第10話 ひとりぼっちの部室

 文芸部から出したものが入賞したので出版社の人とは学校の応接室で話すことになった。


 第一印象はクマみたいな人、で、話してみると案外普通に優しくて、高校生時代は柔道部でしたとか、そんな感じの話題を挟みつつ諸々の確認を済ませた。

 実際のところ、大抵のことがもう決まった後だったらしくて私のやることといえば出版に際しての了承と保護者の同意、あとは名前をどうするかって事ぐらいだった。


 中には本気で作家を目指している子が応募して来ることもあるらしくて、デビュー作という位置付けになる場合もあるからペンネームを使うのは大丈夫だという。

 それさえ問題なければ私はどうとでも良くて、後のことはお任せしますとだけ伝えておいた。


「また連絡します」


 そういって180はありそうな身長でお辞儀され、私としては文字通り小さくなって「恐縮です……」としか言えなかった。柔らかい物腰とぱしっピシッとメリハリのある動きで、いかにも体育会系って感じなのに文芸社(出版社?)で働いてるのはなんだか意外だ。


 私にコミュニケーション能力が備わっていたら「本お好きなんですか?」とか聞いちゃってたかもしれない。いや、本が好きそうに見えないんですけどって質問はどちらかというとコミュ障だから出て来るのかな……?


 何はともあれ、話自体はそれほどかかりはしなくて、いつもより少しだけ遅れて部室に到着する。

 はーっ、と軽く肩の力を抜いてなんだか緊張したなぁって扉に手をかけると鍵がかかってる。


「あれ?」って珍しく伏見さん来てないんだって図書室に回ると栗林先生もまだ戻って来ていなかった。

 名前は知らないけど見覚えのある図書委員の人がカウンターにいて、軽く会釈しつつ本棚に流れる。


 考えてみれば当然だ。一度荷物を取りに教室に戻ったとはいえ、まだあの編集さんの相手を先生はしてるんだろう。もしかすると校長先生も交えて「いやー、我が校から作家が誕生するとはー」とかなんとか言ってそうだ。校長先生、嬉しそうだったから。


 あんまり乗り気じゃないんだけどなぁって、一人で気を落とす。

 今日は天気もそんなに良くなくて、早めに帰らないと雨が降り出しそうなほどどんよりした空だ。

 それでも部室に足を運ぼうって思ったのは伏見さんに報告しようかなって思ったからで、良く良く考えなくてもなんで伏見さんにどんな風だったか話そうとしているのか不思議だった。


 そもそも聞きたくないかもしれないし、どちらかといえば彼女にとって私が話しかけてくるのは邪魔者以外の何者でもないんじゃないだろうか。

 そう考えるとちょっと寂しかった。


「そういえば教室で読んでいる本が読み終わったし、他のを適当に借りなきゃ……」


 相変わらずクラスに居場所はないし、それがどうこうなるとも思ってなかった。多分、私の本が出版されても何にも変わらないしこんな毎日が続いていくだけなんだろう。

 そのことはちょっと憂鬱だけど、最近の伏見さんとの関係を思えば耐えられる。と思う。


 耐えるとか平気だとかちょっと大袈裟だけど、少なくとも学校に来たくないとは思わないから。今の所。

 曖昧だけど、それでもこの前もらった紅茶の温もりはちゃんと覚えていて。

 友達ではないけど、それなりに関係を築けてるのかなって、ちょっと自惚れたり。


 浮かんだり沈んだり、忙しいな、私は。


 書いたお話が賞を貰ったり、出版されたりすることよりも伏見さんのことであーだこーだ考えてしまうのはどうなんだろう。


 なんか変な感じだなぁってなかなかしっくり手に収まるタイトルが見つからなくて、フカミツカサのところで手が止まる。


 全部で3冊。先生に勧められて2冊、あの後どうせならって後もう一冊読んで見たのだけど、やっぱりこの人の書くお話は楽しくなかった。さらさらして、口当たりはいいはずなのにちっとも喉が潤わなくて。変な苦みや痛い感じがしてくるのに、どうしても目が離せない。


 進んで誰かに進めようとは思わないし、また読みたいとは思えないのに、一度読み始めてしまえば最後まで読んでしまう。不思議な作家さんだった。

 そして、唯一、私が名前を覚えている作家でもある。


「んー……」


 携帯で新刊が出てないか確認してみる。


 デビューしたのは「眠りの春景色」だったらしくて「雨具らしのチャッピー」の他に「都心の羊」という文庫本を一冊、発刊ペースをみる限りかなり筆の早い方みたいだけどそれでも新刊の予定は見つからなかった。

 素性も不明。

 デビュー当時はそこそこ話題にもなったらしいけど、インタビュー記事なんかはほとんど見つからなかった。

 人前に出るのが苦手だとも書いてあった。


「まぁ……拘る必要はないんだけど」


 どうせ入荷すれば先生が勧めてくるだろうし、それまではまた適当に他の作家さんのをめくってればいい。


 結局なんでもいいんだよねぇ、って適当にそこにあった本をとってカウンターに向かうと部室の方で物音がしたような気がして自然と耳をすませた。カバンを置く音や椅子を引く音が微かに聞こえてどうやら伏見さんがやって来たらしい。


 先生も戻って来てるかなーってぼんやり考えながら顔見知程度の図書委員さんに貸出手続きをして貰って、富山さんっていうんだってそのとき初めて名札を見た。

 どうせすぐ忘れちゃうんだろうけど。


 本を片手にカバンを背負って部室に入って、恐る恐る覗いて見たら伏見さんが椅子に腰掛けてた。俯いて、長机に肘をついて、……? 体調が悪そうな……?


「大丈夫……?」


 恐る恐る話しかけてみると垂れ下がった前髪越しに虚ろな目が睨みつけた。

 思わず身を引いてしまってからしまったと後悔する。

 しかしそんな私に木にとめることもなく、伏見さんは一度深く溜め息をついてからただ一言「ごめん。悪いの私の方だから」と気を使う。


 何がなんだかわからない。ただ何かあったのは確かで、それを私が聞いていいのかは自信がなくて。

 普段の私なら「大変だね」って当たり障りのない言葉で流して、触れずに距離を保とうとして、曖昧な距離感を引きずってたんだと思う。

 けれど、そのとき私の頭の中では紅茶をおごってくれた彼女の姿が重なって見えていて。

 なんとなく、そう、身勝手に勘違いしたんだろう。伏見さんと私は、少しだけ、近づいてたんじゃないかって。

 ほんの些細な、僅かな距離だとしても。

 出会った時よりも少しだけ、近いところにいるんじゃないかって。

 期待して、望んで、本当はそんなの、望んでなかったのに、私は、彼女に、……押し付けた。


 私の我が儘を。


「伏見さん頑張ってるもん。大丈夫だよ、きっと。何があったのか私にはわかんないけどさ……多分そのうち上手く行くと思うよ?」

 努力はきっと報われるんだから。

 とかなんとか、多分そんな感じの教科書にでも乗っていそうな励ましの言葉。

 心にもないとはこのことで、本当にうわべだけの。心からそう思ってはいるけれど、私がそう思ったわけではない。


 普段から頑張っている人が落ち込んでいるとき、かけてあげればいいとされている言葉。応援集。そんなものをつらつらと彼女の気持ちも推し量ることもなく、私は告げ。


「ッ……、」

「……? ……伏見……さん……?」


 私の曖昧な応援に伏見さんが見せた表情はそれまで見たことも無いような儚さと、悔しさに溢れていた。いつものように鋭い瞳には涙を浮かべ、乱暴にカバンを掴むと部室から出て行く。


「伏見さん!!」


 慌てて追いかける。けれど、乱暴に閉められた扉は私の行く手を塞ぎ、ばくばくと打ち付けた心臓はそれ以上彼女を追わせてはくれなかった。

 トテトテと、扉の向こうに消えていく足音を微かに耳では捉えている。今、追かけないと手遅れになるーー。そんなこと、わかっているはずなのに私は力なく、その場にしゃがみこんだ。


 どうして、うまくいかないんだろうって、膝を抱えた。


 私はただ、こうなりたくなかっただけなのに。


 ひとりぼっちになってしまった部室で一人、項垂れていた。

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