Trick Between Treats!!(2)
「ふう。何とか間に合ってよかった」
「お父さんとかお母さんはいいのかよ」
「たぶん大丈夫。それに茜は興味あるかもしれないけど、お父さんとお母さんはたぶん、保護者付き添い、ぐらいの役割だろうから」
それは秋祭りの日のこと。わたしは茜の音楽会が終わって下校するのを待った後、家族でライブ会場に出かけた。その道の途中で竜に出会ったため、茜をお父さんとお母さんに任せて、竜と一緒に先に到着した。
「うわ、やっぱりいっぱい」
「そうだな、さすがメジャーデビューしたてのバンドだけある」
わたしも竜も今年ライブをするバンドがどんなのか知っていて、熱烈なファン、というほどではないが、そこそこ曲も聞いていてせっかく来てくれるなら、とライブに行く約束をしていた。こんなことを言うから付き合ってると勘違いされるのかもしれない。もう一度念のため言っておくと、わたしと竜はただの腐れ縁、幼馴染の友達止まりで付き合ってなんかいない。
「よかったね、学生席もういっぱい」
「普段こんな大ホール、そうそう満員になることなんてないのにな」
香ヶ丘の街中にある、大ホール。市民会館に相当するその建物の中はちょっとした迷路になっていて、あちこちに設置してあった看板や案内がなければ、とっくの昔に迷子になっていた。
わたしたちも茜が帰ってきたらすぐに出かけられるよう準備をしていたので、大ホールに着いたのもそうそう遅い時間ではなかったはずなのだが、学生専用で無料で見ることのできる学生席は、もうほとんど満員寸前だった。学生席がいっぱいになってしまえば二階の一般席のチケットを買うために市民会館の入口近くまで戻らないといけないので、かなり後ろの方でも学生席を確保できたというのはラッキーな話だった。
「あ、見て! 寺阪さんとふっきーもいる」
「蕗塔はふっきーって呼ぶのに、寺阪はさん付けなんだな」
「別に舞、でもいいんだけどさ。向こうがさん付けで呼んでくるし、何となく」
「あ、そう」
わたしたちも来ているということは二人に伝えてあったが、すぐ後ろにいるとは気付いていないようだった。
「まだ開演まで時間あるよね? トイレ行ってくる」
「迷子になるなよ」
わたしは竜にこのやろー、というサインだけ送って、大ホールを出た。
結論から言うと、迷子になった。もともと普段から竜に身長の小ささをネタにされて、子ども扱いされることがよくあった。事実二人で並んで歩いているとカップルだと冷やかされるよりは兄妹と見られて、兄妹仲が良くていいわね、と大人から感心されることの方が多いぐらいだった。そのたびに竜がだってさ、とニヤニヤしながらわたしの方を見るので、わたしが竜のむこうずねに蹴りを入れていた。だが他人から見て中学二年生にしては小さいらしく、少し背が大きめの小学生の女の子、とよく間違われる。そこまで分かるなら大人しく中学生扱いしてほしいと思うのだが。
「やっぱり迷子になったんだ」
「うるさい、竜は黙ってて」
「俺がついて行ってやった方がよかったんじゃないか?」
「それ以上言うと……」
「分かった分かった、ごめんごめん」
わたしがげんこつを振り上げたのを見て、さすがに竜がからかうのをやめた。
「だけどちょっと心配したぞ? ライブもあとちょっとで始まるとこだったしさ。様子を見に行く前に帰ってきたからよかったけど」
「じゃあ竜もトイレ行ってみてよ、絶対迷うから」
「はいはい」
わたしが竜の腕ををポカスカ殴っているうちに、そっと大ホールの照明が落とされた。そうなるとさすがにわたしも竜も黙って、開演を待つようになった。
問題はライブも終わりかけ、という時だった。
わたしはふと、ふっきーが泣いているんじゃないか、と思った。それは目の前にいるバンドの人たちを照らすスポットライトの光が、ふっきーの顔でも反射しているように見えたから。手を振りあげてぴょんぴょんと跳び、全力でライブを楽しんでいる竜をよそに、わたしはふっきーの方を改めてじっと見た。
「……!!」
予想通りだった。ふっきーは涙を流しつつ、隣にいる寺阪さんに向けて何か話していた。
「なんか、おかしいな」
わたしは竜にも聞こえないような小さな声で、そうつぶやいた。その時やっていた曲は泣けるようなバラードなんかじゃない、思いっきり盛り上がれるような曲だった。それにこのライブが解散前最後のライブ、というわけでももちろんない。強いて言うならば確かメジャーデビュー後初めてのライブなので、みんなありがとう! とは言っていたが、それがわたしたちまで泣いてしまうほどのこととはとても思えない。ふっきーが泣いているのは、たぶん別の理由からだ、ということはわたしにはすぐ分かった。
「どうして……」
その涙の理由が何なのか分からず悩んでいるうちに、アンコールの曲が終わってしまった。半ばぼうっとしていたことを、わたしは後悔した。
* * *
「……ってことが、あったわけ」
「そうだったのか」
ハロウィンパーティーの準備をしつつ、わたしと竜は秋祭りのライブのことを話していた。もちろんライブそのものがどうだったという話もしたが、メインはふっきーの涙の話だ。
「確かにそりゃおかしいよな、あの時涙流す理由は特になかっただろうし。それに、寺阪に何か言ってたんだろ? ライブの最後、アンコール中って、一番盛り上がる時なのに、だぜ?」
こういう時竜は人の気持ちを察せない子なのだが、そればかりはおかしい、と思ったらしかった。
「……今絶対、『竜にしては珍しい、人の気持ちを汲み取るなんて』とか思っただろ」
「よく分かってるじゃん」
「お前なあ。俺に血が通ってねえとでも言うつもりか」
「え?」
「正気かよみたいな顔すんな! 俺はは虫類か!」
「そういえば竜って、ワニみたいな顔してるよねー」
「ワニってお前……トカゲじゃねえのか、そこ」
「やだなあ、ワイルドって意味だよ。ほら、いい感じでしょ。竜もまだまだ捨てたもんじゃない、ってことだよ」
「捨てたもんじゃないって言い方ひどすぎるだろ、それに絶対そんな意味で言ってないだろ」
「信じるか信じないかは、あなた次第」
「……付き合ってらんねえ」
わたしはジャックオランタンのかぶりものを手に取りながら、竜はドラキュラが着るマントを羽織りながらそんなことを話していた。引率係のわたしたちも、仮装をすることになっていた。その方が例年、チビッ子たちの受けもいいらしい。
「……とにかく、それが気になっててさ。もし寺阪さんにしか聞かれたくないことなんだったら、本人に直接聞くわけにもいかないし」
「案外あっさり答えてくれそうでもあるけどな」
「涙流してたし、そこが何とも言えないんだよね。あれからふっきーも、それっぽいこと全く言わないし」
「じゃあ、」
普段はわさっとした茶色が少し入った黒髪をオールバックにしながら、竜は話を切り出した。
「なに?」
「寺阪に聞けばいいんじゃないのか?」
「寺阪さんに?」
「だって、寺阪がその話を聞いたんだろ。確かに蕗塔本人に聞くのはちょっとアレかもしれないけど、寺阪なら聞けそうな気がする。最近の寺阪、何か若干落ち込んでる節あるし」
「……確かに寺阪さん、考えてること割と顔に出るタイプだもんね」
言っちゃあなんだが割と事実だ。本人にそのつもりはないみたいだが、嬉しい時は顔がニヤニヤしてるし、イライラしてる時は近付いてくれるな、という雰囲気を出している。その方が地雷を踏む心配がなくていい、という見方もあるのだが。そしてわたしも、最近の寺阪さんは何となく様子がおかしいと思っていた。一日だけならまだしも、ここ何日もため息をついているところをよく見る。竜が少しずつワックスで髪を後ろで固めつつ、わたしに言った。
「俺が行くと変なこと疑われるかもしれないから、それは神戸にお願いできないか」
「分かった、やってみる」
わたしはカボチャを模したものを頭にかぶり、黄色なのかオレンジなのか判別がつかない着ぐるみを着るだけだったので時間はかからなかったが、竜は主にワックスで時間をとっているらしかった。見た感じすでに服は着終えている。
「ごめん、ワックスとかやったことないから手こずってる。先行っててくれ」
「中学生でやったことがあっても、それはそれで問題な気がするけどね」
竜は真面目なので、しっかり完璧にオールバックになっていないと嫌らしい。クリームの量分かんねえな、とぼやく竜を尻目に、わたしは先に子どもたちの集合場所である公園へ向かった。
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