ラスト・クリスマス(2)
私やふっきーの住む地区では、ハロウィンパーティーが開催される。
というのはすでに言った話だが、クリスマス会も存在する。どちらかというとハロウィンパーティーはやらず、クリスマスパーティーだけはするという地区の方がほとんどだと聞いたことがある。単にどちらもできるほどの予算がないということもあるし、そういうパーティーの主役である子どもたちが少ないこともある。それに比べて私たちの地区はいわゆる新興住宅地に近いところがあり、子どもがいる家がほとんど。もちろん予算や時間的に余裕というわけではないが、私たちの地区ではどちらもやっていた。
「……けどまあ、さすがに限界なんだろうね」
「そうだね……」
ところが今年ついに、どちらかを中止しようという意見が出て、クリスマスパーティーの方が中止されることに決まった。今年が最後のクリスマスパーティーということになる。私はクリスマスもいよいよ近くなった日の放課後、教室でふっきーと話していた。
「そういえば、例のチラシはできたの?」
「例のチラシって、クリスマスに向けての?」
「そうそう、イチャイチャすんなよ、みたいな」
「別にイチャイチャするなとは言ってないけど……」
ただその辺でイチャイチャしているカップルは大抵羽目を外して何かしらやらかすのが通説だから、ふっきーの指摘はある意味間違ってないのかもしれない。
「イチャイチャがなくても、クリスマスっていいよね。こう、みんなにぎやかになるっていうか」
「まあね」
ふっきーの言わんとするところは何となく分かった。別に恋人たちのための祭典と誰かが決めたわけではない。勝手に決めて勝手に騒いでいるだけなのだ。本来はイエス・キリストの誕生日を祝福する日で、過ごし方は人それぞれ。ただ、喜ばしい日であることは間違いないのだ。
「……で、ポスターはできたの?」
「だいたいはね。あとちょっと、調整はしないといけないんだけど」
「そっか。じゃあ先に帰るね?」
「うん、ごめん」
私はふっきーに手を振り、彼女が行った昇降口とは反対にある生徒会室へ向かった。ポスターの原本が完成していなくて、事務室への提出がまだなのは事実だった。
「(私、本当にふっきーたちと幼馴染だったのかな)」
一人になると、私の頭の中はすぐにそのことでいっぱいになった。少し前に新聞記事を見て以来、ずっとそんな状態が続いている。一つのことで悩みすぎるのが私の悪い癖なのかもしれない。だがこればかりは、何としてでも解決しなければ、と私は思っていた。昔あったあんな事故の当事者だったにもかかわらずそのことを覚えていないなんて、さすがにおかしい。
生徒会室の前まで来ると、生徒が一人、ドアの前に立っているのに気付いた。蒼ちゃんだった。入るべきなのか入らないべきなのか、と悩んでいるように見えた。私がどうしたの、と声をかけると、蒼ちゃんは安堵の表情を浮かべた。
「よかった、舞に直接会えた。生徒会室に行けばどうせ会えるだろうな、とは思ってたんだけど」
「……一般の生徒には見せちゃいけない書類もあったりするからね。基本的には立ち入り禁止なんだけど」
この寒い時期、廊下で話すのもどうなのか、と思った私は、持っていた生徒会室のカギで扉を開け、中にあるストーブをつけて蒼ちゃんに椅子を勧めた。
「で、何か話があるの?」
「そう。クリスマス当日、わたしと一緒に旧香ヶ丘西公園に行こ。ふっきーからそうするように言われた」
「……!!」
私は驚きのあまり、口をぽかんと開くほかなかった。たぶんそれは、私がまさにしようと思っていたことだ。西公園とやらに行けば、何か分かるかもしれない。そういう期待を込めた策になるだろう。
「どうして……」
「前に生徒会室で栗原と話してたんだって?」
「いや、どうしてそれを」
当時の話をしてくれたり、新聞を見せてくれた子の名前だ。
「さあ? 盗み聞きでもしてたんじゃない? ……うわ、そう考えるとタチ悪いね」
「じゃあ、ふっきーは知ってるんだ」
「そうなんじゃないかな。かなり知ってる感じのしゃべり方だったし。で、舞がいずれ西公園に行こうとするだろう、って。今その辺の地図には載ってないだろうから、一緒に探して、二人で行ってくれ、って」
「蒼ちゃん……」
そう言うと蒼ちゃんはふーっ、とため息をつき、それから急に真顔になった。
「って伝言を預かったのはいいんだけどさ、何? 何か、二人に事情でもあるの?」
「それは……」
確かに私とふっきーの間に何があったのか知らないと、その伝言の意味はまるで分からないだろう。私は簡単に、どうやら私の記憶が抜け落ちているらしい、という話をした。
「あー……。なるほど、理解した。それは言ってくれないと分かんないよ」
「分かっても、蒼ちゃんは幼馴染じゃないらしいし……」
「だから話さないの? それはちょっとひどいんじゃない?」
「え?」
「ここに来て仲間はずれはつらいね。わたしいつも思うんだけどさ、舞は考えてることすぐ顔に出るんだよね。だから何か悩んでるんじゃないかな、とかバレバレなの。一回悩んでるんだ、って分かっちゃったら、もう放っておくわけにはいかないでしょ。けど舞の方から相談してくることはない。これ、結構むずがゆいんだよ?」
「……ごめん」
思っていることが顔によく出る、と言われたことより、蒼ちゃんが私のことをそこまで考えていてくれたんだ、ということに驚いた。だからとっさに私の口からは、そんな言葉しか出てこなかった。しかし蒼ちゃんはすかさずにっこり笑って言った。
「いいよ、謝らなくて。そういうおしとやかでおとなしいところが、舞のいいところだもんね」
「いいところ……」
「そう、いいところ。人のいいところなんて、人それぞれだからさ。……とにかく、わたしがいなかったら一人で行くつもりだったでしょ? 暗いし危ないかもだから、わたしも行くよ」
* * *
クリスマスイブの夜。
本来なら夜中にこっそり集まって、プレゼントをいくらか受け取り、親御さんが起きている家は直接手渡し、そうでない家は玄関前にそっとプレゼントを置いていく、というのがうちの地区のクリスマスイブの夜の慣習だった。しかし私と蒼ちゃんは二人で、すでにうちの地区の外にいた。結局西公園とやらを探しに行く、という話をふっきーにすると、
「お? 行くんだ。気を付けてね」
と言われた。私がプレゼント配りに参加しない分みんなの負担が増えるのだが、それはふっきーがうまく話を通してくれるらしい。
そういうわけで私は蒼ちゃんも巻き込んで、幻の公園とやらを探しに行くことになった。もちろん万が一の時の防犯ブザーや、懐中電灯などの用意はバッチリである。
「確か、こっちの方向だよね?」
「たぶん……」
香ヶ丘西公園。
地図から消えたその公園のことを調べるだけなら、二人でかかったのですぐ終わった。しかし九年という年月は短いようで長く、周りの様相もすっかり変わってしまっているようだった。だから持ってきた地図と持ち前の勘を頼りに、私たち二人はひたすら進むしかなかった。
「どう? 見覚えあったりする?」
ケヤキ並木の道を歩きつつ、蒼ちゃんが私に尋ねてきた。私は首を振る。公園のことでさえ覚えていないのに、周りの景色を覚えている方が不自然だろう。蒼ちゃんも、ダメ元で聞いてきたのかもしれない。あるいは真冬の冷たい風が顔に当たってしみる中、少しでも寒さを紛らわせるために話題を提供しようとしたのかもしれない。
「あ、雪」
気付けば空から少しずつ、雪がちらついていた。降り方からして積もるどころかすぐにやむものだったが、雪が降るほど寒い、という事実は変わらなかった。私が思わずつぶやくと、蒼ちゃんは少しわざとらしく「あー、さむっ」と言って、肩を震わせた。
「たぶん、この辺りじゃないかな」
それからまたしばらく歩いていると蒼ちゃんが立ち止まって、前の方を指差した。距離的にもだいたい計算と噛み合っていたし、近くにあったスーパーが九年経った今もそのまま残っていた。
「だいぶ歩いたね……」
「正直ね。ここ、香ヶ丘のだいぶ端っこの方だよ? まあそうでないと香ヶ丘『西』公園とは言わないだろうけど」
地図で言えば、もう少し歩けば別の校区に入ってしまいそうな位置。そこに、旧香ヶ丘西公園はあるらしかった。そして実際、私たちの目の前に、四方をフェンスで囲まれた広場のようなものがあった。蒼ちゃんがフェンスの中を懐中電灯で照らし、じーっ、としばらく観察した後、しっかりとうなずく。
「間違いないね。遊具っぽいのが見える。これが、旧香ヶ丘西公園だよ」
私はついに来たか、と少し心臓の鼓動が早くなるのを確かめながら、蒼ちゃんの後を追ってフェンスに近付いた。
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