香ヶ丘の秋祭り!(6)

 私たちが蕗塔さんと出会ったことで、幼馴染や普段絡んでるみんなが揃うことになった。神戸さんは妹の音楽会の撮影のため小学校に行っていていないらしいが、それ以外はほとんど揃う形になった。


「ハル姉! みのりん!」

「お前もその呼び方かよ」


 もう疲れた、みたいな顔を実くんはしていた。


「ハル姉はこないだぶりだけどね。どう? 宿題は終わったの?」

「ちょっとギリギリだったかな。東京帰ってからも遊んでたし」

「それでよく終わったね……」


 ふと遥さんが何かに気付いたような顔をして、肩にかけていたカバンを探った。出してきたのはトランシーバーのようなものだった。それからトランシーバーについている小さなディスプレイを覗き込んで、めんどくさそうな顔をしてボタンをポチリ、またカバンの中に放り込んでしまった。


「どうしたんですか?」


 何となくその行動の意味を聞いておかなければいけない気がして、私は尋ねた。


「え? あー、気にしないで。補習の催促の電話、切っただけだから」

「それダメなやつでは?」

「どうしてダメなの?」


 ねえねえ教えて教えて、と子どもがせがむような表情で聞かれたので、私は反応に困ってしまった。それを見かねたのか蕗塔さんが口を挟んだ。


「もしかしてハル姉、補習まだあったの?」

「結局プリント終わらせるだけじゃ納得してくれなくってさ。せめて数学だけでも受けろ、って言われたんだけど、そんなの嫌じゃん? だからこっちまで逃げてきた」


 まあその分、もともと土曜にあった授業も全部ズル休みになったけどね、と遥さんは自慢げに言った。自慢していい話じゃない。


「あと理由挙げるとしたら、彩の様子見に来た、ってところかな。やっぱ心配だし」

「私の?」

「そう。夏休みの時の姿は仮のものかもしれないし、学校にいる時に本音が出ると思って」

「そんなに変わらないんだけど……」

「まあ見た感じ、そうだよね」


 そんな風に完全に蕗塔さんと遥さんの間で会話が進む間、一人だけ完全に置いていかれている子がいた。四宮くんである。遥さんに実くん、蕗塔さんに私の四人は幼馴染(私に関してはまだ「らしい」の域を超えていないのだが)だが、言ってしまえば四宮くんは無関係。一番先に私がそのことに気付いて、声をかけた。


「……大丈夫?」

「ん? ああ、今の状況が?」

「そう」

「別に。神戸がいないのが若干心細いくらいで」

「神戸さんの方に行けばよかったのに」

「神戸はいいかもしれないけど、神戸のご両親がうるさいんだよ。うちの蒼とはどうなんだ、ってすぐ言われてさ」


 四宮くんは人当たりもいいし、何より神戸さんの幼馴染なので、できることなら神戸さんと、と思っているのだろう。肝心の二人にその気がないから余計につらいらしい。


「で、蕗塔さんと一緒にいると」

「蕗塔が一緒に来るって分かって瞬間、俺の友達が遠慮してさ。一人で回るのも嫌だから、ちょっと恥ずかしいけど二人になってた」


 中学生男女が二人きりでお祭りを見て回るのが恥ずかしい、という認識はもちろん私にもある。もし私が同じ立場に立たされたら、とてもできそうにない。私の方からお断りしそうだ。


「あ、そうだ舞ちゃん! わたがしわたがし!」


 難しいよねえ、みたいな話を四宮くんとしていた次の瞬間には、私は蕗塔さんに腕を引っ張られ、グラウンドに所狭しと並ぶ屋台の方に連れて行かれていた。



 その後わたがしを食べフランクフルトに焼きそばを食べ、めぼしい屋台は全部回った後、今度は校舎内に入って人気の企画をやっているクラスを順番に回っていった。お化け屋敷に教室迷路、展示に軽食屋さんとやっているものは多岐にわたっていた。私は生徒会所属と言えどどこのクラスが何をやっているかまで把握していたわけではないので、確かに楽しくはあった。そして気付けば、中学校が屋台やクラスの展示を終え、ぼちぼち片付けを始める時間になった。そこから一時間ほど、片付けをしている間は学校の外の公民館かどこかで催し物が始まる。ちょっとホテル帰っとく、と言い残して遥さんと実くんが学校を後にした。残った私たちは二年五組の教室へ行き、片付けを手伝うことにした。


「そういえばさ」


 壁に貼っつけていた装飾を集めたり、二人がかりで机を教室に運び込んだりしていた最中、蕗塔さんが私に尋ねた。


「なに?」

「公民館で催し物って、何やってるの」

「心配しなくていいよ。私たちが片付けてる間暇しなくていいように、おじいちゃんおばあちゃんたちがちょっとした劇やったり、一般参加オンリーの漫才大会やってるだけだから」

「何それ気になる」

「どっちが?」

「後半」

「まあレベルはそこそこ高いって話だけど、どこを基準としてるかが曖昧だから。素人にしては上手い、って話かもしれないし」

「それは別にどうってことない、って判断?」

「え? 違う?」


 そこの感覚は昔から香ヶ丘にいるか、一度香ヶ丘を離れているかの違いなのかもしれない。蕗塔さんはすっくと立ち上がるなり、ドヤ顔をして言った。


「行ってくるね」

「どこへ!?」

「もちろん、その漫才大会へ」

「片付けは!?」

「後は任せた。I'll be back.」

「任せんな……!!」


 私の引き止めもむなしく、蕗塔さんは片付けをほっぽり出して出て行ってしまった。立ち上がった時に机に頭をぶつけていたので、頭を手で押さえながらの逃避行だった。私はため息をつくしかなかった。


「ま、たぶん一人減ったぐらいじゃ」


 影響ないよね、と私は自分に言い聞かせつつ、周りを見た。

 運ぶものや撤去しなければいけない装飾は、まだ山積みだった。


「あんにゃろう……!!」



* * *



 小学校の音楽会に、中学校の文化祭。それら大イベントが終わっても、香ヶ丘の秋祭りはまだまだ終わらない。具体的には日が暮れるか暮れないかという時間から、町の中心にある大ホールで例年メジャーデビューしたばかり、あるいはメジャーデビューが近いバンドを招致して、特別ライブが行われる。たぶんそれほどの知名度があるバンドなら相当お金がかかっているだろうし、どこに金使ってんだと批判も出そうなものだが、幸いなことにこの伝統は十五年か二十年ほど続いている。遥さんや実くんもこっちに来た理由の半分くらいはこのライブを見るため、と堂々宣言しているほどである。


「早く行かないと、席なくなるよ!」


 私より知らないはずの蕗塔さんに再び手を引っ張られ、私は学校外のライブ会場に来ていた。一般席はもちろんお金がいるのだが、特別出血大サービスで学生は無料でこのライブを見られるようになっていた。だからこそ早め早めに行動しないと、あっという間に立ち見席さえ埋まってしまう。しかしそれを見越した蕗塔さんに早く連れてきてもらったおかげで、座れる学生専用席を何とか確保できた。茜ちゃんの下校を待って、家族で来た神戸さんや、それに無理やり付き合わされる形になった四宮くん、それからホテルでうたた寝をしていてすっぽかしていた遥さんや実くんも、何とか立ち見席は確保していたらしかった。


「今年は例年よりたくさんの企業が協賛してるらしいからね、全国からたくさん人が来ると思うよ」


 蕗塔さんのその言葉通り、一般席の方はみるみるうちに人ごみで膨れ上がっていった。学生席の方も外部から来た中学生や高校生で溢れかえっていた。



 ライブは滞りなく進んだ。ライブの話を蕗塔さんにされるまで私はあまり気にしていなかったのだが、今年来たバンドは私も知っていて、よく曲も聴いているような男性三人グループだった。楽しいことがあれば時間など忘却の彼方、というのはまさにこのこと、気付けば一通り演奏が終わり、アンコールの声が響くかというタイミングになっていた。

 そんな時になって、私は不意に、隣から肩を叩かれた。もちろん、蕗塔さんだ。


「どうしたの」

「私、知ってた」


 ふと見た蕗塔さんの顔が、一瞬光を反射したように見えた。それは目から流れ落ちて、頬を伝っていた。


「……!」

「こっちに来て、初めて会った時から、分かってた。あの顔じゃきっと、私のことを覚えてはいないんだろうな、って」


 有名なバンドが豪華な演奏をしてくれたおかげで、辺りはすっかり興奮の渦の中にあった。そのことに感激してか、それとも私に対して言っている事実を、受け入れられないからか。私はすぐ近くで響き渡る歓声が一瞬だけ、どこか遠くで上がっているものなんじゃないか、という錯覚に陥った。私と蕗塔さんの二人の間だけ、時間が止まったような、そんな感覚だった。


「だからこの間海に行った時、聞いたでしょ? 本当に覚えてないのか、って。そしたら舞ちゃん、全く、覚えてないって。ああ、やっぱりそうだったんだって、思ったもん」

「……それは、」


 普段私は、さあ、知らないとか、たぶんそうなんじゃないとか、覚えてないとか、そういうあやふやな言葉をよく使う。それはきっと他の人だって同じだ。だが覚えてないというたった一言がこれだけ重くて、罪悪感を伴うものだと、私は初めて知った。たった一つの事実を覚えていないだけで、私はみんなと、あらゆる記憶が共有できない。私は私で置いていかれるし、みんなもみんなでぽっかり穴が開いたような気持ちになる。

 私は何か弁明をしたくて、口を開いた。しかし、それよりも先に蕗塔さんの方が言葉を続けた。


「人間ってさ、みんな知られたくない秘密があると思う。どれだけ仲が良くても、どれだけその人と一緒に過ごしていきたいって思っても、たぶん秘密が一つもない人なんていない。舞ちゃんにとっては、きっとそのことは秘密だった。私たちと昔一緒だった、そのことを覚えてないなんて知れたら、みんなが悲しむことになる。だから言わないでいて、くれたんだよね。私がどうなのって聞かなかったら、きっと言うことはなかったよね」


 私は何も言えず、ぐっ、と胸のあたりが苦しくなった。言わなかったことは、事実なのだ。


「舞ちゃんは秘密を一つ、言ってくれた。だから今のうちに、私も秘密を一つ、言おうと思って。不公平、だもんね」


 蕗塔さんは少しふふっ、と笑って、また続けた。


「私……今の私って、たぶん本当の自分じゃない。昔の自分を取り戻そうとして必死にあがいてるだけなのかもしれない。……だってさ、私、昔いじめられてたもん。小学校の間じゅう、ずっと」


 私の周りの時間が、余計に止まったように感じた。もうアンコールの演奏も終わって、観客たちもぼちぼち退却を始めていたというのに、私たちはその場に立ち尽くすばかりだった。

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