Trick Between Treats!!(1)
私たちの地域には、自治会なるものが存在する。
というとすごく仰々しいが、自治会ぐらいどこにでもあると思う。一定の地域ごとに取りまとめ役として存在して、子どもたちが危ない目に遭わないようにパトロールをしたりする。そのほか子どもたちのために自治会レベルでも小さいお祭りをやったりするところもある。
私や蕗塔さんの住む地区の自治会も、ハロウィンパーティーをやるのが毎年の恒例になっていた。ドラキュラやフランケンシュタイン、ジャックオランタンに扮して、子どもたちが地区中を練り歩く。そして訪問された家の人は「トリックオアトリート!」と子どもたちに叫ばれると、にこにこして用意していたお菓子を渡す。
ちなみにどうしてもお菓子を用意できない家や、玄関先に子どもたちに入ってきてほしくない家は、自治会から「トリックオアトリートお断り」と書かれたプレートをもらい、玄関のドアあたりに貼ることになっている。とはいえ、そんな家は少なく、みんなお菓子をあげた時に子どもたちが見せてくれる笑顔と、ありがとうございました! という言葉を聞くのを、なんだかんだで楽しみにしている。
「この地区のこの文化、私好きだな」
「ハロウィンパーティー?」
「そうそう、昔やったなあ」
私たちはハロウィンをあと二週間後に控えたその日、一緒に下校していた。そして、うちの地区だけでなく、他の地区の子たちも遊びに来るハロウィンパーティーの話をしていた。
もちろんトリックオアトリート、と言ってお菓子がもらえる年齢には制限があって、習慣的に中学一年生まで、となっている。つまり今年から私たちは、もらう側ではなく渡す側。家でどの子にどれを渡そうか、と考えておかないといけない。
「誰が一番早く、たくさんお菓子を集められるかって、競争したもん」
「競争はしちゃダメじゃん」
「けど言い出しっぺの私がビリだったんだけどね」
蕗塔さんは明るく、昔のハロウィンパーティーの話をしてくれた。私は笑顔を見せながらも、心の中は複雑だった。
じゃあまた明日、と蕗塔さんは言って、先に家の中に入ってしまった。私も最近急に冷え込んだな、と頭の片隅で思いつつ、家の中に入った。
「……はあ」
自分の部屋に入ってカバンを置き、着替えながら私はため息をついた。
「……だってさ、私、昔いじめられてたもん。小学校の間じゅう、ずっと」
秋祭りの特別ライブが終わろうかという、みんなが興奮しているさなか。蕗塔さんは、そう私に告白してきた。
それがどういう意味なのか、なぜそのタイミングで言ったのか、私はずっと考えていた。何なら勉強のことより考えていた。
その言葉だけなら、たぶん私もそれほど気にはしていなかった。きっとそうだったんだ、と言うので終わっていた。問題は、その後に続けた言葉だ。
「なんてね。だまされた? 私がそんな経験、あるわけないじゃん。ごめんね、変なこと言って。私、どうしちゃったのかな……」
確かに今の蕗塔さんのことを考えれば、そんな経験があるようにはとても思えない。だが嘘だとしても、そのタイミングで言う意図が、ないはずがないのだ。そういえば、と私は思い出した。蕗塔さんが時々見せる、少し感傷的な表情。普段明るく振る舞っている代償、と言わんばかりのその表情が、過去のいじめられた経験の名残なのだとすれば、辻褄が合ってしまう。合ってしまうからこそ、気になっていた。
「私は舞ちゃんのことを、友達だって思いたい。だからもし舞ちゃんが私のことを友達って思ってくれるなら、ふっきー、って呼んでほしい。それが昔、舞ちゃんが私を呼んでくれる時に使ってたあだ名だから」
蕗塔さんは続けてそう言ったが、気になっているせいで私はふっきー、と呼べないでいた。蕗塔さんを友達だと心の底から呼べるのは、私が蕗塔さんとの記憶を思い出した時のような気がする。
ハロウィンも近いというのに、私の心の中はもやもやし続けていた。
* * *
「今日はよろしくねー」
「神戸さんが?」
ハロウィン当日。
授業が終わってさあ帰ろうか、という段階になって、神戸さんが私と蕗塔さんのところに来て話しかけてきた。今日はよろしくね、というのは、子どもたちの引率の話である。子どもたちだけで練り歩かせるのはさすがに危ないので、大人や私たち中学生以上の生徒が引き連れることになっていた。その一人に、神戸さんがいるというのである。
「あ、それ俺も行く。女子だけだと不安だってやっぱなってるし、何より神戸のことだからな」
「何それどういうこと」
「どういうことも何も、そういうことだろ」
四宮くんも神戸さんの後ろからひょこっと顔を出して言った。私や蕗塔さんは家でお菓子を持って待つ役目だが、別の地区に住む二人は引率をやってくれるらしい。
実は昔こそあちこちの地区でハロウィンパーティーが行われていたが、最近ではトリックオアトリート、とだけ言ってずかずか他人の家に上がり込むイベントをやるのは自治会としてどうなのか、という意見も上がるようになり、パーティーをやる地区が少なくなってきている。そんな中そこそこの規模で開催し続けているうちの地区の方がレアだったりする。そして他の地区の子どもたちも参加することで、より大規模になっていた。神戸さんや四宮くんも、去年までうちの地区のハロウィンパーティーに参加していたらしい。
「みんな来てくれるんだ」
「うん、任せてよ」
私はうなずいて、先に一緒に帰っていく神戸さんと四宮くんを見送った。今日はハロウィンパーティーの準備ということで、二人とも部活を休むようだった。
「私たちも帰ろっか」
蕗塔さんにそう言われて、私も蕗塔さんと一緒に二人の後ろを歩き始めた。
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