサンドスターで生まれた子なんだよ。新しい子には警戒しちゃう、私たちが動物だった頃にはみんなそうだったんだって」



「う、うん……」



「こうしてると安心しない? 私もハンターになりたての頃はセルリアンが怖くて毎日震えて眠ってたんだ。そうしたらキンシコウさんがいつもこうやってだきしめて慰めてくれて、すごく安心してさ」



「ありがとう、リカオンちゃん」



「私なんて体小っちゃいから、あんまり安心しないと思うけどね」



「そんなことないっ」



そうやって自虐するリカオンをぎゅっと強く抱きしめ、ハシビロコウは顔を真っ赤にして感謝した。一方アードウルフは空を見て嘆く。



「なんか、空の色が凄く変……だね」



ハシビロコウとリカオンはハグをやめて、空を見上げる。思えば確かに快晴な空のはずなのにオーロラでもあるかのように禍々しい虹色が空に張っていた。



「サンドスターが空に舞い上がるとしばらくああいう空になることがあるんだって、ちょっと変な空だよね」



リカオンがそう言うと、空模様は怪しくなり、小雨がぽつぽつと降り始めた。



「わ、雨宿りしていこうよ!」



「う、うん!」



ハシビロコウはアードウルフの手を引っ張り、リカオンもそれに付いていく。あんいん橋の近くの木の近く。大きな葉っぱが雨を防いでくれていた。ちょびっと濡れてしまった自身の服や髪に若干の嫌悪感を覚えつつ、いきなり風も吹いてきた為、寒さに身を震わせていた。



「いきなり寒くなったね……ハシビロちゃんありがとう」



アードウルフはハシビロコウの手を握って、そして身を震わせていた。



「寒そうだよ、ど、どうしようリカオンちゃん」



「え! ええと……ん?」



ただの小雨だと舐めていたが、一気に本降りに。気温はみるみる下がって、アードウルフが1番辛そうだ。慌てふためくハシビロコウとリカオン、すると向こうの木の陰に同じく雨宿りをしている2人のフレンズが居た。



「あれ? あれは確か……」



リカオンはそう言って目を凝らすと少し赤面、見てみればその2人は立ったまま抱きしめあい、体を暖めあっていた。彼女らの名はジャガーとコツメカワウソ。抱き合っているだけでロマンチックな風にも見えてしまうのはジャガーのガッシリした体型とコツメカワウソの華奢で小さな体がベストマッチ!だからだろうか。



「あ! ハシビロちゃん! リカオンちゃんだー!」



「え゛」



するとコツメカワウソがこちらに気がつき手を振った。元気なコツメカワウソのようすとは裏腹に、ジャガーは人が居るとは思ってなかったものだから、コツメカワウソと抱き合っていたのを見られた事に照れて手で後ろ首を掻いた。



「どうしたのこんなところまで来て〜!」



コツメカワウソはジャガーの手を引っ張ってリカオン達の居る所まで走ってやってきた。木と木の間を走ってやってきたわけだから、コツメカワウソもジャガーもびしょ濡れになった。



「うわ〜濡れちゃったよ、も〜」



「ふふ、大丈夫だよー、またジャガーにあっためてもらうから、ちっとも寒くないよ!」



そう言うとジャガーの腕を抱き寄せて引っ付き、その様子をリカオン、アードウルフ、ハシビロコウはジーッと見ていた。



「ちょっと、恥ずかしいんだけど……」



「ええー? ジャガーの体あったかいんだもん、いつもくっついてるじゃん!」



「えーと、あの」



てれでれとくっつくコツメカワウソとジャガー。リカオンは2人の邪魔をしちゃったんじゃないかと思いつつ、恐る恐る声をかけるリカオン。



「実はこの、アードウルフちゃんをサバンナに送り届けてあげようって思ってね、それに、凄く寒そうにしてるからどうしようかと……」



「だ、大丈夫だよ。っくしゅん!」



大丈夫と言いながらくしゃみをかますアードウルフ。やっぱり寒くてたまらないようだ。するとコツメカワウソは閃いたように目を光らせ、ジャガーの背中をどんっと押す。



「じゃあジャガーにくっ付くと良いよ! ジャガー、すっごくあったかいんだ〜」



「ええ!?」



「じゃあ、失礼します……」



「え!? い、良いけどあったかいかどうかは全然わからないよ?」



アードウルフは一礼すると正面からジャガーの体をぎゅうっと抱きしめてくっつく。



「ほんとだ、あったかい……」



「アワワワ」



ジャガーがあったかいことは証明されたが、肝心のジャガーは緊張して変な声をあげている。そんな2人はさて置いて、カワウソはハシビロコウとリカオンに近寄って話しかける。



「ハシビロちゃんもリカオンちゃんもなわばりはずっと遠くでしょー? 大変だったね!」



「うん、これもセルリアンハンターとしての仕事みたいなものだし、この程度のオーダー平気だよ」



「私も、頑張ってちゃんとしたハンターになりたいの。アードウルフちゃんを無事送り届けるまでは疲れたなんて言ってられない……」



「じゃあ雨が降って良かったね! これじゃあ歩けないもん、昔と違ってあんいん橋も直してあるからすぐにじゃんぐるを通ってサバンナに行けるよ!」



「これもかばんのおかげだね、ヒグマさんも凄い褒めてたなー」



「凄いよねかばんさん……可愛いのに、色んな所でなんでも思いついて、もっとお喋りしたかったな」


リカオンとハシビロコウが雨宿りしつつかばんのことを思い出して盛り上がる。一方その頃、森林ちほー、じゃぱり図書館。



「おじゃましまーす!」



その気さくな挨拶と共に辺りに響いたのはまず轟音。次に破壊された壁がガラガラと崩れ落ちる音と、そして土煙。その乱暴なあいさつをかまして図書館にやって来たのは『イリエ』



「おや、誰も居ないのかな?」



「来ると思ってたのですよ、イリエワニ」



得意の無音の飛行でイリエの背後に立って降りたのははかせ。イリエは即座に振り返り、にやりと笑みを浮かべる。



「へぇ、こんな見た目になったって分かるもんなんだね私のこと」



「お前みたいにぎざぎざしてるフレンズはそうそう居ないのです。イリエワニ、お前は最近のサンドスター噴出でフレンズになれたのですか」



「さぁね、相変わらず長やってんだ。みんなついて来てくれてるってわけ?」



イリエがはかせと向き合っていると、イリエを挟み込むようにじょしゅが背後に降り立つ。



「当然、我々は賢いので」



「お、はかせの色違い。まだセルリアンに食われたりしてないんだ」



「誰が色違いですか。お前こそ、どうやら鳥の部分はキンメフクロウですね、罪滅ぼしのつもりですか」



じょしゅの一言、罪滅ぼしという言葉が出た途端、イリエの目が白色と緑色に輝き、じょしゅの首をガシッと掴む。



「う゛っ」



「ほんと、ヤな奴」



「やめるのです!」



はかせは羽の一撃でイリエの手を攻撃、手を離したイリエだが、じょしゅは気を失って、はかせがじょしゅの体をキャッチする。



「はかせ、なんで私がここに来たか分かる?」



「そんなこと知らないのです。それよりあのアードウルフはお前のしわざですね」



「まあね。思い出は無くならない、セルリアンにも狙われない体になる、素晴らしいと思わない?」



「我々が長になったあの日、お前に言ったはずなのです。お前の素晴らしさは、失敗だらけなのです」



やりとりをするはかせとイリエ。するとじょしゅは突然目を見開き叫び出した。



「ウ、グ、ウアアアァァァ!!」



「じょしゅ!?」



苦しむじょしゅを心配する一方、イリエの方を見れば、彼女の右手は禍々しく青色の靄を放っていた。そして彼女の頭、肩、腕、脚。あらゆるところにはセルリアンのような目がぎょろりと姿を現していた。



「『カロ・セルリアン』……自分自身を第一号にするなんて、恐ろしいやつです」



カロ・セルリアン。はかせがそう言い放った名前、それがイリエの『種族』の名前、もはや彼女はフレンズではない。だが、セルリアンというわけでもない。その中間、鳥とワニの特徴とセルリアンのような目玉が混ざったデザイン、それこそが彼女の『発明』であり……。



「ウアアアァァァ!!」



「じょしゅ! じょしゅ! しっかりするのです!」



「私の力……分かるでしょ? もうすぐじょしゅも『前のワシミミズク』の記憶になるよ」



「ッ……! フレンズみんな、こうするつもりなのですか」



「もちろん。はかせのそのセルリアンでも睨むような目、懐かしいな。昔を思い出すよ」



じょしゅの叫び声。その絶叫をバックグラウンドミュージックにするがごとく目を閉じ、思い出の世界に浸るイリエ。はかせとじょしゅが長になった瞬間、そこにはイリエも居た。時は昔にさかのぼる。



「キャーーッ!!」



甲高い叫び、そして慌てふためき逃げ惑うフレンズ達。平和な地方で暮らしてる彼女たちを脅かす存在、セルリアン。黄土色のそのセルリアンは、無防備なフレンズを1人飲み込むと、さらに進撃を開始。森の木々を荒らし回りながらグングンと進んでいく。



「フレンズが、食べられちゃった。ど、どうしよ、そんな……!」



わけもわからず飲み込まれたフレンズを、ただ呆然と見ることしかできなかったことを悔やみながら、イリエワニのイリエはセルリアンを見ていた。



「倒さなきゃ!」



イリエは走り出し、セルリアンの体を殴り、蹴り……しかし効果は無い。最大級のワニ、イリエワニのフレンズで力自慢なはずの彼女でも敵わないのだ。そうこうしてるうちにイリエはその巨体に吹き飛ばされ、セルリアンの進行方向にいた別のフレンズがまた食われてしまう。



「キャー! みんな、逃げて!」



「助けてぇ!」



「誰かー!」



ふたり、さんにん、よにん。どんどんと居なくなっていく友達、皆が絶望の淵に立っているその状況。そこへアフリカオオコノハズクとワシミミズクが飛んでやってくる。



「はっ!」



「喰らえです!」



持ち前の飛行能力、攻撃力でセルリアンの体を削っていく2人。そしてはかせは叫ぶ。



「セルリアンの弱点は『石』なのです! 我々が削ったぶんセルリアンの体は小さくなった、石がどこかに現れたはずなのです、誰か、石を砕けるパワーを持ったフレンズは居ますか!?」



はかせとじょしゅはセルリアンの進行を止めつつ攻撃するのにいっぱいっぱい。その言葉を聞いてイリエは痛む体を叩き起こし、セルリアンの背中に見える石を発見、即座に走り出し、尻尾を振り構える。



「これが、セルリアンの弱点……! ウォラァァァ!!」



全力の尻尾攻撃。その威力で石は砕け、セルリアンはバラバラになって消え、残ったのは5つの『輝き』であった。



「なに? このキラキラ……」



「食べられたフレンズがそうなるのです、そして、元の動物に戻るのです」



するとキラキラ輝くそれは形を変え、食べられたフレンズの元の姿へと形を変えた。フレンズの姿では無い、4足で歩き、毛で覆われた動物たち。



「ッ……!」



イリエの知っているフレンズも居た。そして、その動物達の友達だったフレンズ達が悲しみで泣き崩れ、座り込む姿をイリエは見つめていた。はかせとじょしゅも、一人一人に声をかけ励まして回っていた。



「いつかまた、サンドスターでフレンズに戻れるのです」



「ほんと? 私の友達、帰ってくるの? また私のこと大好きって言ってくれるあの子が、帰ってくるの?」



「……もちろんです」



記憶を失うということを知っていたはかせが、そうウソをついてしまった、そこにイリエが駆け寄ってくる。



「ね、ねえ! はじめまして、私、イリエワニのイリエ! あんた達、セルリアンの弱点も戦い方も知ってたみたいだけど、何者なの!?」



「私はオオコノハズクのはかせ。こっちはワシミミズクのじょしゅなのです」



自己紹介を終えてもなお、イリエははかせとじょしゅのことをきらきらとした目で見つめている。



「な、なんですか」



はかせがそう言うと、イリエははかせの手を握る。



「2人とも、私達が知らない事も知ってるみたいだな、頭が良いんだ。どうして色んなことを知ってるの? フレンズとしての特技?」



「ええ、我々は」


「賢いので」



「あはは! なにそれ、キメ台詞?」



はかせとじょしゅのそのセリフがおかしくって、笑ってしまうイリエ。はかせとじょしゅはムスッとした感じで顔を見合わせる。



「我々は図書館に居るのです、文字を読める賢さで日々知識を蓄えているのですよ」



「図書館? なにそれ、私も行ってみたい! それに文字ってなに?」



「うーん、はかせ、この様子では図書館に連れていっても無駄そうなのですよ」



「……まあ、連れていくだけならタダなのです」



はかせは図書館に行きたがるイリエに寧ろ乗り気で、すぐさまイリエの両腕を掴み上げ、飛行する。と、そこへ鳥のフレンズが飛んでやってきた。



「イリエちゃーん!」



「あ、キンメちゃん」



イリエの親友、キンメフクロウのキンメ。白色の羽毛に覆われた髪でモフモフ感溢れる服装に身を包んだ小さな女の子。はかせとじょしゅにぺこりと挨拶をすると、はかせに担がれてるイリエの頰に自分の頰をぺたりくっ付けた。



「どこ行くの? 私も行っていーい?」



「うん。このはかせとじょしゅが凄く頭が良いんだ、本っていうのがたくさんあって、それを読むと頭がよくなるんだって!」



「ほん〜? それを読むと力持ちにもなれる〜?」



「いや〜、頭と力は違うから無理だよ」



「そうなんだぁ、私、一度でいいからすごい力持ちになって、イリエちゃんを持って空を飛んでみたいよぉ。こんな小さな体じゃイリエちゃんみたいにおっきなフレンズは運べないんだもん」



「ああ〜! 人をまたデブみたいに言って!」



「あははは!」



談笑して笑い合う2人に、はかせとじょしゅは顔を見合わせてにこり微笑む。図書館へやってきたイリエは、意外や意外、賢いフレンズだったようで、半年の間で文字を覚え、みるみると本を読んでいき、色んなものを開発したりする『研究者』のようなフレンズへとなっていた。一方のキンメフクロウはそこまで賢くなく、文字こそ読めなかったが、イリエが作り出す豆電球やピリッと静電気の出るドッキリ装置に驚いたり、笑ったり、時には開発を支えてあげたり手伝ったり。そんなキンメが居たからこそイリエは賢いフレンズであり続けられた。



「キンメちゃんが……!?」



そんなある日、突如現れたセルリアンにキンメが襲われ、元の動物へと戻ってしまったという。真っ先に気づいたはかせたちがセルリアンを退治したらしいが、ただのキンメフクロウに戻ったキンメを、イリエは回収し、大事そうに飼って、そこからまた半年が経ったある日、サンドスターに当てられたキンメフクロウは再びフレンズになって、キンメとしての姿となってイリエの前に現れた……だが。



「あなた、誰? 私は、何のフレンズ?」



「誰……って、イリエだよ、ほら、私のこといつか飛んで運んでくれるって……ねえ! 思い出してよ!」



「ひゃ! こ、こわい!」



全ての記憶がやり直しになったキンメに納得がいかず、イリエは凄んで彼女を追いつめ追いかけた。そして、夢中で逃げるうちにキンメは足を踏み外して崖から落ちてしまう。落ちながら、飛ぶような事もしなかった。フレンズになったばかりで、自分が飛べることさえ知らなかったからだ。



「キンメちゃん! ああッ!」



すかさず駆けつけるはかせとじょしゅが崖の下を覗くが、キンメの姿は、1番下が見えないほどの崖の下に消え失せてしまっていた。



「この高さから落ちては……助からないのです。自分が飛べるフレンズだと自覚する前だったですし、それに、フレンズの姿になったばかりでけものプラズムも安定していなかったのですよ」



「はかせ、その状態でしんでしまったら、どうなるのですか。またサンドスターでフレンズに戻れるのですか?」



「それは分からないのです、もしかしたら、元の動物さえも……」



「私のせいじゃ、ない。おかしいよ、こんな簡単に、思い出が無くなっちゃうなんて、こんなのおかしい、ねえ! そうでしょ! はかせ!」



「イリエ! 落ち着くのですよ、おまえのきもちは分かるのです、でもキンメは」



「納得いかない! キンメちゃんは必ず元に戻す、私が考えた方法で必ず……!」



「やめるのです、お前の開発は聞きました、でもセルリアンの力を使うなんておかしすぎるのですよ、危険なのです。それに、自然の摂理は仕方がないのです、砂嵐も豪雨も雷も雪崩も、セルリアンの性質も……我々はそれと共に生きていくしかないのですよ」



「何が自然の摂理だ。誰がそんなこと伝えるんだよ、死ぬことよりもひどい、思い出が消えるのを納得しろなんて、誰も納得しないよ。私みたいにみんななるんだ。私はそういう人を集めて必ず解決してやる。セルリアンから思い出を返してもらう」



「我々が伝えるのです。計画とやらはおまえ1人でやるといいのですよ」



「できるもんか、思い出を奪われた子のことは笑って忘れろって? そんなこと言ったら、あんたらはみんなからのけ者にされるよ。冷酷なフレンズだって、心が無いのかって、今まで同情でありもしないウソの声をかけてきたあんたらなら尚更だよ」



「できるのです。『長』になればいいだけの話なのです、賢い我々が、一手に嫌われるだけでいいのならそれで良い。我々は信じてるのです、フレンズが、悲しみを受け入れて前に進める強い子達だということを」



「勝手にしろ。私は……!」



すると辺りは揺れて、遠方からセルリアンの行列がやって来る。はかせ、じょしゅはひとまずイリエと逃げようと腕を引っ張ろうとするがイリエははかせの手を跳ね除け、走ってセルリアンの方へと走って向かう。



「ば、ばか!」



怪力が自慢のイリエでも敵うような数では無いことは明らか。助けに向かっても全員が無事で済むかは分からない状況なのに、更に別の方向からもセルリアンが向かって来る。



「なんですかこの数は、おかしいのです。はかせ、逃げるしか無いのです!」



「でも、イリエが……」



「我々が長になると決めたのです! ここで我々が欠けたら、イリエみたいに無茶する奴がもっと沢山現れるのですよ、今は逃げ切るのです、イリエは今ダメでもまた、きっとフレンズとして会えるのです……!」



「……分かったのです」



そうして、逃げ延びたはかせたちはセルリアンに食われたものの現実、思い出と記憶が全て消え、決して帰ってこない事実。それをフレンズ達に伝えそして『長』を名乗る。かつて同情から『大丈夫』『元に戻る』などと声をかけたフレンズからは糾弾され、涙を流され、はかせ達は一躍有名な嫌われ者に、けれど、持ってる知識を(フレンズによって理解できる、できないは別にして)一生懸命飛び回り広げていき、フレンズ達の知性を少しばかりかもしれないが活性化させた。図書館に訪れる者には知ってる事の全てを教え、生きる術を説いて回り……彼女達は長になった。時は現在に戻る。


「あのときお前はセルリアンにやられたはずなのです。なのに記憶のあるままキンメも取り込んで復活するとは、物凄い生命力ですね」



「懐かしいね。キンメは元の動物になって死んでた。私が殺したんだ。だから私は彼女のぶんも生きる。だからこうして一緒の体になったんだ!」



キンメは崖から落ちながら元の動物の姿に戻ってしまったのだろう。そのまま地面に打ち付けられて……。イリエはセルリアンと戦いながら同じく崖から落ち、それでもなおセルリアンの石を奪って、けものプラズムを操ってキンメフクロウと共にセルリアンと同化。その衝撃のリバウンドで長い間崖の下で眠りに落ちていたようだ。崖の下に落ちて来る微量のサンドスターを長い年月をかけてその身に蓄え、最近復活を果たしたというわけだ。



「ウゥゥゥゥ……!」



そうしているうちにじょしゅは気を失って倒れ、そこに気を取られたはかせの隙をついてイリエは尻尾の一撃を放つ。



「うあ!」



「なーによそ見してんのさ、さあじょしゅも今すぐに前の記憶をもって目覚めるよ」



はかせがやっとのことで身を起こすと、じょしゅは目覚め、起き上がった。



「う、うう、ここは……?」



「じょ、じょしゅ……!」



「はかせ?」



しかし、イリエの目論みとは裏腹に、じょしゅははかせをはかせと呼んだ。記憶が従来通りあるようだ。



「なに!? 触る時間が短過ぎたか?」



狼狽えるイリエはそっちのけで、はかせはじょしゅに駆け寄って身を起こし、そしてイリエを睨みつける。



「おまえの得たその力は、完全なものではないのです。そんなになんでもうまくいくと思ったら大間違いなのですよ、アードウルフ、スナネコ。お前が元に戻したと行ったそのフレンズ達は、お前が知ってただけの話なのです」



「何?」



「前の記憶をもった彼女達のことをお前が知っていただけ、でもお前はじょしゅの前の記憶を知らない、もう分かるはずなのです」



「……分からない、なんの話よ」



「おまえはフレンズに思い出を取り返してるわけじゃないのです。ただ、おまえが知ってるその子の記憶を、おまえの中にある記憶を、ただ再現して植え付けてるだけなのです」



はかせが気がついていた異変、そして、イリエが行ってきた事の綻び、それを指摘する。



「うそつくな……アードウルフもスナネコも私が救ったんだ。いずれキンメちゃんも私の体から分離させて救う!」



「何度も言わせるなです。お前は誰も救えないのです、諦めてただのフレンズに戻るのです」



牙を向けて襲いかかってくるイリエの攻撃を腕と羽で防ぎ、はかせは一切目線をそらす事なくイリエを睨む。



「誰も、救えない? 何を……言ってるんだ!」



イリエの尻尾の一撃。それをじょしゅが防ぎ受け止める。



「ウグ! はかせの言う通りなのです、知識があって力もある、だけどお前は心が弱いのです、自然の摂理を受け止めなければならない、それをまず学ぶのですよ!」



はかせとじょしゅ、2人の力を合わせてイリエを押し退ける。するとイリエは立ち尽くし、大声をあげた。



「ウオアアァアアアア!!」



イリエの体は発光し、サンドスターをあたりに撒き散らしながらギロリと光る眼ではかせとじょしゅを睨んで突進。あまりの速度について行けず、吹き飛ばされる。



「うあ!?」



「はやい!」



気がつけば図書館の外の空、そこにイリエは飛んでいて、ギザギザとした歯を見せて笑みを浮かべていた。



「なら、分からせる。私の作ったカロ・セルリアンがフレンズの進化すべき姿なんだって、力ずくで! あはははは!」



するとイリエは図書館から飛び去って行ってしまう。



「はかせ、正直私はついて行けないのです、どうするべきなのですか」



はかせは無言で羽を広げてイリエを追いかけ、じょしゅもそれに続いて飛び立つ。



「アードウルフ……彼女になにかする気かもしれないのです、スナネコはただの記憶の改竄、アードウルフは動物をイリエのやり方でフレンズ『のような』ものに作り上げただけ、セルリアンとしての目や、普通のフレンズを超えたパワーなどは持っていなかった……」



「イリエと似たようなものだけど、イリエよりは弱いもの、といった感じなのですね」



「そうです、奴は我を失った。親友を失った疎外感から、無理矢理にでも仲間を作ろうとするかもしれないのです、アードウルフは……もう」



イリエの速度、それに追いつくにははかせもじょしゅも自分自身の体に負担がかかるほどの力を要する。輝きを散らしながら、イリエの背後に食らいつく。



「ジャガー?」



一方、あんいん橋。雨が止み、さあこれから出発しようとするリカオン達の背後で、コツメカワウソの声が響いた。



「どうしたの? ジャガー!」



ジャガーは気を失って倒れていた。すぐにリカオン、ハシビロコウ、アードウルフが駆け寄って声をかけたり体を揺り動かすも、返事は全く無い。



「熱は無いよ、どうして? ジャガー、死んじゃったんじゃ無いよね、眠っただけだよね!?」



雨音さえ消えたこの空間で、ジャガー以外の呼び声が響き、木々の葉っぱに付いた雨粒が落ちていくのと同様に、コツメカワウソの涙も静かに流れ落ちるのみだった。そこへ、イリエが飛んでやってくる。



「アードウルフ! 居るよね!?」



「え?」



その呼び声にアードウルフが返事をするより早く、イリエはアードウルフの体を抱き抱える。



「うわぁ!?」



「え!? イリエちゃん……なんでここに?」



リカオンがそう驚いていると、誘拐の如くアードウルフが連れ去られていく。



「私、飛んで追いかけるから!」



ハシビロコウが即座に反応して追いかける。ジャガーがいきなり気を失い、アードウルフも連れ去られていく、もうわけが全然分からん状態。サバンナまであと少しというところで混乱しつつ、ハシビロコウは追いかける。が。



「……あれ? 力が、入んな……い?」



空中でバランスを崩し、力無く墜落。地面へ激突してしまった。



「ハシビロちゃん!?」



リカオンが心配して駆け寄る……その横を物凄い速度ではかせとじょしゅが通過。じょしゅがイリエの尻尾をガッチリと掴み、減速した隙をはかせが攻撃しイリエはアードウルフを手放し地面へと落としてしまう。



「きゃあ!」



アードウルフを離脱させることには成功したが、じょしゅは目元がぼやけ、力が入らなくなりイリエの尻尾から手を離して地面へと落ちていってしまう。



「じょしゅ!」



「はかせ、私は良いのです、イリエはフレンズから輝きや力を取る力が、あるのです、はかせ、気をつけ……て」



じょしゅは茂みの中へと落ちていき、はかせは全速力でイリエを追う。



「アードウルフもお前と同じにするつもりですか、イリエ! フレンズから輝きを奪って偽物の記憶を植え付けるたちの悪いセルリアンに!」



「そうだよ! 悪い? 私はもう止まらない、こうなったらみんな、私と一緒にするんだ、そうしたら誰もセルリアンを怖がらなくていいんだもん!」



「暴走もいいところなのです、賢くない『愚か者』なのです。お前はもう『群れ』じゃないのですよ!」



イリエは一瞬で旋回し、はかせへ腕の爪で攻撃を仕掛ける。はかせは両翼を広げて受け止める。空中でピタリと静止し鍔迫り合いを行う2名をよそに、地面へ落ちたアードウルフに駆け寄っていたリカオン、突如脱力感に襲われ地面に叩きつけられてもなお、アードウルフを心配して地面を這ってやって来たハシビロコウ。皆は固まっていた。



「セルリアン……? セルリアンにするって言ったの? 今……アードウルフちゃんを」



リカオンは立ち尽くして、はかせとイリエをただ見つめる。するとはかせはリカオンに気がつき、声を荒げた。



「今、分かったのです。なんでアードウルフの体からカレーが消えたのか。セルリアンは体どこからでもフレンズを捕食できる、体のどこでも口だということなのです……」



アードウルフからは目の光が消え、体はぶるぶると震えだした。



「どこでも口って……待ってよはかせ、ついて行けない!」



「お前たち、アードウルフに触ったりして、変化は無かったですか!? 見れば分かると思うですが、このイリエは普通のフレンズじゃないのです、どちらかと言えばセルリアンに近いのです!」



「アードウルフちゃんに、触って……って」



リカオンは考えて、秒も経たないうちに雷を受けたような衝撃を受けた感覚に襲われた。



「あ、ああ……」



今朝、アードウルフとスキンシップをとったあとにやたらお腹が空いたことも、逆ギレしてアードウルフに掴みかかったツチノコが空腹に見舞われたことも。お茶を飲んでるはずのトキの歌声がお茶を飲む前に戻ったことも、さっきアードウルフに数十秒抱き着かれたジャガーが気を失って動かなくなったことも、アードウルフの手を取って雨宿りできるところに運んであげたハシビロコウが力無く地面に落ちてしまったことも、全ては……。



「私が……やったの? 私の、せい?」



アードウルフは告げられた事のショックで呆然とする。脚は震え、後ずさりをしてフラつく。周りのリカオン、ハシビロコウを見て声が漏れる。



「嘘、だよね? 私が、そんな、セルリアンと、一緒……? みんなに触るだけで、ひどいことしちゃう、なんて」



「ひっ」



手を伸ばすが、リカオンはその手を恐れを抱いて見てしまった。ハシビロコウからは小さな悲鳴が漏れた。一瞬で訪れた疎外感、異物感、アードウルフの目には涙が溢れ、尻餅をついて項垂れた。止めどなく涙は零れ落ちる。



「ウゥ、ひぐ、うあぁぁ……!」



突然のことで呆然としていたリカオンはハッとしたように顔つきを変え、即座にアードウルフへ駆け寄り抱きしめる。アードウルフは驚き、それでもリカオンを引き剥がして押し飛ばした。



「だめ! 私に触ったら……聞いてたでしょ? 私、セルリアンなの、敵なの!」



そう言うとアードウルフはシャツのボタンを外し、両乳房の真ん中に輝く『石』をリカオンに見せつけた。まぎれもない、セルリアンである証拠。リカオンが、ハンターが、フレンズが、何度も砕いてきた憎っくき敵の証。



「こんなの! なんともないよ! お腹が空くくらい……なんでもないよ! たくさんたべるから! お腹が空くならジャパリまん沢山食べれば良いんだ、それだけ!」



それでもリカオンはアードウルフに駆け寄って抱きつく。アードウルフがどんなに力を込めても動かないくらい強く。



「やめて! 触らないで!」



「そんなこと、言わないで……!」



気がつけば、ハシビロコウもアードウルフのことを抱きしめていた。どんな事実があろうと、図書館からジャングルの道のりの思い出は消えない。もう3人はかけがえのない友達なのだ。アードウルフは静かに涙を零し続け、リカオンとハシビロコウは、みるみると力が抜けていく自分の体を、どんどん空いていくお腹を恨み、リカオンはお腹を自分で何度も殴りながら、泣いた。



「はかせエエェェェ!!」



「うぐぁ!!」



するとイリエの怪力に遂に耐え切れず、はかせは物凄い勢いで叩き落とされ墜落、地面に叩きつけられてサンドスターを大量に漏らし、地面へ這いつくばった。



「げほ、ごほ……無理なのです。奴には勝てないのです……野生解放の域を超えてる、とても、私だけでは……」



「私の計画はウソなんかじゃない!! みんなが楽しいジャパリパークを私が作らなきゃ! お別れなんてどこにもない幸せなパークを私が!」



みるみるうちにイリエの広げる羽根、尻尾、それらはサンドスターをあらゆる所から集めて巨大化していく。野生解放、それを超えたカロ・セルリアン真の力。既にフレンズを完全に捨てたであろう、獣を超えし合成獣の成れの果て。思い出への渇望は最強の武器を心の代償に彼女へ与えたのだ。



パークの最大の危機は、訪れてしまった。

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