第2話『おなか』


『キャーーッ!!』



耳をつんざく叫び声、けれど、周りには誰も居ない。誰も助けてはくれない。



『あれ? 石が無いよ!? なんでー!?』



まるで湖の中に居るような、くぐもって聞こえる、聞き慣れた声。



『ほら! ほ、ほら! めちゃくちゃ見てるよ、向こう向いてよー!』



でも、なんだか、眠くて……その声も聞こえなくなってきて……。



『すっごーい!さっきの!なーにあれ?ひゅーんって、空をとぶやつ!あれなに?どうやったの?』



『作ったんだけど……』



『作ったー!?』



……それから、わたしは……わたしは……!



『私が助けてあげるから、貴方も、ううん。全てのフレンズを、私が』



……え!?



「ハッ!」



図書館の一室。そこでアードウルフは飛び上がるようにして起きて、自分の汗だくの体に嫌悪感を覚えつつ、身を起こした。



「ハァ、ハァ……」



隣ではリカオンが大の字で眠っており、その向こうではハシビロコウがリカオンの腕を抱きしめて眠っていた。



「なんだろう、変な夢を見てた、みたい……」



アードウルフは図書館の窓から外を見る。もう既に朝が訪れ、晴天が差していた。そして、脳裏に焼きつく謎の声、まるで2人のフレンズが同時に同じことを喋っているかのような二重の声。全てのフレンズを助けてあげるから、そんなセリフ。



「私って、助けられたの? 誰に?」



そう虚空に問うたところで返事は返ってこない。虚ろな目で空を見ていると、アードウルフの襟元を誰かが掴んだ。



「ひゃ!」



「おはよ、アードウルフ」



リカオンだった。寝ぼけ眼でアードウルフの顔を見つめ、そして静かに立ち上がる。



「今日はアードウルフを必ずサバンナに無事に帰してあげるからさ」



「リカオンちゃん……ありがと……」



「気にしないで」



そうやりとりをしてお互いににこりと微笑み合う。するとガバッと2人の間に割って入るようにハシビロコウが身を起こして目覚めた。



「「わぁっ!」」



寝起きでも問題なくギョロリと大きい半月型の鋭い目つきに驚き、リカオンとアードウルフは仰け反ってしまった。



「ひどーい……」



「い、いまのはいきなり起き上がるからビックリしただけだよ、ねぇ? アードウルフ」



「う、うん、そうだよ」



自分の容姿に若干の嫌悪感を抱きつつ、ハシビロコウはため息をつく。やがてはかせ達も起き出してきて、一同は図書館の外へ出る。アードウルフを無事にサバンナまで届ける。リカオンとハシビロコウ、セルリアンハンターとしての大事な仕事の幕開けだ。



「気をつけるのですよ、とくにリカオン」



「え、なんで?」



「手柄を立てようと無理してセルリアンに立ち向かったりしそうなのですよ」



「そ、そんなことするもんですか、私が居なくちゃハシビロちゃんもアードウルフちゃんも危なくなるんだから」



「ふん、それなら良いのです。サバンナまでは遠いしそれまでの道のりは何度も環境が変わるのです」



「ちゃんと食べるのですよ」



「わかった、ありがとね」



「はかせ、じょしゅ、またね」



はかせとじょしゅの助言を聞き入れ、リカオンとハシビロコウは歩みを進める。アードウルフもその後ろをやってきて、はかせとじょしゅは静かに見送った。



「行ってしまったのです、はかせ。良いのですか、このまま放っておいて」



「ええ、今は別にやる事があるのですよ」



「やること?」



「心当たりがあるのです、石の付いたフレンズに」



数時間後。リカオン達はさばくちほーまで歩いてやってきた。



「すっごく疲れたね……日影があって良かった……」



さばくちほーにある遺跡、それにより作られた日陰で皆は涼んでいた。流石のハシビロコウもへとへとでそんな弱音を吐いた。



「途中、トキとショウジョウトキに会えて良かったね、少しの距離なら運んでもらえたし、アレが無かったらキツかったよ〜」



「すごい歌も聞かされちゃったけどね……」



 リカオンとアードウルフも並んで地べたに座って、トキたちのおかげでラクができたことを話し合っていた。トキがアードウルフを運び、ショウジョウトキはリカオンを運ぶ、で、ハシビロコウは空を飛んでそれに並走。



「たしかに凄い声だったね〜、でも、おかしいな、ゆうえんちでトキの歌を聞いたときはもっと聴きやすい声だったのに」



「なんか、アルパカさんが出してくれたお茶を飲んでから歌いやすくなったし、みんな褒めてくれるようになったって言ってたよ」



リカオンの疑問に、ハシビロコウは答える。



「じゃー今日は飲まなかったのかな」



「水筒? にお茶を入れて持ち歩くようにしてるって言ってたし、持ってたから飲んでると思ったんだけどね……」



「それよりお腹減ったなぁ、ハシビロコウじゃぱりまん持ってる?」



「え、あるけど、また? さっきも食べなかったっけ」



「うーん、なんか今日すごくお腹が減っちゃって、今までのキツいオーダーのツケが回ってきたかな〜」



うーんと悩みながらお腹をさするリカオンに、アードウルフはリカオンの手にそっと手を添える。



「あんまり食べると太っちゃうよ……?」



「太っ……そ、そんな!?」



「そんなことにはならないと思うよ、太ってるフレンズなんて見たことないし」



ハシビロコウがすかさずフォローする。今にも泣きそうな顔でリカオンがバッと顔をこちらへ向けた。



「ほんと!?」



「た、たぶん」



「うわー!」



とかなんとか叫びつつもハシビロコウから手渡されたじゃぱりまんをムシャムシャと泣きながら食べるリカオン。フレンズにとってはガマンして食べない方がずっと体に悪い。これで正解なはずだ。



「リカオンとアードウルフちゃん、仲良しだね。羨ましいな」



思えばはかせ達のところから旅立ってからというもの、リカオンとアードウルフはくっついて歩くことも多く、ボディタッチなどのスキンシップも多い。元の動物としての種類がイヌ科同士で似ている部分も多いからだろうけど、うらやましくってハシビロコウは無意識のうちにぽろっとそんなことを漏らしてしまった。



「あっ、ごめんね、違うの、今のは間違いで」



「そんなの気にしてたの? もーっ」



するとリカオンがハシビロコウに近寄ってその手を強く握る。それが嬉しくって、ハシビロコウの口角は緩み、自然な笑みがこぼれていた。



「ハシビロちゃんだって私の大事な後輩だし、もう仲良しでしょ?」



「ありがとう……リカオン先輩っ」



笑みとともにそんなことを言われるものだからリカオンは面食らって、きょろきょろと目を動かし、顔を赤らめる。



「先輩って呼ぶのは、も、もっと私が一人前になってからにしよ、なんか、スッゴイ恥ずかしくって」



「う、うん」



ついでにハシビロコウも顔を赤らめて俯く。そこにアードウルフも近寄ってきて、静かに微笑んだ。



「私、あの森で目が覚めて良かった。リカオンちゃん、ハシビロちゃんに出会えて、良かった」



「急にどうしたの、照れちゃうよ」



リカオンはアードウルフの言葉にまたも照れくさくなって、後ろ髪をかいている。



「私も、ハンターを目指してよかった。リカオンにも、アードウルフちゃんにも出会えて、必ず無事に帰ろうね」



「うん!」



リカオンの快い返事にハシビロコウも嬉しくなって笑みを浮かべる。なんとも言えない素敵な空間に、甲高い声がこだました。



「ワ゜ァァァ! びっくりしたァァァ!! お、お前ら、いつからここに居たんだァ゛〜〜!」



あまりに奇っ怪すぎる奇声、その叫び。どちらかと言うとそんな声を向けられた方がびっくりするというもの。リカオン達はその声の主の方をガン見。



「ツチノコ!? そっか、ツチノコって遺跡に居るんだったよね」



リカオンの言う通り、茶色の縞模様のフード、腹ポケットの付いた服に手を突っ込んで尻尾をピシャリ! ピシャリ! とせわしなく打ち付ける仕草をするフレンズ、ツチノコだ。



「へぇ、じゃあここがその『遺跡』って所なんだ、一度来てみたいと思ってたんだよね」



ハシビロコウは日陰に使ってた背後の建物を見上げて、関心を示す。



「なンだ、日陰につかってたのかよ、いきなり3人も誰か居るからビックリした〜」



自分の胸を撫で下ろし、ツチノコはきょろきょろと辺りを見回す。その様子にアードウルフは疑問を抱き、質問を投げかける。



「どうしたの? 何か探してるの?」



「ちょっと、友だ……知り合いをな、ここにも居ないってことは、また砂嵐でも見に行ったんじゃないだろうなぁ、チッ」



一通り周りを見回すとそそくさとその場を立ち去ろうとするツチノコ。リカオンはそのツチノコに声をかける。



「探してるのってスナネコ?」



「え゛ッ」



「友達なんでしょ? ゆうえんちでずっとくっついてたじゃん。みんなで仲良いねって噂になってたよ」



「ヴォレー!! ソ↑ン↓ナ゛コ↑トナ゛イ↑! キキックシャー!」



顔を赤くしてスナネコとなんか仲良くない! ということをアピールするツチノコ。しかしそんな反応しては逆効果というもの。その様子をリカオン達はガン見。



「探すの手伝おっか? この辺に居るんだよね?」



「べ、別に! 日陰で涼んでろ、あいつ、オレとじゃぱりまん食べたあとフラッとどっかに行っちゃっただけだ。たぶん飽きて帰っちまっただけかもしれないし」



「だってさハシビロちゃん、スナネコってツチノコのこと飽きるような子かなぁ」



「うーん、ずっとくっついてたし、飽きるなんてことないと思う」



「お前らッ! 俺たちを何だと思ッてんダー!」



「「すてきなコンビ……」」



「ど、どこがだあっ!?!?」



「「ぜんぶ……」」



そんな息ぴったりでハモりまくるハシビロコウとリカオンに照れていらつき、ドカドカと走ってくる。



「からかってんだろ〜ッ!」



「ふえぇっ!?」



で、なぜかアードウルフの胸ぐらを掴む。関係ないのに。



「あ。わりぃ間違えた」



「ひ、ひどいよ〜」



ツチノコの掴む腕をなんとか引き剥がし、アードウルフは涙目になっていた。



「でも探すなら急がないと、サンドスターの噴出があったばっかりでセルリアンも増えてるはずだし、食われてからじゃ間に合わない」



「そ、そうだな。遺跡の中は全部見た。さばくのどこかに行っちまったかもしれない」



リカオンに言われるがままツチノコはそう返すと、なんだか急に心配になってきてソワソワとしだした。


「さぁ急ぐよ」


リカオン、ハシビロコウ、アードウルフ、ツチノコはさばくへと足を踏み出し、セルリアンが居ないかと気をつけつつ進む。一見見渡しの良いさばく、人を見失うことなどありえないかもしれないが、所によっては砂に足を取られると一気にくぼんで転倒したり、そのまま蟻地獄状の穴に投げ出されてしまうといったこともある。そのまま気を失ったらシャレにならない。



「みんな、足元には気をつけろよ、あと突風は目を閉じろ。目に砂が入ったら大変だからな」



ツチノコの助言に皆はこくりと頷き、炎天下の暑さに汗が伝うが、フレンズが危険かもしれないとなれば話は別だ。皆は歩みを進め、辺りを見回す。



「スナネコって、どんな子なの?」



すると、緊迫した雰囲気に耐えきれなくなったのかアードウルフはツチノコに話しかける。



「黄色い髪で、耳が大きくて、その、見た目が可愛い……って、みんなが言ってるな」



可愛い。はあくまで自分が思ってるのではなくみんなの言ってる事を述べたまでだ。と言うようにそっぽを向いて少し顔を赤らめるツチノコ。



「そうなんだ、仲良しなんだね」



「あれ、みんな! あっち!」



アードウルフがツチノコに微笑む。するとリカオンが大きな声をあげて砂漠の向こうを指差した。目を凝らしてみると、誰かが砂漠に横たわって寝ている。スナネコに違いない。すかさず駆け寄ろうとする一行だがハシビロコウが静止する。



「まって! セルリアンも居る!」



モゾモゾと砂が動き、赤色のセルリアンが数匹砂の中から姿を現した。体長はフレンズと同じくらい。球体であるセルリアンの体長がフレンズと一緒ということは人型よりずっと体積は多いということ。普通なら逃げなければならない相手だ。



「でも、スナネコをた、たすけないと!」



リカオンは今朝はかせから言われたことなどとうに忘れて全力で走ってスナネコへと向かう。



「ま、まって!」



手持ちの槍を構えてハシビロコウも後へ続く、ツチノコも駆け出した。



「セルリアンに食われてからじゃ助け出せない! いまたすけないと! うああぁぁ!!」



全速力の勢いのままに砂を蹴り込み、ジャンプ! スナネコの居るところへと一直線に飛ぶが、空中は無防備。落ちてくるボールを待ち構えるように、セルリアン達が着地予想地点へ群がってゆく。



「なっ、わ、そんな!」



「リカオンちゃん!!」



ハシビロコウの叫び虚しく、リカオンとセルリアンの距離はみるみる縮まるのみ。そこへ空から突如としてやってくる者が。



「ハアッ! オラッ!」



飛行しながらセルリアンに突進攻撃を浴びせ、着地。怯むセルリアンに間髪入れず巨大な尻尾で薙ぎ払い、セルリアンを吹き飛ばす。その拍子に石が砕け、セルリアンは一匹を除いて消えた。



「ふん、そんなサイズじゃ私の相手にならないね」



「わっ! ととっ」



リカオンが無事着地したのはその直後。見慣れないフレンズになんてお礼を言おうかと考えていると、ただひとり残ったセルリアンがツチノコへと突進していった。



「ウ゛ア゛ァァァ!」



「え!?」



ツチノコは叫ぶ。何故だか体が思うように動かず、砂漠に膝をついていた。振り向いたハシビロコウがその異変に気がつき、すぐに引き返してツチノコの援護に向かう。



「な、なんで。力が入らない……!」



「ツチノコちゃん!」



ハシビロコウはヤケクソとばかりにヤリでセルリアンを突き刺す。だが石には全く当たっていない。セルリアンの体にヤリだけが取り込まれ、ハシビロコウはバランスを崩して転倒。



「うあ!」



絶体絶命。セルリアンはハシビロコウに覆いかぶさるように体当たりしてきて、もはや避けるヒマは無い。



「うわぁぁぁ!!」



そこへアードウルフが一目散に駆けてやってくる。そのまま目一杯体当たりしてセルリアンを転ばせた。



「アードウルフちゃん、ありがとう! 逃げて、あとは、私が」



その隙に立ち上がり、セルリアンが吐き出した槍を再び構えてセルリアンへ向ける。



「う、うん!」



セルリアンを倒したことなどないハシビロコウ。手元は震えているが、動けないツチノコ、戦えないアードウルフを守れるのは自分だけ、その一心で槍を向け続ける。



「え!?」



するとセルリアンは急にハシビロコウから向きを変え、リカオンと謎のフレンズが居る方向へと突撃していった。それをリカオンは慌てて、謎のフレンズは仁王立ちで迎え討つ。



「フーン、やっぱり私がムカつくってか? そんなに怒ってやって来ても、返してやんないよ」



そんな事を言うと謎のフレンズは尻尾を構え、一気に振り回してセルリアンをぶっ飛ばす。そのままセルリアンは彼方までぶっ飛び、遺跡の壁に打ち付けられてそのまま石は崩壊、消滅した。



「す、すごい力……ね、ねぇ、助かったよ、ありがとう!」



「気にしないで〜」



目も合わせずひらひらとした態度でリカオンのお礼に返す謎のフレンズ。髪型は半分だけはかせやじょしゅに似ていて、服装も左右非対称、色は緑と白。鳥の子の特徴である羽、フードこそないが爬虫類のようなウロコのついた巨大な尻尾。そしてギザギザとした歯。独特の雰囲気を醸し出している個性的なフレンズ。



「あの、はじめて見るんだけど、何のフレンズ?」



「イリエワニだよ、イリエって呼んで」



「え、でも」



イリエワニ。そう彼女は名乗った。だが、ワニ『じゃない』特徴も出ている、そんな事をリカオンは疑問に思った。が、みんなを助けてくれたのは紛れもなくこの『イリエ』



「そ、そうだスナネコ!」



リカオンはイリエのことを聞くよりまず、倒れるスナネコを抱き起こした。気を失っていたが、リカオンの声に反応し、目を覚ます。



「お、おい、大丈夫そうか!?」



そこへツチノコもフラつきながら駆けつける。



「ツチノコ、大丈夫なの? 急に動けなくなったみたいだけど」



「おう、なんだか急にお腹が空いて、力が入らなくなって」



「急にお腹が?」



思えばリカオンも今日は空腹に悩まされている。ツチノコもそうなら、みんなそうなのか? と思ったがはかせもじょしゅも、ハシビロコウもアードウルフもそんなことは無いし、全然わからんかった。



「あれ? でもツチノコってほら、さっきスナネコと一緒に……」



「うーん……あれ、ここは」



リカオンが疑問を呈するより先に、スナネコは起き上がり、周りを見回す。



「スナネコは砂遊びしてたはずなのに、あれ、あなたたちは?」



そんな事をリカオンとツチノコに言う。きょとんとした顔は相変わらずだが、何かがおかしい。



「誰って、俺だよ、ツチノコだよ!」



「私はリカオンだよ、どうしたの?」



「スナネコはあなた達のこと知らないですよ、ネコのフレンズは多いから、誰かと間違えてませんか?」



スナネコはリカオンのこともツチノコのことも全く分からない様子だった。



「頭でも打っておかしくなったのかぁ゛? それに、いつもは『ボク』だろ?」



「……初対面なのにそんな近づいてきて、もしかしてスナネコの事好きなのですか? 照れるのです、恥ずかしーのです」



そう言いながら顔を赤らめ、くねくねとして恥ずかしがるスナネコ。明らかにおかしい、以前のスナネコではない。リカオンとツチノコは言葉を失い、ただただ困惑する。



「良かったー、元どおりだ。冷たい性格になっててちょっとムカついたけど、戻ったなら良かった良かった」



そんな事をイリエは言った。リカオンはバッと振り向きイリエを見る。するとイリエはこっちを向いていない、別の方向を見ながら喋っていた。独り言なのか、スナネコに向けて言った言葉ではないのか。困惑してるうちにイリエはツカツカと歩いていってハシビロコウへ近寄っていく。



「お、刑事じゃん、頭突きじゃなくて槍に変えたんだ。まぁ危ないもんね〜肉弾戦」



「え?」



セルリアンが退治され、安堵して胸を撫で下ろしているハシビロコウに、そんなことをイリエは呼びかけた。



「……その」



「あれ、むやみに話しかけるなって怒らないんだ、そっか」



「え……」



ついていけない、イリエは皆の理解を超えた次元の話をしている。そしてギザギザのキバが光り、人に威圧感を与える。いくつもの瞳に見つめられてるかのようなプレッシャー。そしてイリエは右手をハシビロコウへ向けた。



「大丈夫、すぐ助けてあげるから」



「ひっ……!」



ハシビロコウは得体の知れない恐怖感を感じ、まるでイリエの髪や服、脚にギョロッとした目が現れたかの錯覚を覚えて臆した。震える脚では抵抗もできず、イリエの手が迫ってくる。



「あ、あの。セルリアンを倒してくれてありがとう!」



そこへアードウルフが声をかける。イリエに頭を下げ、イリエはハシビロコウへ向ける手を下げ、アードウルフへ向きを変え、にっこりと微笑んだ。



「良かった。アードウルフも戻れたんだ、私はイリエワニのイリエ、よろしくね」



「あれ? あなたの声、どこかで聞いたことがあるような……?」



イリエはアードウルフと握手をしてほくそ笑む。そして戦闘で汚れてしまったアードウルフの洋服の砂埃をパタパタと手で払ってあげる。



「あ、ありがとう」



「気にしないで〜、それより、はかせとじょしゅってまだ居るの?」



「はかせとじょしゅなら、森林の、図書館ってとこに居るけど……」



「まじ? まだ長やってんだ」



「まだ?」



アードウルフの頭はちんぷんかんぷんだった。まだ居るの、まだ長やってるの。もしかするとはかせとじょしゅの長年の知り合い? かも? 言われてみれば髪型も一部似ているし……。



「じゃーね刑事、今は見逃してあげる。用事が済んだらまた来るから」



「私、刑事じゃない……ハシビロコウ」



そう言うとイリエは凄い勢いで空へと飛び立って消えていった。ハシビロコウとアードウルフは黙ってそれを見届ける。



「ワニって空飛ぶんだ」



そんな素っ頓狂なことをハシビロコウは言い、横のアードウルフをちらりと見る。そういえばはかせが言ってたが、アードウルフの服についたカレーが跡形もなく消えてたらしいが、今回の戦闘でついた砂汚れはそのまま。カレーの件ははかせの見間違いで、最初からカレーなどついていなかったと言うことだろう。微妙に引っかかっていた不思議が消え、ハシビロコウは少しすっきりした。



「助かったけど、私、ちょっとイリエちゃんは、こわいかも」



ハシビロコウはそうぽつりと呟き、スナネコを介抱するリカオンとツチノコの方へと歩いて合流する。ひとまずの危機は去った。



一方。とある渓谷の岩場、そこにトキとショウジョウトキが居た。どうやらトキがいきなり力を失ったように転落してしまい、しかし運良く木々がクッションになり大怪我にはならなかったようだ。



「ちょっと! 大丈夫!? 急に落ちちゃうからビックリしたんですけど!」



「だ、大丈夫ょ、なんか、お腹が空いちゃって、ゴメンね」



「お腹って……出発する前に一緒にジャパリまん食べたでしょ? 私なんてまだ腹八分なんですけど!」



「そうね。なんかおかしい、疲れてるのかしら、歌いすぎかしら」



「カフェに戻りましょ、アルパカなら疲れに効くお茶も出してくれるわ」



「そうね。ついでに歌のうまくなるお茶ももらおうかしら」



「じゃあずっとお腹が空かなくなるお茶も欲しいんですけど!」



「えへへ、アルパカ、困っちゃいそうね」



そしてトキを抱き抱えてショウジョウトキは空へと飛び立っていった。昼。空には綺麗な、否、禍々しい色のオーロラが包んでいた。

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