第7話 眠りの春景色
「お母さんが勝手に私の写真を送ったんです。そしたらオーディションに通っちゃって、いまこうして皆さんの前に立っています」
と、よく芸能人が喋っているのをテレビで見る。
自分からその世界を志したのではなくて「親が」「友人の付き添いで」「記念に」、そんなつもりなかったのに周囲におだてられてあれよあれよと知らぬ間に国民的栄誉スターの仲間入りだ。
そんな人たちを見て「んなバカな」と私は斜に構えていた。
世の中には彼女たちのように歌って踊れるアイドルや、連日ピックアップされるような女優になりたい人が沢山いるというのにそれを押しのけて「その気がない人が」生き残れるとは思えなかったのだ。
だからきっとキッカケはその程度のものだったとしても、きっと彼女たちは血の滲むような努力をさかね、その場に立っているのだろうと思っていた。
表向きには才能や偶然でのし上がってきたのだと嘯きながら、見えないところで同じような境遇の人たちに負けないような。
「おめでとう、君のことは誇りに思うよ」
「……はぁ」
校長先生の顔をこれほど間近で見たのは初めてだったかもしれない。
全校集会の時は遠すぎて小指みたいだし、実際に見て見ると爪の部分はうっすら禿げている。マニキュアよろしく粉を振るタイプのハゲ隠しを行なっているのが見て取れた。そして手渡された賞状をまじまじと見る。
まさか本当に提出することになり、そしてそれが審査を次々と突破していくなどとは今だに信じられない。
晴天の霹靂。鯉の滝登りというやつだろうか。
この程度の語彙力しかない私が、本当にいいのかなぁと貰った賞状さえも持て余す。なんでも次の全校集会では私の受賞についても触れるらしく、それはなんというかありがた迷惑以外の何もでもないのだけど。嬉しそうな校長先生を見ているとなんとも断りづらい。というか断る勇気もない。
曖昧に「はぁ」「なるほど」「そうですか」の三段活用でやりすぎし、入り口で立ったままの栗林先生も誇らしげな顔をしていたのでなんともムズムズする。
頭の中で浮かんだ変な芸能人話もそのせいだ。
「これからも部活動に励んでくれたまえ」
「ああ……はい。頑張ります……?」
もはや自分が何を言っているのかもわからないけれど、お話は終わったらしい。随分と長く感じられたのだけど時計の針を見てみれば15分程しか立っていなかった。15分も相当なものだとは思うのだけど、体感では1時間にも2時間にも感じられた。全校集会での話が短く感じられるほどだ。
「おめでと、よかったじゃん」
カバンを置きっぱなしにしてあった部室に戻ると伏見さんが原稿用紙から顔を上げずにそう告げた。
あれから私も放課後部室に顔を出してはいるけれど基本的に隅っこの方で大人しく本を読んでいる。彼女の部活動(執筆)を邪魔しないための気遣いでもある。
ならそもそも部室に来るなという話でもあるのだけど、「来たけりゃくればいいと思うけど」という伏見さんの助言(だと思っている。お世辞にもそんなところで気を遣うようなタイプでもないと思っているので)もあって、こうして週に二、三回は顔を出していた。
文豪シリーズはとうに読み終え、栗林先生オススメの甘酸っぱい恋愛モノを幾つか積み上げていた。面白くもないけれど、「まぁ、そんなものか」という程度には描かれている恋模様にも興味がわく。栗林先生はこういう恋に憧れていたりするのかなぁ、とも。
「伏見さんは。書いてたのになんで出さなかったの?」
先生から聞いた話だけど、あのコンテストに応募したのはこの学校からは私だけ。完成していたはずの伏見さんの原稿は雲隠れして、それから更にもう一本仕上げていた様子だけどそれも何処かに仕舞ってしまったようだった。
「先生に呼び出された時もてっきり部長として伏見さんの件だと思ってたのに……」
これは本音だった。
それほどにまで信じていたから。彼女の受賞を。
「そう? 私はあなたが受賞するって思っていたけど?」
原稿を書き進める手は止めず、伏見さんは告げる。いつも通り、味気なく。何事も気にかけていないような口調で。
「だって、部長の面白かったじゃん」
そこで初めて見つめられ伏見さんの様子が少し違うことに気がついた。
眠そうというか、ぼんやりした雰囲気は変わらないけれど目の下のクマがすごい。心なしか少しやつれたようにも思える。
「伏見さん……? ちゃんと寝てる……?」
「…………」
私の心配は聞こえていたはずなのに無視し、再び原稿へと向き直る。付箋だらけの、修正を何度も重ねているらしい原稿に。
これまでも彼女の姿勢は真剣そのものっていうか、将来は小説家になりたいのかなぁとか思う程度には感じていたのだけどそれでも普通じゃなかった。ここまで来ると少し異常だ。
少しは休んだら、とか。そこまで必死になる必要あるの? とか。思わなかったわけじゃないけど何か言ってしまえば決定的な亀裂が走ってしまいそうな予感がして。
「じゃ……おさき……」
できる限り存在感を消して、そっと図書室の方へと逃げた。
なんだかんだ知り合ってから二ヶ月とちょっと。少しは打ち解けられて来たんじゃないかと思っていたのだけど、どうにも伏見さんには普通の子たちとは違う部分があるように思えてならなかった。
校長先生から散々褒められたのが嘘だったかのように落ち込んでしまった気持ちを引きずって扉を出ると、栗林先生が戸惑った顔で立っていた。
あまりにも奇妙な雰囲気だったので首を傾げていると無言でカウンター内の椅子を私に勧め、私も大人しくそれに従った。何か受賞に関する話だろうかと思っているとそうではなくて。
「伏見さんのこと、どう思ってる?」
なんだかぐさりと胸の内をえぐられたような気がした。
「三咲さんは伏見さんの小説読んだことあるのよね? どう思った?」
「どうと言われましても……」
「もちろん本人に話したりはしないわ? 安心して?」
「……」
とは言え、壁を一枚挟んだ向こう側に本人がいると思うと唇は重くなる。
「すごい一生懸命だなぁっとは思いますけど……」
「それだけ?」
「それだけって……だって別に……」
「……彼女の書くお話、面白いとは思わない?」
いつもの先生とは違って何処か冷静で。普段はふんわりとした印象を受けるのに今日の先生は何だか違っていて、「ザ・大人の女性」って感じがして。どうしたんだろう? っていう考えが最初にくる。
先生といい、伏見さんといい。なんだか今日は様子が変だ。
「私は……少し読ませてもらっただけなんでなんとも……。……綺麗な文章だなぁとは思いましたけど」
「だよね」
「ええ、まぁ……?」
微笑みながらも何処か寂しげに笑う姿にますます混乱する。
「三咲さんは本を読むの、好き?」
それはあまりにも軽快に。それこそ「今日はいい天気ですね」みたいな気軽さで投げかけられた。
突拍子も無い質問のように見えて先生が私に何かを尋ねたいというのはなんとなく伝わっていて。
「えっと……嫌いじゃないけど好きでもない……みたいな……」
様子を探りながら私は答える。
なんだろう。どういうことなんだろうと心臓が足早になっていく。
栗林先生とは基本的に難しい話はしたことなかったし、大体私たちの話は「どの本がオススメか」みたいなことに終始していた。クラスでのことや学校での悩みみたいな話をふってこないからこそ安心していたし、なんだかこんな風に距離を詰められるのはーー。
……やだな。……って、思う。
それが私の悪い癖なのかそれとも本能的に避けてのか分からないけど、気持ち悪い。居心地が悪い。
くらくらと思考を奪うようなモヤが頭の中にかかって、ああ、これだ。って自覚はする。
友達だった子たちと話せなくなった原因。
うまく言葉が出てこなくなる。
何を言えばいいのか、分からなくなる。
「三咲さんは自分の世界を持っているものね。きっとそうなんじゃないかって思っていたわ?」
「先生……?」
微笑みかけてくれて。
それはいつもの先生と変わらないはずなのに無性に落ち着かなくて。
先生がくるりと背を向け、手に取った本を差し出してきたとき、一歩後ろに退いてしまった。
臆病に腕を引っ込めていた私に「読んでみて?」と先生は改めてそれを差し出し。私は本を受け取る。
眠りの春景色、フカミツカサ著。
私が読まずに避けていた本だ。
どうして先生がこれを読むように促しているのかは分からないまま。押し返すこともできず、ただ黙って受け取るとそのまま貸出手続きを済ませて部室には寄らずに帰路に着いた。
カバンの中にしまったままの文庫本をなかなか開く気にはなれず、それを開いたのは翌朝。学校に登校してからになった。
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