ラスト・クリスマス(1)
ふっきーは待っていたらしい。
本当なら私は、蒼ちゃんに言われた通り、ハロウィンパーティーのその日じゅうにでも話をしたかったが、残念ながらその日ふっきーに会うことはなかった。寒くなって最近では部屋の窓を開けて話すこともなくなったので、結局次に学校に来た日の昼休み、私はふっきーに話を持ちかけた。
「お? ホントに? 友達って認めてくれる?」
めちゃくちゃ食いついてきた。
「ま、まあ、このままさん付けで呼び続けるのも、どうかと思って」
「また蒼ちゃんに入れ知恵されたね?」
「いや、どうして分かった」
今度は半分くらい私の意思だったし、蒼ちゃんに言われたことをちゃんと自分なりに咀嚼してから言ったつもりだったのだが、ふっきーはあっさり見破ってしまった。
「でも蒼ちゃんがいてよかった、このまま片思い的な感じでいくのかって思ってたから」
十一月に入って、もう冷たい風が吹くようになり、私は少し手をこすった。冬生まれのせいか暑いのはとにかく苦手だが、かといって寒いのがへっちゃらというわけでもない。単に暑いか寒いかなら寒い方がまだマシ、というだけであって、年中寒いのがいいなんて言ってない。できることなら年中春と秋が交代でやってくるぐらいがいい。しかしそれはみんな思うことかもしれない。
「片思いって……」
「うまいこと言ったでしょ?」
えっへん、とふっきーは威張ってみせた。どのあたりがうまいことなのかはよく分からなかった。
「ところで舞ちゃん、生徒会の仕事は?」
「生徒会? ああ、あるけど、今日は行かなくて大丈夫そうかな」
香ヶ丘の一年の中で一番大きなイベントといえば、どう考えても秋祭りだ。その次に来るのがうちの中学校の運動会などで、それら全てが終わってしまった今の時期、生徒会の一年の役目はほとんど終わったことになってしまう。広報担当の私の仕事も、最優先のものでクリスマスに向けての注意喚起の掲示物作成だ。クリスマスに向けてこれから、いろんなところがにぎやかになる。特に顕著なのは香ヶ丘から電車で二駅のところにある
「別に年によってがらっと内容変わるわけでもないんだし、去年のデータぐらいくれてもいいんだけど」
私もぼやくしかなかった。
「でも毎年作り直した方がオリジナリティは出るけどね」
すかさずふっきーがフォローする。しかし私はより一層深いため息をついて、カバンの中にあるファイルから一枚の紙を取り出した。それを見て、ふっきーが驚きの声を上げた。
「それは……!」
「そう」
それは去年あちこちに張り出されていたチラシそのものだった。何とか仕事が楽にならないものか、と私が生徒会室を探し回った結果、見つけたものだ。たぶん誰かがはがして置いていてくれたのだろう。
「もっと探してみたら、別に去年のだけじゃなかったんだよね。一昨年の分もその前も、さらにその前の年のも全部あった。たぶんみんな参考にしてるんだと思う」
「どうしてデータでやらないの? 二度手間じゃん」
「ね」
組織ってどうしてこうなんだか、と私はその日一番深いため息をついた。
教室の外では、びゅううっ、とひときわ強い風が吹いて、かろうじてしがみついていた枯葉が木の枝を離れ、どこかに飛んで行ってしまっていた。
* * *
私たちの地域では時々、雪が降る。といっても北陸や東北のようにがっつりどっさり降るのではなく、うっすら積もる程度だ。その割には地面が凍って滑りやすくなっていて、大して雪が降ってないから大丈夫、と油断した人が次々滑ってどこか打ってから登校してくる季節。かくいう私もこの季節になれば年に一度は必ず足を滑らせて、尻もちをついてしまう。派手にすっ転んで頭を打つところまでいけば周りのみんなが心配して駆け寄ってくれるが、尻もちをつくぐらいで済んでしまうと通行人みんなに見て見ぬフリをされてしまう。すごく恥ずかしいのだ。ちなみに派手にすっ転んで頭を打つとたいていみんな心配して起こそうとしてくれるが、助けに来てくれた人も滑って転んで全滅、というパターンもこの時期多い。
「これでよし……と」
私は『足元に気を付けて!』とでかでかと印字された広告を見て、うなずいた。クリスマスの注意喚起の前にもう一つ広告作りをしていた。広告を作っても見るのはたいてい転んだ後なので意味があるかどうか定かではないのだが、一応作ることにした。自分の経験を生かした、今年度初の試みである。
私は完成した広告の原本を机の端の方に置いて、別の用紙を取り出した。そっちこそクリスマスに向けての広告である。
「忙しそうだなあ、寺阪」
ふらっと一人の男子が生徒会室に入ってきて、私に声をかけた。彼も生徒会の一員だが、私と違い本当の意味で仕事がないようだった。
「案外そうでもないよ、まだまだクリスマスは先だしね」
「あ、そうだ。そういや、うちの従兄弟もそんなの作ってたらしいぜ」
「従兄弟? 男?」
「そう、俺の十いくつか年上なんだけどな」
香ヶ丘に親戚がいる、という人は多い。案外都会の大学を出てから地元に戻ってくる人が多くて、一族全員が香ヶ丘住まい、なんてこともある。私にも従兄弟はいるが、やはり例に漏れず香ヶ丘に住んでいる。ちなみに近くに
「で? どんなのか知ってるの?」
「いや、もう十年くらい前だし分かんないけど、いったんそういうポスターか広告かみたいなのを出すのやめてた時期があったらしい。理由はよく知らないけどな」
「知らないことばっかじゃん」
「仕方ねえよ、思い出して適当に話し始めたから」
私は参考になると思ったのに、とため息交じりに言った。するとあ、と彼は思い出したように言った。
「そういや変な噂が流れてたな。何でもポスター作るのやめた理由が、ある年のイラストが西公園の例の事件を表してて、それで不気味がった人たちがポスターなんておっかないから作らないでくれ、って頼んだとか、頼んでないとか」
「西公園?」
「お前が知らないはずないだろ。昔から香ヶ丘に住んでたなら、誰でも知ってる話だぜ?」
その時の記事明日持ってくるわ、と彼は言い残して生徒会室を後にした。記事ということは、新聞か何かにでも載った話なのか。だとしたら相当有名なはずだが、私は聞き覚えがなかった。
私が作業していたパソコンもインターネットにつながっていなかったので、調べることはできなかった。
次の日、放課後。
前の日と同じように一番に生徒会室に来て作業をしていると、昨日話をした男子が生徒会室の扉を開けて入ってきた。そして私の予想通り、わさっ、と新聞を私の机に置いた。
「それ、当時の新聞。もう昔の話だし、なかなかこんな新聞いまだに持ってる奴、少ないだろうから」
「ありがとう」
「その事件……いや、事故かな。それ以来、全国の公園で点検があったんだよ。遊具の安全性が、ってすごい叫ばれたとか」
「ふうん……」
私の目に飛び込んで来たのは、まず日付。確かにちょうど今から九年ほど前の話だった。そしてその新聞はいわゆる地方紙だった。全国紙に載るほどではなかったらしい。見出しは、『公園遊具 安全神話に波紋』。
「香ヶ丘西公園で、遊具の倒壊事故……」
もう一部、新聞があった。そっちは二ヶ月後ぐらいの新聞で、香ヶ丘西公園の閉鎖を伝える記事が一面を占めていた。
「帰ってから思ったんだけど、よく考えたらお前がその事故、覚えてないはずがないんだよ。だって……」
私はその子が続けた言葉を聞いて、手に持っていた新聞を落としそうになった。慌ててそのことを確認するため、記事の詳細に目を通す。最初に見た新聞には、遊具倒壊で足が挟まって、レスキュー隊に助けられ病院に運ばれた子のことが書かれていた。
その助けられた子の名前は、寺阪舞。
新聞に一緒に掲載されていた写真には、みんなが見守る中無事助け出され、必死に泣きじゃくる、昔の私の姿があった。
「私……?」
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