一、座敷童の章②


 じいいいぃぃいいぃ。

「やっぱり、似ている」

「……あの。なにかな、瀬田さん?」

「おはよ、つららーって、つらら、あんたなぁにやってんの」

 朝になり登校してきたつららは真っ先に九十九の席に向かった。

 先にきていた九十九は、頬杖をついてぼんやりと窓の外を眺めていて、その横顔がやっぱり従兄のトウジ兄ちゃんに雰囲気が似ていると思ったつららは、思わず至近距離から彼の顔を覗き込んでいた。しゃがみながら、ずうずうしくも九十九の机に手を置いて、彼の顔をじぃと見つめる。さすがの九十九も、至近距離から向けられる隠すことのない無遠慮な視線に顔を引き攣らせている。

 そんなつららの頭を軽く叩いたのは、つららより少し遅れて登校してきた親友の愛海だった。

 突然の襲撃に、つららは頭を押さえる。

「愛海ちゃあん」

「そんなに見つめたら化野に失礼でしょ。化野も、うちのつららが失礼でごめんね」

「いや、そんなに気にしてないから平気だよ」

 苦笑いを浮かべる九十九。

 彼は頭を押さえて蹲ってるつららに視線を向ける。

「それで、オレになんの用?」

「そうっ! それを伝えようと思ったの?」

「えーと、どれを?」

 復活したつららは、ずいっと九十九に顔を近づけると子供さながらの無邪気な笑みで言う。

「化野くん、ううん、九十九くん! 今日の夜は暇? よかった私の家にこない? トウジ兄ちゃんがご飯をご馳走してくれるって!」



    ◇◆◇



「まさか、あんたがあそこまで化野にぞっこんだったなんてねぇ」

 ニヤニヤ顔を隠すことなく、愛海は頬に手を置いて困ったフリをする。

「そうなんだけど……いや、違うんだけど……。とにかく、トウジ兄ちゃんと似ているから、気になっているのは本当だけど」

「ほんとーに、それだけ?」

「うん。たぶん、そうだと思うよー。好きとかよくわかんないし」

「ま、お子ちゃまのあんたにはまだ早いわね」

 よしよし、と楽しそうに愛海はつららの頭を撫でる。傍から見ると、まるで親子のような光景だった。

 うへへ、とだらしない顔を隠すことなく、つららはうれしそうな顔でなされるがままになる。

「にしても、意外だね。いままですべての告白を断っていた化野が、まさかあんたの誘いに乗るとはねぇ」

「驚いたねー」

「どういう風の吹き回しなんだろうね。さすがにあんたの魅力に落とされたとは思わないけど。ご飯につられたのかな」

「トウジ兄ちゃんのご飯はおいしいもんねー」

 


 下駄箱で靴に履き替えるためにシューズを脱いでいると、つんつんと愛海に背中をつっつかれた。

「あんたの王子さま、もうきてるよー」

「王子さまって……。そんなんじゃないんだけどなぁ」

 つららはぼやきながらも脱ぎすてたシューズと交代にローファーを取り出すと、地面に落としてつま先から足を入れる。隣で、愛海も同じように靴を履いていた。

 コンコンと靴の履き心地を整えると、つららはとてとてと昇降口の外側で待っている九十九に近づく。

「化野くん、お待たせ」

「そんなに待ってないよ」

「ほんとうに?」

「てか同じ時間にホームルーム終わって教室を出ただろ? 時間はそんなに変わらないはずだよね?」

「言われてみれば!」

 そんな会話を繰り広げていると、背後から愛海に呼びかけられた。

「それじゃあ、あたしはバイトがあるから。化野、ちゃんとつららを家まで送り届けてあげてね」

「うん。また明日」

「つららも、化野にあまり迷惑かけないように。それと、トウジさんにもよろしく言っといてね。今度、あたしも遊びに行くからさ」

「トウジさん?」

 九十九の疑問に、つららは笑顔で答える。

「従兄のお兄ちゃんだよ。一緒に暮らしてるの!」

「へー、そう」

 九十九は興味なさげな様子だった。というかいつもと同じように眠そうな顔をしている。

 手を振りながらこちらに背を向けて遠ざかっていく愛海に、つららはせいいっぱい手を振り返しながら「バイバーイ! また明日ね、愛海ちゃーん!」と周囲に憚ることのない大声を上げる。愛海の背中から、苦笑が聞こえた気がした。

「九十九くん、行こ!」

 遠慮することなく、自然に九十九の腕を引くと、つららは歩きだす。



 つららは、幼いころからこの町――紅坂くれないざか町に住んでいる。天真爛漫で遊ぶことが好きなつららにとって、この町の雰囲気はとても住みやすいものがあった。

 学校から十分も離れていない、一般的な一軒家が立ち並ぶ住宅街に差し掛かると、たまたま家から出てきた人の良さそうなおばあちゃんが、つららを見てまなじりを下げる。

「おかえり、つららちゃん。今日は彼氏と一緒かい?」

「ただいま、田部のおばあちゃん! 彼氏じゃないけど、今日一緒にご飯を食べるの!」

「そう。楽しんでおいで」

 つられて、九十九もペコリと頭を下げた。

 足取り軽やかに帰路を歩くつららの横で、九十九は不思議そうな顔をしていた。

「近所の人と仲がいいんだね」

「うんっ。私のパパとママ、私が中学生になる前に亡くなってね。それからいろいろ面倒を見てくれるの。良い人たちばかりだよ」

「……え?」

 さらりと流されるように紡がれた言葉に、九十九が遅れて気づく。

「ご両親、亡くなっているんだ」

「うん。私が小学校を卒業して、中学生になるまでの三月の終わりごろに事故で、ね。それからパパの遠い親戚だという叔父さんが、私をパパたちが暮らしていた家でまだ暮らせるように取り計らってくれて、いまは叔父さんの息子のトウジ兄ちゃんと暮らしているの」

「そう」

 九十九はそれっきり質問を投げかけてくることはなかった。

 つららは、そっと顔を上げて、九十九のなにを考えているのかわからない凛々しい眼差しを見て、それから前を向く。

 少し意外だった。誰もがつららの身の上話を聞くと、「それは寂しかったね」とか「かわいそうに」といった労わりの言葉を口にすることが多かったのに、九十九はそれらの言葉を口にしなかったのだ。

 笑顔すら浮かべず無表情につららの話を聞いていた九十九のその表情から読み取りにくいやさしさを感じ取った気がして、つららは「えへへ」とうれしそうに笑う。



「こっちだよ。この裏が、私の家」

 信号のない交差点を左折すると、すぐに見えてきた我が家に、つららははやくはやくと、九十九の腕を引っ張っていく。やっと九十九は苦笑いを浮かべた。

 すぐにつららは足を止めると、周りの家となんの遜色もない、紅坂町に馴染む一般的な一軒家の前に立ち止まった。

 九十九は、その一軒家を見上げる。

「ここが君の家?」

「そうだよー。ようこそ、九十九くん。さあさあ、上がって上がって」

 鞄から鍵を取り出して玄関の扉を開けると、つららは九十九の背後に回り両手で背中を押した。

 急かされるように玄関先に足を踏み入れた九十九は、靴を脱ぐと、靴下をフローリングの床につけて少し歩いてから立ち止まる。

「ただいまー」

 靴を脱ぎながら、つららが大きな声で帰宅の合図をする。

「あれ?」

 返事がないことに不思議に思いながらも、聞こえていなかったのだと思い、つららは九十九の腕を引っ張ってリビングに誘導する。その間、九十九は興味深げに家の中を見渡していた。

 玄関から少ししたところにあるリビングの扉を開き、つららはもう一度「ただいま」と声を掛けるが、やっぱり返答はなかった。もしかしたら出掛けているのかもしれない。トウジが出掛けるのは珍しいことだけれど、たまに姿を消すことがあった。

 ソファーに九十九を座らせると、つららもその前のソファーに座る。

「トウジ兄ちゃん出掛けているみたいだから、ちょっと待っててね。その間に、テレビでも見る? なんのテレビ見る? それともゲームとか? 九十九くんって、スマホ持ってるの?」

「えっと、テレビはあまり見ないかな。見ても天気予報とかニュースぐらい。で、スマホは持ってるけど、ゲームはやったことないね」

「へー、男子ってゲーム好きなイメージがあったけど、九十九くんはそうじゃないんだね」

 スクールバックからスマホを取り出したところで、ピーという音がした。音の主がなんなのか首を巡らせると、同時に良い匂いが香ってくる。鼻をひくひくさせて探ると、その匂いの主はすぐにわかった。炊き立てのお米の匂いだ。ということはさっきの音は炊飯器の音なのだろう。

 つららは早くご飯の時間にならないかなーと思いながら、とりあえず九十九と連絡先を交換することにした。九十九は嫌な顔せずに、電話番号を教えてくれた。ついでに簡単にメッセージのやり取りができるチャットアプリでも繋がることにする。つららのアイコンは去年の誕生日にトウジが作ってくれたケーキの写真で、九十九のアイコンはお祭りの屋台などでよく見かけるような狐面だった。


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