けものフレンズがいでん『いじん』
真鍋棒
第1話『アードウルフ』
ジャパリパーク全体に響くほどの轟音。それは突然鳴り響いた。
「サンドスターがまた噴き出したみたいなのです、新しいフレンズが生まれたかもしれないですね、はかせ」
「ええ、やかましいのが増えると困りものですけど、仲間が増えるのは良いことなのです」
山からサンドスターが噴き出したことその様子を、アフリカオオコノハズクの『はかせ』とワシミミズクの『じょしゅ』は見つめていた。きらきらと辺りの空と大地を輝かせ、湖や池は水面が煌びやかに反射し、周り一面を虹色に光らせている。その噴火、否、噴サンドスターの威力で地面は揺れ、サバンナや砂漠には大きな砂埃、雪原には雪崩を引き起こし、森の木々の葉はバサバサと地面に落ちていく。
「よかった、図書館の本はあまり倒れていないのです、掃除もちょちょいとやれば済むのです」
「自然の摂理とはいえ、パークのあちこちが崩れるのは厄介ですね。前のサンドスター噴出のときは私が掃除したので今日はお任せします、はかせ」
図書館にぽっかり空いた大空洞、そこからパークの景色を眺めて憂いのような表情を着飾っていたはかせ、じょしゅからの言葉を聞くや否や、表情はムッと変わり、体ごとじょしゅに向き直す。
「なにを言うのです、次からは『くじ』でそうじ当番を決めると言ってたはずです!(言ってないけど)」
「えぇ……そんなこと言われたおぼえは無いのです」
「そうですね、じょしゅは『うん』が無いですから、くじが怖いのです、仕方ないです、私が……」
「な、待つのです! このじょしゅに怖いものなんて無いのです、くじ、やります、やりますねぇ!」
ムキになって食いつくじょしゅに、はかせの口角は若干ゃ上がる。待ってましたと言わんばかりに六角柱型で面のひとつに穴の空いたくじびきを取り出す。
「ここには二本の棒が入っているのです、そして一本の棒は真っ赤なのです、真っ赤な棒を引いたものが図書館掃除なのですよ!」
「や、やってやるです!」
はかせには絶対的な自信があった、図書館で密かに調べていた「ふうすい」というヒトの特技のひとつ。それを実践していたのだ。
「(まくらの方向も本に書かれてた通りにしたし、調味料のしおも盛って置いたりしたのです、私の『うんき』は最強なのです、じょしゅは何も知らないのです、笑いがこみ上げるのです! さぁ、くじを引くのですっ!)」
……結論から言うと掃除当番ははかせになった。流石運気上昇、色のついた『アタリ』を引き当てるとは、風水ってすごい!
「なんで長の私がこんなことを……」
はかせは地面に落ちた本をキチンと元どおりに直し、床に落ちた土埃などを羽の風で取っ払って掃除を終えた。
「おわったのです、こんなことをするとお腹が空くのです……早くヒグマでも呼んでりょうりをさせるのです……」
「はかせー! 本が一冊落ちたままなのですよ! ほら! ちゃんとするのですよ!」
「ちっ……」
はかせの取りこぼしをこれ見よがしに拾い上げて今日一番の声の張りを見せるじょしゅ。はかせの眉間にしわが寄ったが、言い返さないのを見るに、前回のそうじのときに全く同じようなことをじょしゅにやったのだろう。
「そんな本、すててしまえばいいのです」
「な、なにを言うのですかはかせ! この本は、えーと『いじん』? について書かれている、ヒトにとって大事な本なのですよ」
「ああ『えじそん』とか『べーとーべん』とか書いてある本ですね、読んでもわけがわからなかったのです、それにえらいことをしたひとが本に乗るなら我々こそその本に書かれるべきなのです」
「それはそうですね、我々の名前をちょちょいと書き足しましょうか」
頭の羽の中からペンを取り出し、自分達の名前を書くスペースがどこかに無いかと割とマジメ探しているじょしゅ。その一方、はかせは突然黙り、何かに気がついたように図書館から外を眺めた。
「何か今……揺れなかったですか? あっちの森の方で」
「もう地震はおさまったはずです、もしかして、セルリアンが活発化したかもしれないです、どうしますはかせ」
「ハンターも対応しきれてない可能性があるですね、一応見に行くのです、そしてハンターに借りを作って料理をちょちょいと振る舞ってもらうのですよ」
「はかせ……さすがなのです」
善(?)は急げと言わんばかりに二人の長は『揺れ』の起きた森へと飛び立って行く。空を飛べばどんなところへも一瞬だ。物音立てず高速飛行できるはかせとじょしゅならば、セルリアンが気づくより早く攻撃も可能。
「長たるもの無謀な争いはできないのです、まずはじっくり様子を見てから攻撃、ですよじょしゅ」
「ええ、分かっているのですよ、はかせ。りょうりを食べる我々がセルリアンに食べられるなんて、ギャグだとしても面白くないのです」
森へと辿り着いたはかせとじょしゅは、森の中の一部だけ木々が無くなっている場所を見つけた。そこからはもくもくと煙が上がり、空から見下ろせば、地面が綺麗な丸の形にくり抜かれているような穴があいていた。
「な、なんですかあれは、かみなりでもおちたのですか?」
「はかせ、あれって前に本で見た『くれーたー』ってやつにそっくりなのです」
「それって、空からふってくる『いんせき』が落ちたところにできるおぞましい穴のことなのです、そんな危なっかしいものが落ちてきたら流石に気がつくのです」
「じゃあ、一体なにが……」
クレーター。そうとしか形容できない不気味な穴に呆気を取られていたはかせとじょしゅだったが、そのクレーターの内部に見慣れたものが居るのに気がついた。
「はかせ、小さいセルリアンがいくつか中に居るのです」
「青いタイプですね、あの気味の悪い目玉は紛れもなくセルリアンなのです……でも、なんか……」
はかせ達はクレーターの近くに降り立ち、そしてはかせは異変に気付く。
「小さすぎるのです……それに、我々に気がついているのに全く動く気配も無いのです」
「なんか……勝手にくるしんでるようにも見えるのです、それに、石が見当たらないのですよ」
はかせ達が拍子抜けするほど小さなセルリアン、動きも鈍く、モゾモゾとのたうちまわるのみで気味がわるい。そしてそれほど小さいのならば石も体からはみ出ているはずだが、どのセルリアンにも石は見受けられない。
「えっ!?」
じょしゅが驚愕の声を漏らす。はかせ達が触れもしていないのにセルリアン達は突如細かな結晶になってバラバラに砕けてしまった。勝手に消えるセルリアン……そんなやつばかりならフレンズのみんなは苦労しないのだが……。
「わけが、わからないのです。石を持たずにここに生まれたというのですか、あのセルリアンは」
「石だけ、誰かが盗んで……」
じょしゅのその言葉に、はかせは顔を向き合わせる。
「そんな危険なこと、セルリアンハンターの連中でもやらないのですよ」
「と、とにかくセルリアンは消えたのです。近くに仲間が居ないか見回ったほうが良いですね、はかせ」
「ええ、めんどくさいですけど」
そんなやりとりをして渋々と辺りを見回し、飛び立とうとしたはかせとじょしゅのところへ、1人のフレンズが駆けてやって来た。
「あ、あれ!? はかせ、じょしゅ! どうしてここに? この穴は?」
「あ、はかせ。リカオンですよ、ハンターの」
「それは良かったのです。あいつに全部やらせるのですよ」
「え? え?」
駆け付けたリカオンは問題のクレーターの前で立ち止まり、何故かそこを去ろうとするはかせ達を慌てて追いかけてじょしゅの脚を掴んだ。
「帰らないで! このでかいのはセルリアンの足跡ですか? 周りに足跡が無いけど、はかせ達が倒しちゃったとか?」
「倒したのは私達では無いのです、石のないセルリアンがその穴に居て、突然勝手に消えたのです」
ちんぷんかんぷん、リカオンには全くわけがわからなかった。そのうえになにか押し付けられようとしている。
「ま、待って待って、私新人ハンターのためにここに来たばっかりだし、はかせ達が居ないとキツイですよ〜」
「新人ハンター……って、リカオンも新人みたいなものなのです、それに我々は忙しいのです、お腹も減ったのです」
「はかせ〜そんなこと言わないで……」
「こら、くっ付くなです、暑いのです重いのです」
リカオンは大きな耳をピコピコとさせて、意味不明なこのクレーターや慣れないちほーに心細くなり無理やりはかせに協力要請。そんなやりとりをするリカオンとはかせに恐る恐る声をかけるものがひとり。
「あの……セルリアンは、居ないんだよね」
その声の主はハシビロコウ。ぎらりと光る鋭い目つきに大きな髪の羽。表情を一切作らないその『コワモテ』にじょしゅは答える。
「ええ、勝手に消えてくれたのです。この森の中に仲間が居る可能性もゼロではないですが」
「よかった……」
携えているヤリを撫で、ハシビロコウは肩で息をして安堵した。そんなハシビロコウにはかせは質問をぶつける。
「なんで平原のヘラジカのところに居るはずのハシビロコウが武器までひっ下げてここに居るのですか、ハンターも人員不足ですか」
「ち、ちがうの、私、ハンターになりたくて」
「ボーッと突っ立ってるのがお似合いのおまえがハンターですか、なかなか面白いことを言うのです。ねえじょしゅ」
「その通りです、ヘラジカとライオンが居て安全地帯と呼ばれてる平原を離れてまでセルリアンと戦うなんて無謀もいいところです」
「ちょ、ちょっと! そんなこと言わないで下さいよ、ハシビロちゃんは誰かの役に立ちたいって気持ちで……それに無謀なんかじゃない、今はハシビロちゃんが1番戦いやすいちほーを探すためにパークを横断してるんですよ、森で戦えるフレンズは少数なので早く抜けてしまいたかったのに……こんな事件に遭遇するなんてツイてないなぁ」
「たしかに、役に立とうとする気持ちは素晴らしいのです。だけど適材適所という言葉があるのですよ、私や、じょしゅのように知能もあって、戦いもできる逸材はなかなか居ないのです」
「ええ。ハシビロコウ、お前は何度か図書館に来たこともあったのです。そこで知識をいくつか仕入れることができた。どちらかと言えば頭を使えるタイプのフレンズなのですよ」
はかせとじょしゅの言葉を受け、ハシビロコウは俯き、そして顔をはかせとじょしゅに向き直す。
「うん……図書館で見たからヒトについてかばんちゃんにちょっとだけ何のフレンズなのか教えることができた……だからはかせとじょしゅには感謝してる。言ってる事も正しいって思う、私、こわいって言われるくせに、臆病だし、そんなに、強くないし」
「ハシビロちゃん、はかせとじょしゅの言う事鵜呑みにしちゃダメ。カレー食べてばっかりのカレーの鳥なんだから、ハシビロちゃんのやる気を削いで楽しんでるだけだよ」
「だ、誰がカレーの鳥ですか! リカオン、お前こそハンターの『後輩』ができたからって調子に乗ってはいませんか、ヒグマやキンシコウにこき使われて『しんじんけんしゅう』に駆り出されているぶんざいで」
「はかせの言う通りなのです、きっと『せんぱい』って呼ばれることに喜びを見出しているのですよ、リカオンは真面目なフリしてそういうところがあるのです」
「なっ! 誰が!」
喧嘩?するリカオンとはかせじょしゅ。それに見かねてハシビロコウは口を開く。
「こ、こんなに騒いでもセルリアンがやって来ないってことは……近くには居ないんじゃないかな、一度図書館に行かない? ずっと森に居たら気が張って仕方がないよ」
「そうですね、戻るのです。あ、そうだハシビロコウ、ハンターになりたいというのならまず『りょうり』が出来るようにならないとダメなのですよ、図書館に来たらりょうりするのです」
「え!? そうなの?」
「そうなのですよ、ヒグマなんてたまに(私達が無理やり連れ帰って)図書館にくるとりょうりを作ってくれるのです、ハンターのかがみ。なのですよ」
「適当なこと言わないでってばー!」
リカオンのツッコミも虚しく、はかせとじょしゅは飛び立って図書館へと帰っていった。取り残されたリカオンとハシビロコウも、図書館へと向かう。
「ごめんね。私がさばくもせつげんも嫌だって言ったせいで、こんなところまで来ちゃって……そのせいで事件に巻き込まれちゃって」
「気にしないで大丈夫。慣れないところで戦ってセルリアンに食われちゃって、みんなのことを忘れちゃうほうがずっと辛いし」
「ありがとう……」
「まだまださばんなやじゃんぐるもあるし、大丈夫大丈夫、それともヒグマさん達と一緒に戦う? ヒグマさんオーダーキツイし厳しいから大変だけど、最強すぎるからセルリアンなんて怖くなくなっちゃうよ」
「えへへ、ありがと」
「……えっと」
珍しく口角をあげて微笑むハシビロコウの顔をじっと見つめ、リカオンも口元が緩む。気がつくとちょっとハシビロコウに肩を寄せて、耳元で囁く。
「ちょ、ちょっと、私のことせんぱいって呼んでみてくれない?」
「え?」
「いや! イヤならいいんだ……」
「せんぱい……」
「ッ!〜〜ッ!」
ハシビロコウの吸い込まれそうな大きな瞳に見つめられながら言い放たれる破壊力バツグンのセリフに、声にならない声で呻くリカオン。
「へ、変だった?」
「いや! いい、良い」
なんだか恥ずかしくなってハシビロコウもリカオンも顔が真っ赤になりながら歩く。すると目の前の茂みがガサガサと揺れだした。
「わっ!? まさかセルリアン!?」
びっくりして声をあげるリカオン。無言でリカオンの袖を掴んで背後に隠れるハシビロコウ。
「ひぅ……」
「ええ! ちょ、待って掴むのはやめて!」
てんやわんやする2人の前に、茂みから姿を現したもの。それは……!
「あ、あ、あのぅ……」
「あれ!? フ、フレンズ……!?」
リカオンの驚愕の声、言ったとおりリカオンとハシビロコウの目の前に現れたのはフレンズだった。白と黒の髪色にノースリーブのシャツ、ホットパンツとゼブラカラーのタイツを着用し、おどおどとしている女の子。名は『アードウルフ』
「ど、どうしてこんなところに? 迷子? ここらへんで揺れがあったの知ってるでしょ? 離れないと危ないよ」
相手がフレンズと分かれば話は通じる、リカオンはアードウルフに駆け寄っていく。
「あの……私、サバンナに居たはずなんですけど、ここ、何処なんですか?」
「え、さ、サバンナ?」
アードウルフは見慣れない森の風景に怯えていたようだ。しかしここはしんりんちほー。サバンナまでは、そうげん、こはん、さばく、こうざん、じゃんぐる……と横断していかなければならないほどの遠さ。『居たはず』でふらふら迷い込めるような距離でもない。
「とにかく、図書館に連れて行こう、はかせたちなら何か分かるかも……」
ハシビロコウの提案に頷き、リカオンはアードウルフを連れて図書館へと向かった。
「お前は、アードウルフですね」
そして図書館に着くや否や、即座にはかせは彼女の名前を当てる。
「はい、私……どうしてこんなところに。サバンナに帰らなくちゃカバに心配かけちゃう、帰らないと……」
「……おまえについてはあとで話するのです。まずは腹ごしらえです」
一方リカオンとハシビロコウはじょしゅに腕を引っ張られ、無理やり料理を作りに行かされていた。
「ひゃ!」
「わ! だから掴まないでってば!」
とにもかくにも火が怖い、火を起こすために薪をくべるだけでも火の粉が散って、リカオンとハシビロコウは大騒ぎ。かといって逃げ出そうとすればじょしゅが回り込んでせき止めてくるという一種の金網デスマッチ感が溢れていた。
「さぁ次はカレー粉です、早く入れるのです。お湯が蒸発したらどうするのですか」
「こ、この茶色いやつだよね、全部入れていいんだよね」
「そうです、早くするのですハシビロコウ、味見も忘れちゃダメなのですよ」
「あ、あじみ? え、えっと、ぱくっ」
言われるがまま鍋に投入するはずのカレー粉をひとつまみパクッと口に放り込んでしまうハシビロコウ。
「あ、入れてからカレーを味見しろってことなのです。もう、遅いのです……」
「うえぇっ〜〜!」
「ぎやあああぁぁ私に吐き出さないで〜〜!!」
そのまま目の前に居たリカオンの背中に吐き出してしまうハシビロコウ。ある種のプレイやご褒美のように感じるが紛れも無い大惨事。
「やっと出来た……」
ともあれ、なんとかカレーを作ることが出来たしご飯も上手く炊けた。すごい目力ではかせとじょしゅがジロジロと見てくる中、5人前のカレーをよそってテーブルに並べた。
「はかせ! リカオンとハシビロコウ、ちゃっかり自分たちのぶんもよそってるのですよ! 図々しいのです!」
「りょうりつくるのすっごく大変だったんだからいいでしょ!? ほら、ハシビロコウちゃんも座って、今日はたらふく食わせてもらいますよ」
ハシビロコウと共にどかっと椅子に座って、でっかいため息をつくリカオン、りょうりがいかに大変か身に染みてわかった。
「じょしゅ、構わないのです。少し話が長くなりそうなので、みんなでりょうりをつっつきながらの方が」
リカオン、ハシビロコウの隣にアードウルフを座らせ、その向かい側にはかせ、じょしゅは座る。
「はかせ、どうしたのですか。なんだかアードウルフを見てからテンションが暗いのですよ」
「べつに、そんなことはないのです」
「食欲がないんだったら代わりに食べてあげるのですよ」
「やめろなのです」
はかせのりょうりのお皿に手をひっかけるじょしゅの頭をぐいっと押し返して抵抗するはかせ。
「いただきまーす」
「いただきます」
「いただき、ます……」
そんなはかせ達を無視してリカオンがりょうりを食べ始める。続いてハシビロコウ、アードウルフもスプーンに手をつけてぱくぱくと。
「あ! はかせ、はやく我々もたべるのです」
「早食いじゃないのですよ」
服にこぼしてもあまり目立たない色だからなのかじょしゅの方が若干食べるスピードが早い。
「アードウルフ、お前、セルリアンに襲われた覚えはあるのですか?」
「え? セルリアンに……?」
はかせのアードウルフへの開口一発。
「いきなりなんですかはかせ」
じょしゅはやはりはかせのようすがヘンだと、はかせの顔を覗き込んでじろりと見つめる。一方アードウルフは俯いて、目を見開き、しずかに口を開いた。
「言われて、みれば、私……」
サバンナとは程遠い場所に住んでいるリカオンはなんだか話の筋がわかってきた気がした。
「なるほど! アードウルフはセルリアンに襲われて、無我夢中で逃げているうちにこのしんりんちほーまで走ってきちゃったんだ! なるほどー」
「あ、それ、私も思った……セルリアン、すっごく怖いもんね」
アードウルフの件はこれにて解決! といった具合に意気投合するリカオンとハシビロコウ。しかしはかせとじょしゅはジトリと2人を睨む。
「誰がそんなに走り続けられるんですか、サバンナからここまでどれだけの距離があると思ってるのですか」
「鳥のフレンズでも流石に疲れるのですよ」
「……はい」
リカオンとハシビロコウは俯いてカレーを一口。この謎の解決は余計なことを口走るより、はかせの話を聞いていた方が早そうだ。
「かばんを助ける為にみんなが集まったあのとき、カバから話を聞いたのです。アードウルフはセルリアンに食われて輝きを失ってしまったと」
「何を言ってるのですかはかせ、フレンズとしてサバンナで暮らしていた記憶が残ってるのなら、輝きを失っていないということなのです」
「じゃあ、カバが嘘をついたということなのです」
淡白な返しをするはかせに、リカオンの眉間にしわが寄る。
「カバってあの、サバンナのおねえさんですよね、そんなうそつくようなキャラでしたっけ」
「アードウルフちゃんが食べられたって、勘違いしたんじゃ……」
ハシビロコウもカバを庇う。アードウルフがこうして無事な以上、輝きを失ったわけがない。セルリアンに食われれば元の動物に戻り、そして再びフレンズになれたとしても、以前の記憶は消えて無くなってしまう。
「かばん……? って、誰、ですか?」
「かばんはヒトのフレンズなのです、サーバルと一緒に海の向こうへ行ってしまったですが、パークになくてはならない『良いやつ』だったのですよ」
「ええ、サーバルちゃん、どこかへ行っちゃったんだ。ヒト……みんな、知ってるんだ。お喋りしたかったな」
かばんに会えなくって、しょんぼりするアードウルフに、ハシビロコウは前のめりになって近づく。
「わ、私ともお喋りしようよ、かばんちゃんの話とか、したいし、サバンナの話も聞かせて?」
「わわ、ぅ、こ、こわいっ」
「ひ、ひどい」
「ひどくないのです、今のハシビロコウは怖すぎなのです、ねぇじょしゅ」
「ええ、鬼気迫るものがあったのですよ、はかせ」
勇気をだして話してみたらコレである。ハシビロコウは大きなため息をついた。
「しかしセルリアンに食べられたら何もかも忘れちゃうってキツイですよね、私だってヒグマさんやキンシコウさんのこと忘れたくないし、セルリアンの性質ほんとキツイですよ……」
「ヒグマもそれは常々思ってると思うですよ、我々も数え切れないほど輝きを失ったフレンズをいくつも見てきたのです」
「ええ。でもまあぽんこつばかりなので、みんなすぐにケロッと対応してしまうのです、自然の摂理なので、仕方ないんだって」
「そんなものなのかな、私だったら納得いかなくて、それこそはかせたちみたいに頭がいい人たちに「どうにか記憶をもどせないの」って泣きついたりするかも」
「まだセルリアンに食べられたらどうなるかって誰も知らない頃のフレンズは大変だったかもね……」
リカオンの意見にハシビロコウも乗っかる。こんなものだ。とみんなが納得するより前のフレンズは、自分の親友と同じ姿をしているけど、記憶がやり直しになったフレンズを見て、涙をいくつも流したりしたのではと考えると心がちくちくと痛むのを感じた。
「……だから我々は長になったのです」
「え?」
はかせの言葉に、リカオンは疑問をぶつけたが、返事は返ってこなかった。
「なんでもないのです」
「そっかー、そういえば嘘をつくといえばろっじのタイリクオオカミだよねぇ」
「リカオンも知ってるんだ。まんがっていうのを描けるすごい子だよね、私、機を伺いすぎてお喋りできなかったや」
「すぐこわい話してくるしさ、その夜怖い話思い出しちゃって、ひとりで眠れなくてヒグマさんの寝床に行ってくっついて寝ようとしたらどつかれて散々だったよ〜」
「こ、こわい先輩によくそんなことできたね……」
リカオンとハシビロコウが少し会話で盛り上がるなか、アードウルフは静かに食事を終えていた。しかしその様子を見てはかせが一言。
「アードウルフ、おまえは道具を使うのがへたっぴなのです、口の周りにも洋服にもカレーがベッタリなのですよ。拭かなきゃだめなのです」
「え? あ、ごめんなさい……」
「べ、別に謝ることではないのです、我々のように賢くて器用なフレンズはそうそう居ないので」
そう言うと懐から布を取り出してアードウルフの口元を拭いてあげるはかせ。アードウルフは顔を前に突き出して強く目を瞑っている。
「カレーは汚れがなかなか落ちないのだけが惜しい点なのです、ねぇはかせ」
「ええ、ふくは近くの池で水浴びして洗うと良いのですよ、アードウル……」
「ありがとうはかせ」
口元のカレーは拭いてあげた。流石に服の汚れは布切れ一枚じゃどうにもならないので池のある方角を教えて指差そうとするはかせの表情は固まった。しばらくの無言の後、はかせはゆっくりと喋り出す。
「アードウルフ、おまえ、服の汚れが無くなっているのですよ。いつ拭いたのですか」
「え? な、なにが?」
アードウルフは自分の服に目をやると、さっきまで付いていたカレーの汚れは綺麗に無くなっていた。
「ほんとだ、きれいになってる、お、おかしいな」
襟元や服をたくしあげたりして、ヒトのフレンズ♂が大喜びしそうな若干の体のチラリズムを無意識に披露しつつ、自分の服からカレーが消えたことを確認。
「ッ……!」
そのとき、はかせの髪の羽がピクリと動き、はかせは無言になる。
「はかせ? どうしたのですか?」
「……今日は、もうそろそろ日が暮れるのです。みんな、ここで朝まで眠っていくといいのですよ」
じょしゅから目を逸らし、そう言い放つはかせ。リカオンは万歳して喜んだ。
「良いんですかー! よかったー今日はもうクタクタで……」
「私も疲れちゃった……アードウルフちゃんも良かったね、一緒に眠ろっか」
「う、うん」
ハシビロコウの提案に頷くアードウルフ。その後、しんりんちほーを担当しているセルリアンハンターの人達がやってきてはかせ達に『セルリアンは見つからなかった、クレーターの正体は未だ不明』『今回のサンドスター放出で誕生したフレンズの情報はまだ聞いてない』という報告をしにやってきて、そして日は暮れた。
リカオン、アードウルフ、ハシビロコウは図書館の一室で川の字で眠っており、はかせとじょしゅは図書館の吹き抜けから月と星を見つめていた。
「はかせ、どうしたのですか、ようすがヘンですよ」
「スプーンが一本、無くなっていたのです」
「え? そうだったのですか、それを気にして? どうせリカオンあたりが落としちゃって見つけきれなかっただけなのです。あいつはイヌの仲間のくせに鈍いところがあって……」
「石があったのです、アードウルフの胸に」
「え?」
「見間違いだと思いたいのですが、私は目が利くので、確かにアードウルフの胸に石があったのです」
「な、なにを言ってるのですか、セルリアンにしか無いのですよ、石は。タイリクオオカミの話の受け売りでしたら、ち、ちっとも怖く無いのですよ」
じょしゅは後ずさりしてはかせから距離をとる。
「セルリアンに食べられても、記憶をもったまま再びフレンズになれるのが、かばんだけじゃなく、他の動物でもまれにあることなのだと……アードウルフのことは自分の中で納得していたのです」
はかせはそう言って、月を見つめ続ける。
「じょしゅ、こういうことを言うと例のポンコツのようで癪なのですが」
じょしゅに視線を移し、表情ひとつ変えることなく言い放つ。
「これは、パークの危機なのです」
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