Trick Between Treats!!(3)
「行くよみんな!」
わたしは公園で参加するチビっ子全員が集合したのを確認して、そう呼びかけた。チビっ子たちは秩序なく、わらわらと公園を出たわたしの後についてくる。
「俺後ろ見とく。何かあったらいったん列止めて、呼んでくれ」
「分かった」
手短に会話を交わし、竜はチビっ子たちの長い列の一番後ろに向かっていった。
「みんな! まずは佐竹さんちね! わたしがピンポンは押すから、玄関が開いたらどう言うの?」
わたしはあらかじめ渡されていた名簿の一番上を見た。お菓子をくれる家を順に回っていくのだが、そのトップバッターの方だ。そして、なるべく後ろのチビっ子まで聞こえるように、大きな声で呼びかけた。ハロウィンパーティーということで、夜にうるさくなることの承諾はとってあるらしい。
「「「トリック・オア・トリート!!!!」」」
チビっ子たちが多少叫ぶのは問題ない、というわけである。
「そうだね! じゃあちゃんとお姉さんに、ついてきてねー」
わたしはまた前を向いて、佐竹さんの家を目指す。すぐにチビっ子たちのおしゃべりする声が聞こえてくる。
「できれば早めに、話聞いとかないと」
そしてわたしは、頭の中では別のことを考えていた。寺阪さんといつ話をするか、ということである。寺阪さんが落ち込んでいるのは珍しいことで、少なくとも二年生になってからは一度も見ていない。わたしの見ていないところで実はそういうことがあったのかもしれないが、かれこれ秋祭りから一ヶ月。落ち込んでいる状態がそんなに続くのは、精神衛生上もよくないだろう。一番初めに寺阪さんに会った時相談に乗ってもらったのだから、今度はわたしが相談に乗る番だ、とも思っていた。
寺阪さんの家も後々寄ることになっていたから、その時考えればいいだろう、とわたしはいったんそのことを頭の隅に追いやって、チビっ子たちがちゃんとついてきているかどうか確認した。
「どうしたの蒼」
「何でもな……あぁ!?」
わたしは条件反射的に声を荒げてしまった。まさか十歳ほども年下のチビっ子に呼び捨てにされるとは思っていなかった。しかも名前呼び。
「わたしのことはお姉さん、って呼ぼうねー……」
わたしはなるべく穏やかな声になるよう気を付けつつ、そのチビっ子を叱った。少し優しめに頬をつねると、しばらく恨めしげににらんできたが、やがてそっぽを向いた。
「(最近の子って難しい……)」
わたしはその対応が正しかったのかちょっと考えながら、到着した佐竹さんの家のインターホンを押した。しばらくして奥さんが出てきたタイミングで、わたしはチビっ子たちに合図した。そして、大声が響く。
「トリック・オア・トリート!!」
* * *
寺阪さんの家は六番目だった。それまでの五軒と同じようにインターホンを鳴らし、その家の人が出てくるのを待つ。出てきたのは寺阪さん本人だった。
「寺阪さん、ちょっと一緒に来てくれる?」
「え?」
一通りチビっ子たちにお菓子を配り終えた寺阪さんを、わたしは半ば無理やり連れ出した。少し強引かもしれないが、わたしの相談に乗ってくれた時も寺阪さんは若干強引だった。たぶん。
「特にこの後、用事はないでしょ?」
「ないけど……」
寺阪さんは訳が分からない、という顔をしていた。狐につままれたような顔なんてどんな顔なのか想像もつかなかったが、こんなにも分かりやすい例を見ることになるとは思わなかった。
わたしは寺阪さんを隣に並ばせ、再びチビっ子たちの先頭を歩き始めた。
「……どうかしたの」
寺阪さんがそう聞いてくるのは予想済みだったので、わたしは淀みなく答えを返す。
「悩みがあるなら、ここで言いなさいな」
淀みがなさすぎて占い屋のおばあちゃんみたいなしゃべり方になってしまった。大丈夫。怪しいつぼは持ってない。
「悩み?」
「最近寺阪さん、落ち込んでため息ばっかついてるからさ。さすがに心配だねって、竜とも話してた」
おい! 俺の名前出すとか聞いてねえぞ!
とでも言わんばかりに、最後尾から手を振り上げるのが見えた。竜にも聞こえていたらしい。
「悩みなんて特にないけど」
「嘘言いなさんな。前見てたんだよ。ふっきーが寺阪さんに、何か言うところ」
「え?」
さすがにそう答えられるのは予想外だったらしく、寺阪さんは驚いた顔を見せた。前から薄々感じてはいたが、寺阪さんは表情豊かだ。本当にすぐ思ってることが顔に出る。考えてることがバレバレとも言えるし、分かりやすいがゆえに接しやすいとも言える。
「やっぱりね。別にわたしに言っちゃまずいことでもないんでしょ?」
「でもあれは、蕗塔さんのプライベートな話だから……」
「じゃあ、こうしよう。わたしがたった今から、寺阪さんのことを舞、って呼ぶ。いつまでもさん付けって堅苦しいし、まるで仲がよくないみたいだから。わたしたちの仲はいいんだってことを、名前呼びで示す。その代わり、舞もわたしのことを、んー、なんかそれっぽい名前で呼んで。あと、ふっきーに関しても同じ。さん付けが保険になるっていうのはよく分かるけどね。それから、ここで悩みをぶちまける」
「ぶちまけるって……しかも不平等だし」
「条約や約束っていうのはそういうもんですよ」
「……分かった」
我ながらむちゃくちゃな話だとは思っていたが、舞は案外あっさりと受け入れてくれた。
「……あの日蕗塔さ……ふっきーは、一つ秘密を教えてくれたの。私が昔、ふっきーたちと幼馴染だったってことを忘れてるっていう事実。それが私の秘密だ、って言ってね」
「秘密ねえ。あのタイミングで」
「そう。それは確かに、今言うことかとは思ったけど。とにかくふっきーは、昔いじめられてた過去があるって、教えてくれた」
いじめられていた、という過去。
その言葉はすっ、とわたしの耳から入ってきて、薬が溶けるように自然に腑に落ちた。そして気が付けば、わたしはつぶやいていた。
「そういうことか。なるほど」
「何が……?」
「舞も気付いてたはず。ふっきーの底抜けた明るさが、すごく危ないものだって。表面だけ見てれば明るい性格、で済むかもしれないけど、少し転べばとんでもない闇が見える、そんな気がしてた」
「……」
舞も今までのふっきーの行動や言動を思い出しているようだった。わたしは補足するように続けた。
「時々ふっきーは、すごく傷付いたっていうか、感傷的っていうか。憂うつにも近い顔をするんだよね。あの明るさには裏があるな、ってわたしは前々から思ってた。やっぱそういうことだったんだ」
「私は全然分からなかった。ただの変な人だとしか」
「ま、普通の人はそんなもんだよ。ああ見えてふっきーは、かなり踏ん張ってる。過去の話が決してみんなに悟られないようにね。わたしは何となくで分かるから、そう言っただけで」
こう言うと特殊能力みたい、とわたしはふざけて付け加えておいた。
「それで話してくれたのはいいけど、これからどう接していけばいいか、私の立場の方がブレてて」
「自然体でいいと思うよ」
わたしは即答したが、別に適当に言ったわけではない。本心からそう思っていた。
「いじめられてた、っていうのは過去の事実。その時何があったのかは知らないし、下手に探るのもヘンだと思う。だけど今のふっきーがああいう行動をする方がいいと思ってて、実際若干浮いててもいじめの標的にされてないなら、それはそれでいいと思う。別にこっちから態度を変えることはないはず」
「……」
舞はしばらく黙った後、じゃあ、と再び口を開いた。
「どうしてあのタイミングで、ふっきーはあんなことを言ったんだろう」
「それはもう、舞も分かってるはずだよ。ふっきーはもう、舞のことを友達だと思ってる。もしかしたら親友って認識かもしれない。でも舞にも、そう思ってほしいんだと思う。ある程度の秘密を共有して、お互いあだ名で呼び合う関係になることが、ふっきーにとっての友達になることなんじゃないかな」
「友達……親友……」
「舞も別に、友達って言われるのが嫌なわけじゃないでしょ?」
「それは、そうだけど」
「なら、一度本人にもそういう話してみるといいよ。嫌がりはしないだろうし」
「分かった」
舞は正直に受け入れてくれた。わたしはよかった、という安心半分、呆れというか、達観がもう半分だった。それは友達一つでこんなに考えたことなんてなかったな、という話である。
「(もうそろそろ、二年生が始まってから半年以上……友達になるのって、こんなに時間かかるものだっけ?)」
竜との関係がすごく特別なものなんだと、感じた。それからもまだ何軒か回ってお菓子をもらっていったが、少しわたしの心の中にもやもやのようなものが残った。
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